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『レモングラスと魔女の問答 』
レナ・スウォンプ3428)&ヨル(NPC0836)


 レナ・スウォンプは魔女である。
 「魔女」という言葉の持つ意味は地域やお国柄やその他諸々の事情によって差異はあれども、おおよそ一般的に魔女と呼ばれるものの扱う技術はこなせると自負しているし、そう呼ばれることに特段の引け目や劣等感もない。洒落っ気の多い彼女は今日も黒いレースと黒い編み上げブーツを身にまとい、日差しの下では金と緑に揺らめく髪の毛、覗く形の良い耳には小さな石が品良く納まるピアスが揺れる。そうして勢いよく頬杖をついて、彼女は眼前に広げていたアクセサリを指示した。
「どう思う?」
「どう、って僕に訊かれても」
 問われるのは、黒髪の地味な印象の子供だった。11歳か12歳かせいぜいそれくらいにしか見えないが、深緑の瞳に映るのは年経たものの思慮深さであり、見目に似合わぬ歳を刻んでいることが容易に知れる。とはいえそれ以外目を惹くところもない地味な姿だ。恰好も黒い、誰かのお下がりらしき法服の飾りを取り払い、袖を捲っただけの質素なものだ。
 彼もまた「魔女」を名乗っていた。レナのそれとはかなり流儀が異なるが、魔女は魔女だ。レナは細かいことは考えず「とりあえず魔女仲間」と認識することにしている。その彼の技能についてはレナは詳しくは無いが、知っていることもあった。
 例えば子守がうまいだとか。
 例えばやたらと美味しい紅茶を淹れることが出来るだとか。
 つまるところ、本日午後、レナがこの孤児院を気紛れに訪れて気紛れに目の前の少年に愚痴とも自慢とも相談ともつかない話を始めたのは半分くらいはそれが理由だった。美味しいお茶が飲みたいなぁと思って、この孤児院が近かったので顔を出したというだけだ。
 ついでに言えばこの孤児院の「院長先生」に本日の戦利品、手先の器用な旅小人の行商が扱っていた可愛らしくもエキゾチックなアクセサリや衣服についても自慢する積りだったのだが、生憎と、本日「院長先生」は留守だとかいう話であった。
 ハーブティを給仕してくれる「副院長」が、代わりの話し相手になるのは畢竟、当然のことと言えよう。
「――だってさー、折角変わり種のアクセサリも見つけたからって、合わせて衣装も新調したのよ。ネイルだって気合入れたの。分かる?」
 「副院長」――ヨル、と名乗っているその少年は、逃げようとしたところで「お茶に付き合ってよ」と駄々をこねられて彼女の対面に座っていた。孤児院の、陽当たりの良いウッドデッキである。尤も建材がかなりの部分傷んでいるらしく、各所に穴は開いてるし、座っているテーブルも椅子も何度も修繕した痕が見える。ただ掃除だけは丁寧に行われているらしく、表でお茶を飲むにあたり決して悪い環境では無かった。
「…言ってることは分かるけど、何が言いたいのかが分からない」
 向い合せで椅子の上、足を揺らして彼は淡々と告げた。
「だからね」
 レナは噛んで含めるように、彼を指差した。指先のネイルに至るまで本日はばっちりだ。
「お洒落って、誰の為にするのかしら」
「…それを僕に訊いてどうするのさ」
「ちなみにあたしは自分の為にお洒落してるわ。楽しいから新しいアクセサリーを買って、素敵だと思うから髪型も変えて、綺麗だと思うからお洋服を着るの。お洒落をした自分を鏡に映して、自分がキラキラしてたら、ああ今日も一日頑張れる! って思えるし気合入るし」
「僕に質問した意味は」
「でもさー。他人に褒められると張り合いが出たりするじゃない? やっぱり。今日は髪型綺麗だねとか、今日の服似合ってるよ! とか言われると嬉しいし『よーしじゃあもっとお洋服選び頑張っちゃおうかな!』って」
「…」
 とうとう彼は沈黙を守ることにしたらしく、ハーブティを一口。爽やかな香りはレモングラス、清涼感はミントのそれだ。どちらも孤児院の庭で育てている物だ。一方のレナは、はぁ、と重々しくて仰々しい溜息をついて項垂れる。べたりと机に臥せって頬をついて、上目遣いにヨルを見上げる所作は確かに色気も艶も感じられた。――尤も彼は心が動かなかったが。
「…それで、何の話なの、これ」
「だからねぇ。相手の好みに合わせて服を選んだ方がいいのか、って話。あ、そういえば――」
 成程、とやっとヨルが意味を捕えた辺りでまた話題が切り替わる。
「この間選んだお洋服! どうだった、みんな喜んでくれた?」
 その言葉に、あっという間にヨルは苦虫を噛み潰したような顔へ転じた。美味しいハーブティが一気に苦みを帯びた気さえする。レナはその表情に「あれ、駄目だった…?」と肩を落としかけたのだが、
「…大喜びだったよ。特に娘達。皆して『魔女さんにお礼を言っておいてね』の連呼だ」
「あら、それは良かった! あたしも楽しかったし、良かったらまた選ばせてね!」
「あまり贅沢を教えたくはないんだけどね。うちは金が無いから。…まぁ、男親には分からない事情もあるみたいだし、多少は力を借りるのも吝かではない」
 迂遠な物言いではあるが、彼は彼なりに、娘達への配慮を喜んでくれているらしかった。では何故そんな表情を、とレナは考えて、考えたが分からなかったので今はそれより、と自分の尋ねたいことを優先する。
「それとあと、ほら、娘ちゃん達のお洋服と一緒に選んだ――」
 レナが告げたのは、この孤児院の「院長先生」のドレスのことだった。娘達の洋服にばかりかまけてちっとも自分を飾る気の無い――彼女には彼女なりの事情があってそうしているのだからやむを得ない部分もあるのだが――「院長先生」に苛立ったのと、「白黒しか身に付けられない」という制限を持っている彼女のお洒落、というのが単純に挑み甲斐があって楽しそうだったのも手伝って、レナは大いに張り切り、大いに楽しんで彼女にとっておきの一着を見繕ったのである。
 が、その話題が出た途端、ヨルの表情がいよいよもって陰鬱になった。
「…あら? 気に入らなかった?」
 ヨルは少しの間返答に躊躇をした様である。が、しばし置いて嘆息した。まるで「参った」と言わんばかりに。忌々しげに。
「……綺麗だったよ。母さんの呪いを…色彩が纏えない、という呪いを理解した上でお洒落をさせるなんて芸当、僕じゃ到底無理だ。デザインとモノクロだけで魅せるなんて方法考え付もしなかった」
「そりゃ、ヨルは男で、ファッションにも興味ないんだもん。無理ないわよ。お洒落に関してはあたしの方がずーっと得意なんだから。で、何、何がそんなに気に入らないの」
「あの人が綺麗だって事実は僕が知ってれば充分なのを他の連中にも分かるような形で表現されて嬉しいんだけど腹が立つんだよ」
 わお。
 レナは口の形だけでそう呟いてまずハーブティを飲むことにした。ハーブは魔女が好んで育てる。魔力が宿りやすいからだ。ヨルはハーバルマジックは専門外だとは言っていたが、しかしよく大地の力の沁みこんだ、魔女の身体に良さそうな味がする。それでひとごこちつけてから、レナはぐっと身を乗り出した。ヨルの表情はやはり、少し忌々しげに眉根を寄せたままである。
「――気になってたんだけど、やっぱりヨルって彼女の旦那さんなのねぇ」
 常々、辛辣なやり取りばかり交わしている二人なので、彼を「ハニー」と愛情たっぷりに呼ぶ「院長先生」の方はともかく、彼の側に愛情があるのかどうか些かならず疑わしく思っていたレナだったのだが、存外に彼も熱烈らしい。先の発言はどうひっくり返しても独占欲の表明ではないか。
「何を今更…。籍が無いから結婚は出来ないけど、『母さん』は僕の唯一無二だよ。それくらい想ってなきゃあんな頓狂な馬鹿の世話なんて出来ないと思わない」
「物凄い物言いよね。彼女のどこら辺が好きなの?」
「どこら辺が…?」
 レナの問いに、ヨルは一度目を瞬かせ、思案し、虚空を見上げて唸り、
「……自分でも分からなくて腹が立つ…」
「でも好き?」
「どういう訳だか好きなんだよ。ホントに腹立つ…」
「じゃあ、彼女が、仮にね? ヨルのためにお洒落をしたら、どう思う?」
 彼はその問いに、またしても唸った。あまり得意な分野の話ではないのだろうことは容易に想像がつくが、だからといって無碍にしないのは、レナの問いに意味を感じているからなのかどうか。
「…そうだなぁ。余計なお金を使って、とか、思わなくもないけど、うーん。……正直に言えば嬉しい」
「ほほう」
「複雑だけどね」
 肩を竦めて彼はそう付け加え、レナを見遣った。
「でも僕は、レナさんみたいに自分自身の為にお洒落をする、って発想は好きだよ。ウチの娘達は、確かにドレスを着せたらいつもより背筋を伸ばして歩く様になったし、一人前だ、って自覚をするみたいだ」
 貴女の言うことにも道理がある訳だね、と、彼は少しばかりの感嘆を込めて言い、「改めてありがとう」と頭を下げた。レナはぱちぱちと長い睫毛を瞬かせ、ティーカップの中身をぐいと一息に飲み干す。
「やーね。ガラじゃないわよ、ヨル!」
「…子供の為にお礼を言えないような親ではありたくないからねぇ。いくら駄目な男親とはいえ」
「案外しつこいのね。そういうの、嫌われるわよ? 奥さんはともかく、娘さんに」
 「娘さんに」のくだりは覿面に効いた。奥方に嫌われる分には――というか「嫌われない」という確信があるのだろう。100年は共に過ごしているとか言うから、それくらいの信頼は醸成されているのかもしれない――一向構う素振りを見せないのに、娘には弱い、というのは、世にごまんといるごく普通の「男親」そのもので、レナは微笑ましくなって、にんまりと笑った。
「――ふふ。ご馳走様」
「え? ああ、お粗末様…まだハーブティあるけど、持って行く?」
 そっちの話じゃないわよ、とは思ったけれど、指摘も野暮だろう。レナは秘密を抱えた表情で笑いかけ、ハーブティのお代わりを強請る。
 お言葉に甘えて、土産を持ち帰るのもいいが、
(娘ちゃん達の洋服選びついでに、また彼女の服もついでに選びましょうか)
 淡白に見えて存外に執心が強いらしいこの旦那様を、振り回して楽しむのも悪くは無い。ともなれば、お洒落は果たして誰のためのものか。
(ああ、あたしが楽しいんだから、あたしの為、でいいんだわ)
 そんな結論を一先ずは得て満足し、新しく注がれたハーブティの香りを、レナは胸いっぱいに吸い込むことにする。


PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2015年08月10日

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