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『 とても近くて、ちょっぴり遠い 』
アーテル・テネブラエka3693)&アリオーシュ・アルセイデスka3164

●バカンスは海で

 夏の強い日差しに、白い砂浜が輝いて見えた。
 足元を砂がさらさらと波に流されていく。
 アリオーシュ・アルセイデスは眼を見張り、水平線を見つめた。
「すごい、水が綺麗だ……!」
 笑うようにきらめく水は青く、こちらを誘うようにぬるい。
 数歩歩み出したアリオーシュに、アーテル・テネブラエが声を掛けた。
「おい、そのまま泳ぐのか」
 振り向いたアリオーシュの青い瞳が、びっくりしたようにアーテルを見る。
「日焼け止めを塗るって言ってなかったか?」
「あっ!」
(海に見とれて忘れるなんて、子供みたいだよな……)
 アリオーシュは少し照れたように笑い、戻ってきた。
「有難う、忘れていたよ」
 幼馴染の素のままの笑顔を前に、普段あまり表情を変えないアーテルの口元も僅かにほころんだ。
「全く、その綺麗な肌が悲惨なことになるぞ」
「またそんなことを言う……!」
 アリオーシュは少し不服そうにアーテルを軽く睨んだ。
(俺を相手に、女性を口説く練習をするってどうなんだよ)
 昔から変わらない。
 子供の頃、自分を女の子と間違えてプロポーズしてきたあの日から。
 それでもアリオーシュにとっては、大事な、一番の親友。
 海辺で過ごすバカンスには最高の相棒なのだ。

 日除けの下に荷物を広げ、アリオーシュが日焼け止めを塗り始めた。
 が、不意に手を止めて、しみじみと自分の腕を見つめる。
(……どうも俺って白いだけじゃなくて、貧弱なんだよな……)
 聖騎士としてひとかどの存在になりたい。そう願い、常に己を厳しく律するアリオーシュにとって、筋肉のつきにくい自分の身体はやや不満なのだ。
 とはいえ、気合で日焼けが防げるというものではない。という訳で。
「アーテル、ごめん」
「なんだ?」
 アーテルは何かを探して鞄の中を覗き込んでいた。
「悪いんだけど、背中に日焼け止め塗ってもらえるかな」
「……」
 アーテルがゆっくり顔を上げてアリオーシュを見る。


●密かな想い

 きょとんとした顔で、アリオーシュがアーテルを見ていた。
 その澄んだ瞳は、昔と全く変わらない。絹糸のような金の髪も、白い肌も。
「アーテル?」
「あ、ああ。日焼け止め、か」
「いいかな?」
 無防備な白い背中がこちらに向けられる。
 アーテルはアリオーシュが自分を見ていないことに内心でホッとしつつ、日焼け止めをとった手を背中に滑らせる。
(お、落ちつけ、俺……ッ!!)
 今は女の子と見間違うことはないが、それでもどこか線の細い骨格を包む白い肌。触れれば陶器のように滑らかな手触りに、掌が熱を帯びて行く。
 だがアーテルは普段通りの仏頂面を貫き通した。
「これでいいか?」
「有難う、どうしても背中は届かなくて」
 無邪気に微笑む顔はいつも近くて、何処か遠い。
 アーテルの心中を全く知らない、残酷で愛しい笑顔。

 きっとアリオーシュは、幼い日のプロポーズは勘違いだったと思っているのだろう。
 確かに可憐な少女だと信じて結婚を申し込んだのは間違いない。だが相手が少年だと分かった後も、アーテルの想いは消えることなく続いている。
 それは魂のふるえ。相手の姿かたちだけではなく、見えない何かを恋うる気持ち。
 ほとんど崇拝と呼んでもいいようなかけがえのない想いは、勘違いではないと信じている。
 だからこそ、気付かれたくない。
 アリオーシュがくれる信頼を裏切ることはできない。
 彼の心を掻き乱し、戸惑いに顔を曇らせるような真似はしたくない。
 本当は自己防衛なのかもしれない。
 それでもアーテルは苦しい胸の内を明かすことなく、『親友』という形で傍にいる事を選んだ。
 口をついて零れ出そうになる想いは、ただひたすら日記に託して。
 だから今日のような出来事は困るのだ。
 親友の顔をして触れる自分の手は違う想いに満ちていて、何処か浅ましくすら思えてしまう。

「本当に綺麗な水だね。来て良かったよ」
 アリオーシュが腰のあたりまで海に入って、両手に水をすくい上げる。
 雫はキラキラと輝き、アリオーシュを宝石のように飾る。
「それは良かったな」
 アーテルはぶっきらぼうにそう言って、相変わらずのクールな表情を崩さない。
 その黒い瞳に、突然鋭い光が閃く。
「ひゃあああああん!!!」
 アーテルは無言で、悲鳴の主の方へ身を翻した。アリオーシュも目を見張るが、足が動かない。
 小さな女の子が浮き輪に掴まったまま、つま先立ちで流されそうになっていたのだ。
 結局、浮き輪を掴んで引き寄せたのはアーテルだった。
「気をつけろ、危ないだろう」
「すみません、ありがとうございます!」
 父親らしき人物が女の子を抱きかかえて、幾度も頭を下げていた。
 アリオーシュはただ黙って、誰にも見えない水の中で拳を握る。

「どうした? 具合でも悪いのか?」
 ふと気付くと、アーテルが少し心配そうに顔を覗き込んでいた。
「え? ああ、ううん大丈夫だよ」
 アリオーシュは少し硬い笑いを浮かべて、改めて親友を見た。
 怜悧な面差しに、硬く盛り上がった肩の筋肉が頼もしい。
(いいなあ、いかにも男らしくて。頼り甲斐がありそうで)
 ちょっと悔しい。
 そんな気持ちが湧きあがるのも、身内のように親しく思っているからで。
 アリオーシュは思い切り腕を回し、波の面を掬うとアーテルの顔に向かって浴びせかけた。
「……ッ!?」
 塩水に目をぱちくりさせる親友の顔に、アリオーシュは声をあげて笑う。
「油断大敵だよ!」

 想いを閉じ込めたのはアーテル自身。だが余りにも鈍感な親友の笑顔には、少しだけ苛立つ。
「よし、覚悟しろよ!」
 身を屈めると、アーテルは波の下でアリオーシュに素早く足払いをかける。
「ひゃああっ!?」
 様々な想いを乗せた水しぶきと悲鳴が夏空に吸い込まれて行った。


●星明かりの下

 日は沈み、海風に蝋燭の灯が揺れる。波の音はすぐ近くに聞こえていた。
 コテージのデッキにしつらえられたテーブルには、海の幸や南国の花々が並んでいる。
「すごい星だ」
「ああ」
 月のない空は黒々と広がり、無数の星がまたたいていた。
「本当にいいところだね。食事も美味しいよ」
「そうだな」
 昼の熱が残っているかのように楽しそうに笑うアリオーシュの顔を見ていると、嬉しいような、切ないような気持ちがまたアーテルの胸にこみ上げる。
 それを押し流すように、傍のトロピカルカクテルを取り上げた。

 不意にアリオーシュが声を上げた。
「あ、それ美味しそうだね! 分けっこしよ!」
「え、何だ!?」
 咥えたストローごと、グラスが持って行かれてしまった。
 それどころかアリオーシュは、何のためらいもなくストローを唇に含む。
(おい、それって、間接キs……!!)
 表情を変えないまま、内心は涙ぐましい程に純情なアーテル。
 この表情のお陰で『親友』であり続けられたのだ。だが、頭の中はどうしていいのか分からない程に混乱している。
「うん、こっちも美味しいね! どう、これ試してみる?」
 アーテルの内心など知る筈もなく、アリオーシュは笑顔で自分の飲みさしを寄越してきた。
 グラスを凝視するアーテル。
 ――何食わぬ顔をしてストローを咥えてしまえばいい。アリオーシュはきっと、何も気にしない。
(無理だッ……!!)
 いつも通りの仏頂面に隠した叫び声は誰にも届かず。
 ピクリと動いた指は、迷った末にグラスに伸びたが、手にしたのはストローではなかった。
 鮮やかなピンク色の大輪のランの花を取り上げ、アーテルは見つめるように、口づけるように顔に近づける。
 それから小さく笑って花を差し出すと、アリオーシュの耳にかけるように髪に飾った。
「思った通りだ、似合うな。グラスには勿体ない」
 びっくりしたように眼を見開き、それから小さく頬を膨らませるアリオーシュ。
「どういうことだよ、女の子じゃないんだから」
 ――それでも似合うんだ。本当に。

 アリオーシュは髪にさした花を手に取り、穏やかな目で見つめる。
「本当はね、花は嫌いじゃないよ」
 アーテルは黙って続く言葉を待つ。
「でもできれば、聖騎士として花を贈られるようになりたいな」
 知っている。アリオーシュの真っ直ぐで無垢な想い。辛い出来事にも曇ることのない、澄んだ瞳。だからこそ――。
「だからさ、アーテル。これからも色々教えて欲しいんだ」
 友に向ける全幅の信頼。
 アーテルの全身を喜びが満たすと同時に、得も言われぬもどかしさが心臓を締め上げる。
 それでもこの真っ直ぐに自分を見る瞳を曇らせたくはない。
 少なくとも、もう暫くは。
「ああ。おまえなら大丈夫だ」
 口にしたのはそれだけだった。

 だから子供のように安らかな寝息を立てる姿も、ただ見守るだけ。
 今はこの信頼だけでいいと自分に言い聞かせ、乱れたシーツをそっと直してやる。
(本当に酷い奴だ)
 見ているだけで息苦しくなる、長い睫毛の優しい横顔。
 その睫毛が震え、薄く目が開いた。
 内心の憎まれ口が聞こえたかとアーテルは身構えたが、形の良い指に袖を捕らえられて動けない。
 息を飲むアーテルの耳に、優しい声が届いた。
「今回はどうも有難う。本当に、素敵な……」
 後は寝息混じり。

 波音が全てを包む子守り歌のように部屋を満たしていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3693 / アーテル・テネブラエ / 男 / 19 / もどかしいポーカーフェイス】
【ka3164 / アリオーシュ・アルセイデス / 男 / 18 / 少し残酷なイノセント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、親友ふたりのバカンスの一幕になります。
内心はすれ違いながらも、一番の親友。そんなもどかしさが描写できていましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
野生のパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2015年08月07日

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