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『陰に咲いた向日葵の誕生日 』
蓮城 真緋呂jb6120

 八月十一日。
 暑さはまだ隆盛を誇っており、強烈な日差しが照りつけるアスファルトはまるで鉄板のようだ。そんな夏の日である。
「うーん、おいしい!」
 しかし暑いと言ってもそれは外の話。冷房が効いたカフェの中で新作スイーツを頬張り、その絶妙な甘さに身もだえしている蓮城真緋呂(jb6120)には別の世界の話であった。
 新作スイーツ巡りの名の恥じぬ皿の山に新たな皿を追加した所で、ふと。
「あれ」
 突如として思い出そうとしている何かを探りながら次のケーキの皿に手を伸ばし、
「何か――」
 喉元すぐそこにまで出掛かっている事実を考えつつフォークでケーキを切り、口に運ぶ。
(忘れているような……?)
 柔らかいスポンジが口の中でほろりと融け、砂糖の甘さとフルーツの清涼感が口の中いっぱいに広がる。
「うーん……」
 ケーキが喉を通った瞬間、頭に電撃が奔る。
「須藤さんの誕生日!」
 そう、本日は須藤ルスランの誕生日。
 事前にチェックはしていたものの、ここのところの多忙のせいで忘れてしまっていた。迂闊だ。
 ――こうしてはいられない。
 ケーキを高速で味わって平らげて会計を済まし、店を飛び出す。猛ダッシュで向かった先は、ここ近辺で一番大きなショッピングセンターだった。
 どんなものをプレゼントしたら喜んでくれるだろうか。
 文具といった実用的な小物? 男物のアクセサリー? 有名なお店のお菓子? 少し奇を衒った雑貨とか?
 様々な店を渡り歩き、ああでもないこうでもないと考えている内に気付いた。
 須藤の好きなもの、嫌いなもの。そういえば知らなかった。
(事実とは言え、落ち込むわね……)
 落ち込みながらもプレゼントを選ぶ足と手は止めず、改めて考える。
 須藤の嗜好の事でなく、過去の事。
 そうなると、須藤の過去は平凡とは言えなかった。
 天魔に故郷を滅ぼされ、拾われた先では犯罪組織の幹部として育てられ、様々な犯罪行為に手を染めながら、左腕を切り落とされて植物人間となり、その末には悪魔の実験台となって暴走をも始めた過去を。
 しかし、今はどうだろうか。
 本人としては屈辱の上で久遠ヶ原に来たのかもしれない。実際、関係は良好そうに見えるとは言え常に行動している十も元はといえば監視の役目を負っているのだ。
 だが、ここで生活を送る彼の表情は同年代の青年とさして変わらず、時折拾い上げる人間らしいささやかな幸せに少し満足げな表情すら見せている。
 素直でないのは相変わらずだが、非常にわかりやすいせいか本心から拒絶しているようには見えない。
 だからこそ、『普通にお祝いしよう』という考えが一番型にはまった。
 ごく普通の学生らしい祝い方も、いいのではないだろうか。
「お花と、あと……うん、あれにしよう♪」
 だとすれば、後は早かった。
 プレゼントを一通り買った後、あるものをラッピングする。その傍らで、ある人物に電話をかけた。
「もしもし、十さん」
『蓮城君か。どうした』
 監視役である十だ。コール音が二回もしない内に電話に出た十は、いつも通りの真面目な声音。
「須藤さんって、今どうしてるかしら」
『須藤なら今家にいる。先ほど検査から帰ってきたという報告があったから、今日はそのまま家にいるだろう。しかしどうした、何か須藤に用か』
「ええ、少し。どうしてるかわからないから、十さんに電話したら会えるかなって」
『そうか。今のあいつは恐らく少し機嫌が悪いが、君なら大丈夫だろう。フロントにも伝えておくから、いつでも来ればいい。僕の部屋の番号は覚えているか?』
「大丈夫、覚えているわ。ありがとう」
『かくいう僕も、今現在学園を離れていてな……奴としては口うるさいのが消えて清々しているのかも知れないが、良かったら話し相手になってやって欲しい』
『わかったわ。十さんも気をつけて』
 事情を深追いしないのが十らしいか。彼も忙しいらしく、挨拶を軽く交わした後、電話を切る。
「――よしっ!」
 軽くガッツを組む。それから、どんな反応をするのだろうか。喜んでくれればいいな――そんな期待を胸に、足取り軽く駆け出した。


 十の寮――とは一概に言いにくいハイグレードマンションの一室。チャイムを数回押した後、のろのろと鍵を開ける音が聞こえた。
「何だよ……」
 先ほどの十が言った通り、呼び鈴を押して出てきた須藤は非常に機嫌が悪そうだった。
 そんな彼の目の前に、あるものを差し出す。
 ばさり、という音と共に、鮮やかな夏の黄色が須藤の視界を彩る。
「……」
 当の須藤は状況が掴めていないらしく、暫しぽかんとした顔で向日葵と蓮城の顔を見比べた。
「須藤さん、お誕生日おめでとう!」
「――あ」
 満面の微笑みの蓮城を見て、思い出したらしい。今日がどういう日であったのかを。
「そうか、今日か……」
 育った環境がそうさせたのか、須藤自身も実感はないようだ。
「はい、これ。プレゼント」
 だからこそ、と手渡したのは小輪の向日葵の花束だけではない。自身の大好物の酢昆布を可愛らしくラッピングしたものもある。
「……向日葵か」
「どうかしら」
「芥子の花でないのが新鮮だ。まぁもっとも、今時阿片なんぞ流行ってもいなかったがな」
 流石は犯罪組織の元幹部と言った所か――と思った所で、須藤はさらに続ける。
「俺がこれで喜ぶと思っているのか?」
 べりべりとラッピングを剥ぎ、剥いだラッピングは靴箱の上に置きながらそのまま酢昆布の外箱を取り出す。
「この須藤ルスランもずいぶんとナメられたものだ。言っておくが、お前達に屈服したと言っても表向きはそうなだけだ。表向きだけだぞ」
 外箱の包装も剥がし、中から酢昆布を一枚つまみ出す。
「嬉しくなんかないぞ! ないんだからな。勘違いするなよ」
 そしてもしゃもしゃと酢昆布を頬張り始めた。いつものように眉間に皺を寄せ、こちらをぎろりと睨みつつも、花束は怪力で傷をつけない程度に片手でしっかりと抱え、一心不乱に酢昆布をかじり続けている。
「はいはい、嬉しくないのね。わかってるわかってる」
 その様のまあ、なんとわかりやすい事か。
 きっと、これも須藤なりの喜びの表し方なのであろう。彼が犬であったら、しっぽをぶんぶんと振っていたに違いない。
「お誕生日おめでとう、須藤さん」
 改めて祝いの言葉を述べる。その言葉に、須藤は酢昆布を食べながらもごもごと答えた。
「……おう」
 ごく小さな返事。気を抜けば、聞き逃してしまうような小さい声。
 だが、その後に続いた五文字は、確かに聞き取れた。


 後日。学園に帰ってきた十は首を傾げる事となる。
 窓辺に並べられた酒の空瓶には一本ずつ向日葵が生けられ、机の上には綺麗に伸ばして畳まれたラッピング材が置かれていたからだ。気付けば酢昆布を食べているし、監視の自分が帰ってきたにも関わらず上機嫌そうである。
 まぁ、飲酒量も減ったようだし変に癇癪を起こされるよりは随分とましか。――そう思いつつ須藤がこうなったいきさつを考え、真緋呂に行き着き彼女に感謝する事となるが――それはまた、別の話。

 小輪の向日葵が、今日も窓辺で鮮やかな黄色を咲いている。
 かつては影に咲いていたその花は、今はささやかな幸せの日差しを浴びてより一層美しく咲く。
 今も、これからも。向日葵はこの幸福を受けて咲き続けるであろう。
 影に咲いた向日葵の誕生日。穏やかで、それでいて幸せに満ち溢れていた。

【了】

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 jb6120/蓮城 真緋呂/女/16/アカシックレコーダー:タイプA
 jz0325/十/男/23/ディバインナイト
 jz0348/須藤ルスラン/男/20/阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 まさか須藤の誕生日ノベルを発注していただけるとは思ってもおらず、須藤ならきっとこう反応するんだろうなと考えて書きました。素直じゃないのはその……彼なりの愛嬌という事でその……何卒……
 ご発注、本当にありがとうございました。何から何まで、書き手冥利に尽きたノベルでした。お楽しみいただけましたら、何よりの幸いです。
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川崎コータロー クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年09月18日

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