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『アツイキセツ 』
佐久間 恋路ka4607)&尾形 剛道ka4612

 ギラギラとした太陽が空を陣取っている。
 その所為で世界は息をするだけでも暑い。

 真夏、猛暑日、『わけあり』の者が集う葡萄の館。

「暑い……」
 我知らず口をついた言葉。今日で何度目か。尾形 剛道(ka4612)は忌々しげに窓の外のド快晴を睨み付ける。
 暑さにやられて力なく歩くその手には、絞ってもいない濡れタオルが二枚。ぴちょん、ぴちょん、足音と共に水滴が落ちる。
 普段はちらほらと館の住人を見かけるのだが、皆暑さでだれているのか、人っ子一人見当たらない。館の主人に冷たい食べ物でもねだりにいこうか、そんな考えが脳を過ぎる。
 と――何とはなしにやった視線、中庭、夏に茂る木々の影。その中に、ぐっでりと。佐久間 恋路(ka4607)が座り込んで、ボーっとした顔で涼んでいる。ボーっとした顔なのは本当にボーっとしているからか、暑さにやられたからか。
 恋路は猫のように涼しい場所を求めてここにやって来たのだが、木陰でも暑いもんは暑かった。脳味噌が沸騰しそうなほどに。
 やれやれ。剛道は歩調を変えぬまま恋路へと近付いた。傍まで来ても彼は気付かない。生死確認も兼ねて、濡れタオルの一枚を遠慮なく彼の頭へ、べしょり。
「せめて絞ってくださいよ……」
 返事があったので取り敢えずは生きている、が、半ば死んでいるようなもの。
「……ちったァマシになンだろ……」
 答えた剛道も半ば死んでいるようなもの。だって暑い。彼も濡れタオルを頭に乗せた。滴る水がヒンヤリとして心地いい。それは恋路も同じようで、口ではああ言ったものの、頭からタオルをどける様子はなく。
 二人して頭から水を滴らせながら。炎天下よりは焼け石に水程度に涼しい木陰の下、ボーっと見上げたのは青い空。雲一つない。
 会話はない。声を出すのもだるいからだ。

 恐怖性愛(オートアサシノフィリア)。
 食うか食われるかの殺戮愛好(ボレアフィリア)。

 そんな二人が揃えば、互いの欲を満たし合う為に殺し合うのが日常、なのだが、この暑さ。指一本、動かすことすら億劫で。
「暑いですね……」
「言われなくても分かってる……」
 ぴちょん、ぴちょん、顎先から滴る水の音。ちょっと肌に触れればすぐ温くなる。
「今、何時ぐらいですかね……」
「まだまだ日は沈まねェぐらいの時間だな……」
「なんでこんなに暑いんですかね……」
「知るかよ……」
「アイス食べたいです……」
「食ってこいよ……」
「動くのがだるい……」
「じゃあ言うなよ……」
「暑いですね……」
「知ってるっつーの頭沸いてンのか……」
「沸きそうです……」
「あー……まァ……否めねェわな……」
「暑い……」
「うるせェ……」

 そんなこんなで、男達は今日も猛暑に殺されることなく、無事に日中を乗り越えたのであった。
 夕方になれば日中のような暑さは幾ばくか和らぎ、夜になれば風も吹いてきて。

 ――葡萄の館からは程離れた、とある廃墟。
 硝子の消えた窓から吹き込む夜風が、ガランドウの空間を冷やしてゆく。

 座り込んだ剥き出しの床は水のような温度。恋路は『いつもの場所』で、片方だけの目を夜空に向けていた。その様子はどこか――デートの待ち合わせ。恋人を待っているかのような。

 かつん。

 響いた、高く硬い足音。
 恋路はその足音の主を知っている。
 存在を隠しもしないピンヒール。
 けれど気付かないフリ。期待を込めて。

 かつん、かつん、かつん。

 近付いてくる足音。
 それでも振り返らない声をかけない。
 徹底的、無防備のフリ。さぁどうぞ早くして早く早くここにいるから、ねだるように。
 ぞくぞく、口元が緩むのは、きっと見えまい。

 そして直後だ。

 視界に火花――蹴り飛ばされたのだと知る。力一杯、だ。
 ゴミクズのように転がって、けれど恋路は歪な笑みを浮かべて顔を上げる。
「ああ、こんばんは剛道さん」
 さも「今気付いた」かのようなバレバレの嘘。ピンヒールを履いた大男、剛道がじっと恋路を見下ろしていた。
 くつくつ。剛道が含み笑った。嬲るような、嗜虐的な視線を向けて。
「誘ってンのか?」
「……貴方こそ」
「は、は、は。じゃァ話は早ェ」
 身構える。
 張り詰めすぎた殺気。
 けれど互いの顔には、笑み。
「満たしてくれよ恋路ィ、なァ!」
「ええ、ええ、貴方ならそう言ってくれると思いました。俺のことも、満たしてくれなきゃ困りますよ?」
「分かった分かった。滅茶苦茶にしてヤるよ」
「勿論。俺は喧嘩は嫌いなんです。半殺しじゃぁ、これっぽっちも満たされ無いんですよぉォッ!」

 踏み出したのはどちらからか。

 剛道の前蹴りをかわした恋路が、踏み込む勢いのままに彼の横面を殴り飛ばした。
 のけぞる頭部、半歩下がる足。だが剛道の手は恋路の髪を掴んでいて。
「しっかり味わえよオラッ!」
 強引に引き寄せながらの、頭突き。
 ガツンと揺れた頭部、脳に、恋路の意識の焦点がブレる。切れた額からは真っ赤な血。ぬるりとした温度が、滴る。
「骨の髄まで味わうつもりですよォ、ッハハハハハ」
 舐め上げる鉄の味。頬から顎へと滴る液体に、恋路はふと昼間のことを思い出していた。
 あまりの暑さに動けなかった昼間。けれど肉体に反して欲望は募る。ケダモノめいた感情が溜まる。欲求不満――お互いに。
 そして限界を迎えた想いは、夜になってはち切れた。ひとたび目覚めた獣性は欲のままに荒れ狂う。殺したい、殺されたい、殺したい。心臓がきゅうと絞まるような感覚は、火傷しそうな恋慕に似ている。恋は盲目、恋は病、恋煩いとはよく言ったもので。
 そう、普通じゃない。お互いに普通じゃないし、尋常じゃない。二人の感情は、殺し合わないと満たされない。異常だった。だが互いに気にすることなど一切なかった。

 己の『異常<欲望>』に応えてくれる、受け止めてくれる、稀有でいて似た者同士でいてお気に入りの相手。
 故に『求め合う<殺し合う>』のは必然とも言えた。

 恋路の拳が剛道の鳩尾に突き刺さる。
「っぐ、」
 せり上がる胃液と急所への一打、拳がめり込んだ腹を抱えて剛道の体がくの字になる。更に立て続け、容赦はせずに、恋路は彼の下がった顎へ膝蹴り追撃。
「いつぞやのお返しですよ。その節はどうも、興奮しました。ええ」
 口紅のように血で塗れた唇を吊り上げて、恋路が蹲る剛道の頭を踏みつける。
 背骨が蕩けてしまいそうな恍惚。「これで終わりの筈がない」と恋路は信じているからだ。そう、もっともっと。運命の相手は強い人でなくてはならない。死への恐怖で抵抗する自分を、ねじ伏せてでも殺してくれる人でなければ。最高に美しい理想の死を迎える、その為に。
「ッふ、ふ、ははッ ははははははははは」
 頭を踏み躙られながら剛道は肩を揺らして笑った。血糊交じりの胃液を吐いて、掴むのは恋路の足。引きずり倒す。血塗れた凶刃のようにぎらついた眼差しにほとんど視力はない。けれど嗅覚は異様に鋭く、においで確かに恋路を『視て』いる。
「イイぞ、ああ、イイ感じだ」
 引きずり倒してマウントポジション。見下ろした眼光、血で汚れた剥き出しの歯列、弾んだ熱い吐息。
「もっと痛くしてヤるよ。……好きなンだろ?」
「ええ、大好きですよ?」
 剛道は振り上げた拳を、恋路の笑顔へと。
 何度でも。
 何度でも。
 何度でも。
 力一杯。
 支配欲、独占欲。おそらくは。
 感じるこの高揚感が異常由来のモノなのかそうでないのか、剛道には分からない。
 けれど少なくとも確信できることは『恋路が自分以外の手で殺されるのは我慢ならない』こと。
 だからこそ、込み上げる殺意を抑えきれない。彼の前では。

 ――それが、恋路には心地いい。

 剛道が纏う殺意めいたもの。それが恋路の心臓をドキドキさせる。
 殴られ続けてブレて霞む血の視界、見上げる顔。
 異性ではないけど美しい人。
 殺されたい。

 殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい殺されたい。

 口付けのように押し付けたのは、剛道の腹部へ、拳銃一つ。
 キスの代わりに銃弾を。リップ音は乾いた銃声。
「がッ、――」
 よろめいた剛道の上体。
 恋路は彼を跳ね除け、ボールを蹴るようにその頭部を蹴り飛ばす。
 ぼたぼたぼた、血が垂れた。
 じんじん痛む腕は、多分、骨でも折れているんだろうか。笑う恋路は銃を構える。立て続けに引き金を引いた。銃声銃声銃声――
「あれぇ? 当たんないや……」
 脳が揺れて視界が霞んでるからか、腕が折れているからか。
「物欲しそうな顔しやがって」
 その瞬間にはもう、視界一杯に剛道の大きな掌。
(あ、)
 と、思った。反撃をしようとした。

(後一歩、もう一歩、貴方が死にそうになれば、手元が狂って俺のこと殺してくれたりしませんかね――)

 けれど、壁に勢い良く叩き付けられた頭は、思考をブツリと暗転させた。





「……あ」
 目が覚めた。
 ガバリと跳ね起きた恋路は、直後の全身の激痛に顔を顰める。
「生きてたか」
 その傍らには、座り込んだ剛道。素っ気無い物言い。彼もまた血だらけ。
「……あー」
 恋路はなんとも形容し難い声と共に再び倒れこんだ。
 剛道はそんな彼に、絞ってもいない濡れタオルをべちょりと額へ。日中の時のように。
「……いずれちゃんと殺してやる」
「いずれなんて待てないんですよぉ……」
 拗ねるような物言いで、恋路はそっぽを向くように顔を剛道の反対へと横向けた。

 殺したい、でも簡単に死なれては面白くない、少しでも長くこの闘争を楽しみたい、勿体無い。

 そんな矛盾を胸に、剛道は低く笑うのであった。



『了』



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>登場人物一覧
佐久間 恋路(ka4607)
尾形 剛道(ka4612)
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ファナティックブラッド
2015年08月21日

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