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『いつか、サムシングブルー 』
常木 黎ja0718


「珍しく呼び出したと思えばソレかよ」
「気を利かせたつもりなのに」
「……付き合い長いけど、時々お前がわからねぇよ、相模」
 久遠ヶ原の、とあるカフェテラス。
 いい年をした男性二人がやりとりをしている姿が見えた。
「えーっ、わかりやすいよなぁ。ねー! 常木さん!!」
「…………」
 通り向こうから大きな声で呼び止められて、常木 黎の表情はわずか、強張った。


 『放課後に待ってる』と恋人である筧 鷹政から連絡があったのは今朝のことで、『相模も一緒』という有り難くないオマケもついていた。
 相模隼人は鷹政の仕事仲間で、黎も幾度か依頼を共にしている。
 鷹政も気さくなタイプだが、それに輪をかけて軽い……というか、自分たちの関係を冷かしてくるだけに、対応に戸惑う相手だ。
「ごめん、遅くなったかな」
 弾みで銃弾をお見舞いしそうになるのを堪えつつ、黎は二人のもとへ。
「いーのいーの、男ってのは美女を待つのが本望なんだから。で、コレ。依頼先からもらったんだけど、せっかくだから二人で行ってくればどうかなって」
「ブライダルフェアだって。黎、興味ある?」
 ガン、と鈍い音がした。黎は目を見開く。
 隼人が高速で鷹政の後頭部を殴打し、テーブルに沈めた。えげつない隼突きである。
「……えーと」
 デリカシーのない発言を物理的に沈めたといった具合だろう。
 隼人の気遣いはなんとなく伝わりつつの、
「……悪くないんじゃないかな。無料だし。期間中に休みが合えば……? あ、パーティーメニューの試食なんてのもあるね」
(わ、わざとらしかった?)
 できるだけ重くならない言葉を選んでみたけれど。
 恐る恐る、彼の反応を覗き見る。
「黎が嫌じゃないなら。ま、そんな人混みになるようなイベントでもないか。でも、無料試食は大きいよなー」
 大きなホテルが会場だから、さぞ豪華な物だろう。
 真剣に考え込んでいる顔つきを見るに、こちらの心配は取り越し苦労だったろうか。
 むしろ、人混みが苦手だという自分を案じているようにも思えた。
「この間の映画も良かったしね。楽しみにしてる」
 そういって鷹政は先ほどの仕返しとばかりに裏拳で隼人の胸元を殴り、吐くつもりだったであろう冷やかしの言葉をせき止めた。




 憧れがないわけじゃない、むしろ気持ちは強くなっているのだと思う。
 それでも相手に負荷はかけたくないから、今は『その時』を待つしかないし、今しかできないこともあるだろう。
 鷹政が色々と背負い込んでいることは、距離が近くなるにつれて知るところなった。
 だからといって、諦めたわけじゃない。悲観しているわけでもない。
「お。夏物の着物」
「……鷹政さん、どこのチンピ なんでもない」
 ホテルのロビーで待っていた黎の下へ、スーツ姿の鷹政が現れる。ドレスコードは厳しくないはずだが、さすがに普段着で来るほどの神経は持っていない。
 しかし左顎の走り傷のせいか、鷹政がスーツを着るとどうしても『その筋』っぽく見えてしまう。
 笑いをこらえる黎は、夏着物。
 白地に薄紫の花が品よく咲いている。そこへ濃色の紗の道行を合わせ、透明感を出していた。
「姐さんと三下に見えないか、不安になって来たわ」
「誰が姐さんなのよ……。うーん、だったら、鷹政さんは紋付とかが似合うんじゃないかしら」
「それこそ組長にならない!?」
「さっきのは言葉の綾だってば。……試着会、面白そうだね」
「たしかに。じゃあ、俺は黎のドレス姿を楽しみにしようか」
「えっ、……うん」
 何気ない彼の言葉に、黎の頬が微かに染まる。今のはちょっと、不意打ちだった。
(見たいって……思ってくれてるのかな)
 そこに、深い意味はあるのだろうか、無いかもしれない。
「行こっか」
 学園の『仕事』が絡まない時に、差し出される大きな手。
 今だけの特別を重ねて、黎は少し後ろを歩きだした。




 フェア会場は、婚礼を真剣に考えているらしきものから軽いノリまで、さまざまな人で賑わっていた。
 人こそ多いが、ほとんどは自分たちの世界に集中しているから、変な煩わしさは無い。
「そういや、ドレスと紋付って実際のとりあわせではどうなんだろ。アリなのかな」
「本人たちが望めば、アリなんじゃないかな……」
 実際の。
 そんな言葉が鷹政の口から出てきたことに黎はドキッとなりつつ、何とか平静を装う。
 雅な白無垢を見てはアレコレと話し、圧倒されるドレスコーナーへ二人は足を踏み入れる。
「……ちょっと酔った」
「え、大丈夫?」
 鷹政が、よろめきながら壁際の椅子へ腰掛ける。
「こういうの……やっぱり苦手だった?」
「びっくりしただけだよ。『やっぱり』ってなにー?」
 不安げに様子を伺う黎の、長い髪をひと房つまんで鷹政は笑う。
「これだけたくさんのドレスがあって、選ばれるのはたったひとつなのかって思ったら…… なんか、凄いなって」
「お色直しもあるよ?」
「まあね。なんてぇか……『女の子の夢』っていうの? 姉貴にもそういうのがあったのかーって今更…… なんか、じわじわ来た」
「……ああ」
 鷹政の双子の姉は昨年、結婚している。
「双子っていってもさ。向こうは私立の進学校だったから、中学以降は学校も別々だったし。男女だし二卵性だし、接点なんてあってなきがごとし」
「……そっか」
「それがさー…… ほんと、こう…… なんだこれ」
「お姉さんを取られて、寂しかったってところ?」
「さ、さんじゅうこえてそれはない」
 図星だったらしい。
 自分より10も年上で、プロの撃退士で、精神的に助けられることが断然多い、目の前の人が。
(かわいい)
 うっかり、そう思うなど。
『私が居るよ』
 そう言ったなら、何か変えることはできるのだろうか。




「似合う、かな……?」
 試着室から出てきた黎へ紋付姿の鷹政が口笛を吹き、スタッフにたしなめられる。
 マーメイドラインの美しい、ワンショルダーのウェディングドレス。シンプルなデザインに、細やかな刺繍が華を添える。
 髪を下ろしたままでいられるようにと選んだウェディングハットと、ブーケには蒼い薔薇を使って全体のイメージを纏め上げていた。
 花嫁が幸せになるためのおまじない、サムシングブルー。
「へーえ」
「な、なに……?」
「いーえ。今は、黎を独り占め出来てるんだなって思って」
「それって、どういう……」
 独り占め、出来ているのはこちらではないだろうか?
 学園に行けば、いつだって誰かが彼のまわりにいる。
 仕事の現場では、仕事が最優先。
 だから――

 貴重な、完全なプライベート。
 今は、ここは、他に自分たちを知る人はいない。
「!? 重くない……?」
「羽のように軽いね!」
 写真撮影の際に、鷹政は悪ふざけのように黎を抱き上げた。
 ドレスの流れるフリルを見せつけるような、お姫様抱っこ。
 だったら……
 黎は、スイと半身を寄せ、彼の頬へライトなキスを。
「……大好き」
 離れ際、耳元へそっと囁く。見つめ合ったなら、きっと言えない。
 お互いがお互いの悪戯へ、自然と笑顔となる――その瞬間に、シャッターは切られた。



 花嫁が身に着けると幸せになれるという、サムシングブルー。
 描く青写真は、未来への約束にも、有効だろうか?


「とか。どう思う?」
「……え。え!?」

 写真は後日の発送と聞いての帰り道。
 本気とも冗談とも取れぬ言葉に黎が動揺すれば、楽しそうに鷹政は笑った。
 繋いだ手は、そのままに。




【いつか、サムシングブルー 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0718/ 常木 黎 / 女 / 25歳 / インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政 / 男 / 27歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ブライダルフェア・カッコカリの一幕、お届けいたします。
楽しんで頂けましたら幸いです。
水の月ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年08月07日

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