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『焔、陽炎となりし日 』
アルト・ヴァレンティーニka3109

 叩きつけられ、勢いを殺すために転がった剥き出しの地面で、土と血の味が口の中に広がった。
「如何した、もうお仕舞いか?」
 嘲るような言葉に、まさか、と唇だけで呟いた。回転の勢いをそのままに鞘を握った左手で強く地面を押して起き上がる。普段のショートカットから様を変え、腰まで伸びて闘志を絶やさぬ瞳やその身体を覆うオーラと同じ炎の色を宿した髪は、彼女――アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が誇り高き覚醒者である証。
「おまえを殺すまで、終わりはしない」
 はっきりと口に出せば、白を通り越して蒼い肌に、長い黒の束髪を揺らした歪虚が刀を手にニィと笑う。
 戦う理由ならば、幾らでもあった。
 雑魔が現れて人々の生活を脅かしていると聞いて、退治の依頼を請け負った。目の前の敵は明らかに雑魔ではないが、己の背後には人の住む村や町がある。歪虚を相手にして殺さぬ理由などない。――そして、何よりも。
 強くなりたかった。
 投げ出されて地面に転がった屈辱が脳裏をよぎる。あの日、己を瀕死とした強力なデュラハンからアルトが奪ったのは腕一本。足りない。まだ足りない。強くならなければ――勝てない。殺せない。そして、守れない。
 立ち上がった勢いをそのままに、地を蹴った。距離を詰める間に刀を納め、あえてはっきりと柄を掴み攻撃の意志を露わにする。
「愛い奴だ――其れで良い。来い」
 攻撃の構えを見た相手が、先手を取ろうと深く踏み込み腰溜めに構えた大剣を横に薙ぐ――それを、アルトは抜刀と共に『柄尻で』受けた。
「ほう!」
 黄金色の柄頭が鋭い音を立てて胴を薙ごうとした刃を逸らすのに、闇を宿した漆黒の瞳が楽しげに笑む。逸らしきれなかった刃が籠手を削るのも構わず、刀を揺らし手首を震わせた衝撃を、彼女はその切り返しで攻めへと反転させ刃へ乗せる。纏うオーラが鳥の如く羽ばたき、そのまま刃へと絡み付いていく。
 再び、金属音。
「守りてそれを攻めに変える、変幻自在なる刃。人の身にはなかなか居らぬ強者よ」
 鼓膜を揺さぶる怪音と共に散る火花、それを僅か一瞬だけ残して飛びすざった彼女の、今までいた場所を縦に両断し主より僅かに遅れた長髪の先を斬り落とす大剣。
 必殺の気迫と速度を乗せた反撃の一撃は、けれど大剣の腹に一筋の傷を付けたのみ。
「――だが、何度でも使える技でもあるまい」
 敵の言う通り、アルトの手首にはじわりと痺れが走っていた。相手の攻撃の威力をそのまま反撃へと伝える技は、その力が集中する手首の傷みを代償とする。
 そして。
「それに同じ不意打ちは、二度は効かぬぞ」
 再び納刀から深い踏み込みで果敢に懐に入ろうとしたアルトを、相手は落としていた剣先を跳ね上げて迎え撃つ。刀身半分ほど抜いて護拳で受ければ、痺れていた手首に痛みすら走った。構わず強引に刃を受け流した刀を手首の返しで斜めに抜き放つままの勢いで斬り付ければ、相手は人外の胆力でくるりと大剣を片手で回転させて受け止める。
 一合、二合、三合。振動を流す細身の刃と無骨な鉄塊に似た刃が交錯し、火花を散らしてまた離れる。
 機械仕掛けの振動刀は、アルトの身体に合わせ完全に調整された一品であったが、それでも攻撃に防御にまた攻撃にと酷使される手首は激しく消耗していく。さらには防御より攻撃精度に重点を置いた戦い方は、じわじわと打撲や裂傷を彼女に刻み込んでいた。
 距離を取り、一つ息をつく。間合いを測り、呼吸を読み――明らかに己より強い相手に対峙する絶望を、集中に塗り替えていく。
(敵を見ろ。集中しろ。足りないならば、どこで補うか。考えろ。集中しろ。見据えろ。見つけろ――)
 ひたすらに集中力を戦いへと向けていく。それと同時に勝たねばという思いが膨れ上がっていく。
 強くなりたいと――強くなれと、己の心が己に叫んだ。
 その時。

 永劫のように感じられた数秒は、過ぎてみれば一瞬であったようにも思えた。
 斬り落とされた髪の先端が再び腰を覆う長さになる。武器を覆いその身を覆っていたオーラが色を失う。
 消えたのではない。透明へと変じたオーラは、彼女の周囲に陽炎を揺らめかせていた。
 同時に、全身が研ぎ澄まされていた。
 視界が――広い。
 はっきりと敵の全身を見ることができる。その動きをひどく鮮明に感じ取ることができる。
 手首ははっきりとした痛みを訴えていた。だがそれゆえに、どう動かせば最も効率的で、長く戦うことができるか理解できる。
 燃え盛る炎の色を帯びた瞳は、反対に鋭い冷徹を湛え――地を蹴ると同時に、柄を掴む動きをはっきりと相手に見せる。
「同じ手は通用しないと――!?」
 後の先を狙うのはわかっている、というように大剣を構えていた相手の瞳が、驚愕に開く。
 躊躇なく、アルトは鞘から刀を抜き放っていたのだ。咄嗟にその切っ先を叩き落とそうとした刃は、けれど空を切った。
 斜め下に向けた切っ先が、地面を掠め僅かに速度を変える。そのまま勢いをつけ、相手の反応より前に、振動刀は相手の胴を薙ぎ、
「終わりだ」
 心の臓であろう場所を、深く、貫いた。

 どう、と音を立てて仰向けに倒れた歪虚は、口元に血交じりの笑みを浮かべて問うた。
「人の子の強者よ、敗者に慈悲をと思うなら名を。この身に死を刻んだその名を抱いて私は消えよう」
 漆黒の瞳を細める相手に刃を向けたまま、僅かに考えてから彼女は口を開く。
「アルト・ヴァレンティーニ。……おまえは」
「アルト。アルト・ヴァレンティーニ」
 問い掛けには答えずにその名を繰り返し――もはや光なき瞳は己を倒した戦士を見つめる。
「斃した敵の名など覚えてどうなる。その分は仲間を知るのに使うが良い」
 ……己が、その一人であればよかったと、少しばかり思わなくもない。
 そう、唇だけを動かすように僅かに呟いて。
 その瞼が闇色の瞳を覆うと同時、歪虚の姿は地面に溶けるように消えた。

 振動を切った刃を鞘に納めながら、アルトは確信する。
 己は今、新たなる覚醒に至ったのだと――。

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【ka3109/アルト・ヴァレンティーニ/女性/18歳/疾影士】
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2015年09月04日

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