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『咎人の呪い 』
レピア・浮桜1926)&エルファリア(NPCS002)


 石の寝台の上で目を覚ましながら、レピアはまず悲鳴を上げた。
「臭ッ! 臭い臭い臭いくさぁあああい、何なのこれ!」
「熟成され過ぎた、極上の牝の香りじゃ。お好きな人にはたまらぬ逸品よ」
 すぐ近くで、そんな事を言っている者がいる。聞き覚えのある、女の子の声だった。
 小さな身体に古代賢者の装束をまとう、幼い少女。
 以前エルファリアをひどい目に遭わせた、女賢者である。レピアに懲らしめられ、改心はしているはずなのだが。
「あんた、何でこんな所に……って言うより、あたしが何でこんな所に」
 レピアは見回した。
 この女賢者が根城としている、地下迷宮の一室である。
 そこに、凄まじい臭いが立ち込めている。
「これ……もしかして、あたしの臭い?」
「おぬしは獣になっておったのじゃよ。風呂にも入らず、己の下の世話もせずに、まったく」
 女賢者が、呆れている。
「これまで幾度も、こうゆう事あったんじゃろ? おぬし、身体の中身まで肉食動物になりかけておったぞい。はらわたが生肉しか受け付けぬようになり始めておった。わしが魔法で元に戻してやったのじゃぞ。その臭いに辟易しながらのう」
「そう……世話に、なっちゃったんだね」
 レピアは頭を掻いた。髪が、ぼさぼさに汚れ乱れている。
「いつか、お礼はするよ。で、お世話ついでに……お風呂、入りたいんだけど」


 皮膚が1枚、剥けるような感じに、汚れが落ちてゆく。
 身体を洗うのは、それほど手間ではなかった。問題は髪だ。
「いっそ丸刈りにしてはどうじゃ。新しく髪を伸ばしたほうが、手っ取り早いと思うんじゃがのう」
 女賢者が文句を言いながらも、レピアの長い髪を洗ってくれている。伸び放題である。丸刈りは論外としても、入浴前に少し切っておくべきだったかも知れない。
「それにしても……不潔にしておった割には、髪が傷んではおらんな。歯も磨いておらんかった割に、虫歯がない。おぬし、いろんな意味で丈夫な娘じゃのう」
 歯は先程、徹底的に磨いた。
 この綺麗な歯が、つい先頃までは牙であった。一見たおやかな顎の力で、獣の生肉を食いちぎる事が出来た。
「何とゆうか、獣になる素質のようなものがあるのう。おぬしは生まれながらの肉食系女子よ。この身体で一体、何人の男どもを食い物にしてきたんじゃ? ほれほれ白状せい」
「お、男はもういいから。それよりも」
 レピアは気付いていた。
 女賢者が饒舌なのは、ある話題に触れまい触れさせまいとしているからだ。
「……エルファリアは?」
「元気にしておる、とだけは言っておこうかの」
 女賢者は隠さなかった。
「元気過ぎて手がつけられん。少し前の、おぬしのようにな」
「それって、要するに……」
「エルファリアは今、獣となっておる」
 レピアに衝撃はなかった。これまでも、何度かあった事だ。
「……元に戻して、くれるよね? もちろん」
 レピアの問いに、女賢者は答えない。
 その顔には書いてある。元に戻せるものなら、とうの昔に戻している、と。
 大量の泡を下着のようにまとった、己の胸の膨らみに、レピアは片手を当てた。
 この女賢者は、いかにして自分を人間に戻してくれたのか。
 元に戻ったレピアを、いつも真っ先に抱き締めてくれるエルファリアが、今回に限って近くにいない。それは何を意味しているのか。
 レピアは考えた。考えるまでもない事だ、とも思った。
「本当は、わかっとるのじゃろ?」
 女賢者が言った。
「獣化の呪いを、おぬしの身体から、そっくりそのままエルファリアに移したんじゃ」
「なぁんだ。それなら簡単に解決出来るじゃないの」
 レピアは無理矢理、笑って見せた。
「獣の呪いを、あたしの身体に戻してくれれば」
「それで、おぬしはまた獣になる。元に戻ったエルファリアが、わしに泣きついてくるわけじゃ。レピアの呪いを、自分に移してくれとな」
 女賢者が、じっとレピアを見つめてくる。
「わし、何回同じ事をすれば良いのじゃ?」
「じゃあ……どうすれば……」
 暖かな湯気に包まれながら、レピアはしかし寒気に震えていた。
「エルファリアは、ずっと……獣のまま? あたしの、せいで……」
「おぬしのせい、と言うか……おぬし次第である、とは言える」
 女賢者の眼差しが、心を覗き込んでくる。レピアはそう感じた。
「要は、咎人の呪いを解けば良い。あの獣化は、それに根差したものじゃからの」
「……解いてくれるわけ? 咎人の呪いを」
 レピアは、暗く微笑んだ。
「苦労自慢は好きじゃないけど……これを解くために何百年、あたしがどれだけ大変な思いをしたか、少し話してみようか?」
「おぬし次第と言ったろう。いくらわしでも、咎人の呪いを解く事は出来ん。それをやるのはレピア・浮桜、おぬし自身じゃ」
 女賢者は言った。
「何かあるじゃろ? 呪いを解くために、おぬし自身が立ち向かわねばならぬものが、その心の中に」


「ぐるるるる、がふぁああああああ!」
 獣と化したエルファリア王女が、鎖を激しく鳴らしながら、レピアに襲いかかろうとしている。
 少し前までの自分の姿だ、とレピアは思った。
「エルファリア……あたしが、わからなくなっちゃったんだね……」
 自分もきっと、エルファリアの事がわからなくなっていたのだろう。
「のうレピアよ、こんな時にアレじゃが」
 女賢者が、じっとレピアを観察している。
「似合うのう、それ。まるで何百年もメイドをしておったみたいに、板についておるぞ」
「ありがとうございます、ご主人様……あ、じゃなくて」
 レピアは口を押さえた。
 これを着用していると、つい相手を「ご主人様」などと呼んでしまう。
 清楚なエプロンドレスから、純白のブラウスに包まれた胸の膨らみが、力強いほどに溢れ出している。
 メイド衣装に身を包んだレピアの姿が、しかし今のエルファリアにとっては、攻撃あるいは捕食の対象でしかないようであった。
「がぁああああああ! がふっ、がふッ! がふっ!」
 細い首で、鎖を首輪もろとも引きちぎってしまいかねない勢いである。
 そんなエルファリアの有様を見つめながら、レピアは語った。
「ずっと昔……あたしが、咎人の呪いを受けて間もない頃。ある所にね、貴族のお姫様がいたんだ」
 母親が悪魔と密通した。
 そんなふうに言われるほど強大な魔力を、生まれながらに持った姫君だった。
「親戚一同にも、それ以外の連中にも、化け物みたいに扱われて……そのお姫様は、山奥の監獄みたいなお城で、捨て扶持あてがわれて1人で暮らしてたんだ。すごい魔力を持ってるって噂は聞いてたから、あたし呪いを解いてもらおうとおもって、そのお城を訪ねたんだけど」
「結果として、呪いを解いてもらえなかったわけじゃな」
「賭けをしたんだ。そのお姫様と」
 誰からも化け物として扱われ、心を閉ざしてしまった姫君だった。笑顔を忘れた姫君だった。
「お姫様を、心の底から笑わせたら、あたしの勝ち。呪いを解いてくれるって」
「笑わせられなんだら、おぬしの負けか。負けて、何かやらされたんかの?」
「この服を着て、メイドとしてずっと働く。そんな賭けよ」
 レピアは、賭けに敗れた。
 傾国の踊り子などと呼ばれながら、あまりにもお粗末な舞を、その姫君の前で披露してしまった。
 呪いを解いてもらいたい。それだけが、レピアの心を満たしていた。
 そんな状態で、他人を心の底から楽しませる踊りなど、出来るわけがないのだ。
 メイドとして、姫君のもとで奴隷のように働きながら、レピアは己を見つめ直した。
 笑顔を失った姫君に尽くす。
 それによって、他人を喜ばせるとは一体どういう事なのか、いくらかは学べたのかも知れない。
 咎人の呪いなど、どうでも良い。
 レピアがそう思い始めた頃、姫君はようやく、いくらかは打ち解けてくれた。
 貴女の呪い、解いてあげましょうか? 冗談交じりに、そんな事を言うようにもなった。
「解いてもらえば良かったではないか?」
「それは、あの子を少しでも笑わせてから。あたしにはまだ、それが出来なかったから」
 最後には、姫君も笑ってくれた。
 貴女に会えて、本当に良かったわレピア。呪い……解いてあげられなくて、ごめんなさいね。
 そう微笑みながら姫君は、レピアの手を握り、息を引き取った。
 生まれ持った強大な魔力に生命を食い尽くされたかの如く、病弱な姫君であったのだ。
「あたし、あの子を……助ける事も、笑わせてあげる事も、出来なかった……」
「自責の念か。それが咎人の呪いを、おぬしの心に根付かせておるわけじゃの」
 女賢者は溜息をつき、頭を掻いた。
「自分が許せぬ、自分に罰を与えねばならぬ……おぬし自身そんな思いでおる限り、解ける呪いも解けはせんぞ」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年09月14日

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