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『未来への企み 』
ルシフェル=アルトロ(ib6763)&宮鷺 カヅキ(ib4230)

 梅雨のじめっとした空気。どんよりとした雲が天を覆って、空が今にも泣き出しそうだ。
 護大が去り、アヤカシによる騒ぎが減った天儀でも、何かと事件は起きて……やはり開拓者が借り出される場面は多い。
 宮鷺 カヅキは、今日も依頼をこなして帰路に着こうとしていたところだったのだが……手近にあった壁に手をつき、ため息をつく。
 ……ルーさんが待っているし、早く帰って夕餉の支度をしないといけないのに。
 何故こんなに足が重いのだろう……。
 ――彼女は、己の主であり師である人物に結婚の挨拶を済ませた後、恋人であるルシフェル=アルトロと祝言を挙げて正式な夫婦となった。
 夫婦になったと言っても、何が変わる訳でもなく。
 一緒にご飯を食べて、一緒に買い物に行って、一緒に笑って……。
 ルシフェルもカヅキも、以前は殺伐とした生活を送っていたせいか、そんなささやかな積み重ねがとても新鮮で楽しく、依頼もバリバリとこなし充実した毎日を過ごしている。
 そんなカヅキだったが、数日前から身体の不調を感じていた。
 ――身体がだるい。時々胃のあたりがむかむかする。
 普段は早めに寝れば大抵の不調は解消するのに、今回は治るどころか、日に日に酷くなって行っているような気さえする。
 ルーさんが心配するし、一度医者に診て貰った方がいいでしょうか……。
 そんな事を考えて顔を上げたカヅキ。
 次の瞬間、目の前がふっと暗くなる。
 ――朧月と炎に浮かぶ男性の影。ああ、この人は……。
 暗闇に流れる流れ星。師に誘われて見に行ったんでしたっけ。
 温泉宿の上に見える上弦の月。この時、ルーさんに真名を告げて……。
 ルーさんと鷲獅鳥の背から見た月光が生み出す白い虹。
 遠くからる連なる桜。船の上で、師にルーさんのことを話して……。
 咲き乱れる色とりどりの紫陽花。あの時は確か――。
 目まぐるしく、次々と現れては消えていく光景。
 ――ああ、これ走馬灯ってやつですよね。思いの外お迎えが早かった……。
 まだ色々やりたいことがあったのに……。ごめんなさい、ルーさん。
 師匠、私のからくりを宜しくお願いしま……って、あぁっ! ちょっと待ったぁ! 今死んだら誰があのズボラなあの人の世話するんだよ死ねるかああああ!
「……ん? あれ……?」
 ガバっと起き上がったカヅキ。いつの間にか布団に寝かされていたらしい。
 ――というか、ここはどこでしょう。
 見慣れぬ場所にいることに気付いて、小首を傾げる彼女。そこに、白衣を着た初老の男性が入ってくる。
「お目覚めですかね」
「あ、あの。すみません……。ここは一体……?」
「私の営む医院ですよ。貴女、開拓者ギルドを出たところで倒れられましてな、ここに運ばれて来たんですが、覚えておりませんかな?」
「はい。全く……。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「なーに。病人を診るのが私の仕事ですからな」
「病人……。先生、やはり私は何か病を患っているのでしょうか。最近身体がだるくて仕方がないのですが。先程倒れたのもそれが原因で……」
「ほうほう。やはりそうでしたか」
 しきりに頷く医師に、身を固くするカヅキ。
 そんな彼女に、医師は柔和な笑顔を向ける。
「ああ、心配せずとも良いですぞ。病気ではないゆえ」
「……病気ではない? どういうことですか?」
「おめでた、というやつですな。……おめでとう、お母さん」
「……は? え? ええええええ!?」
「今3ヶ月といったところですかな。なるべく安静に過ごして、暫く仕事も休むように……」


 ――それから、カヅキは医師とどんな会話をしたのか、どうやって家まで帰ったのか、あまり覚えていない。
 まさか体調不良の原因が懐妊のせいだとは思わず、酷く動揺して混乱していた。
 ――結婚報告の時、ルシフェルに『子供が欲しいか』と問われた時、彼女は『欲しい』でなく『要る』と答えた。
 カヅキは人間で、ルシフェルはエルフで……種族による寿命の差はどう頑張っても埋めることは出来ない。勿論それを理解した上で、お互いを伴侶として選んだのだけれど。カヅキはどうしても、己が寿命を迎えた先の夫のことを考えてしまう。
 彼を置いて行かなければならないその時に、子供がいてくれたら……彼が独りになることはないから……。
 そう。彼女は『子供』が欲しかったのではない。自分がいなくなった後、『大切な人と共に生きる存在』が欲しかっただけなのだ。
 そんな自分が、本当に『母』と呼ばれる存在になってもいいのだろうか……。
 何より、ルシフェルに子供のことをどう伝えたらいいのだろう。
 『3ヶ月だそうです』と事実を報告する?
 うーん。それだと普通過ぎるだろうか……。
 それとも『貴様の子供を授かった! 無事に返して欲しくば三十万文用意しろ!』と脅すべき……?
 いやいや、そんなこと言ったら、即現金を用意して来そうだし。
 どうしよう……。何と言ったら……。
 夫と共に食べた夕餉も、味が良く分からなかった程には悩んでいた。


「カヅキ、お茶が入ったよ〜」
「あ……。ありがとうございます。すみません、ルーさんに淹れさせてしまって」
「いいって〜。カヅキ、ここのところ体調悪いじゃない」
 妻にお茶を出しながら様子を伺うルシフェル。
 ――やはり、今日は何だか様子がおかしい。
 心ここにあらずと言った様子のカヅキを、彼は心配そうに覗き込む。
「……ねぇ、カヅキ〜? 何かあった? 今日の依頼、難しかったの?」
「……えっ? いえ、そんなことはないのですけど……。実は今日、依頼の帰りに倒れて、病院に運ばれてしまいまして……」
 彼女の一言に、ルシフェルの顔からサーーーッと血の気が引いていく。
 最近、体調が悪いと言っていたけれど、倒れるくらい酷い体調だったなんて……!
 はっ!? 医院に行ったということは、診断結果も聞いたということだよね。
 それでカヅキの様子がこんなにおかしいってことは……それって、もしかして……!
 どうしよう! カヅキが死んじゃったらどうしよう!!
「カヅキ……。どんなに酷い病だったの? 俺、ちゃんと聞くから教えて」
 死んだらイヤだ! と抱きつきたくなるのを堪えて、ビシッと正座をするルシフェル。
 不安を隠そうとしているが隠し切れていない彼に、カヅキはため息をついて――湯飲みの茶に映った己の瞳を見て、口を開く。
「そんな情けない顔しなくても……大丈夫ですって。先生の見立てでは、病気ではないそうです」
「……え? カヅキ病気じゃないの? 大丈夫なの? 本当に? 死んだりしない?」
「はい。私はそう簡単に死にません。もっとしっかりしてくださいよ? 『お父さん』」
「……お父さん? 誰が?」
「ルーさんがですよ」
「ごめん。話がよく見えないんだけど……」
「ここに、もう一人いる……みたいです」
「………え?」
 そう言い、己のお腹を撫でるカヅキ。
 ルシフェルは呆けたまま妻の顔とお腹を交互に注視して、もう一度カヅキの顔を見る。
「……えっと……? ……子供?」
「そうです。3ヶ月ですって。身に覚えがないとは言わせませんよ?」
「……あ〜。うん。ある。ありまくる。じゃあ、体調が悪かったのも……」
「はい。この子のせいだったみたいです。仕事も休むように言われてしまいました。暫くルーさんの稼ぎに頼らないといけませんね」
 冷静に見えるが、混乱している様子が滲み出ているルシフェルに、微笑を返すカヅキ。
 突然のことでまだ実感が沸いていないのかもしれない。
 無理もない。カヅキ自身、そんな実感がないのだから。
「あのさ……。カヅキ、お腹……触ってもいい?」
「はい。どうぞ」
「ふぅん、そっか。そっか……」
 普段と同じような言葉に、微かな嬉しさが混じるルシフェル。
 そっと、カヅキに手を伸ばして、そのお腹に触れる。
 ――ここに、いるのか。愛しい人と、自分の子供が……。
 次の瞬間、湧き上がる不思議な感覚。
 身体の奥の方が、じんわりと温かくなってくる気がする。
 なんだろう、この感じ。カヅキの笑顔を見た時も似たような感じになる。
 ……ああ、これが、嬉しいって事……?
「……カヅキ。俺、嬉しいみたい。嬉しいってことが、わかるみたい」
「ふふ。そうですか。良かったです」
 どこか他人事のように言うルシフェルにくすくすと笑うカヅキ。
 この人はいつもそうだ。自分のことが自分でよく分かっていない。
 そして、それは自分にも言えることで……そういう意味でも、似たもの夫婦なのかもしれない。
「ありがと。ありがとね、カヅキ」
 そっとカヅキを抱き締めて、目を閉じるルシフェル。
 感じる彼女のぬくもりと鼓動に、また身体の奥が暖かくなる。
 これが……幸せって事なのか……。
 初めて知る感情。これも妻がいなかったら出来なかったことだ。
 ――俺は、生きてる。当たり前のことが、こんなに暖かい……。
 カヅキは、夫を抱きとめながら少しだけ困っていた。
 だって、ルシフェルは『子供』が出来てこんなに喜んでいるというのに。
 彼女は別な理由で喜んでいたから。
 ――ああ、良かった。
 これで彼をひとりにすることはなくなる――と。
「ルーさん、礼を言うのはまだ早いですよ。無事に生まれて育ってくれるまでは気が抜けませんっ!」
「あ〜。うん。そっか。そうだね」
「私も全然実感ないですし、よく分からないんですけど! 頑張りましょう! ねっ!」
「うん。頑張ろ〜」
 にこにこと笑いあう二人。親になる実感は、まだ沸いて来ないけれど……。
 ――そう。無事に生まれて、育ってくれなくては、困る。
 カヅキの、大事な人の未来の為に……。


 私の企みは、今は秘密にしておこう。
 ルーさんに知れたら、きっと彼の赤い瞳が悲しみに曇るから。
 いつか子が大きくなって、置いていく時になったら……『どうだ後追いできないだろう参ったか!』と笑ってやる……。
 そう考えるカヅキの顔は、何ともいえない幸せそうな笑みが浮かんでいた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib6763/ルシフェル=アルトロ/男/23/幸せの意味を知る父
ib4230/宮鷺 カヅキ/女/21/安心を得た母


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。

ご夫婦の続きの物語を書かせて戴いて、とても嬉しいです。ありがとうございます。
カヅキさんの優しさから来るしたたかさ、ルシフェルさんの喜びと戸惑いが上手く表現できていれば良いのですが……。
話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
水の月ノベル -
猫又ものと クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年08月31日

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