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『黒南風の腕 』
白藤ka3768
●黒南風
「はぁ、うっとおし雨」
 重く暗い空、合流地点まではあと少し、情報が確かならば未だ武装集団の勢力下へ入っては居ない、それが分かって居るからか、少しぼやくように呟くのは何処か年齢より幼さを感じさせる表情の白藤。
 腰までの長い髪を邪魔にならないように纏め、カーキ一色に染まった装備に、使い慣れた銃。
 リアルブルーの有り触れた一日。
 某所森の中、よりにもよって木々の中を歩く視界さえ霞む豪雨の所為でブーツは粘度の高い泥に塗れ、身体中ずぶ濡れでずっしりと重く、ちらりと脳裏に浮かぶのは。
「……あちらも雨やろか……?」
 まさか、梅雨でも有るまいし、でも時期は合っとるな、思わず小さく口元に笑みを浮かべると先行する仲間へ目を向ける白藤。
『シュッ、ヒュッ』
「ヒュッ」
 前を行く仲間からの微かな合図と手の動きに頷き短く返すと、さっと表情を引き締めて然りと銃を握り直す白藤。
 どうやら既に戦闘が始まっている様子、合流地点に有ったはずのコンクリートの廃屋の様子に違和感を憶えつつもさっと視線を巡らすと、仲間達と目配せをし駆け出すのでした。
「ありえへん、どないに考えても」
「情報が少し古かっただけで、数が削げていただけなんじゃないのか?」
「最終確認から一日やそこいらで半減するわけないやろ」
 基地への帰投、トラックの荷台に揺られ何処か納得いかないように言う白藤に、ヘルメットを外して肩を竦める仲間の傭兵、作戦は、結果だけで言えば完全なる勝利、しかしどう見積もってもテロリスト達の数が合いませんでした。
 当然、周囲の探索も行い残された資料も押収したものの、確かに交戦もありそこを引き払った訳では無いことは明らかとしても直ぐ直ぐ結果が分かるわけではなく。
「ま、何にせよ俺らは熱いシャワーで泥を落としてかわいこちゃんといちゃつきながら次の作戦待ちって訳だ」
「白い毛並みの別嬪サンに宜しゅう伝えといてや」
 基地に着いたトラックから降りながらそう言えば、血相を変えて駆け寄る一人の女性。
 白藤にとっては姉と慕う親友の一人、駆け寄る様子に怪訝そうに首を傾げて迎えれば、目の前まで来てから、一瞬言葉に詰まった様子で。
「どないしたん?」
「……っ、いい、とにかく落ち着いて、聞いて」
 シャワー浴びてからじゃ駄目なん? と言い掛けた言葉は、女性のあまりに真剣な表情を見て飲み込んでしまい。
「……」
「……ぇ、あ、今、良く聞き取れへんかって……」
 まるで脳がその言葉を拒否するかのように、うまく聞いた言葉が染み込んでこず、震える声で何とか口を開く白藤に、噛んで含めるように改めて口を開く女性。
「待ち伏せに、遭ったんだ」
「い、いや、やなぁ……そんな……」
 微かにまるでそれが冗談で有ったかのように白藤は笑って流そうとするも、擦れた息しか吐き出せず、目を伏せる女性。
「うそや……そんなん、なんで……!?」
「落ち着きな白藤」
 宥めようと肩にかけた女性の手を、白藤はぱしっと振り払うと、耳を塞いでこれ以上聞きたくないとばかりに首を振って。
「嘘や! なんでそないなこと言うんや!」
「白藤……」
 白藤に告げられたのは、親友と呼べる女性とそして兄代わりとして慕って居た男性、この戦友二人の死。
 半ば八つ当たりのような言葉は、戦死した二人と、そしてこの女性との繋がりの強さから出たもの、それを理解しているからか、痛ましい表情を白藤へと向ける女性。
 周りはその白藤に気遣いするでもなく、寧ろ情報がどこから漏れたか、内通者がいるのではと俄に慌ただしくなっています。
「信じひん、うちは…あの子も兄さんも……嫌や……嫌や!」
 二人の死に打ちのめされる白藤にそっと歩み寄ると、女性はぐっと強く肩を抱いて白藤を立たせ、部屋へと送るのでした。

●暗き腕に抱かれ
 嫌な雨、幾ら対策をしようともじっとりと肌に張り付き。
 簡単な筈の、輸送車の護衛。
 崖の方にさえ、道さえ外れなければなんてことはない任務を、雨が視界を遮る霧と成って憂鬱なものへとしていて。
 前を見れば、兄さんと、彼女が言葉を交わしているのが見え、じわりと身体を冷やす雨にまるで絡め取られたかのような感覚、吹き抜けた風に必死に口を開いて警告を発そうとするも、まるで押し留められるかのように二人に近付くことが出来ません。
「……どうしたの?」
「しっ、可笑しいんだ、生き物全く――」
 その言葉が最後まで発せられることはなく、本当に微かな破裂音と、弾け飛ばされる兄さんの姿。
 強い風が雨を叩き付け、藻掻きながら銃を向けようとするのに腕は鉛のように重く、べっとりとした重みが絡みついて足を踏み出すことも出来ないまま、白藤は為す術も無く倒れた兄さんの姿を見ていることしかできず。
 焦れば焦る程雨は絡みつき、沈み込むように足を取られ転倒すると、必死でもう一人の親友を目で捜すも、視界に入るのは飛び出してきたテロリスト達と倒れ伏す他の傭兵達の姿で。
 崖の側に転がるその身体を踏みつけ、更に数発撃ち込んで崖下へと蹴り落とす、テロリスト達の耳障りな笑い声が、強い雨音の中でも何故かはっきりと耳に届きます。
 必死に這って近付くも、視界に入るのは血に塗れ枝に引っかかったドッグタグが一枚、泣き叫びながら更に探せば、崩れた崖ともう一枚の、ドッグタグ。
「―――――――っ!!」
 必死でドッグタグを掴もうと手を伸ばし、そのままに跳ね起きた白藤は、荒い息のまま、今どこに居るのか咄嗟に判断できずにいて。
「っ、あ、ぁ……っ」
 震えながら掴んだはずの血に塗れたドッグタグを確認しようと手を見て、そこに何も無い事に気が付き、漸くに夢であったことを理解して。
「っ、う、うう……」
 クリムゾンウェストの自室、日が変わって大分経つ頃合いで、下の酒場も既に静まりかえっている中、白藤の耳に入るのは建物や周りの木々へと打ち付ける雨音だけです。
 頬や額には汗で濡れた髪が張り付き、肌にも汗にぐっしょりと濡れたシャツが張り付いていて、体を震わせながらゆっくりと手で額を拭って髪を避けて。
 3年前から、幾度となく見る悪夢。
 異常な喉の渇きと、まるで雨に打たれたかのような汗に濡れじわじわと冷え込む身体。
 ちらりとベッドサイドを見れば、二枚のドッグタグと、寄り添うように置かれた十字架。
「待っとるうちは……あほやろか」
 結局、基地へと戻ったのはドッグタグのみで、運び込まれた幾人かの亡骸の中に、二人のものは無く、それが二人の死を自分の中で整理することが出来ない理由でもあります。
「そやけど……あほかて、かまへん……」
 手を伸ばしてそっとドッグタグと十字架を手に取り、見つめていれば視界がぼやけるような気がして、ぎゅっと目を瞑りドッグタグと十字架を握りしめる白藤。
「早よ、帰ってきて……」
 ドッグタグと十字架を抱き締めるように胸に抱え、膝に顔を埋めて顔を歪めると、白藤は絞り出すような今にも泣きだしてしまいそうな声で未だ叶わない願いを呟いて。
 白藤の願いをまるで掻き消すように、夜の闇の中、風雨は更に強さを増してゆくのでした。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3768 / 白藤 / 女性 / 28歳 /イェーガー】
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2015年08月18日

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