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『葡萄の館、或る日の日常<異常> 』
ルースka3999)&サナトス=トートka4063)&ノイシュ・シャノーディンka4419)&ハルトka4622

 夏は真っ盛り、茹だるような暑さ。
 ここは『わけあり』の者が集う葡萄の館。

「……」
 ぐったり。ルース(ka3999)はソファに横になり、シーツに包まり、うとうと。睡眠性愛(ソムノフィリア)故に他人に寝顔を見られたくないからと寝ずの日々、既に何徹目かの記憶も定かではない。それどころか時間や曜日の感覚も消え失せている。

 その光景は、いつも通り。

「ルーちゃんおねむなの?」
 ひょっこり。ノイシュ・シャノーディン(ka4419)がソファの背もたれ側から顔を覗かせ、小首を傾げた。さらり、人形のように無垢な色の銀髪が零れ落ちる。
「……眠くない」
 辛うじて、シーツの合間から聞こえた呻き声のようなルースの声。声が掠れているのは明らかに寝不足の所為である。
 いつもの――そして予想通りの返事に、ノイシュは「あはは」と無邪気に笑い、ソファの正面へと軽い足取りで回り込んだ。
「膝枕してあげよっか」
「ひざまふ……」
「は〜い、よしよし」
 半ば寝ぼけて意味不明なルースの言葉を了承のものとして、ノイシュはぴょんとソファに腰を下ろすと、ルースに膝枕。睡眠性愛の男はと言えば、されるがまま。反応を返すのも億劫だと言わんばかり。
「わー、おヒゲがチクチク!」
 ころころ笑う少女――否、少年、否、少女と形容するべきなのだろうか――に伸び放題の無精ヒゲをざりざりされても、ルースは寝ぼけ眼。その目の下にベッタリへばりついたクマが如何に彼が寝ていないかを物語る。
「ちゃんとおヒゲ剃ろうね? ……あ、起きてスッキリしてからね? こないだみたいに寝ぼけたままヒゲ剃りして、顔中血だらけになるのは勘弁してね?」
「眠くない。寝てない」
「そうだねー。眠くないんだね、ルーちゃんは起きてるね」
 会話が全く噛み合わなかろうがお構いなし。それすらもノイシュは楽しそうな様子であった。ルースの額を細い指で優しく撫でる。そうすると、ルースの落ちては浮上する意識の「落ちる方」の頻度がグッと上昇するのだ。
「ルーちゃん、かわいー」
 にこにこ。ノイシュにとって、ルースはなんとなく愛玩対象なのである。可愛いから、好き。可愛いは正義。
 尤も、中年男性であるルースにとって「可愛い」だなんて言葉は絶対に褒め言葉にならないものであるが。眠気に襲われすぎている今の彼に、「可愛い」という言葉に何か言おうとする力などなく。
「寝てない……」
 相変わらずの噛み合わない言葉を吐いて、ルースは膝枕のぬくもりと額を撫でる優しい感触が呼び起こす睡魔と激しい死闘を行っていた。

 そんな、平和でいていつも通りの午後――
 場所は変わって、屋敷内の廊下。

 かつ、こつ。サナトス=トート(ka4063)が響かせる足音は、まるで鼻歌のようだった。表情に大きく出さないものの、実際に上機嫌なのである。
 慈しむように、愛おしむように、両手で大切に抱いているのは――紅い紅い、花の束。時折サナトスが花へやるその視線から、彼が如何にその花を大切にしているかが窺える。
 端正な青年が美しい花を携えているその姿はそれだけで絵になるもので。なんの事情も知らない者が見れば「恋人に会いに行くのだろうか」とでも感想を抱きそうだが――実際のところはこれっぽっちもそうではない。
 サナトスの目的地はルースがいる場所。サナトスは時折、リラックス効果のある香りの花をルースへ届けているのだ。そして勿論、彼にとってルースは恋人などでは決してなく、単なる『花を届けるだけの相手』である。それ以上でもそれ以下でもない。
 と、サナトスが廊下を曲がったその直後である。
「あー、サナトスくんだー」
 にっこり。ハルト(ka4622)が鉢合わせたサナトスへと子供っぽい笑みを浮かべてみせた。暇を持て余して屋敷内をフラフラしていたら、意外な人物に出会ったものである。
「今日も暑いねー。ねぇ何してんのー? 今ヒマ? 俺ヒマなんだけどさー」
 取り敢えず浮かんだ言葉をそのまま口から出しながら、サナトスの顔を下から覗きこむハルト。
「今は忙しい……」
 それを鬱陶しそうに、視線を逸らしたサナトスはハルトの横をすり抜けて歩いて行こうとする……が、ハルトがひょいと前に回りこんでそれを許さない。
「とおせんぼー。がおー」
「……」
 寄せられた眉根、抗議するようなサナトスの眼差し。彼は馴れ合うことは好まない。コミュニケーションなど生きていく上での最低限で十二分すぎる。なのにサナトスのそんな心に反してハルトは「にしし」と歯列を剥いて悪戯っぽく笑う。更にジロジロ、サナトスの持つ花を眺め回しながら。
「お花持ってるの? ふーん。お花って面白いの? 俺よく分かんないや。でもいいにおいするねー。美味しそう。ねぇお花の何がどうどの辺が面白いのか俺に教えてくれる? 気になるー」
 ハルトの実年齢は二七歳なのだが、それを俄かに信じさせない緩い口調、態度。いい言葉で表現するならばオープンで取っ付き易い、のだが、サナトスにとっては逆効果のようで。
「今は忙しい」
 二度目の拒絶。先程よりもキッパリとした口調。これ以上話していたくないという雰囲気を隠さずに出しながら、サナトスは今度こそハルトをかわして歩き始める。
「あっ ちょっとぉー」
 待ってよ。ハルトが伸ばした手。
 それを、サナトスはかわそうとして――

 ばさり。

 偶然。
 あるいはとんでもない不運。
 なんの弾みか、サナトスがかわそうとしたタイミングか、ハルトが伸ばした手の位置か、何が悪いのか、あるいは全部悪いのかは不明だが。
 結果として、ハルトの手はサナトスが大切に抱えていた紅い花を、地面に落としてしまった挙句――ぐしゃりと踏み潰してしまって。
「あ」
 やべっ。ハルトは目を丸くした。咄嗟に足を退けたけれど、人間一人分の体重を乗せられた薔薇はグシャグシャ。まるで落下死した人間のように紅い色をぶちまけて、散らばって、ひしゃげて壊れて、なんと無惨な靴の跡までクッキリと。
「ごめんごめん、そんなつもりじゃ――」
 苦笑。瞬間。俯いていたサナトスと目が合って、

 ほぼゼロ距離で放たれた暗黒の弾丸。

「うごえっ!?」
 衝撃。脳天に直撃したそれにハルトが勢い良くひっくり返る。
「いてて……」
 グラグラしながらも上げた顔。
 そこにあったのは、サナトスの絶対零度の無表情。
「……」
 彼は何も喋らない。けれどピリピリと伝わるのは、紛れもない殺意。純然たる殺意。純度百。

 ――サナトスは。
 鮮やかな紅い花を咲かせることが生き甲斐だ。
 そして、彼の花は彼の作品。特に踏み潰されたあの薔薇は、お気に入りの薔薇だった。
 作品を壊していいのはサナトスだけ。
 楽しみを奪う者は、邪魔者。
 邪魔者は、処分する。
 作品にする価値もない。
 壊れてしまえばいい。

「……」
 邪魔者と話すエネルギーなど無駄。そう言わんばかり、サナトスは何も喋らないまま。
 振り上げたのはクレイモア。
 その足元からは鮮血めいたオーラが噴出し、紅い紅い薔薇園となる。あまりにも美しくあまりにも艶やかで――そしておぞましさすら感じさせる世界。
「ちょっ、」
 まだ立ち上がってすらいないハルトへ、音もない一閃。
「どわぁ!」
 間一髪、ハルトは近くのドアを体当たりの形で開けながら回避。
「っわー、今本気で首刎ねにきてた?」
 言葉の内容に反して、嬉しそうな物言いだった。事実、ハルトの表情には笑み。
「てゆーかオデコめっちゃ痛い! サナトスくん強いんじゃん! 花とかいいからもっと殺り合おうよ!」
 食うか食われるかの殺戮愛好(ボレアフィリア)。生きるか死ぬかのギリギリの緊張感が、狂おしいほどに好き。
 一方のサナトスは血液性愛(ヘマトフィリア)。血液、特に人間の血を材料にした華の創作が好き。人間を大剣で潰して『紅い華』を咲かせることが好き。
 尤もサナトスはハルトに対し「作品にする価値もない」と殺す気満々であるが――踏み込んで振るわれる刃。凄まじい勢い。
 だがハルトはこれもまた身軽な動きで回避。それでも刃は、まだ襲い来る。

「サナちゃんにハルちゃん? もー、ルーちゃん寝てるでしょー」
 二人が転がり込んできたのは、ノイシュとルースがまったりしている部屋であった。ノイシュは二人の目まぐるしい動きを目で追いながら溜息を吐く。適当に宥めてみたけれど、止まらないのは知っている。
「ほどほどに、お屋敷は壊さないようにねー」
「ね……て、な い……」
「うんそうだねルーちゃん」

 場面はサナトスとハルトへ。
 何度目か、振るわれた刃。飛び退いたハルト。そのまま後退して、後方不注意。ソファにひっかかって倒れこんで。
「うわぶ!」
「ひゃっ!?」
 そのソファにはノイシュとルースがいた。
 そこにハルトが倒れこんだことで、偶然にもノイシュを押し倒したような体勢に。しかも、ハルトの手はノイシュの胸に。ラッキースケベである。
「お、っ……ぱい!」

 ハルトはノイシュに対しこう思っていた。
 可愛い女の子!
 柔らかそう!
 おっぱいおっきそう!

 だが現実は。

「おっぱい……ない! ないっぱいじゃん! 永遠の虚無じゃん! かなり大平原だよこれ! 女の子じゃなかった! 騙された!」
「……ハルちゃんの、えっち☆」
 ノイシュの音速パンチがクリーンヒット。
「ぐばぁ!」
 ド派手にぶっとぶハルト。床に数回バウンド。
 もう一度言うが、ノイシュは列記とした男である。ついている。ついてるし生えてる。ナニがとは言わないがナニがついてる。野生のパーティである。ぱおーん。
「女の子じゃなかった……おっぱいなかった……」
 ハルトには、ぶん殴られて鼻血が出ていることよりノイシュにおっぱいがなかったことの方がショックらしい。
「やだぁー、このおっぱい星人さんめっ」
「うん正直めっちゃショック! でも強いねノイシュちゃん! 俺と喧嘩しよ!」
 凹んでいたのは一瞬、目を輝かせるハルト。
 くすくす、ノイシュが含み笑う。
「ふふふー。売られた喧嘩は倍返しよね!」
 戦闘の緊迫感に滾る彼の瞳が、好きだ――眼球愛好(オキュロフィリア)の彼の目は既に、ハルトの眼球をじぃっと見つめている。
 少女趣味ドレスのスカート、その中から取り出したのは金色のリボルバー拳銃。女の子のスカートの中には神秘が一杯。向ける銃口。その照星の先、ぎらついたケダモノのようなハルトの眼差し。
 だが彼らは二人きりではなかった。先客がいる。サナトスはまだハルトを赦した訳ではない。
「四肢だけじゃ足りないな……」
 断頭台のように振り下ろされた刃。ハルトの肩口から鮮血の花が咲く。
「わーお」
 ノイシュは視線をサナトスへ向けた。ハルトの目も好きだけど、何かに没頭しているサナトスの瞳の輝きだってお気に入り。どっちを見ようか迷っちゃう、目が足りない、なんて贅沢な悩み。
 最中、殴りかかってきたハルトの拳を受け流し、ノイシュは弾丸をハルトの足の甲へ。撃ち抜く。更に立て続け、顎を蹴り上げるコンボを叩き込んだ。格闘技と銃戦を組み合わせた戦法である。
 二対一、傷だらけ、けれど喧嘩狂いのハルトにとっては、それがたまらなく楽しい!
「いいね、いいねいいねいいねぇ、もっともっと遊ぼうよぉーー!!」
 構えた拳、躍りかかる。

 ふんわりした表現をするならば、その状況は「どんがらがっしゃんどったんばったん」。
 実際は三人の殺し合いが繰り広げられているのだが。

「ふわーぁ……」
 けれどそんな状況など、ルースにとってはお構いなしの関係なし。大欠伸。ノイシュに膝枕をされていた時よりはちょっとは覚醒(?)したらしく、ボーっと淀んだ眼差しを窓の外に向けている。
「……今日も、いい天気だな……」
 超快晴。雲一つない青。自重を忘れた真夏の太陽。眩さに目を細めつつ、ルースは相変わらずウトウトしていたのであった。
 さっきは誰ぞやがソファに転がり込んできたが、今は誰もいない。寝返り一つ。シーツに包まり、クッションを枕に、長い深呼吸。

 そして、どれほどの時間が経っただろうか。
「げふん」
 再び、吹っ飛ばされたらしいハルトがソファに倒れこんできた。ルースは軽く「うっ」と呻いただけ。
 ルースはシーツの合間から、眠気と衝撃に顰められた眼差しを向けてみれば――胸板の上、血だらけのハルトの顔。視線が合った。へらりとハルトが笑う。
「ルースくんおっはよー。なんかいつも眠そうだよね、寝ればいいのに」
「……寝ない」
「へぇー……変な、の」
 それを最後に、ずるり。ハルトの体から力が抜け、ソファの下に倒れこんでしまった。気絶したらしい。
「はふぅ、もうヘロヘロぉ……」
 そのすぐ傍、ボロボロのノイシュも座り込んで。
「……」
 サナトスも言葉こそ発しないものの、酷く戦い疲れたらしい。剣を振るう力も残っていないようで、クレイモアを収納するなり手近な椅子に深く腰掛けた。
「今日は、ルースに花を届けようとしたんだけど……」
 息を緩やかに整えながら、サナトスはルースへ話しかける。
「ハルトが邪魔をした所為で……。だから悪いけれど、今日の花は無いんだ……」
「ああ……そうか。ご苦労さん」
 目を擦りながら何とか明瞭にした意識で言葉を返すルース。サナトスが小さく溜息を吐く。
「明日は持ってくるから……。取り敢えず今は、少しだけ休むよ……」
 言い終わるなり、机に突っ伏すサナトス。
 その時、ノイシュは見ていた。
 今まであんなにボヤーっとしていたルースの目が途端に爛々として、ぐにゃんとしていた背筋も伸びて、意識を手放したハルトとサナトスの顔をじぃと凝視しているのを。
 睡眠性愛。ルースは眠っている・気絶している対象に興奮を覚える性癖なのである。
「うー……、何だかルーちゃんの一人勝ちっぽくない……?」
 苦笑を一つ。
 そのままノイシュも、ずるずると床にへたり込んで意識を手放してしまったのである。

 静寂。

「……」
 部屋の中で唯一目覚めている者となったルースは、もそもそとシーツの中から起き上がった。
「女顔の、中性的な、少女のような」――それらを男だと判断する術をルースは持たない。ボンヤリ、彼ら三人は皆、女だと認識している。うとうとしている時に色々聞こえてきた気もするけど、眠気に負けてそれどころじゃなかったし覚えていない。
 まぁ、「寝顔」に男女の貴賎などないのだけれど。
「……」
 じっと、三人分を鑑賞。
 静寂。起こしてしまわぬように。何もしない。見ているだけ。
 寝息だけが聞こえる。
 ルースにとって、それは非常に甘美で官能的で扇情的で『そそる』音である。
 骨盤が震えて蕩け落ちそうなほど興奮する。けれど不穏な気配で起こさないように。一秒でも長くこのままでいる為に。
「……」
 じっ、と。
 何もしないで、見ているだけ。
 心臓が痛い。ぞくぞくどきどきする。
 彼らが起きるまで。それまで。それまで見ていられる。
 窓に映るその表情は声も無く笑っていた。


 それは暑い夏の日、いつも通りの葡萄の館。
 何も変わらない、或いは常に変わり続ける日常、異常で構成された日常、そんなひととき。



『了』



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━

>登場人物一覧
ルース(ka3999)
サナトス=トート(ka4063)
ノイシュ・シャノーディン(ka4419)
ハルト(ka4622)
野生のパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2015年08月24日

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