▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『策動 』
アンドレアス・ラーセン(ga6523)&空閑 ハバキ(ga5172)&クラウディア・マリウス(ga6559)&不知火真琴(ga7201)&神撫(gb0167)



2016/04/04 13:32
London Orbital Motorway(M25) an altitude of 300ft
England

 デルタが組織改編で無くなって以降、アニーは陸軍の救難飛行隊で、コレクティブレバーを握っている。
 本来は軍を辞める気で、神撫の伝手を辿って、民間航空会社でヘリのパイロットかインストラクターにでもなろうと目論んでいた。
 が、軍人の家庭を継いできた彼の父親は、思っていたよりも強情だった。或いは、子離れ出来ない、娘を愛する父親。
 同棲の条件として、軍を離れることを許されなかったアニーは、今も定期訓練飛行でパイロットシートに座っている。
 キャノピー越しに午後の日差しがアニーの顔を照らし、ヘルメットのバイザーを降ろすか少し迷う。夏までに、UVカットガラスのキャノピーに変えて欲しいと思う。そんなのがあるのかは知らないけれど。
 眼鏡の奥で視線を動かして、副操縦士の側を見た。アニーより六つも若い、学校を出たての相棒は、キャノピー越しに地上の様子を窺っている。
 まだ若い相棒は、将来有望だ。センスがいいし、アニーによく懐いて話も聞く。ときおり、気味が悪いくらいにオドオドして何か言いたそうにするが、それは多分聞いてはいけない話なので、別の話題にすり替えることにしている。
 視線を正面に戻し、それから高度計を確認する。ほんの少しだけ操縦桿を握る手に力を込めて、機体の姿勢に微調整を加えた。
「中尉」
「なに? リードくん」
 地上を監視していた相棒に声を掛けられ、インカム越しに返事をする。
「黒煙です、三時方向。ハイウェイの上です」
 全て聞き終わる前に、今度は操縦桿に明確に力を込めていた。機体が前傾し、くるんと九十度向きを変える。
「アスタロトよりバフォメット、ハイウェイの上空にて黒煙を確認。上空を通過し確認します」
『バフォメット了解。状況判明次第報告願います。関係機関へ通報と協力打診の用意があります』
 相棒の通信を聞きながら、救難ヘリに悪魔の名前のコールサインをつけるイギリス人はセンスが悪いと思った。コールサインを聞く度の毎度のことだ。黒煙が近づいてきて、眼鏡の奥で目を凝らす。
「車だ、事故ですね」
 裸眼の相棒のほうが、目は利く。返事をせずに、アニーにも見え始めた、ひっくり返って大破した一台と、それを避けようとして多重衝突を起こした数台を目で追う。
 がくりと少し乱暴に高度を落とした。車の横に動く影があって、アニーに、ぞわぞわと鳥肌の立つ感覚が襲う。
「リードくん!」
「はい!」
「ユーハブコントロール!」
「は――え!? あ、アイハブコントロール! 降りるんですか!?」
 相棒は、操縦桿を渡した一瞬の不安定さをすぐに回復させた。任せて大丈夫と踏んで、シートベルトを外す。相棒は異議を唱えつつも、事故現場を回り込んでハイウェイの上に降りるルートを取り始めた。
 アニーが見た人影は二つあった。一つは、ひっくり返った車内から誰かを助け出そうとしている、青く光を帯びた影。もう一つは、そこから五十メートルほど先で止まったワンボックスから降りる、両腕に黒いモヤをまとった影。
「リードくん、事故だけど多分事故じゃないから」
 それだけ説明して、我ながら妙な言い方だと思う。けれど、相棒は「わかりました」と頷いた。
 アニー自身も覚醒する。外見に変化は無いが、気配は明確にモノを言う。「黒いモヤ」のほうと目が合った気がした。シートの背中から、SESの載ったブルパップライフルを取り出す。予備のマガジンは無くて、二十六発きり。
「それからリードくん、彼氏が官舎で留守番してる、能力者だから、すぐ連れて戻って」
「すぐ戻ります!」
 返事を聞いて、アニーはドアを開けた。着陸脚が道路から僅か四十センチほどに浮いていて、やはり任せて大丈夫だと確信した。
 四十センチを飛び降りて、後ろ手にドアを閉める。すぐに、ヘリは強烈なダウンウォッシュを残して離れていった。
 脚の速い雲が太陽を隠し、アニーの陰を消す。
 事故車のほうに視線を動かす。近づいてみると、どうも何か爆発があったらしいことが判った。それから青い光は女性で、やはり誰か車内に残されている。黒いモヤは男で、アニーはやはりこれは良くない事態だと確信した。事故現場で目出し帽を被って出てくる奴などいない。
 ライフルを肩付けで構えて、アニーはまず女性の元へ歩き始める。ぽつぽつと、雨粒が彼女の眼鏡に当たり始めた。
「大丈夫ですか!」
 わざと大声を出してみた。女性が振り向いたのを確認して、男に視線を移す。止まる気は無いらしい。また女性を見て、目が合った。
「え……?」
 アニーはクラウの顔を覚えていて、クラウはアニーの顔を覚えていた。が、クラウはすぐに、もう一人を車中から引き出す作業に戻る。
 ふと、男が走りだしたのをアニーは目の端に捉えて咄嗟に銃口を向けた。
「止まりなさい!」
 男の脚が止まる。アニーは銃口を向けたまま、クラウの元へ歩き続けていた。雨脚が強まる。
「いや、助けようとしただけだって」
 男が両手を挙げて言い訳を始めた。
「覆面を外しなさい!」
 アニーも脚を止める。たっぷり一呼吸睨み合ったあと、男が突然消えた。アニーが、縮地的な動きを使うクラスがあるのを思い出すのに僅かなタイムラグがあって、次に男が姿を見せた時は、アニーの目の前だった。
 ライフルが短く鳴ってから、アニーは胸に衝撃を受けて倒れこんだ。男は膝を落とそうと飛び上がり、またアニーは短くトリガーを引いた。今度は手応えがあって、男はどこかへ飛び退いた。
 素早く立ち上がり、周囲に視線を走らせる。クラウは助けだした男を寝かせているところ。男は見えない。
 一体どういう状況だ。何が起こっているのか。
 デルタにいた頃のように、アニーの頭がぐるぐる回り始める。



2016/04/04 13:39
London Orbital Motorway(M25)
England

 引きずり出すときに痛みからか呻き声を上げて、松沼はまだ息があると確認したクラウは、彼を路肩に横たえた。腕を掴んだ時にひどく痛がったので、折れているのかも知れない。背後で銃声がする。
 振り向くと、アニーが丁度立ち上がるところで、男は飛び退いてアニーの背後に回り込もうとしていた。
「アニーさん後ろ!」
 咄嗟に叫んで、くるりと振り向いたアニーがまた短く銃を鳴らす。
「そうか」
 何年か前に見なくなった筈の光景に、小さく声に出す。それから、唇をぎゅっと噛んだ。
 まだ終わってはいない。
 ワルシャワのホテルで襲われてからは、まだ「あれで終わり、解決に向かう」という期待をしていたが、思い過ごしだったと認める他に無い。
 散らかったハンドバッグから、手帳を取り出す。護身用として持ち歩くそれは、超機械になっている。
「星よ力を――」
 ペンダントを握る手に力が篭もる。戦うのは嫌だ。が、アニーがああして戦っているということは、再び避けられない状況が来た、ということだ。誰かが斃れるのは、もっと嫌だ。
 意を決して、クラウはアニーとは逆方向、男を挟撃するように走りだした。



2016/04/04 13:54
RAF Odiham Air Base/Hampshire
England

 神撫はもともと、二人で住めるマンションを市内にでも借りるつもりでいたが、アニーの父が軍を離れることを許さなかったため、結局無駄な出費も減るからと、基地の家族用官舎を借りている。
 教職を執るため大学に通う神撫は、官舎の「ご近所付き合い」では旦那様もしくはご主人で通っていて、まだ正式に結婚はしていない身としては少しだけこそばゆく、学生で収入を彼女に頼っている身としては、少しだけ歯痒い。
 午前で講義が終わり、神撫は基地のセキュリティチェックを受けていた。さっきまで出ていた陽は雲に隠れて、雨がフロントガラスに当たり始めた。湿気が体に纏わり付く。
「今日は早いんですね」
「まぁね。今年の前半はそんなに忙しくないかな」
 雑談を振った割に、神撫の返事を聞き流すように、若い兵士はなるほどとか相槌を打ちながら、手元の端末を何やら操作している。
「そういえば、中尉のヘリ戻ってますよ。さっき上通ったんで」
「へぇ、何時頃?」
「いや、もうほんとついさっきです。見ませんでした?」
 言われて、神撫は基地の外周沿いに走っていた時に見掛けたヘリを思い出す。あああれか、と小さく呟いて、兵士が差し出したICカードを受け取ろうと運転席から腕を伸ばした時、カードをひょいと引っ込められて、彼の手は空を切った。
「え、なに?」
 怪訝な顔の神撫に、兵士は待てと手で合図して、レシーバーに何か話している。一言二言話して、兵士はまた神撫を見た。
「神撫さん、そのままヘリパッドまで行ってください。中尉は戻ってません、リード少尉が待ってます、緊急です」
 返事もそこそこに、神撫はアクセルを蹴った。同棲を始める時に、傭兵時代の蓄えで買ったSUVがスキール音を立てる。
 兵士は緊急だと言っていた。アニーは戻っていないらしい。妙な不安感。ヘリパッドに来いということは、戻ったヘリに何かあったということだ。こんなことは前例が無い。
 不安感を吹き飛ばすように、神撫は思考を逸らそうとする。あのコパイロットの少尉、リードとか言ったっけか。あんまり得意じゃないタイプだ。悪いヤツじゃないんだろうが、どうも接してくる態度が余所余所しい上に、アニーから伝え聞く話は苛立つばかりで、これは嫉妬の類だ。しかしそんなことはおくびにも出さず、大人として接しなければならない。
 ヘリパッドが見えて、神撫はハンガーの前を通り過ぎる。アニーが乗っていたはずのヘリは、まだローターの回転を止めていなかった。



2016/04/04 13:58
Domodedovo/Moscow
Russia

 真琴はワルシャワを離れた後、一度帰国してから、仕事のためロシア入りしていた。撮影のスタントで、よく知る映像プロデューサーのオファーによるものだ。
 仲間を残して一人、あんな状況から離れるのは、すんなりと腑に落ちない。アスは、もうこのことは忘れて普段通りに戻れ、と言っていた。彼らしいと思う。ハバキはそのやりとりを何か考えるふうに見ていて、それからも定期的に状況を伝えるメッセージを送ってくる。巻き込まれた以上、見逃してはくれなさそうだ、と気がついているのかも知れない。今の状況を一番冷静に把握出来ているのが、ハバキなのだろう。
 空港からほど近いスタジオの控室で、真琴はぼんやりとテレビを眺めていた。
 ニュースキャスターは国内情勢を伝えていて、盛んに周辺国へ治安維持のため派兵する必要性を吹聴している。
 能力者排斥の機運が高まり、暴動にまで発展しつつある、という報道は、ロシア入りするまではあまり目にしなかった。旅客機で一万フィートの上空に隔離されている間に情勢が大きく動いたのかと愕然としたが、その割に空港は普段通りだったし、撮影も普段通りだった。
 ハバキへ、ロシア国外の状況を聞いてみても、国境へ戦車を送り出していることを関係機関は把握しているが、別にテレビで報道されるような状況ではないらしい。
 ぼんやり考えていると、ノックと同時にドアが開いて、四十絡みの線の細い男が入ってきた。
「飛行機、何時なの?」
 男が入ってきて、真琴はなるほどと察した。彼女の気質をよく知るこの映像プロデューサーの男は、よく空気を読んで、何かあるときだけこうして無遠慮に現れる。
「大丈夫です、まだもうちょっとあるから」
「あらー、早く帰らないと、飛行機飛ばなくなるかも知れないじゃない?」
「そうなんですか?」
 真琴の言葉に、男はまだ続いているニュース映像をちらりと見てから、笑顔を作ってみせた。
「私は、真琴ちゃんが何事にも誠意を持って、すごく真面目だって知ってるの」
 言いながら、真琴の隣、空いてるソファに腰を降ろし、膝の上でお祈りでもするかのように手を組む。
「でもね、世の中みんなが、真琴ちゃんを知っている訳じゃないの」
 男の笑顔は消えて、真剣な表情でテレビ画面を見ていた。恐らく移動中の、貨物列車に満載された戦車が、画面内を走っていた。言いたいことを察した真琴は、ソファの上で小さく座り直し、男の正面を見る。
「教えてください、今ここはどんなことになってるんですか」
 男はまっすぐ真琴の目を見返してから、語り始めた。
「ここのところ、テレビでは能力者排斥の話題ばっかり。どこでデモが起きただの、どっかの能力者が刺されただの、そんなのばっか」
 一度うんざりしたようにため息を吐いてみせる。
「戦車が国境へ向かっている話、私も見たわ。戦車じゃなかったけど……大きなトラックがね」
「どこへ向かったか、わかりますか?」
「ごめんなさい、そこまでは……。でもね、ほら、一度は戦場になって、みんなボロボロになったじゃない?」
 男は真琴から視線を外し、何かを思い返すようにする。
「それがここまで復興して、その復興の流れに乗れた人と、乗れなかった人がいて、みんな溜まってた鬱憤が、真琴ちゃん達能力者に向いちゃってるの」
 寂しそうに呟いて、男の言葉は途切れた。なるほど病巣は深そうだ、と真琴は思う。大いに同情はするが、だからといって納得出来るものではない。真琴は現実に、命の危険に見舞われた。
 少しの間があって、男が撮影の時にするように、パンパンと両手を叩いて立ち上がった。
「さ、真琴ちゃんも早く帰って。パスポートに能力者かどうか、載らないうちにね」
 ウィンクをして見せる男に、真琴は礼を言って部屋を出た。



2016/04/04 14:21
London Orbital Motorway(M25)
England

 すぐ耳元を風切り音がして、クラウは車の陰に飛び込んだ。一度大きく深呼吸をすると、やや遅れてアニーが隣に現れ、身を潜めた。
「なんだっけ、あの」
 アニーはそう言って、クラウに猫がするような動きを右手でして見せる。
「グラップラー?」
 クラウが答えると、アニーは少し表情を明るくした。
「そうそれ! あの爪だけでも厄介なのに、銃も使うし――」
 何かごにょごにょ言いつつ、アニーは身を乗り出して様子を窺うと、また走っていった。発砲音が響く。
 アニーの様子が、いつか見たような、覚醒するとよく喋り、普段より積極的になる当時のままだったので、クラウは少し懐かしく思った。
 が、彼女の思考は、アスファルトに跳弾する音で引き戻される。
 ちらりと、車の陰から顔を出す。丁度アニーが、銃身を使って男の蹴りを受け止めていた。
 もう一度、アニーの援護をしようと飛び出しかけた時、クラウはヘリのローター音を聞いて振り返った。
「え?」
 事故後しばらくして現れたパトカーのうち一台は男に潰された。それから警察の応援が現れ始めて、アニーが戦闘の隙を突いて軍に援軍を要請したのは数分前。いくら何でも早過ぎる。
 遠巻きにしていた警察のヘリを掻き分けて、その濃緑色のヘリは高度を下げて近づいてくる。サイドドアから、するするとファストロープが伸びて、クラウ達のすぐ上で止まった。

 ファストロープから下を覗きこんで、神撫は男と目が合った。それからアニーとも目が合って、クラウの姿も見た。誰だったか、クラウに似ているが、と半信半疑のままロープを降りて、思考は戦闘に集中した。
 男が降下する神撫に向き直ったのを見て、ロープを放すとそのまま男に向けて飛び込んだ。
 真正面から神撫の体を受けて、男は呻き声をあげる。そのまま、神撫が抑えこんでいると、クラウとアニーが駆け寄ってきた。
「あれ、やっぱりクラウ――」
 神撫が声を掛けようとしたところで、男が無理矢理に右腕を振り上げた。咄嗟に神撫が反応し、振り上げた拳で男の顎を強かに打つ。
 男が気を失うと、アニーが素早く腕を縛り上げる。
 凶器として使われた右の拳が傷んで、神撫は右腕を振る。クラウと目が合って、どちらともなしに苦笑いが漏れた。



2016/04/04 18:07
Somewhere room/SIS Headquarters
Vauxhall/England

 男の目の前には、ハバキが座っている。それからエドワードがドアの前に立っていて、神撫は男の背後に立つようにしていた。
 神撫は、本来ならアスがここにいるべきで、何しろ神撫はエドワードが苦手だし、向き不向きがあろうし、と思うのだが、肝心のアスは、少し前から姿を見ない。
「もう一回聞くよ、誰に頼まれたの?」
 ハバキが水を向ける。男はちらりとハバキを見て、また顔を伏せた。今度は、ハバキとエドワードが顔を見合わせた。様子を見ていた神撫と、二人の目が合う。神撫は、やっぱりやるのか、というふうに一度溜息をついた。それから、スーっと息を吸い込む。
「おい」
 いつもよりトーンを下げた声で、神撫が男を呼ぶ。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、貴様は犯罪者でも戦時捕虜でもなんでもないからな」
「はぁ?」
 男が怪訝な表情を浮かべる。神撫は黙ったまま、男の手を取って、手のひらを机に押し付けた。それから手首をしっかりと押さえつけ、懐からナイフを取り出した。
「おいおいふざけんな! お前らどういうつもりだ!」
「言ったろ? 俺らチンピラに絡まれたから、ちょっとケジメつけないと」
 そこまで言って、神撫はハバキを見た。少し楽しそうだ。エドワードは表情を変えていない。アスが居れば、こういう狂言はアスの役目だったろうが、この配役は卑怯だ、と神撫は思う。柄じゃない。
「誰に頼まれたのか、教えてくれないかな。そしたら、捕虜扱いも考えるんだけど」
 ハバキがいつもの人懐こい笑顔で、再び水を向ける。
「……わかった、わかったから、コイツをどけてくれ」
 男が折れて、神撫はナイフを懐へ戻す。
「あんたらの言う通り、指示されたんだ」
「……セルゲイ・ベレフキンの目的はなんだ?」
 今度はエドワードが訊く。
「金だよ。今や陸軍とプチロフの一部はあいつの私物だ」
 ナイフを仕舞ったばかりの神撫が、腕組みをして「金ならあるだろ?」と続けた。男が「足りるかよ」と吐き捨てる。
「国外にプールしとかねぇと、税金で吸われて終わりだ。ちょっと金があるやつならみんなやってる」
「プチロフのお陰で復興したんだよね? 何でそんなことすんの」
 今度はハバキ。
「復興したからだよ」
 男は短く答えて、今度はしばらく黙ってから、またおもむろに口を開いた。
「あんたら、能力者だよな? KVはどうした?」
 ハバキと神撫が顔を見合わせる。神撫は終戦以降、「レンタル」という処置をしていない。アニーの立場もあって、わざわざ返却の手続きもした。ハバキはそのままだ。そもそも使っておらず、何か手続きをした覚えも、連絡が来た覚えもない。
「じゃあもう一つ聞くけど、今世界で稼働出来るKVの数知ってっか? いまだに採用してる軍なんかほとんどねーのは?」
「……なるほどな」
 何か話が見えた様子で、エドワードが呟く。
「KVが売れず金にならない。戦争になれば、プチロフに金が入る。プチロフに金が入れば、ベレフキンに金が入る、そういうことか」
「今頃、ベレフキンの部下が、ベラルーシだのラトビアだのにKVを売り歩いてるだろうさ」
 そこまで喋って、男はまた黙る。三人は潮時と見て、席を立った。
「おい、ここに置いとくんじゃないだろうな、俺は戦時捕虜だろ?」
 部屋を出ようとする三人に男が声を掛ける。扉に手を掛けていた神撫が、振り返りもせずに答えた。
「考えてもいいって言っただろ」



2016/04/04 18:16
Medical room/SIS Headquarters
Vauxhall/England

 負傷したクラウは、アニーに連れられて廊下の先の救護室に入った。松沼は彼女らより前にそこに入れられて、手当を受けている。
 アスはと云えば。
 六時を過ぎて灯りが落ちた廊下に座り込んで、さっきまでコーヒーの入っていた紙カップを両手で弄んでいた。
 クラウの消息を掴んで、ハバキ達が救出に出ようとする頃、アニーのヘリが基地に帰投中の情報が入った。エドワードがどこをどう手配したのか、彼女のヘリはヴォクソールにそのまま飛んできて、四人を降ろすとすぐ帰っていった。
 結局アスは、どこかに連絡を続けるエドワードの隣に所在なげに居ただけで、何もしていない。
 クラウを巻き込むべきではなかったし、神撫とアニーも巻き込まれなくて良かったはずだと、そればかりぐるぐると頭を去来する。ハバキが居てくれて幾ばくか救われるし、泰然自若として見える真琴が居て良かったと思えた。
 突然、彼の携帯が鳴った。取り出すと自宅の番号で、アスははっと息を呑んだ。三回ほどコールを置いてから、取る。
「ラーセンさん?」
 アスが何か言う前に、電話口は知らない男の声で喋り始めた。
「松沼を引き渡してくれませんか? そうすれば、あなたがたの安全は保証します」
 ごくりと生唾を飲み込んで、指に挟んだままのタバコを見た。結婚を機に銘柄を変えた。唇が乾く。
「明日の昼、ドモジェドヴォに発つ便があります。空港に迎えをやります。航空券の手配はこちらでします」
 ドモジェドヴォ。近くに真琴がいるはずだった。ハバキからちょくちょく情報は聞いていた。覚え違いでなければ。
「この番号から発信している意味、お分かりですよね?」
 そこまで言って、電話はアスの答えも待たずに切れて、携帯を耳に当てたまま、いつの間にか紙カップを握り潰している。
 喉の奥がカラカラと、酷く渇いていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 --------------------------------------------------------------
 CONCERNED LIST(CLASSIFIED)
 --------------------------------------------------------------
 NAME          SEX  AGE ID   JOB
 --------------------------------------------------------------
 アンドレアス・ラーセン MALE  28 ga6523 エレクトロリンカー
 空閑 ハバキ      MALE  25 ga5172 ハーモナー
 クラウディア・マリウス FEMALE 17 ga6559 エレクトロリンカー
 不知火真琴       FEMALE 24 ga7201 グラップラー
 神撫          MALE  27 gb0167 エースアサルト
 松沼修一        MALE  -- NPC--- フリーライター
 トレバー・エドワード  MALE  -- NPC--- SIS情報分析官
 セルゲイ・ベレフキン  MALE  -- NPC--- NO DATA
 アニー・シリング    FEMALE 26 gz0157 イギリス陸軍中尉
 リード         MALE  24 NPC--- イギリス陸軍少尉
 --------------------------------------------------------------
水の月ノベル -
あいざわ司 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2015年08月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.