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『レーゾン・デートル 』
カール・フォルシアンka3702


 彼は、そこに行くと毎日顔を見ることができた。
 最初に彼を見たのは、数カ月前だった。人手不足の折、特殊なスキルのあるハンターを頼るのはよくある事だが、大概は短期の一時雇いだが、彼はもう数ヶ月に渡って、そこにいる。
 ブルーの知識や技術は、場所によっては非常に重宝がられることがある。こと医療のような、専門知識とその研究を必要とする世界では、それが顕著だ。
 彼は、我々同僚の目から見ても、真面目で研究熱心だ。病院の地下といえば、陽も射し込まず、ジメジメとした印象のつきまとう場所だが、彼は嫌がりも飽きもせず、ずっとそこで黙々と作業に打ち込んでいる。
 彼が担当するのは、エンバーミング。
 彼は病院に着くと、仲間に屈託のない笑顔で挨拶をして、少し大人びてると思わせる会話をして、それから地下に篭もる。
 霊安室の隣の小さな部屋が、彼の作業場だ。
 何度か、ブルーの技術を学ぶ名目で彼の作業を見学したことがある。
 小さな部屋のベッドに遺体を寝かせると、彼はまず黙祷を捧げる。それからようやく作業に取り掛かり、丁寧に遺体を拭い、清潔にしてから、顔に薄く化粧を施す。華美に彩るようなものではなく、血色と表情を取り戻すようなものだ。そして、何箇所か切開し血液を抜いた後、ブルー由来のものだという防腐剤を入れる。これは数が無いらしく、ほとんどはクリムゾンウエスト由来の技術で防腐処置を施すらしい。地位やら財力やら、「お金で決まります」と、彼はまた屈託のない笑顔でそう言っていた。そして彼は、切開した箇所を縫合して、また黙祷を捧げ、埋葬のために送り出して、仕事を終える。
 特筆すべきは、仕事中の彼の目だ。
 研究熱心であるからなのか、それとも使命感に燃えているのか、本人に聞いてみないことにはわからない。が、彼の目は、普段他愛も無い会話をしている時と同じく、とても活き活きと輝いて見える。
 元々、使命感などと言い出せば、ブルーもこちらも変わらず、それに駆られることが多いのが、医療という現場であろう。けれど、彼は少しだけ異質に見えた。
 それから、もう一つ特筆すべき点。
 どれほど彼が、将来を嘱望されて、あるいは神童などと呼ばれていたことでもあったのか、そこまで話をしたことがある訳ではないので、知る由もない。
 だが一目見れば、誰でも気が付く異質な点があった。
 彼はまだ、子供である。

 朝からよく晴れたその日は、昼を前にぎらぎらと本領を発揮し始めた。
 立っているだけで汗ばむ陽射しを避け、病院の裏手の木陰を目指していると、私はそこに先客を見つけた。
 彼だ。
「やあ、フォルシアン君。きみも休憩かい?」
「こんにちは、テレンス先生」
 挨拶をすると、彼は笑顔を向けてくれた。相変わらず、歳よりしっかり見えて、ともすると子供に向けたように喋ってしまう。
「地下は陽が当たらないからな。時折太陽の下に出るのも良かろう」
「はい、こうして外に出るといい気分転換になります」
 屈託のない笑顔が向けられる。時折表情が歳相応に見え、彼が医療従事者であると忘れてしまいそうになる。
 それも、ここでの彼の仕事は、診察室で患者を診ることではない。
「ときに、フォルシアン君、やはり地上階で働く気はないか」
 何度か聞いた質問を、彼にまたぶつける。その度に断られ、色よい返事を貰ったことはない。
「ありがとうございます。お誘いはありがたいですけど」
 返事はいつも一緒だ。この後に続くのは、彼の担当している仕事は人手が足りないことと、彼の使命感についてで、それを理由に断られる。
「今の仕事にやりがいを感じているんです。それと、地下は手も足りないですし」
 予想通りの答え。しかし、いつもならここで話題は変わるところを、今日は踏み込んでみた。
「こう言ってはなんだが、毎日遺体を相手にするより、救える可能性のある生きた人間を相手にしたいとは、思わないかい?」
 やりがいがある、という彼の言い分はわかる。が、彼のように若い時分は、いわゆる「花形」に憧れるものではないのか。
「んー……」
 彼は視線を落とし、少し考えるふうにする。ふた呼吸くらい置いてから、彼は顔を挙げた。
「テレンス先生、ご自分で仰っておられました」
 どうも、何か彼の琴線に触れるようなことを喋ったらしい。すぐには、心当たりは浮かばない。
「医者は、患者を診ることだけが仕事じゃないって」
 話を聞いて、なるほどと思い出した。負傷した兵を診たときに、心配した家族が現れて、という、よくある話をした流れでの雑談だった。
「亡くなられた方も、大切な人々と大切な暮らしがあったと、忘れてはいけないんです」
 真剣に語る彼の顔は、ひどく大人びて見える。彼は患者もその家族も、出来る限りの人を救いたいと考えているのかも知れない。
「誰かを救う医療は光ですが、光のあるところには影が出来るものです」
 力強くそう宣言してから、彼はふわっと笑顔を作った。
「それに、勉強にもなります」
 聡い子だ、と思う。私はそれきり、彼を「地上階」へ勧誘するのをやめた。

 自分が「そこに居る理由」は、影の部分にこそある、と、カール・フォルシアンは思う。
 地下階でエンバーミングを続ける理由は何か。
 依頼を受けたから。
 知識を得るため。
 死者の尊厳のため。遺族のため。
 では、同じ理由付けを出来るはずの「地上階」で、救える患者を診ないのはなぜか?

 テレンスが病棟に戻り、一人になった木陰で、カールは幹に背中を預け、空を見上げた。
 夕暮れへ向かう空に、心地良い風が吹く。
 彼の今日の「地下階」での仕事は終わり。一日休みを挟んで別の依頼を受けるので、次にここに来るのは一週間ほど後。
 少しの間離れる病棟を見上げる。幾つかの窓に灯りが揺れていた。
 カールは、テレンス医師の言葉を反芻していた。エンバーミングではなく、生きている人を診る気はないか。
 自分自身、そのわけを明確には出来ていない。
 けれど「地下階」では、より鮮明に死の匂いがして、自分が誰かを救うための知識を身に付け、技術を振るう機会を持てる、彼がそこに存在する理由と責任との対比を、強く感じられる。
 それに、カールは今の仕事が気に入っていた。
 またテレンス医師の言葉を反芻する。患者を診るだけが仕事ではない。
 死者の尊厳を守り、遺された家族の心も守れる、とても大切な仕事だ。カールは、伸ばせる手なら、伸びる限りどこまでも伸ばしたいのだ。
 夜風が枝を揺らしはじめて、カールは病院の外へと歩き始めた。
 病棟はまだ灯りが消えていない。
 もう少し、カールが納得出来るまで技術を身に付け、死者を充分救えたと感じられたなら、「地上階」に移るのも良いかもしれない。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka3702 / カール・フォルシアン / 男 / 11 / 機導師(アルケミスト) 】
【 NPC / テレンス       / 男 /   / 軍医          】
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ファナティックブラッド
2015年08月07日

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