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『女賢者と獣たち 』
レピア・浮桜1926)&エルファリア(NPCS002)


 エルファリア王女が、別荘の裏庭で獣を飼っている。
 そんな噂が、聖都エルザード全域で囁かれるようになった。
 その獣は、人を喰らうという。
 王女の意に沿わぬ者が何人も、その獣に食い殺されているという。
 エルファリア王女と政治的に敵対する者たちが流した噂である。良識ある人々は、それを理解していた。
 だが完全に根も葉もない誹謗中傷であるのかと言うと、決してそうではない。
「ぐる……ぐぁるるるる……」
 むっちりとした安産型の尻を高々と突き上げ、たわわな胸の膨らみを地面に押し付けながら、レピア・浮桜は牙を剥いている。身を伏せた、四足獣の姿勢である。
 元々は瀟洒な踊り衣装であったものが今はボロ布と化し、その肢体にまとわりついている。
 長い髪はボサボサに乱れ、綺麗な肌は汚れきって獣臭さを発し、両眼は凶暴性のみを漲らせたままエルファリアを睨む。
「ぐぁあう、ぐぅあああああああああ!」
「……私の事もわからなくなってしまったのね、レピア」
 エルファリアが声をかけても、返って来るのは獣の咆哮だけだ。
 レピアを、今はこうして別荘の裏庭に、放し飼いと言うか監禁した状態である。
 別荘の敷地全域に特殊な結界が張り巡らされており、レピアは外に出る事が出来ない。外に出て、人を襲う事が出来ない。
 だから、敷地内に入って来た者を襲う。それがエルファリアであろうとだ。
 牙を剥き、獣の叫びを張り上げながら、レピアは跳躍した。エルファリアに向かってだ。
 以前は、このように獣と化しても、エルファリアにだけは仔犬のように甘えて来てくれた。
 今はこうして、襲いかかって来る。
「本当に……私の事まで……」
 悲しんでいる暇があるなら、やるべき事がある。そう己に言い聞かせながら、エルファリアは片手を掲げた。
 襲い掛かって来たレピアの身体が、地面に倒れ転がりながら、重い音を響かせる。
 石像と化していた。
 その石像を、エルファリアはそっと撫でた。
 石化したレピアの身体が、急速に縮んでゆく。人間大の石像から、小さな石の人形へと変わってゆく。
 それを両手でそっと抱き上げながら、エルファリアは呟いた。
「あの方には……あまり、頼りたくはないのだけど」


「おほう! やぁっと来てくれたんじゃのうエルファリア王女」
 小さな女の子が、とてとてと嬉しそうに駆け寄って来る。
 見た目は6、7歳ほどの、幼い女の子。古代賢者の装束に、身を包んでいる。
 すでに160回近い若返りを経験している、女賢者だ。
「寂しかったぞい。せっかく顔パスで通れるようにしてあるのじゃから、もっと頻繁に遊びに来てくれなければ駄目ではないか」
「い、忙しいのです」
 抱きついてスカートをめくろうとする女賢者を、エルファリアはさりげなく押しとどめた。
 聖都エルザード郊外。この女賢者が根城としている、地下迷宮の最奥部である。
「遊びに来たわけではないのですよ賢者様。実は、貴女にお願いしたい事が」
「エルファリアの頼みなら何でも聞いて進ぜるとも。そなたを忙しくしているものを取り除けば良いのじゃな? 何をすれば良い。そなたの苦労も知らず不満ばかりの民衆どもを千人ばかり、フレッシュ・ゴーレムの材料にでもしてくれようか」
「そのような事ではなく」
 エルファリアは、懐から小さな石の人形を取り出した。
 女賢者が、まじまじとそれを見つめ観察する。
「ほう、これは……何かと言うとわしを折檻しようとする、あの凶暴な踊り子ではないか」
「おわかりなのですか?」
「わしも伊達に年は取っておらん。本物の石像と、石化した生き物の区別くらいは一目でな」
 言いつつ女賢者が、石の人形を揺さぶった。
「久しぶりじゃのう。ほれ、おぬしも挨拶せんか」
「あ、いけません賢者様。今のレピアは……」
 エルファリアは言いかけるが時すでに遅く、石の人形は巨大化し、人間大の石像に戻っていた。
 そして、その石化も解除された。
 生身の獣に戻ったレピアが、女賢者に襲いかかる。
「ぐぅああああああ! がふるるるるる!」
「うわっ、臭ッ! お好きな人にはたまらん系の臭いがする!」
 悲鳴を上げながら、女賢者が片手をかざす。
 小さな女の子に食らいつこうとする姿勢のまま、レピアは硬直した。
 石化ではない。生身で、動きを止められている。
 レピアの肉体のみ、時を止められている。そんな状態である。
「あー、びっくりした……こやつ長いこと風呂入っとらん上に、粗相もしまくりのようじゃな。あまりの臭さに、わしも小便ちびってしまうところであったぞ。若返る前を思い出すわい」
「私が言っても、お風呂に入ってくれず、お便所にも行ってくれなくなってしまったのです」
 エルファリアは俯き、そのまま頭を下げた。
「レピアの心を、人間に戻すために……お願いでございます。どうか、賢者様のお知恵を」
「ふむう。人間に獣の心を植え付ける類の魔法、あるにはあるが……こやつのは、それとは次元が違うのう。あっ臭ッ!」
 女賢者が鼻をつまみながら、レビアの全身を様々な角度から凝視している。
「臭う臭う。禍々しい呪いの臭いが、こやつの身体の芯から垂れ流され漂っておるわい……のうエルファリア王女。これは『咎人の呪い』じゃな?」
「……おわかりに、なってしまうのですね」
「実物を見るのは何百年ぶりかのう……むむむ。この獣化、こやつを咎人たらしめる呪縛が深く関わっておる」
 女賢者の口調が、少しだけ重くなった。
「呪縛そのものを他人に移す……この強力極まる獣化を解くには、それしかなかろうな」
「……わかりました。では」
「うむ。心優しいそなたにとっては辛い事であろうが、誰か連れて来るしかあるまい。獣に変えて殺処分しても誰も文句言わん凶悪犯罪者か何か、1人くらいおるじゃろ?」
「誰かを連れて来る必要など、ありません」
 エルファリアは、己の胸に手を当てた。
「レピアの呪いを、私に移して下さい」


「で……こうなってしもうたわけじゃが」
 女賢者は頭を掻きながら、じっと観察した。
 地下迷宮の石柱に鎖と首輪で繋がれたエルファリアの、もはや王女とも呼べぬ有様をだ。
「ぐるる……ぐふぁああぁううぅ……」
 綺麗な口元で牙を剥きながら、エルファリアは狂犬の如く唸っている。
 純白のドレスは汚れ、破け、たおやかな肉体が各所で剥き出しになっていた。
 以前、この王女をガーゴイルに変えてみた事がある。最初は面白かったが、すぐに飽きた。
 今も、同様である。
「エルファリアを思うまま飼育してみたい、とは思うておったが……こうゆうのとは違うんじゃよなあ」
 獣と化したエルファリアを眺めながら、女賢者は溜め息をついた。
「とにかく咎人の呪いじゃ。これを、何とかせねば……レピアめに、本当の意味で元に戻ってもらうしかあるまいて」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年09月10日

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