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『遙かな記憶を雨音に乗せて 』
某 灼荼jb8885)&徳重 八雲jb9580


 旅館、静御前。
 頑丈な木組みに重そうな瓦屋根を乗せた古風な佇まいは、この世に生み出されてから優に百年は超えているだろう。
 百の齢を数えた器物は付喪神となり、妖としての生を得ると言う。
 その旅館も恐らくは、既に妖の一種と化しているのだろう。
 だからこそ、類は友を呼ぶのかもしれない。

 静御前は旅館の看板こそ掲げてはいるが、一般的な「旅の者に一時の宿を貸す施設」とは少々趣が異なっていた。
 そこに宿を求めて来る者達も旅人には違いないが、彼等は大抵が長逗留で、殆どこの旅館に棲み付いていると言っても良いだろう。
 時間を超え空間を超えて、長い長い旅路の果てに流され、吹き寄せられて来た者達。
 時に、人は彼等を妖怪と呼んだ。

 幽霊屋敷ならぬ妖怪屋敷には、常に様々な妖の気配が漂っていた。
 とは言え、特別な事は何もない。
 その暮らしぶりは、人と何ら変わることはなかった。
 ただ、廊下を走る足音の主や、台所でつまみ食いを叱られている悪戯小僧の正体が「人ならざるものである」というだけで。


「子供は悪戯をするもの、若い衆は血気盛んで喧嘩っ早いものってねぇ……こりゃぁ大昔っから変わらないもんさね」
 遠く座敷の奥から聞こえる喧噪に耳を傾けながら、徳重 八雲(jb9580)は目の前に置かれた将棋盤にじっと視線を注いでいた。
「それにしたって、子供はそろそろ寝る時間じゃないのか……ねっ、と」
 パチン。
 軽い音を響かせて、某 灼荼(jb8885)が自分の駒を動かす。
 間髪を入れず、八雲が次の手を打って来た。
「そう来たか、爺さん」
 灼荼は腕を組み、盤上の駒を睨み付ける。
「なら、こうだ」
 パチン。
「そういうことなら、あたしゃここに置かせてもらうよ」
 パチン。
「あっ」
 その一手に、灼荼は思わず声を上げる。
 奥の間から聞こえていた声は、いつのまにか止んでいた。
 外は雨、庭に植えられた木々の葉を叩く雨音だけが、ぽつぽつと軽快なリズムを刻んでいる。
 そこに時折混ざる、バタン、タンという大きくて重い音。
「どっか雨漏りでもしてんのかね〜?」
「家の中じゃぁないようだがね」
 調和を乱す音に気を散らした様子の灼荼に、八雲が答える。
「おおかた雨樋が欠けたか何かしたんだろうよ」
 明るくなったら見に行けば良いだろう。
 今は何者にも、この時間を邪魔されたくない。
 同じ宿に流れ着きながら、普段は滅多に顔を合わせることもない二人。
 それが今夜はどうした気紛れか、こうして共に静かな時を過ごしているのだから。

 月明かりもない中では、庭はただ果てもない闇に沈んでいるようにしか見えない。
 その闇に接する縁側で、二人は向き合っていた。
 将棋盤の脇には黒朱塗りの煙草盆が置かれ、八雲が手にした煙管の灰が時折そこに落とされる。
 その煙の故か、蚊取り線香がなくても虫は寄って来ないようだ。
 明かりは古風な行灯がひとつ。
 その頼りない光では、互いの顔もよく見えない。
 薄暗い中、灼荼は先程から八雲の顔色を伺うようにちらちらと視線を投げていた。
「そういやさぁ……爺さん、俺と会った事あるよね?」
「何だいおまいさん、藪から棒に。そいつぁ新手の『待った』かい?」
「いや、そんなんじゃねーよ」
 確かに次の一手に少々手こずっていた事は認めるけれど。
「たださ、ほら……さっき爺さん言ったろ? 若い衆は喧嘩っ早いてさ」
「ああ、言ったかねぇ」
「そんでさ、な〜んとなく思い出したわけよ。俺にもそんな血気盛んな頃があったな〜って」
 灼荼は意味ありげな視線を八雲に向けた。
「思い出したって言うか、気付いた?」
 言われて八雲は、はてと目を瞬く。
 積み重なった記憶の層を一枚ずつ剥がしながら、奥へ奥へと進み――徐に、手にした煙管を口元へ運んだ。
 ゆっくりと深呼吸をするように肺を煙で満たし、これまたゆっくりと細い糸のように吐き出していく。
「……確かに昔、躾のなってねぇ八咫の烏に礼儀を教えてやったぁ気はするがねぇ」
 八雲は渋い茶でも飲んだような顔で灼荼を見た。
「あ、それ、俺ね。俺」
 どうやら思い出したらしい八雲に向かって、自分の顔を指差した灼荼はにんまりと嬉しそうに笑う。
「そ〜んな顔すんなって」
 ますます渋い顔になった八雲に、灼荼はますます上機嫌。
「いや、だってさ〜、昔知ってる奴に会うのって珍しいし……あの時とは、何か違うし? 気持ち悪いくらい」
「違ってるなぁお互い様だねぇ」
 表情を僅かに緩め、八雲は緩く目を逸らした。

 今、二人はご隠居さんとその孫と言われても違和感を感じない程度の外見をしている。
 しかし実は、二人とも齢千年を数えようかという程度には年齢を重ねていた。
 しかも、今はこうして人の姿をしているが、かつては妖そのもの。
 灼荼は八咫烏、八雲は鴆。
 名乗る名前も今とは違った、あの頃。
 もう五百年ほども昔の事になるだろうか。
 あの頃は二人とも若かった。
 若く血気盛んで、何にでも、誰にでも闇雲に突っかかって行った、あの頃。
 八雲もまだ今のように落ち着いてもおらず、触れるもの皆切るような尖った時代だった。
「あの時は手酷くやられたよね〜」
 灼荼が笑う。
 再会したのがもっと前だったら、迷わず再戦を挑んでいたかもしれない。
 だが、今となってはただ懐かしいばかりの思い出だ。
「名前も姿も変わってたけど、妖気で気付いたよ……もしかしたらって」
 その妖気も巧みに抑えられてはいたが、一度でも拳を交えた相手なら、僅かでも漏れていればそれと気付く。
 こうして差し向かいで将棋を指すうちに、それは確信に変わった。
「ね、俺もさ、分からない程、化けるの上手い?」
 問われて、八雲はかぶりを振った。
「随分と急にまあ、懐かしい話を持ちだしたもんだ……昔の事だ、覚えちゃあいねぇよ」
 昔話は苦手ではないが、そう積極的に聞きたい話でもない。
 若気の至りなら、尚更。
「俺は、ちゃんと覚えてるよ」
 灼荼がお調子者の空気を僅かに引っ込め、少しだけ落ち着いた表情で微笑んだ。
 姿形も、名前も、その在り方さえも、全てが変わってしまう、この現世。
 その中で変わらずに在る存在が無性に嬉しくて。
「爺さんとか俺とかは、そろそろ昔しかなくなるからさ〜。こういう縁ってのも、貴重かなって」

 パチン。
 上機嫌のまま、灼荼は駒を進める。
「はい、これで王手だよ」
 しかし、八雲の目が鋭く光った。
「おまいさん、あたしの目を節穴か何かだと思っちゃいねぇかい?」
 盤上の駒の配置が先程と微妙に違う。
「動かした駒ぁ元に戻しな、あたしの方が優勢だった筈でしょう」
「さ〜すが爺さん、こっちの方はまだまだ大丈夫そうだね」
 イカサマを見透かされても悪びれもせず、灼荼は自分の頭を指差しながら嬉しそうに笑った。
「悪い悪い、べつにインチキで勝とうとしたわけじゃないんだよ?」
 ほんとだよ?
「たださ、歳を取ると新しい記憶からどんどん消えてくって言うじゃない」
 だからちょっと試してみたかっただけだと、灼荼は笑いながら駒を元に戻した。
 大丈夫だ、自分もさっきの配置をちゃんと覚えている。
 それを聞いて、八雲は軽く苦笑いを漏らした。
「あたし達も、随分と長く生きたもんだねぇ」
「やだね〜。歳取ると忘れるばかりになっちゃって」
 こうなるともう、完全にお爺ちゃんの井戸端会議だ。
 話す事と言えば天気に健康、昔話に孫自慢――
「でも、まだまだくたばるつもりはないんだよね……お互いに」
「あたりめぇよ」
 忘れる事が増えるなら、それ以上に新しい事を覚えれば良い。
 いや、妖怪に歳など関係ないか。
「それに、ここに棲み付いてりゃ退屈はしねぇな。老け込んでる暇もありゃぁしねぇよ」
 毎日のように予想もしない何かが起きるし、新しい出会いも、再会もある。
 今、こうして五百年ぶりに顔を合わせた旧知とのんびり将棋を指しているように。
「さぁて、勝ち負けに拘るわけじゃねぇが――」
 八雲はぷかりとひとつ煙を吐き出し、煙草盆に煙管を置いた。
「こりゃぁ今回も、あたしの勝ちかねぇ」
 着物の袂を払い、勿体ぶった仕草で駒を手に取る。

「王手」

 雨の夜は、静かに更けゆく。
 もう一勝負、いってみようか――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 
【jb8885/某 灼荼/八咫烏】
【jb9580/徳重 八雲/鴆】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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水の月ノベル -
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エリュシオン
2015年08月31日

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