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『腐臭の呪い 』
ガイ=ファング3818


 腐肉の塊、のような怪物であった。
 ゾンビの類とは、腐り方の次元が違う。
 普通の生き物であれば、死んで腐り始めても、いずれは分解されて完全に朽ち果て、消え失せる。土に還る。
 だが、この怪物は違う。生きながら腐っている。肉体が、腐敗しながら朽ちる事なく存在し続けている。
 そして、腐臭を発する。
 臭いそのものが強烈な毒性である、と言っても過言ではなかった。
「こいつは……ある意味、今までで一番厄介な敵かもな……」
 ガイ・ファングは呻き、後退りをした。筋骨たくましい半裸身が、1歩、2歩、後ろへ下がる。
 トロルやオーガーを白兵戦で圧倒する巨体が、後退を強いられているのだ。呼吸すら躊躇われるほどの臭気によって。
 村は、ほぼ廃墟と化していた。
 村人は、全滅したわけではない。この怪物に食い殺されたのは、半数ほどだ。
 生き残った半数の人々も、しかしこの村を捨てなければならなくなるのではないか。
 ガイが思わずそんな心配をしてしまうほどの悪臭が、村全体に漂っている。建物に、木々に、畑に、土に、染み付いてしまっている。
 腐臭の発生源である怪物が、その巨大な身体を引きずるようにして、ずるりと間合いを詰めて来る。
 巨大な腐肉、としか表現しようのない異形。
 その体内で、食われた村人たちが腐敗している。消化が追いついていないのだ。
 後退しようとする己の足を、ガイは無理矢理、踏みとどまらせた。
「長引かせる戦いじゃねえな……一撃で、決めさせてもらうぜ」
 のしかかって来るような悪臭を、巨体で無理矢理に押しのける形に、ガイは踏み込んで行った。
 地響きが起こった。地面に、巨大な足跡が刻印される。
 ガイは跳躍していた。
 筋骨たくましい左脚が、空中から怪物に向かって槍の如く伸びる。ガイの身体は、巨大な筋肉の槍と化していた。
「巨人の蹴り! 喰らいやがれ!」
 大量の腐肉が、飛び散った。
 分厚い素足が、怪物の腐った肉体を粉砕していた。
「…………呪いを…………」
 砕け散りながら、怪物が呻く。
 発声器官も何もかも、すでに潰れ失せている。それは死に際の思念の発現・音声化であった。
「我が怨みが……お前の身を生涯、蝕み続けるであろう……呪いを受けるが良い、大地の巨人よ……」
「死んだ奴の怨みなんざぁ、もう身体じゅうに染み付いて取れなくなっちまってるんでな」
 言いつつガイは、眼前で片手の掌を立てた。
 砕け散った腐肉は、村の地面のあちこちで弱々しく蠢きながら干涸び、崩れ、消えてゆく。
 腐臭だけが、残った。


 腐臭は、いつまでも残り続けた。
「まいった……こういう呪いかよ」
 遺跡、と思われる廃墟を、運良く見付ける事が出来た。
 その地下室でガイは今、途方に暮れている。
 当分、街に入る事は出来ない。村に入る事も出来ない。
 人里に近付く事が、出来なくなってしまった。
 当面の食料は買い込んである。店の人間には、嫌な顔をされたが。
 何しろ、この臭いである。
 無理矢理にでも言葉で表現するならば……体臭強めの大男が、1月以上、1度も脱がずに履き続けたブーツ。
 そんな臭いが、ガイの足の裏から発生し、地下室に充満している。
 履物を必要としないほどに分厚く強固な素足。この足で、腐肉の塊のような怪物を蹴り殺した。
 そして、腐臭の呪いを受けてしまった。
 ガイは思う。あの怪物も、呪いによって、あのような生ける腐肉と化してしまったのだろう。
 元々は、もっとましな生き物……もしかしたら人間であったのかも知れない。
 それが呪いによって、あのような怪物と成り果てた。
 その呪いが、ガイに引き継がれてしまったのだ。
 鍛え抜き、今や高位気功術をも会得した、この筋骨隆々たる肉体が、あのような腐肉の塊になってしまう事はないだろう。体内を血液の如く循環する気の力が、呪いを抑え込んでいる。
 呪いを、しかし完全に消滅させる事は出来ない。
 この鍛え抜かれた筋肉が腐敗する事はなくとも、腐臭は漂い出している。
 怪物を絶命させた、この素足からだ。
「さて、どうする……」
 地下室の石畳に座り込んだまま、ガイは太い両腕を組んだ。
 男の体臭には慣れているはずのガイ自身、この臭いにはいささか辟易せざるを得ない。
 呪いを消滅させるには、やはり気の力か。ここで、気功の修行に打ち込むしかないのか。
 それはまあ一向に構わない、と思いつつ、ガイは閃いた。
 閃き、などと呼べるほど高尚なものではないかも知れないという自覚はある。
「この臭い……攻撃に、使えねえかな」
 悪臭を伴う蹴り技。
 それだけではない。例えば賞金首を殺さず生け捕りにする時などに、この臭いを効果的に用いる事は出来ないか。
 それにはしかしガイ自身が今少し、この悪臭への耐性を身につける必要がある。
 ガイは己の左足を抱え上げ、分厚い足の裏に鼻を近付けた。
 臭いを吸った瞬間、気が遠くなった。
 こんな様では、賞金首を捕える前に、自分が卒倒してしまう。
「こ……こいつぁ……今までで一番、キツい修行になるかも知れねえ……」
 ガイは、自分の顔面に平手打ちを食らわせた。
「てめえの臭いで、くたばっちまう……そんな死に様だけは勘弁願いてえもんだ」
 呟きつつ、足の指の股に鼻を押し付ける。
 凄まじい悪臭が、ガイに何かを思い出させた。
 以前、とある漁村で漁師に振舞ってもらった、魚の干物である。
 いや、干物ではなく塩漬けであったかも知れない。
 とにかく、ひどい臭いだった。
 この漁村の人々は、腐った魚を食べている。ガイは本気で、そう思ったものだ。
 だが、味は悪くなかった。
「今の、俺は……」
 腐臭に蝕まれつつある脳で、ガイは思考した。
「3枚におろして、食ってみたら……割と美味いかも、知れねえなあ……」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年08月25日

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