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『思い描く物語は夏に消えゆく 』
ルチャーノ・ロッシjb0602)&オルガノ・ヴィエリjb3711

 今、どこを歩いているか分からない。
 身体は重く、自分のものではないかのよう。
 どこかで身を休めなければ。
 目の前に、大きな建物がある。
 ここで───

 自らが崩れ落ちたことも分からぬまま、彼は意識を手放す。
 容赦ない夏の日差しが降り注ぎ、滲ませた汗が流れる血と交わり、地へ落ちる。
 地が吸うのは、彼の意識かそれとも───

 館の前で、若い男が倒れている。
 所用を済ませて外出先から帰ってきたルチャーノ・ロッシ(jb0602)は知人達と住まいを共にしている館で、『ソレ』を見つけた。
 顔はよく見えないが、恐らく若い男だろう。
 金の髪を持つ───
 ルチャーノは止めていた足を動かし、館の扉を開ける。
 『コレ』は、自分には関係ないもの。
 知人の誰かが勝手に何かするかもしれないが、関わるつもりはない。
 特に気にする必要はないと無視することにしたのだ。
 自室に戻り、ナイフを手にした。
 ナイフと言っても、その種類は多岐に渡る。
 寝る時に傍に置くならば、奇襲された際に咄嗟に掴んで投擲も出来るもの、重量よりも飛距離やスピードが出易いもの重視だ。
 接近戦に持ち込めば、威力重視、敵を確実に仕留められる重量や刃渡りを考慮する。
 いずれにせよ、銘がなくとも手に馴染み、敵を仕留められるものが良い。
 が、手入れを怠れば、どんな武器もただのなまくらである。
 ひとつに拘る訳ではないが、手に馴染む効率の良い獲物をぞんざいに扱う理由もない為、手入れは行うようにしているのだ。
 ナイフの威力が落ちることなどないよう注意を払い、まずは布に軽めのオイルを含ませ、汚れを落とす。
 ゆっくり丁寧に汚れを落としていき、錆がないか一通り確認する。
 錆があれば、錆びた部分を除去する必要があるが、今の所ない。
 砥いでおくかとナイフを砥ぐ準備をし、ふと、夏の日差しが強いことに気づいた。
 時計を見れば、自室に戻ってから、1時間は経過している。
 今1番日差しが強い時間かと思ったルチャーノはカーテンを閉めるべく窓辺に歩み寄り、ふと、窓の外へ視線を移した。
 目に映ったのは、先程放置した『ソレ』。
 何故、目に入ったのか。
 視界に入っただけだと思うものの、『ソレ』がまだそこにいるのが不愉快でならない。
 何故、不愉快なのか。
「……」
 ルチャーノは何に対しての感情なのか判別がつけられない。
 葉巻に火をつけ、紫煙を燻らせるが───やがて、自室を出た。
(らしくもないことを)
 扉を開けると、動く様子もない男は初めて目にした時と同じように倒れたままだ。
 不愉快であるが為の行動、言ってしまえば気紛れか。
 或いは、別の何かか。
 自身の今を説明出来ぬまま、ルチャーノは男を担ぎ上げた。
 金髪が揺れ、顔立ちがよく見える。
 見た所、まだ20歳前後だろうか。
 担ぎ上げられても意識を取り戻す気配されないが───
「……」
 ルチャーノは、名も知らないこの男が堪らなく不愉快だった。

 誰かが、去ろうとしている。
 後姿で誰かは分からない。
 けれど、追わなければと足は動く。
 追いかけているのに、距離が縮まらない。
 遠くなっていく黒髪のその人は、振り向きもせずに置いていく。
 待ってください。
 そう言いたいのに、声が出ない。

 ルチャーノは、葉巻を燻らせていた。
 応接室のソファに寝かせたが、この男は一向に目が覚めない。
 外の蝉が五月蝿い位に鳴いているのがよく分かる程の静けさは、逆に苛立ちを呼ぶ。
(馬鹿馬鹿しい)
 ルチャーノは、心の中で吐き捨てる。
 葉巻を燻らせても、心の安寧は戻らない。
 音もない応接室の静けさが、苛立ちを煽る。
 その苛立ちの原因は、無意識の内に自分の視線が男へ向いていることだ。
 手持ち無沙汰であるのに、この男が目覚めるのを律儀に待っている。
 ああ、酷く苛立たしい。
 頭の中で警告音が鳴り響いている。
 気がついてはいけない。認めてはならない。
 この男を応接室に運んだのは、館の前で死なれるのは面倒だからだ。
 それだけのこと、それ以外には何も意味はない。
 この男が目覚めれば、全て終わり。
 自分は自室に戻り、男は勝手に出て行けばいい。
 そうすれば、全て終わり。
 酷く苛立たしい気持ちも収まるだろう。
 ルチャーノは、葉巻を灰皿に押し潰した。
 だが、ルチャーノは自身のことであるが故に気づいていない。
 気がついてはいけないと思った時点で、気づいているということ。
 認めてはいけないと思った時点で、認めてしまっているということ。
 無視しなくてはいけないという意識は、逆に自分自身が意識している事実である。
 思い出そうとして、否定したもの。
 それは、ルチャーノの『汚点』。
 この男にその『汚点』の面影を感じてしまったことなど、ルチャーノは忘れられないものであるが故に理由を考える間もなく自然にそう思った事実を無意識に否定している。
 その否定が自身への酷い苛立ちと正体不明の不愉快さと嫌悪感として姿を現しているのだが、ルチャーノは、自身のことであるが故にそれらに気づけない。

 待ってください。
 黒髪のその人を引き止めたくて、声にならない声を何度も上げ、手を伸ばす。
 けれど、黒髪の誰かはこちらへ振り向くことなく、まるで幻のように消えてしまった。
 無情に、無慈悲に、無関心に。
 最初から認識されていなかったかのように振り向くことなく、黒髪の人は消えてしまった。
 どこへ行ってしまったのだろう。
 悲しみに眉を寄せ、その人を呼ぼうとし───

 見慣れぬ天井が、目に映った。

「……?」
 ここはどこだろう。
 そんな疑問が頭に浮かび上がる。
 構成されていくのは、途絶えるまでの出来事。
 視線を移すと、黒髪の男が夏の日差しを背にするように立っている。
 逆光で顔は良く分からないが、纏う空気が重く澱んでいるような気がした。
「起きたな、出てけ」
 一切の余地を挟まぬ口調に温もりの気配などない。
 温度さえ感じさせず、彼は応接室の入口へと歩いていく。
 その背中を、何故か追わなければいけないと思った。
 直前に見た夢がそうさせたのかもしれないが、去る男を追う男からは淡雪のように消え去っている。
 理由なき明確な動機で、ただ、ひたむきに追う。

(気の所為だ)
 ルチャーノは、追う男の気配を感じながら足を止めることはない。
 あの男が目覚めた時、心のどこかで安堵を感じたなど、気の所為だ。
 いや、何故、それが安堵だと思ったのか。
 そもそも、何に対して安堵したのか。
 不愉快だ。
 苛立つ。
 そう感じる自分もそう感じさせる男も何もかも。
 追う男を拒むように自室へ戻るが、ドアを閉めるよりも先に男が隙間へ足を滑り込ませた。
「まだ、何もお礼出来ていません」
 男は足を除けてドアを閉めようとするルチャーノへ、そう言って譲らない。
 ルチャーノはさっさと出て行けばそれでいいのに、お礼をしなければいけないと勝手に思っているようだ。
 命の恩人とでも思っているのだろうか?
 ルチャーノが口を開こうとした、その時だ。
「……ここに置いてはいただけませんか?」
 耳を、疑った。
 だが、目の前の男は冗談を言っているような顔つきではない。
 オルガノ・ヴィエリ(jb3711)と名乗った男は、譲る様子もなくルチャーノを見つめている。
「……」
 ルチャーノは、顔を歪めた。
 何故、終わりにならない。
 不愉快な嫌悪感も苛立ちも収まりそうにない。

 そう、ルチャーノが思い描いたような展開には、なりはしない。
 何故なら、これは、彼だけの物語ではないからである。

 外は、五月蝿い位蝉が鳴いている。
 これは、宛てもない感情を抱く人間の男と、後に、粗雑に扱われようとも男の飼い犬となる天使の男の話。
 彼らが初めて過ごした、ある夏の昼の話───その先の話は、また別の機会に語ろう。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ルチャーノ・ロッシ(jb0602)/人間・男/44/ルインズブレイド】
【オルガノ・ヴィエリ(jb3711)/天使・男/19/アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注いただき、ありがとうございます。
会話を極力少なくとのことでしたので、夏ならではの外の空間と何もない静かな部屋のギャップと、その中でルチャーノさんの心情を追えればと執筆させていただきました。
少しでも思い描くものに副えていれば幸いです。
野生のパーティノベル -
真名木風由 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年08月18日

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