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『 ショート・ショート・トリップ 』
百々 清世ja3082


 チャイムの音が軽やかに響いた。
 同時に玄関のドアに何か重い物がぶつかる。
「こら、ドアを壊すな!」
 ジュリアン・白川が慌てて鍵を開けると、開いた隙間から百々 清世がするりと中に入り込んで来た。
「んもー、ちゃんと電話してんだからさ。もっと早く開けてくれてもいいんじゃねーの?」
「はいはい」
 白川は諦め顔で溜息をつく。
 確かに、これまで『来る前には電話しろ』と言い続けた甲斐あってか、ちゃんと事前に連絡してきたことは進歩かもしれない。
 だがしかし。
「あっれー、じゅりりんてば水しか飲まねえの? 冷蔵庫なんにもはいってねーじゃん!」
 既に清世はキッチンに。
「入ってるだろう。お茶もミネラルウォーターも」
「そうじゃなくてー。ほらコーラとかさー。あ、もしかしてー、メタボとか気にしてんの? 超うけるー」
 言いたい放題である。
「でも俺ってば気がきくからさー、ちゃんとおみや持参してるよ? ほら、じゅりりんの好きなアイスもちゃんと買ってきたしー。冷蔵庫入れとくねー」
「……どうも有難う」
 君は通い妻か。内心そう突っ込みつつ、一見傍若無人ながら絶妙なところで他人を不快にさせないこの青年には、いつも舌を巻いてしまう。

「ふー、ここは絶対涼しいと思ったんだよねー」
 清世はすっかりくつろいで、飲み物片手にソファーに寝転がっていた。
「夏休みだというのに、どこにも行かなかったのか?」
 からかうように言うと、清世は頭だけを浮かせて白川を見る。
「んー、なんかさー。みんな忙しいみたいで構ってもらえねぇし。暇だからじゅりりんとこ来たの」
「…………」
 これでは白川が物凄く暇人のようではないか。
「あ、そだ! 忘れてた」
 清世が不意に起き上がると、傍に投げ出してあった鞄を抱える。
「これさー置いといて? じゅりりんちってば本棚いっぱいあるじゃん」
「は?」
 言われてよく見ると、確かにいつになく大荷物だ。
「まさかそれ全部が本なのか?」
「うんー。いちお、俺の勉強用なんだけど。女の子の家だと、どの子の家にどの本を置いたかわかんなくなるしさー。じゅりりんとこだと色々便利じゃん?」
「いつもながら、何処から訂正していいのか悩むレベルの論理展開だな」
 そう言いながら、白川は鞄の中身を覗き込む。
「ダメ? ダメなら別にいいけど」
 小首を傾げて清世が尋ねた。
 白川はその顔と、分厚い本の背表紙とを見比べ、諦めたように鞄を持ち上げる。
「蓋つきの棚を一段空けよう。そこを使いたまえ」 
「わーいv ありがとー」
「場所代は出世払いで構わんよ」
「えー、なにそれー」
 そう言いつつも白川は自分の資料を入れた棚を空け、清世の持ちこんだ本を並べた。



 そして暫く落ちついたあとは、居間でのんびり……かと思いきや。
「なんかさー、暇じゃね?」
 すぐに清世は飽きた。
「さっきの本で勉強でもしたまえ」
「そうじゃなくてさー。外飲みにいかない?」
 白川は本から目を上げ、意外そうに清世を見た。
「珍しい提案だな」
「だってさー、折角夏なんだよー! そだ、ホテルとか行ってさー、楽しいことしよー」
 起き上がった清世がにじり寄ると、白川はじりじりと後じさりする。
「なんでそこでホテルなんだ!? 近くに飲む場所はいくらでもあるだろう」
「そんなの部屋飲みとあんまかわんねーじゃん。この島周り海だらけなんだから、海見える夏っぽいホテルとかあるっしょ? 海見えて美味しいお酒出るとこ行きたいのー。 ねー、いこー?」
 面白いのでどんどん距離を詰めていくと、遂に白川が降参する。
「……まあ偶には良いか」
「やったー! すぐいこー!」

 そうして白川の入念な外出支度に清世が文句をつけたり、車で行こうというのを飲むからと却下されたりの経緯はあったが、どうにか日のあるうちに目的地へ到着した。
 表通りに面した部分は普通の建物だが、中を抜けて裏側へ出ると海が視界いっぱいに広がる。
「へー、いいとこじゃん? こんなとこ知ってるなら、もっと早く連れて来てくれたらいいのにー」
「君は堅苦しいところが嫌いだと思っていたからね。……私の先輩がオーナーなんだよ」
「へええ?」
 話の続きがあるかと見上げるが、白川は特に何も言わなかった。そしてこういうとき、清世は敢えて続きを促すことはない。話したければ話すだろうし、そうでないならそれまでだ。

 まだ時間が早いせいか、バーに他の客はほとんどいなかった。
 目前に海が見渡せる席に案内され、並んで座る。
「んーと、なににしよっかなー」
 清世はドリンクリストのページをめくる。知っているものもあれば、どんなものか想像もつかない飲み物もあった。
 ウェイターにあれこれ尋ね、結局「甘くて飲みやすくてなんか夏っぽい」という理由でピニャ・コラーダを注文する。
 軽く会釈してウェイターは下がっていった。
「あれ? じゅりりん、なにも頼んでなくない?」
「一杯目は決まっているからね」
 きょとんとする清世に、白川は悪戯っぽく目を細める。
「言っただろう? オーナーが知り合いだって」
「顔パスとかずるいー! 今度からはぜったい俺も一緒に来るから!」
 だが知人がいるというのは、必ずしも良いことばかりではなく。
 ふたりの間に、注文した料理や飲み物の他に、ストロー二本のカラフルな飲み物が入った大きなグラスが置かれたりもする。
「オーナーからごゆっくりどうぞ、とのことです」
 べきっ。
 白川が片手に握っていた割箸を無言でへし折った。清世は大笑い。
「わーいじゅりりん、俺こっちから飲むし。ほら、そっちから飲めー!」
「飲むか!!」
 流石に抑えた声ながら白川が唸った。
「えー。じゅりりんてばおにーさんのこと嫌い?」
 覗き込むと、白川は無言のまま自分のグラスを口元に運ぶ。
「俺はさー、じゅりりんのこと好きだよー?」
「はいはい。もう酔ってるのか?」
「ちょっと酔ってるかもー!」

 そんな騒ぎの中でも、窓から見える景色は素晴らしかった。
 空は艶やかな茜色から薔薇色、そして濃紫色へと移り、ついには漆黒の夜空をバックに蝋燭の灯が揺れる光景。
「……確かにこの光景は、ひとりでは勿体ないか」
 唐突な白川の呟きは、清世にはよく聞き取れなかった。
「んー、なんか言った?」
 清世が首を巡らすと、白川は小さく笑う。
「いや、なんでも。ところでそろそろ引き上げた方が良さそうだな。君、かなり酔っているだろう」
「んー、泊まるー? 俺はどっちでもー」
「何だって?」
 白川が目を剥いたので、清世は面白がって畳みかける。
「ホテルでもー、じゅりりんちでもー。おにーさんはどっちでもいいのよ?」
 大真面目に頭を抱える白川に、清世はわざと寄り掛かってやった。
 寝床で財布で、なんだかんだで面白いせんせー。
 今日の眠りにつくまでには、まだまだ楽しめそうだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 23 / 押し掛け学生】

同行NPC
【jz0089 / ジュリアン・白川 / 男 / 30 / 大学部准教授】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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またのご依頼、有難うございます。
今回は珍しく外飲みで。
振り返ってみると、変わらないものも変わってきたものもあるように思います。いやはや。
いずれにせよ、お楽しみいただけましたら幸いです!
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エリュシオン
2015年09月24日

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