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『お見合いには難がある 』
ミハイル・エッカートjb0544


 それはある日の、ある建物内での出来事。
「帰ったぜ、部長。それで話ってのは…」
 ミハイル・エッカート(jb0544)が仕事鞄をマイデスクの上に放り投げ、上司である部長の机の前へとやって来た時、相手は実に渋い表情を浮かべていた。
「…ん?」
 また何か厄介ごとかと相手を見下ろすと、無言で机の上に置いてある分厚いファイルを突きつけてくる。
「…何だよ。仕事か…?」
 学園に所属し撃退士として活動しているとは言え、ミハイルは某大企業の会社員である。毎日忙しい日々を過ごしていたとしても、上司から仕事と言われればそれに応じるのが、正しい社畜というものであった。
 上司の態度を訝しみながらも、やけに重厚な表装がなされたファイルをぱらりと開く。
 そこには、実に麗しいばかりの高貴なる衣装を纏った、猿が居た。
「…」
 勿論ただの猿ではない。実に禍々しい苦悩に満ちた影を背負い、その業を示す深い皺を額に刻んだ、尋常ならざる猿である。
「…次の標的か?」
 一応、尋ねてみた。ページを開いても開いても豪奢な飾り付けを施された猿が出てくるばかりで、その猿の情報は何一つテキストベースで載ってはいない。
「ミハイル・エッカート。これは実に崇高なる任務だ。見合いしろ」
「断る」
「崇高なる任務だと言ってるだろう!」
「猿との見合いのどこが崇高なんだ!?」
「取引先の重役の娘だ。重役の娘だぞ!」
「どこの世の中に、娘が猿の重役が居るんだよ!」
「猿に見えるかもしれないが、それは猿に見えるだけの紛れも無い人間d」
「なわけないだろ! どう見てもドレス着た猿だぜ!?」
「頼む、ミハイル君。社運を賭けた戦略なんだ! 大企業勤め、高給取り、独身で彼女無し、結婚適齢期、高身長イケメン、ベテラン撃退士なお前以外の誰が、この大事な任務を引き受けることが出来ると思う!?」
「誰でも出来るだろ! 俺が彼女作らないのは、猿と見合いする為じゃねぇぞ!」
「せめて会うだけでも」
「断る!」
 これ以上の話は無用とばかりに踵を返したミハイルの背後で、ゆらりと何か不穏な空気が立ち上る気配がした。
「ならば…仕方あるまい」
 がしょん。何かを装着したような大きな音がして、ミハイルはちらと振り返る。
 そこには、ロケットランチャーを肩に乗せた部長の姿があった。
「なっ…」
「捕らえろ! 皆の者!」
「了解!」
 ずざっと、室内に居た者たちが立ち上がる。その手には、思い思いの武器がしっかりと握られていた。
「はぁ!? 冗談だろ…」
 周囲が一斉に敵に回ってしまった現実に一瞬呆然とした、その隙に…。
「死ねぇぇ!!」
 ロケットランチャーから、勢い良く弾が発射され…。
「殺す気かぁっ!」
 慌てて逃げ出したミハイルの右壁に、思い切りめりこんだ。
 こうして、ミハイルVS同僚たちによるバトルが始まったのである。
 

「くそっ…何でこんな目に…」
 ミハイルが所属する部署は、企画営業情報部である。それは表向きの名前であり、実際は企業工作員という後ろ暗い任務を遂行する部署だ。つまり同僚も全員工作員であり、工作員と言うからには…。
「ふははははは、見つけたぞ、ミハイル・エッカート!」
 ダクトに入り込もうとした所を、同僚の一人に見つかってしまった。グレネードランチャーの銃床をしっかりと肩につけている。今にも引き金を引きそうな気配だ。
 どかーん。
「もう一言二言あってもいいだろ!!」
 とっさに腕で破片から身を護りつつ廊下の脇へと逃げ込む。だがその天井には、拳銃を構えた女工作員が張り付いていた。
「本当は貴方のこと好きだったけど…サル…然る娘さんと結婚するんですもの。あきらめなくっちゃ。さようなら」
「諦めるの早すぎだろ!!」
 ミハイルの叫びより速く飛び出した弾丸をかろうじて避け走り出したが、背後から装弾と同時に撃ち込まれ逃げ場なく窓へと飛び込んだ。
 ここが何階かなど考えている余裕はない。何せ相手は、こちらが撃退士であるのをいいことに好き勝手致死量の攻撃を加えてくる連中だ。だからと言って反撃するわけにも行かない。外壁を登りながら、さてどうしようかと考える。
 2階分登って通気口から天井裏へと潜り込み、上から下の廊下を確認。今の所誰も居ないようである。
「何で猿なんだよ…」
 取引先の重役に、かなり強面の娘が居ると聞いたことはあった。結婚適齢期を遥か彼方に終えているが未だに結婚できないとか何とか…。
 確かにあの写真は、なかなかの強面だった。年季の入った皺の入りようだった。だがどこからどう見ても猿だった。
「あいつら…絶対楽しんでるよな…」
 狭い天井裏で座り込んでため息をつく。
 もしも…だ。仮に、見合いに出るとする。
『初めまして…。ミハイル・エッカートと申します。趣味は酒と仕事とじゅ…いえ、多少なりと収集など』
『ふがふがふごふご』
『あらあら、○○ちゃんったら、一目惚れですって。本当、ミハイルさんったら素敵な方ですものね』
『ふごふごふがふが』
『まあまあ、では早速結婚式の準備を…』
 無理だ!!!
 どう考えても、その先までお膳立てされているに決まっている。それを回避する方法は見当たらない。
 ならばやはり、何とか逃げ切るしか道はない…。
 とりあえず上に行くか下に行くか…と考えたところで、遠くに僅かな光が発生していることに気付く。誰かが天井裏を自分と同じように這っているのだろう。こちらは光源を持っていないからまだ気付かれていないはずだ。今のうちにと、音も立てずに進みだす、が。
「…ミハイル…!」
 前方から這ってきていたらしい男と遭遇してしまった。
「すまない、ミハイル…。俺達だって、望んでこんなこと…やってるわけじゃないんだ…」
「お前…」
「だから、俺達の代わりにお前が犠牲になってくれ!!」
「お前も結局一緒か!!」
 飛び掛ってきた相手を叩き落とそうとしたが、如何せん非常に狭い。どかごろごちと天井裏の更に天井や壁や床に当たった挙句、何の弾みか床が壊れて2人は下の廊下へと落ちる。
「あ…あんな、サ…美女なんか、俺達じゃ相手にならないよ…。お前のようなイケメンならきっと…ぷぷ」
「思い切り笑ってるじゃねぇか!!」
「やっぱ一番優秀なお前が相手を務めるべきだよな。そうだよな!」
「そうだそうだー」
「ソウダソウダー」
 ぞろぞろと同僚達が廊下の前後から集まってきた。麻酔銃、散弾銃、擲弾筒、ナイフ。それぞれが得意とする獲物を持ち、距離を詰めてくる。
「もう、逃げ場はないぞ。ミハイル君」
 そして一番最後に、部長がゆっくりと歩いてきた。勿論肩にはロケットランチャーである。
「冗談きついぜ、部長…。可愛い部下を化け物の餌にしようって言うのかよ」
「それもまた社畜の務め…」
 構えられた銃口を眺めつつ、ミハイルは周囲を見渡した。諦めたような素振りを見せつつ空間の隙間を探す。
 そうだ。自分はエリート。こんな所で彼らに捕まるわけがない。
「…消えた!?」
 一瞬にして、ミハイルの姿は彼らの視界から消え失せた。一般人からすれば消えたとしか表現のしようがない。
「…行ったか」
 だがアウルの力を持つ者には見えただろう。
 ただ彼が、自分の持てる限りの力を駆使して、ただ一生懸命駆けて行っただけという光景が。
「どうしますか、部長」
「最後の罠を発動しろ」
「あの罠は、あまりに危険と…」
「それを避けてこその本物。…ミハイルの実力に期待しよう」
 そう言いながら、部長は廊下の先を眺めた。
 

「ここまで来れば…大丈夫か」
 最上階行きのエレベーターに乗り込んだミハイルは、ようやく一息ついて壁にもたれかかった。
 屋上にはヘリポートがある。すぐに使える状態にはなっていないだろうし、先を見越されて使えるものは撤去されているかもしれない。それでもいざとなれば道具を用いて他のビルに移ることも可能だ。
「鞄だけ…後で取りに来ないとな…」
 呟き何気なく天井を仰いだところで、何やら音が下方から聞こえてくるのを感じる。
「…」
 いやいやまさか。幾らなんでもそんな危ないことをするはずがない。
 真下からロケット弾を撃つとか、そんなことをしたら、周囲も無事では済まな。
 どごん。
「ぎゃああああああああ」

 
 その日、目撃者Aは見た。
 それは世界的に有名な大企業のビルである。すらりとした様式美を讃えられるその建物の屋上からその日、小さな長方形の物体が飛んでいった。
 真っ黒の鉄板で覆われたその物体は綺麗に放物線を描くようにして青空を舞い、そして地上へと落下して行った。
 その時の光景を、彼はきっと忘れないだろう。
 
 
「箱ごと飛ばすか!? 普通、箱ごと飛ばさないよな!?」
 乗っていたエレベーターの箱ごと外へ強制排出されてしまったミハイルは、地上で確保された。
 そのまま拘束具で身動きできない状態にされ、腫れあがった顔で連行される。
 行き先は当然、見合い相手との待ち合わせ場所だが、その姿のまま差し出されたことで、周囲の人々は呆然とその成り行きを見守った。
「…犯罪者は興味ありません」
 一瞥して見合い相手の娘はそのまま去って行く。確かに人間の娘だ。背が高く人相は悪かったが、スカートを履いていたしきっと娘だろう。それに少なくとも人間だ。
「…部長」
「…うむ」
 どういう事なのかしばし理解できずその場に留まっていた2人の元に、仲人役の女性が近付いてきた。
「あらその写真。ハナちゃんのおムコさん探し用の写真集じゃないの」
「先程婿予定の男はお断りをされてしまったのですが…」
「あら嫌だ。ハナちゃんは重役さんのペットよ。これからおムコさん探しに動物園に行こうと思っていたんだから。返して頂戴」
 ひょいと女性にお見合い写真集を奪われ、周囲の人々もバタバタと逃げるように帰って行く。
 残されたのは、スーツ姿の男と、拘束具のまま突っ立っている男の2人…。
「…殴ってもいいよな」
「断る」
「待て、帰るな! これを解いて行け!」


 そうして、世界的に有名な大企業の名に、ちょっぴり傷が付いたかもしれない、という話である。



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【登場人物一覧】

jb0544/ミハイル・エッカート/男/30歳/インフィルトレイター
野生のパーティノベル -
呉羽 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年09月07日

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