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『新聞部員フェイト 』
フェイト・−8636)&馬場・隆之介(8775)


「廃病院に幽霊、とはね」
 工藤勇太は呆れて見せた。
「お約束……って言うのか?」
「お約束ってのは大事だぜえ」
 デジタルカメラを片手に、馬場隆之介は張り切っている。
「見ろよ工藤。学校近くに、こんな立派な物件があったなんてなあ」
「これ……勝手に入っても、いいのか」
 良いわけはないが、入り口の扉は破壊されたままである。
 夜闇の中、暗黒が沈殿して建物の形を成したかの如くそびえ立つ、巨大な廃屋。
 かつては病院であった。いつまで営業していたのか、定かではない。
 今年の春、勇太が高校に受かった時には、すでに怪奇スポットとして名を馳せる廃病院であった。幽霊の目撃情報が相次いでおり、ゴーストネットOFFでも取り上げられた事がある。
 昨年、どこかの若者の一団が、面白半分の肝試しで、この病院に忍び込んだのだという。施錠されていた入り口の扉を叩き壊して中に入り、病室で酒盛りに興じていたらしい。
 その最中、病室の天井が崩れ、床が抜け、若者たちは瓦礫に埋もれて全員が死亡した。
 当然、祟りだ何だと騒ぎになったが、彼らの死因そのものは物理的な事故死である。
 警察による調査の結果、大規模な手抜き工事が発覚した。
 この病院は、営業していた頃から、いつ床や天井が崩落してもおかしくはない状態であったらしい。
 そんな建物であるから当然、立ち入り禁止である。
 とは言っても、壊されたままの入り口に『立ち入り禁止』の貼り紙がされているだけだ。
 夏休みの、とある深夜。そんな廃病院の前に工藤勇太と馬場隆之介、2人の男子高校生が佇んでいる。 
 2人とも、新聞部に入った。
 将来マスコミ志望の隆之介は自分の意思で、勇太はその付き合いで。
 隆之介には結局、付き合う事になってしまう。中学生の時から、そうである。
「で……休み明けの校内新聞のために、記事が欲しいのはわかるけど」
 言いつつ勇太は、隆之介の周囲に浮かぶ白っぽいものを観察した。
 赤ん坊であった。白い赤ん坊が2人、ふわふわと浮かんでいる。
 この病院で産まれた……否、ついに産まれる事のなかった赤ん坊たち。
「それが怪奇スポットの探検レポートってのは、正直どうなのかな」
「しょうがねえだろ。剣道部の全国大会出場とか、校長の裏金疑惑とか、女子バレー部顧問と部長の駆け落ち失踪問題とか、そうゆう大物記事は先輩たちが担当してんだから」
 そんな事を言う隆之介に、白い赤ん坊たちがフワリとまとわりつく。
「俺ら1年の下っ端は、これ系のユルい記事から始めねえとな。ま、気楽にやろうぜ? 幽霊なんているワケねえけど、いなきゃいねえで俺が適当に記事書いとくからさ」
 赤ん坊2人が、小さな手で隆之介の顔をぺちぺちと叩いたり髪を引っ張ったりしている。
 隆之介は、全く気付いていない。見えてもいない。白い赤ん坊たちをまとわりつかせたまま、扉の残骸をまたいで病院内へと踏み入って行く。
 溜め息混じりに、勇太は後に続いた。


 営業していた頃から、いろいろと問題の多い病院ではあったらしい。
 院長は、何組もの患者の遺族から訴えられており、今なお係争中であるという。
 その上、手抜き工事である。潰れるべくして潰れた病院である、と言えようか。
 ゴーストネットOFFの記事によると、この土地には元々、小さな神社が建っていたらしい。それを取り壊して、病院を建てた。
 建設時から、曰く付きの病院であったわけだ。
「あー……何か、頭が重てえ。このクソ暑いのに風邪引いちまったかなあ」
 そんな事を言いながら、隆之介が院内通路を歩いている。
 何人もの白い赤ん坊が、彼の頭にまとわりついて楽しげにはしゃいでいた。
 赤ん坊だけではない。
 手首が傷だらけの女性が、ゆらゆらと歩いている。
 点滴スタンドにすがりついて歩く男が、勇太と擦れ違った。
 隆之介の目には見えていない患者たち。
 彼ら彼女らを見渡し、観察しながら、勇太はふと呟いた。
「多いな……」
「ん? 何が?」
 隆之介が、怪訝そうに振り返る。
「あ、いや何でもない……」
 勇太は、ごまかすしかなかった。見えていない者に対し、説明出来る事ではない。
 病院で人が死ぬのは当たり前、とは言え多過ぎる。
 死んだ人間が……と言うより、死んだのにどこへも行けずにいる者たちがだ。
 悪霊怨霊の類には、勇太も何度か出会った事がある。この世に凄まじい恨みや妄念を残しながら死んでいった者たちで、中には、恨みを晴らすまで何百年でもこの世にとどまり続ける化け物もいる。
 この患者たちからは、しかしそこまで凶悪な念は感じられない。
 ひんやりとしたものを、勇太は右腕に感じた。
 痩せこけた老婆が、勇太の右腕を掴んでいる。この病院で天寿を全うした患者の1人であろう。
(……どうしたんだよ、あんたたち。死んじゃったんなら早く行けばいいだろう、天国とか霊界とかに)
 隆之介がいるので、勇太は声を出さずに話しかけた。あまり使いたくない能力の1つである。
(何が悲しくて……こんな世界に、いつまでも残ってるんだ?)
 老婆は、何も応えない。じっと勇太を見つめるだけだ。
 その目が、何かを訴えている。
「……何か、あるのか?」
 勇太はつい、声を出してしまった。
「あんたたちの、成仏なり昇天なりを邪魔してる……何かが、この病院に」
「何か言った? 工藤」
 隆之介が再び、振り向いて来る。
 何でもない、とごまかす事もせず、勇太は睨み据えた。隆之介に襲いかかろうとしている者たちをだ。
 数名の男女が、巨大なミキサーにでもかけられたかのように一体化している。全身あちこちに浮かんだ顔面で、苦痛と憎悪の形相を作っている。
 無害な幽霊たちの中にあって、半ば悪霊・怨霊に等しいものと化している。
 そんな怪物が、隆之介に荒波の如く覆い被さろうとしているのだ。
 隆之介本人は当然、気付いていない。見えてもいない。
 勇太が睨み据えるしかなかった。あまり使いたくない力を、使うしかなかった。
 睨み据える瞳が、エメラルドグリーンの眼光を迸らせる。念動力を宿した眼光。
 隆之介を呑み込まんとしていた霊体の荒波が、砕け散った。破裂し、飛び散り、霊体の飛沫となって壁や通路に付着する。
 そんな様が見えているはずもない隆之介が、うろたえている。
「な、何だ工藤。いきなり恐い顔で睨んだりして」
「……ゴキブリがいた。お前の足元、カサカサ走り回ってたよ。踏み潰してやろうかと思ったけど、逃げられた」
「うええっ、マジかよー!」
 隆之介が派手に飛び退り、壁に激突し、デジタルカメラを危うく落としそうになってしまう。
「お前、幽霊よりゴキブリの方が恐いんだな」
「ったりめーだろォ。あいつら幽霊と違って目に見えるし、触れちまうし、いや俺も触りたかねえけど時々ヤツらの方から飛んでぶつかって来やがるんだよ。畜生め、ホウ酸団子か何か持って来りゃ良かったかな」
 ホウ酸団子では駆除出来ないものたちが、壁や通路に付着したまま弱々しく蠢いている。
 明らかに入院患者ではない男女数名が、一体化して半ば怨霊と化したもの。
 肝試しに来て命を落とした、若者の一団であるとしたら。
 彼らもまた老婆と同じく、何かを訴えようとしていたのではないか。
 思案しながら歩く勇太の、足元が揺れた。
 隆之介も、揺れを感じたようだ。
「何だ、地震……?」
「……いや違う、これは」
 勇太が気付いた時には、すでに遅い。
 2人の足元で通路がひび割れ、崩落していた。
「……手抜き……工事……!」
 そんな呟きを漏らすだけの余裕はある。幸い、あの若者たちを襲ったような、ひどい崩落ではなかった。
「くっ……いてててて……おい馬場……」
 瓦礫の上で弱々しく身を起こしながら、勇太は声をかけた。
 返事はない。
 瓦礫に混ざるようにして倒れたまま、隆之介は微動だにしない。
 病院の、地下1階であろうか。地下室とも言うべき空間である。
 勇太は見回した。
 崩落した通路の残骸、だけではない。古い構造物の破片と思われる様々な瓦礫が、うず高く積まれている。この地下室に、詰め込まれている。
 折れた柱、と思われるもの。注連縄が絡みついた、木製の何か。壊れた賽銭箱もある。
「手抜き工事も、ここに極まれり……ってわけか」
 勇太は理解した。
 建築物の残骸を合法的に処分するには、金がかかる。
 だからこの病院の建設業者は、取り壊した神社の残骸を、そのまま病院の地下に埋めてしまったのだ。
「これは、確かに……祟りの1つや2つ、あって当然かな……おい、馬場……」
 声をかけても、隆之介はやはり応えない。動かない。
 勇太はよろよろと立ち上がり、駆け寄ろうとした。
 その足が、硬直した。
 姿は見えない。幽霊や悪霊の類を視認する事の出来る、勇太の目をもってしてもだ。
 だが、それは確かに存在していた。
 姿なきものが、周囲で禍々しく渦巻いている。それを勇太は、肌で感じた。
「あんただな……この病院の人たちを無理矢理、この世に縛り付けてるのは」
 神の姿を、目で見る事は出来ない。そんな話を、勇太は聞いた事がある。
「……この神社の、神様か……おい、この病院でやたらと人死にが出たのは、あんたの祟りか?」
『たわけた事をぬかすな小僧。わしは、人間を殺してなどおらん』
 姿なきものが、勇太にだけ聞こえる声を発した。
『人間たちが、わしの社を潰した……が、代わりに病院が出来るのならば、それで良いとわしは思った。病や怪我に苦しむ人間たちが大勢、助かるのならば』
「だけど助からなかった……院長はじめ医者はろくでもないのばっかり、医療ミスの頻発で患者は大勢死ぬし、おまけに手抜き工事で患者じゃない人まで死ぬし」
 言いつつ勇太は、笑いたくなった。
 この神が怒りにまかせて凄まじい祟りを為そうとするならば、それを手伝ってやりたい気分だった。
『わしは人間どもを許さぬ……ここの亡者ども全員を怨霊に変え、我が下僕としてくれる! そして人間どもを滅ぼすのだ!』
 あの若者らのように、ほとんど怨霊と化してしまった者たちもいる。
 今は無害な幽霊にすぎない患者たちも、いずれ、あのようになってしまうのか。
 それを止めなければならない理由が自分にあるのか。勇太はふと、そんな事を思った。
「う……ん……」
 隆之介が、意識を取り戻した。深刻な怪我をしているわけではないようだ。
「あ、工藤……大丈夫かよ……あれ? 何だこりゃ」
 荒ぶる神の声など聞こえるはずもないまま隆之介が、瓦礫の中から、何やら珍妙な物体を見つけ出した。
 掌に乗る大きさの、丸石である。凹み窪みが、人間の顔に似た形を成している。いくらか間抜けな人面であった。
「おい見ろよ工藤、何か面白いもん見つけたぜ? 人の顔みてえ。へへへ、馬鹿面だなあ」
『…………』
 神の荒ぶる意思が、止まった。勇太は、そう感じた。
「おい馬場……それってまさか、この神社の御神体……」
「神社? ああ、そう言やそんな話あったな。この病院が、もともと神社だったとか」
 言いつつ隆之介が、埃まみれの人面石を自分のシャツで拭い、瓦礫の上に安置した。
 そして、両手を合わせる。
「それじゃあ……いい記事が書けますように、っと」
『……記事など知らぬ。勝手に書けと、そこな人間に伝えておけ』
 勇太にしか聞こえない声を発しながら、神が消えてゆく。
 姿なきものの強烈な気配が、すぅ……っと天に昇って行くのを勇太は感じた。
『だがな、わしを拝んでくれる人間が1人でもいる……それに免じ、この度は許してつかわそう。亡者どもは、わしが天へと連れて行く』
 重苦しい気配が、廃病院全体から消え失せて行く。
 入院患者たちも、勇太に粉砕された若者たちも、神と一緒にようやく、この世から去って行ったのだ。
 勇太は溜め息をつき、崩れるように座り込んだ。溜め息と一緒に、全身の力が抜けてしまった。
「おい工藤、怪我とかしたか? ひょっとして」
「いや、大丈夫……」
 間抜け面の人面石に、勇太はちらりと視線を投げた。
 自分も拝んでおくべきだろうか、と少しだけ思った。
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東京怪談
2015年08月24日

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