▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『たゆたう 』
アラン・カートライトja8773

 大理石が敷き詰められた床を、バーガンディの革靴がかつりと弾く。
 靴底から伝わる感触を楽しみながら、アラン・カートライトはゆったりとした足取りでホテルのロビー内を歩いていた。
 一流と呼ばれる場所は、足音ですら上質なものへと変わるのが心地いい。
 向かう先はホテル内のバー。ここで出されるワインやカクテルを最近気に入っているのだ。
 店内に入ったところで、カウンターで見知った顔を見つける。
「百々じゃねえか」
「あれー、アランちゃん偶然ー」
 振り向いた百々清世が、いつもの調子でゆるりと微笑する。紫煙に混じるシナモンバニラの香りがアランの鼻孔をくすぐった。
「珍しいな。一人か?」
「うんそー。寂しーから一緒に飲む?」
 そんな清世の言葉に、アランは笑いながら頷いてみせる。バーテンダーへ適当に注文してから、清世の隣へと腰掛け。
「お前また珍しいの吸ってるな」
「あ、これー?」
 清世が人差し指と中指に挟んでいるのは、明るい赤色の煙草。
「女の子にもらった。お土産だって」
「ベルギーのだっけか。その独特の香りでわかった」
「アランちゃんも吸う?」
 差し出された紫の箱に、アランは苦笑しながらかぶりを振る。
「いや、いい。俺はあの甘さが苦手だ」
「えーそれがいいのに」
 そんなたわいない会話をしながら、しばしの間美酒を楽しむ。
 バーの内装はロビーの豪奢な雰囲気とは違い、シックで落ち着いたものだ。最低限の照明の下、グラスに漂う液体は、淡い琥珀色だったりマリンブルーだったり。
 何杯目かのカクテルを飲み干してから、アランは問いかける。
「お前この後の予定は?」
「んー特にない」
「じゃあ、これから俺の部屋で飲まねえ? ワインくらい奢ってやるよ」
「いくいくー」
 二つ返事の清世にアランは二人分の会計を済ませると、お気に入りのワインをいくつか部屋へ持ってくるよう頼む。
 既にほろ酔い気分の清世と店を後にし、取ってあったジャグジースイートへと移動した。



「なかなかいい部屋だろ?」
 アランはワイングラスを傾けながら、吹き抜けになった高い天井を見やる。
 ホテルの最上階に位置するこの場所は、広々としたリビングから美しい夜景が一望できるのが魅力だ。
「うんーごろごろするには最適だね」
 清世が身体を沈めているソファの向こう、硝子扉一枚隔てた先にはテラスジャグジーも見える。
 寝室には上質のカバーが掛けられた、キングサイズのベッド。一人で泊まるには十分すぎるほどのゆとりある空間を、たまに楽しみたくなるのだ。
 二人は部屋に運ばれたワインを、片っ端から開けていった。いつもよりペースが早いのは、お互い酔い潰れるのを気にしない間柄だから。
 清世は曖昧になってくる意識を楽しみつつ、おもむろに切り出す。
「気分もよくなってきたし、たまには大人トーク? とかやっちゃう?」
「いいぜ。互いの女遍歴でも語るか?」
 冗談めいた返しに清世は「そんなのありすぎて覚えてないでしょー」と笑いつつ。
「じゃあ、失敗談とかは?」
 かくりと小首を傾げる清世を見て、アランも笑みを返す。
「それもありすぎて、いちいち覚えてねえけどな」
「まーねー。でもアランちゃんの失敗って、ちょっと聞きたいかも?」
「わかったわかった。でもまずは百々からな?」
 冗談めいた調子で、手にしたボトルを清世のグラスに傾ける。対する清世はグラスの縁に軽く口を付けてから、うーんと唸り。
「そうだなー俺はあれかな、女の子と遊んでて、他の子がバイトしてんの忘れててそのお店入っちゃった時とかー」
「ああ、あるある。遊び相手とぶらついてたら別のやつとばったり、とかな」
「ねーあれちょっと焦るよねー」
「俺はあのスリルも嫌いじゃねえけどな?」
「えー俺面倒なのはやだし」
 ふわふわと笑む清世はテーブルからボトルを手にすると、アランのグラスについでやる。
「じゃあ次はアランちゃんねー」
 深紅の液体をするすると喉に流し込んでから、アランは苦笑めいた色を浮かべる。
「俺の失敗はあれだ。遊び相手が妹へ突撃したときだ」
「それって焼きもち妬かれたってやつ?」
「そういうこと」
 当時を思い出し、アランは軽く肩をすくめる。遊びのつもりだった相手が、徐々に自分に対して本気になるのを気づかなかったわけではない。
 けれど真面目取り合う気もなかったし、まさか相手が自分の妹に対するいびつな感情に気づいているとは思ってもみなかったのだ。
「まったく、面倒くせえ」
 窓外に映る夜景に視線を移しながら、アランは独りごとのように呟く。
「……妹だけが大事に決まってる」
 自身を唯一、心から癒してくれた存在。
 彼女がいなければ、自分の世界は止まってしまう。
 それは依存や執着と呼ぶものだと自覚しながら、ぽっかりと空いた穴を歪みで埋め尽くすことさえ幸福だと思っているのに。

 その時、ざぶんという音が耳に届いた。
 見れば湯の張られたテラスジャグジーに、清世が服のまま飛び込んでいる。
「アランちゃーん、これ気持ちいいよ」
 バスタブに浮かべられた薔薇の花びらを清世は頭に乗せている。気の抜けきったその様子に、アランはつい笑みを漏らし。
「お前何やってんだ、服くらい脱げよ」
「えーだって面倒じゃん? このままでも気持ちいーし」
 清世は深まってくる酔いを楽しみながら、広いバスタブの中でぽっかりと浮かぶ。
 ゆらゆらとした意識と温かな湯が入り混じり、夢見心地を存分に楽んでみたり。
 湯船をひとしきり漂っていると、アランがワイン入りのグラスを差し出してきた。
「ほら」
「ありがとー」
 清世はグラスを受け取り、バスタブの縁に頭を乗せるとうつらうつらとする。その隣でアランは、テラスの向こうに映る夜景を眺めていた。
「……あ、花火」
「え、どこどこ?」
 煌びやかな光が宵の空に花を咲かせる。
 外へと続く扉を開くと、ひんやりとした風と共に小気味の良い重低音が響いてきた。
「涼しくて気持ちいー」
 いつの間にか湯船から出た清世が、火照る肌を夜風にさらす。
 湯で存分に温まった身体に、秋特有の大気はひどく心地良い。
「そのままだと風邪引くぜ」
 振り向けばアランがグラス片手に手招きをしている。
「ほら、上着脱がしてやるからこっちこいよ」
「えー」
「風邪引いてもお前薬飲むの嫌いだろ、自衛は大切だぜ」
 笑いながら諭され、清世は「お薬嫌いー」と大人しく脱がされる。備え付けのバスタオルはふかふかで、髪を軽く拭いても十分に柔らかかった。

「ここから見る花火もなかなかだ」
 次々に上がる炎の花。
 一瞬で開いて散っていくさまに、アランは瞳を細める。
「ぱっと咲いて、ぱっとなくなって、後腐れ無くていいよねー」
 ふにゃりとした表情の清世は、もうだいぶ眠気が勝りつつあるのだろう。そんな友人を楽しそうに見やりつつ。
「あれくらい派手に生きりゃ、悔いもねえだろうな」
「かもねー。でも俺は痛いのとかやだし、そういうのは他の奴に任せるー」
「お前らしいな」
「死ぬのとか好きじゃないしね」
 清世はそれだけ言うと、再びうつらうつらとし始める。アランもそれ以上は何も言わず、ひとり花火に視線を戻した。
 沈黙の気配がごく自然に二人の間をただよい始める。
 余計な事は言わないし、聞かない。
 踏み込みすぎない距離を互いに保ち続けているのは、それが最適だとわかっているから。

 花火が終わる頃には、すっかり酔いもまわってきていた。
「百々、そんなところで寝てないでベッド行けよ」
 ソファでうたた寝していた清世を、アランは優しく起こしてやる。
「んー眠いー……」
「はいはい、ちゃんと脱がせてやるから」
 眠るときは脱ぐ癖があるのを知っているため、アランは手慣れた様子で手伝ってやる。
 キングベッドの中央に倒れ込むと、清世は至福の表情でシーツにくるまり。
「アランちゃん、おやちゅー」
「ん」
 お休みのキスもいつも通り。二人にとってごくごく日常のやりとりだ。
「ねーアランちゃん」
「なんだ?」
「俺さーアランちゃんと遊ぶの大好き」
 そこから先は、寝息へと変わる。アランはやれやれといった様子で微笑みながら、自分も清世の隣にもぐりこむ。
「ああ、俺もだ」
 独り言のように返し、アランもまどろみ始める。
 何も考えず、ただ心地よさに身をゆだねるだけの甘い眠り。

 明日の朝は、いつもより目覚めも遅くなるだろう。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号/PC名/性別/外見年齢/酔い】

【ja8773/アラン・カートライト/男/26/ゆらゆら】
【ja3082/百々 清世/男/23/ふわふわ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お世話になっております、この度はご依頼ありがとうございました!
だいぶアドリブ全開になってしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。
ハロウィントリッキーノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年08月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.