『回し傾け干す酒は 』

茨木　弥彦（ka4248）＆酒呑童子（ka4243）

●酒の気配

　その話を耳に入れたのは、本当に偶然だった。
「今日はどれにするかねえ」
　通いの店で酒瓶を見繕う。気に入りの買い置きをきらすことはないけれど、時々は別の味も試したい。
　どんな酔わせ方を、酔いをもたらそうとしてくれるのか。自分が呑まれることはないけれど、酒そのものを楽しむための感覚はフルに使うのが茨木　弥彦(ka4248)の流儀である。
（気分もあるだろうがなぁ）
　自分の好みも勿論だけれど、共に飲む酒呑童子(ka4243)の好みも勿論前提として考えなければ。屋敷にこれから持ち込む酒だ。酒呑の好みそうな、強い酒はと店主にたずねて見繕わせる。同時に、今まで持ち込んだ中で特に気に入った様子を見せた酒も。
　――一両日中には仕入れておきます。
　――前日には引取りに……よろしくお願いします。
　普段なら気にしない、よその会話が気になったのはそんな折。そこに含まれる“特別”を思わせる空気が弥彦の意識を惹いたのか。
「貴重な酒でもあるのかい？」
　店主がニヤリと笑う。気になりますか、と。常連の弥彦相手だからこその間合いで。
「酒好きの感が、滅多にない機会だと言っている……て、とこか」
　その答えは店主の興に沿ったようだ。

（年中おいてる酒じゃない、ねえ）
　酒蔵にはその都度注文して仕入れるようにしているらしいその酒は、せめてこの時期だけは、面倒を減らしてずっと店に置いておきたい位なのだそう。
「そりゃまたなんで……ああ」
　その行事が何かと話を聞いて、弥彦は口角をあげる。
　遊びを思いついた、その時に浮かべる薄い笑み。
　単にこれまで知る機会がなかっただけのこと。だってそれは酒飲みの為の酒じゃないのだから。

●決まった間合い

　ふわりと、何か白い物の気配を感じ取ってすぐ、座っていたその場から飛び退る。
「なんなんですかねェ……アンタは」
　いつものように酒を持ってきた、というわけではなさそうだ。いや、酒の香りはするから、それも用事の一つなのだろうと思うが。
　弥彦の手にある練帽子を面倒そうに視界に収める。
「――酒呑！　こっちでは婚姻の時にしか飲めねえ酒があるってよ！」
　それと、その布を自分に向けることに何の意味があるのか。
「だから俺と結婚しろ！」
　シュッ……バキィ！
「何を言ってるんだァ」
　いくらなんでも無理があるだろう、男同士だ。
　転移してしばらく、この男は何処かの螺子が捻くれてしまったのだろうか。
　……元からのような気もするが。
（どうしてこうなったんだァ）
　視界の端に、白無垢まで見えてきた気がする。気のせいだと思いたい。
　それを直視したくなくて、酒呑は視線を遠くに……
　せめて視界だけでも癒そうと、庭へと向けた。

「なにを思いついたんですか」
　次第によってはただでは済ませないと座りなおす。
「もう手は出されてら」
　問答無用で殴った事を言っている筈の弥彦の声だが、どこか響きがおかしい。
「つまり、責任を取る意味で結婚しろ！」
「もう一度同じ場所にかまそうかァ」
「まあ聞いてからでも遅くなかろ」
　言いながらも二人、互いにいつもの場所を陣取る。
「結婚式で飲む分としてしか卸さないって話でな」
　弥彦の聞いた話とはそういうことだ。
　特別な行事に使う酒だ。酒蔵の方でも、その理由でしか売らないという徹底した専売体制。
　リアルブルーの知識が広まった今、注文件数が増える時期だと言われても。昔からの態度を変えない、例外も認めて貰えない、頑固な一本筋の通った職人たちが作る酒。
（へェ）
　その特殊性がどれだけ相方の関心を惹いたのか、想像に難くない。又聞きの自分でさえ興味を持った。
　だからと言って同意は出来るはずがない。
「男同士だろうがァ」
「んん？　同性婚を認めるところも最近はあるんでないかね」
「それはリアルブルーの話でありますよ」
　確かに転移前に聞いたことはある。
「別にこっちで認めるところがあってもおかしくなかろ」
「だったら何で白無垢なんだよ」
「衣装が揃いでは変だろう？」
　コンビ漫才に見えてしまう、と弥彦。
「俺のこれとアンタのそれを穴が開くほど見つめてりゃいいですよ」
　目隠し布を示す。その間に酒を飲みほしておきますぜ、酒呑が酒瓶を手に取った。
「眼帯じゃ見ても酔えるはずがあるめえ」
「どうせ酔わないだろォ」
「酩酊感は感じますぜ」
「奇遇ですねェ茨木、俺もだァ」
　目が据わっているのは、冗談めかした口調の弥彦が気に入らなかったからだ。
「気が合うな！　だから俺っちと結婚しよう！」
「まだいうかァ」
　ドカッ！
「なにが気に食わないのかね、ちょいと結婚するだけで貴重な酒が飲めるんだが？　実際の所酒呑も気になっただろ？」
　それさえもわかっていて、あえてその言葉を言ってきているのだ。わかっている。よくわかっているとも。
（それがアンタのやり方だという事だってわかっちゃいるんですよ）
　チィッ
　無意識の舌打ちは弥彦の言葉を肯定していることに他ならない。
　弥彦はこちらの対応だって織り込み済みで、その上でこうしているのだ。
　相手をしなければ、終わらないのだ。
「……じゃあ言わせてもらおうかァ」
「聞きますぜ」
「確かに、そろそろ強いだけの酒だけは飽きた気もしましたな」
「だろ」
「限定の酒と言われれば興味は出らァ」
「んむ」
「もうすぐ結婚する友人知人なり探し出して便乗すればいいだけの話であります」
「でも俺達」
「確かに」
　弥彦から帰ってくるだろう言葉を、酒呑だって推測することは可能だ。互いに腐れ縁と認めているのだから、そのくらい。とにかく勢いに乗せて一度弥彦のペースを奪わなければ。
「確かに俺達はまだ転移してからそう経っていない、知人もまだ数えるばかりで何より結婚間近の者なんて思い至らない。だから式に呼ばれるようなことは無いとわかってるのであります」
「おう、だから」
「わかってはいるが常識を考えろ、認められている？　前例がある？　それとこれとは話が別だァ」
　何よりも一番言いたかったことはこの後だ。一度深く息を吐いて整える。
「大体」
　再び息を吸いなおす。
「何で俺が女役だァ」
　大声ではない。けれど屋敷の空気を震えさえる程。
　斬り捨てるぞと剣を握るのはその感情をより強く示す為だ。そして弥彦の妥協を引き出す為でもある。最初こそ、遊び目的、酒目的だとわかっているからこそ抑えもしたが。
　こうして言葉にしてみると、思って居た以上に自分の腹が据えかねていたことが分かる。
（どう落とし前付けてくれようか）
　カチリと抜いてしまいたい気がその手をわずかに震わせた。

（そうこなくちゃあ）
　やぁっとこっちを見る気になったか。僅かに口角をあげる。持っていたはずの酒瓶も置いたままこちらを見据える酒呑を見やり、弥彦の目には楽しそうな光が煌いた。

●青と紅の立ち位置

「酒呑が適役だろう」
「俺の方が上背がありますな」
「でもなあ、ほら」
　わざとらしく無遠慮な視線を互いの体に走らせる。
「俺っちの方が」
　チャキッ
「あー……酒呑の方が細かろう？」
　着眼点を変えて、薄皮に丁寧に包んだようでいて、的確に一点をついている。
　別に酒呑が女性らしいというわけでは断じてない。２人とも十分すぎるほど背は高い。
　ただ二人を並べたら。客観的な話だ。
（それだけでもなくて）
　――鬼のような
　この言葉に続くのは、猛々しさ、残虐さ、闘い方……様々に、そして矛盾したような例えも含まれるほど多くあるが、その中でも抜きん出て光る言葉。
　美しさ。
（見てくれは秀麗だと思うんだがな）
　明確に言葉にはしたことが無いけれど、弥彦は昔からこの相方を美しいと認識している。
　そういう弥彦自身も男性的な、それこそ男性的な魅力を持っているけれど。酒呑はその格が違う。
　これでもう少し愛想があれば、せめて舌打ちを抑えれば人も集まるだろうにと思ったことは数知れず。
（……増えても俺っち寂しがるか？）
　ならば、このままで。

●縁と紫

「これで居て結構支度に気張ったんだぞ？」
　聞いてくれとばかりの態度は、労って欲しい合図に同じ。強行の姿勢を止めた事と同じでもある。
「……何をだァ」
　だから酒呑も勢いを収めた。酒の肴に聞いてやってもいい、その程度の妥協だ。弥彦の口調は酒呑の反応を面白がるものへと変わっている。あまり図に乗らせるつもりもなくて、ただ呆れたため息が漏れた。
（鼻で笑ってやりますよ）
　思い出したように一度置いた酒瓶を手に取る。用意する杯は二人分だ。
　その合間に弥彦も他の瓶をいつもの場所に置いていく。買い置きは所定の場所に、新しく見繕ったものはそれと分かるよう少しずらして。

「あるところにはあるもんで」
　酒呑の体を覆える程の白無垢、その時点で柄をどうこう言える状態ではなかった。ただ、寸釣天になりそうでならない、ふきが少し宙に浮く程度が辛うじて許容範囲と言ったところか。
「……そんな滑稽な格好誰も得しねェな」
「どうだか」
　見つけたという結果成果を見ろとばかりに。
「それより、今日は少し違うやつも……どうだ？」
　シソの酒に、更に緑鮮やかな葉を添えて。香りが更に際立つそれはどこか爽やかな空気を運んでくる。
「ゆかりの酒……なんて、結婚式の杯みたいで面白かろ」
　本当に式をするとは思っちゃいない、と遅まきの弁明を繰り出す弥彦に酒呑が冷たい眼差しを向けた。
「まだその話続けるんですかね」
　この酒で帳消しにしようと思ったがやはり切らねばならないかと嘯く。
「口直しにいつもの酒もあるじゃないか」
　結局は酒が呑めればいいということなのだ。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka4248／茨木　弥彦／男／24歳／闘狩人／涼しき青は常に醒めて】
【ka4243／酒呑童子／男／24歳／闘狩人／熱き紅は磨酔い続ける】

水の月ノベル

石田まきば

ファナティックブラッド

2015年08月18日