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『 白昼に蠢くナイトメア 』
帯刀 弦ja6271)&音海 宗佑jb7474

●Side S
 いつもと変わらない一日が終わる。
 寮の部屋に帰り、夕食を取り、入浴を済ませた後は、心地よいベッドに身体を横たえる。
 その記憶に嘘はない。変わらない日常は、変わらないまま明日に続く。

 はずだった。

 開いた目に見えるのは暗闇。
 耳に届くのは低く唸るようなモーターの音。
 鼻を突く異臭。薬品の匂いと、一瞬で嫌悪感を覚える『何か』の匂い。
 そして背中にあたる固い寝台の感触。
 眉間を揉もうとして手を上げようとするが、手が上がらない。
 そこでようやく自分の身体が、何かで捕縛されていることに気がついた。
「何だ、これは」
 声が出たことに僅かに安堵する。

 そして考える。
 俺は誰だ?  音海 宗佑、久遠ヶ原学園大学部四年生。
 大丈夫、しっかり覚えている。
 試しに手を引き上げてみた。皮膚に食い込む紐の感触。動く度に寝台が軋む。
 そこから思い切り力を籠めると、革紐が音を立てて千切れた。

 自由になった足をそっと下ろす。固く冷たい床だった。
 宗佑は『炎焼』で明かりを灯した。
 アウルの力は使えるらしい。だがそれに安堵する暇もなく。
「なんや、これ……!」
 普段はもう使わない方言が口をついて出る程に、異様な光景だった。

 近くの作業台らしき場所には、大小の刃物、注射器、細いチューブなどが転がっている。傍のワゴンには、不気味な色合いの薬品が入ったガラスの器。
 床は拭き取った跡もくっきりと、どす黒く汚れていた。
 何よりも宗佑の嫌悪感を呼び起こしたのは、自分のいる寝台に並んでいる別の寝台の上に置かれた、丈夫そうな袋だった。
 ひとつは空のようだが、もうひとつは異様に膨らんでいる。
 それが『何か』は何となく想像がついた。だが敢えて頭からそれを追い払い、こみ上げる物を押さえこんで、よろめきながら壁に近付いて行く。

 コンクリート打ちっぱなしの、どことなく湿り気を帯びた壁が四方を取り囲んでいた。壁の一角には扉がある。
 宗佑は扉を丹念に調べてみた。だがそこには鍵穴も取手もなく、手の届く高さにあるテンキーと液晶画面が扉を開く手段と思われた。
 暫く考え、いきなり叩き壊すのは思いとどまる。
(ぶっ壊すのは最後の手段だ……)
 その後、何が起きるか予測がつくまでは。
(少なくとも暫くは生かしておくつもりのようだしな)
 どうにかするつもりなら、眠り込んでいた間にチャンスはいくらでもあったはず。
 宗佑は唾を飲み込んで室内に向き直った。


●Side Y
 きっとこれは運命だ。
 はじめまして、僕は帯刀 弦っていうんだよ。
 聞こえないかな。聞こえないよね。君はぐっすり眠っているんだから。
 そうだね、でももしかしたら普段は感知できない脳の奥の底には、僕の言葉も届いているのかもしれない。
 虫が幼虫の餌となる生き物に卵を産み付けるように、植えつけられた僕の言葉は意識の奥にひっそりと息づいて、いつの間にか君の精神に影響を及ぼすかもしれない。
 尤も、それを見届けるだけの時間はないんだけどね。

 うん、君の本当の名前は音海 宗佑か。いい名前だね。でもそんな名前はすぐに無意味になるよ。僕がじきに新しく名前をつけてあげるからね。
 身長182cm75kg、男性、中々にハンサムだね。そして非常に理想的な体型だ。
 運ぶのに重いのが難点だけど、それは仕方がないかな。

 何も知らずに眠っている君。
 一呼吸ごとに胸が規則正しく上下しているね。生きている証拠だ。
 でも知ってるかい? 何かの本で読んだんだけどね、人の寿命というのはつまり呼吸の回数なんだよ。決まった数の呼吸をしたところで寿命が来るんだ。だから早く息をするほど人は早く歳をとるんだって。あれ、ちょっと違ったかな? まあいいや。

 うん、これでよしと。
 革紐なんかその気になれば千切ってしまうだろうけど、無いよりはましだ。ここで暫く眠っていてね。
 残念だけど疲れてしまったからここで休憩だ。僕も少し寝ることにするよ。
 ただ僕は寝つきが悪いからね、薬が欠かせないんだ。自分で調合した薬だから、僕には一番効くんだよ。
 さて、いつもの寝床に潜り込もう。
 そろそろ使い物にならなくなってきたところだったから、本当に嬉しいんだ。
 ではおやすみ。
 次に起きたら、僕のものになろうね。


●閉じた部屋
 最後の『炎焼』を絶望的な思いで灯したところで、宗佑はようやくLED式の懐中電灯を見つけた。
 これで暫くは明かりに不自由しない。
 指向性の強いライトで天井付近を撫でるように照らして行く。細い換気ダクトを辿って行くと、その先は上に折れ、見えなくなっていた。換気扇の音はそこから聞こえて来る。
 壁に沿って薬品棚があった。
(何か劇薬でもあれば、扉に穴を開けられないか?)
 手をかけると、扉の中央部あたりでガチリと音がした。鍵がかかっているらしい。
 宗佑は迷うことなく真ん中にメスを叩きつけた。
 二度、三度。ようやく鍵が壊れる。
 そこには幾つかの薬品、そして一冊のファイルがあった。
 中を確かめると、複雑な化学式や外国語がびっしりと書き込んである。
 宗佑は慎重にファイルの様子を確認し、一番よく開いているページを特定した。
(何か数字が書いてある!)
 急いで扉の方へ向かうと、テンキーでその数字を叩きこむ。
 だがそもそも電源が入っていないのか、扉も液晶画面も沈黙したままだった。

 それからも宗佑は部屋の中を丹念に調べて回った。だが手掛かりは何もない。
 いよいよ扉を壊すしかないか。そう思った時だった。

 ごそり。

 一番見たくない方向から、何かが動く音がしたのだ。
 宗佑の心臓が一瞬縮みあがったが、すぐに落ちついた。
(驚かせやがって……)
 何が入っているにせよ、動くなら大丈夫だ。
 あるいは、宗佑の感覚は終わらない異常な体験と異臭に、少し麻痺していたのかもしれない。
 いっぱいに膨らんだ大きな袋の、大きなファスナーに手をかける。
 開けてみろ。
 やめておけ。
 自分の中の葛藤を振り切り、力いっぱいファスナーを引いた。
 その瞬間、LEDライトが浮かびあがらせたのは、長い黒髪とその隙間から見える白い頬。
 声にならない悲鳴が宗佑の喉を震わせる。

「う〜……ん……」
 随分と呑気な声だった。それが宗佑の意識を、どうにか現実に繋ぎとめる。
「何だ、動いたのはこいつか」
 宗佑は恐る恐る、眠る横顔を覗き込んだ。
 若い男だった。実に幸せそうな、安らかな顔をしている。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
 力を入れて揺さぶると、嫌々をするように身体が揺れる。余程深く眠っているらしい。
「おい起きろ。お前も危ないかもしれな……」
 横向きになった身体を仰向けにしようと、袋の口を思い切り開いた宗佑は、白衣の男が抱きついていた物に気が付き、今度こそ言葉を失った。
「う、わ……!」
 飛び退った拍子に隣の寝台に背中を打ちつけ、息が止まる。
 派手な音を立てて床に尻もちをついた宗佑の目の前で、白衣の男が袋から転げ落ち、床に音を立ててぶつかった。
 だが、男が目覚める気配はない。

 ふと見ると、男のポケットから何かが飛び出していた。
 手掛かり欲しさに思い切って引っ張り出し、紙片を広げる。
 そこで宗佑は、身体中の血が逆流するかのような怒りを覚えた。
 紙片は地図サイトをプリントアウトしたものだった。書き込みがある。地図は宗佑の寮を示しており、書き込みは宗佑の名前だったのだ。
「ふざけやがって……!」
 宗佑は白衣の男が自分の今の状況に関わりがあると悟る。
 すぐに薬品棚に駆け寄り、中の瓶を持ち出した。
 白衣の男の顔のすぐ傍に瓶を叩きつけると、気の遠くなるような酷い匂いが立ち昇る。アンモニア臭だ。
「う……ん……?」
 白衣の男が眉をしかめ、身じろぎした。宗佑はその襟首を掴んで引き起こすと、激しく詰め寄る。
「俺はお前の玩具でも実験体でもない! ここから出せっ……!!」

 * * *

 遠ざかる足音。
 弦はぼんやりと開いたままの扉を見ていた。
「ああそういうことなんだ。君は中々面白い男だったようだね、もう少し早く分かっていれば色々と楽しめたのに。それにしても……」
 次第にはっきりして来る意識。耐え難い匂い、どうやら落ちたときに打ったらしい肘や膝、そして頭の痛み。
「これはすごいね。眠って起きたらすごいことになっているね。ああ、とても素敵だ。どうしよう、楽しくてたまらないんだよ。君を失ったというのにね……!」
 弦は床に突っ伏し、ひとり肩を震わせた。
 慟哭するように。あるいは、喜悦にうち震えるように……。


●陽炎の彼方
 あれから数日。
 宗佑は鈍い疲労を感じながら教室を後にした。
 今、陽炎に揺れる光景の中では、あの出来事は幻のように思える。
 戻って穢れを流すようにシャワーを浴び、疲れ切った身体をベッドに横たえ、目覚めた時にはいつも通りの自分の部屋だった。
「夜中にうっかりホラー映画でも見たんだっけ……?」
 行き交う人波に流されるように歩いていた宗佑は、突然電気が走ったような衝撃を受けた。
 微かな異臭。視界の隅を横切る白衣の裾。
 心の奥底で何かが蠢いた。
 低いモーターの音、湿ったコンクリートの壁、見てはならない物。

 ようやく呼吸を取り戻した時には、『彼』の痕跡は消えていた。
 宗佑は夏の日差しの中、額に滲む脂汗を拭うのも忘れてその場に立ち尽くすのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6271 / 帯刀 弦 / 男 / 18 / 白衣の眠り男】
【jb7474 / 音海 宗佑 / 男 / 21 / 悪夢を見た者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回はあまり書いた事のない内容でしたが、ご指定通りにホラー系脱出ゲームの雰囲気が出せていましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
野生のパーティノベル -
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エリュシオン
2015年08月18日

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