『妖怪変化、コロモガエ 』

百目鬼　揺籠（jb8361）＆八鳥　羽釦（jb8767）

　猛暑のピークも随分前、残暑も日に日にマシになりゆく日々。
　妖怪共が集まる不思議な旅館『静御前』――その、とある一室。

「釜サーン」
　ぱたんぱたん、響くのは、うつ伏せに寝そべった百目鬼　揺籠（jb8361）が足をぱたぱたさせる音。
　つまらなさそうな揺籠の視線の先では、無表情の八鳥　羽釦（jb8767）がノートパソコンを前にカタカタとキーボードを打っている。
「釜サン釜サン、カマカマカマサン」
　無駄にリズムをつけて羽釦を呼ぶ揺籠。返事はない。エンターキー。
「はぁ」
　ならばと露骨に溜息。揺籠はゴロリと仰向けになった。
　見上げる天井――ここは羽釦の部屋。なのに平然と揺籠がいて、更に専用クッションまで置いてダラダラしているのは、それだけ二人の仲が長く深い『腐れ縁』だからで。
　そして当の部屋主はといえば――ちょっと不機嫌そうな顔をして、相変わらずパソコンと向かい合っていた。彼はオンライン占い師『はぼたん』として副収入を得ているのだ。ちなみにネカマなのだ。
　そんな彼に、相変わらずスルーされ続ける揺籠――暇を持て余しすぎて死にそうだ――はコロコロコローと寝返りを打って傍に来ると、猫よろしく羽釦の膝の上に上体をのしかからせた。
「いつまではぼタンやってんですかぃ、ねーねー構ってくださいよ！」
「だぁーもう仕事の邪魔だ、ちょっと待ってろ！」
　ぺいっと引っ剥がされる揺籠。再び畳の上に寝転がった揺籠は、斜め下から友人を見上げる。
「そこで『出てけ』って言わない辺り、ほんっとはぼタンはお優しいですねぇ」
「うっせぇ、はぼたん呼びすんなアホ」
「うぇーい」
　まるで反省が見られない返答。やれやれと羽釦の溜息。それからしばし響くタイプ音。カチ。ややあって、シャットダウンしたノートパソコンは二つ折り。
「……で？」
　それと同時に羽釦が向ける、促すような眼差し。
　やれやれやっとか、揺籠は上体を起こしながら、ニッと口角を吊り上げた。
「ああ、もう夏も終わりですから。秋物の洋服でも買いに行きませんかぃ？」
「服？　ネット通販で良いだろ」
「釜サンは妖怪というより電子の妖精化してますねぇ……尼存だか何だか知らねぇですけど」
　ちら、と部屋の隅を見やれば、ぺしゃんこに畳まれたダンボール。視線を友人へ戻す。
「バイトが休みで暇なんですよ。ちょうど安いみたいだし、涼しくなってきましたし、たまにゃ一緒に外出も悪くねぇでしょうよ」
「ふーむ」
　羽釦は僅かに逡巡の様子を見せると。
「奢りはしねぇぞ」
　買物の予定もあったし、今日は晩飯当番じゃないし。「しゃーなしだ」という雰囲気を出しながらも立ち上がる羽釦。
「やったー。じゃあ行きましょうか」
　楽しげに笑い、揺籠も立ち上がるのであった。



●



　ショッピングモール。
　もうすっかり夏服は姿を消し、オータムセールとマネキン達は秋模様。
「なんだかんだで、こういうとこって毎日セールやらバーゲンやってるよな」
「まぁ、商売ですからねぃ向こうも」
　なんて、他愛もないやり取りをしながら二人は気儘な足取りでぶらついていた。そんな惰性のまま、適当な店に入る。
　いらっしゃいませと営業スマイルをそこそこに聞き流し、揺籠は店内を見渡した。メンズファッションの店――ジャンル的には、厳つい系。こう見えて、揺籠は着物以外の好みは派手好きなのである。そして羽釦もまた、こういう厳つくて強そうなものが好き。
「おー、これいいですねぇ」
　揺籠は「ＳＡＬＥ」と書かれた棚からシャツを一枚。その声に羽釦は視線を向けて、それから溜息。
「お前それ似たようなやつ持ってたろ、別のにしろ」
「釜サンはなんというか……、女子力っつーより、なんでしょ。オカン力が高いというか。あと関係ないけど『釜サン』と『ママサン』は語感がすげぇ似てますねぇ、ていうか一文字違いだし。あ、でもママサンだとオカンというより場末のスナックのママ感が――」
「いい加減黙れや！　エンドレスか！」
　遠慮のない腹パン。ボフンと鈍い音。
「ごふっ」
　捻りを加えられた抉りこむようなパンチだった。

　まぁ、こんなんだけれど、二人にとっては通常運転。
　だ、が。

「えっ、あのお客さん殴ったよ……」
「なんか見た目怖いし……」
　ひそひそ。店員さん達にとっては衝撃の光景。特に羽釦は見た目がチンピラかその筋の人っぽいので尚更だ。
　挙句の果てには「警察……」なんて単語も聞こえたような気もしたので。
「もう釜サン、あんまり店員サンびびらせねぇでくださいよ」
　復活した揺籠は肘の先で羽釦を突っついた。ちなみに腹パンはいつものことなので凄く平然としている。
　誰の所為だよという言葉は飲み込んで、羽釦は「分かった分かった」と適当に返事を。彼が店員などをビビらせてしまうのはいつものことで、羽釦自体気にしていないことなのだが……仕方がないので別のその店を後にして、別の店へと向かうのであった。

「ところで、ふと思ったんですが」
　揺籠が口を開く。
「なんでこういう、服のお店って、女性ものが多くて男用のは少ないんですかね？」
「女の方が外見にこだわるからだろ」
「ああ成程、言われてみれば確かに」
　そんなやりとりが終わる頃、二人が入ったのは別の店。やっぱり、派手系というか厳つい系というか。
　今度ばかりはゆっくりと、合間に些細な会話も挟みながら、二人はマイペースに服を選ぶ。
　こういう、服選びというかショッピングは性格が出るのだろうか。
　揺籠は守銭奴故か、ちょっとでも安いもの……とワゴンセールの中身をじっくりと吟味している。あんまりにもじっくり吟味しているものだから、店員さえも話しかけられないオーラ。
　羽釦は対照的に、あまりセールだとか何％オフだとかは気にせずに、なんとなく「良いな」と思ったものを適当に選び、既に購入。ちなみにその外見ゆえにまたビビられて店員からは話しかけられたりしていない。

「まだ選んでんのか」
　それもまたワゴンセール。購入した服が収められた紙袋を片手に、羽釦は揺籠の隣。安物買いの銭失いという言葉を知らんのかこいつは……なんて思いながらも、彼は手近な棚から服を幾つか選ぶと。
「ほら」
　無駄なコメントはせず、揺籠に手渡す。
「おお」
　受け取る揺籠。広げたそれを眺める眼差しは――気に入ったようだ。
「いいですねぇ、これ」
　着たら絶対チンピラっぽくなるけれど、まぁ、それは両者とも気にならなかったので。揺籠は友人を見やった。にっこり。
「奢」
「らないからな？」
「ちぇー」
　二文字しか言ってないのに断られた。まぁ、予想はしていたけれども。
　けれどもワゴンセールでこそないものの、お安めのを選んでくれた辺り、羽釦は揺籠のことを理解しているようである。絶対に奢らないけれど。絶対に。



●



　ショッピングモールから出た頃には、太陽はもう傾き始めていた。
「随分と涼しくなりましたねぇ」
「あー、そうだな。まぁ八月も過ぎたし」
　紙袋を手に、二人がぶらつくのは川沿いの道。「ですねぃ」と羽釦に答えた揺籠が、言葉の終わりにふと立ち止まる。自動販売機の前。
「何か飲みますかぃ、缶コーヒーぐらいなら奢りますよ」
　懐から財布を取り出しながらの言葉。
「じゃ缶コーヒー」
「はいはーい」
　と調子よく言いながらおしるこを選ぼうとして――冗談。ちゃんと缶コーヒーのボタンを押す。
　ピッ、がたん。
　聞かずとも、羽釦が好きなメーカーのコーヒー。
「はいどーぞ。付き合ってくれて感謝ですぜ」
「はいよ、どーいたしまして」
　受け取りながら、羽釦は自動販売機の電子スロットを見やる。揺籠も次の小銭を出しながらそれに視線を移動させた。
「これ当たったことないんですけど……釜サンはあります？」
「……ねーな」
「ですよねーー。これ詐欺かなんかめいてますよねぇ？　てかこれ当たったらどうなるんですかぃ？　最早そのレベルの謎ですよこの機能」
「当たったらあれだろ、もう一杯タダで飲めるんじゃねーの……って外れたな。言った傍から」
「あーあー。はぼタンの占いでどうにかなんないんですか」
「ギャンブル運なら占えるが確立を操作する力なんぞ俺にはねぇ。あとはぼたん言うな」
「じゃあギャンブル運を」
「金払え」
「やっぱいいです」
　苦笑を一つ、揺籠は小銭を入れる。選んだのはカフェラテ。再び回ったスロットは、まぁ、予想通り、当たることはなかった。
　ああやっぱり、なんて言葉を交わしつつ、二人は河川敷のベンチに腰掛けた。
「釜サンかんぱーい」
「ん」
　なんて冗句めいて缶を合わせて、開けて、飲んで、ふぅ。一息。遠くの方で草野球が見える。ジョギングする者が通り過ぎる。

　二人の間に特に会話はなく――だが静寂に気まずさは感じない。
　野球少年達のかけ声と、川の音と、時折車の音。遠くの方で踏み切りと電車の音。
　これまで何度、こうして日が暮れていく光景を見ただろうか。
　時代と共に町は変わる。けれど、二人は変わらない。一緒にいて楽しいと感じることも。

　それが揺籠にとってはこの上ない安心だった。
　いつも振り回してるのは、ちょっと申し訳なく思ってはいる、けれど――

「帰るか」
　立ち上がる羽釦。「ですねぃ」と揺籠も立ち上がる。夕日はどんどん沈んでゆく。夕闇の中、揺籠は羽釦の手をそっと掴んだ。闇の中だと、よく見えなくなるから。
「あちこちぶつかるよりゃ合理的でしょうよ」
「しゃーねぇな」
　なんていいながらも羽釦は慣れた様子で、嫌がる素振りもなくて。握り返す手。歩き始める道。
「帰ったら飲むか、百目鬼」
「良いですねぃ、そうしましょ」



『了』



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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百目鬼　揺籠（jb8361）／男／25歳／阿修羅
八鳥　羽釦（jb8767）／男／25歳／ルインズブレイド

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2015年09月11日