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『 路地裏の不愉快極まりない邂逅 』
綸鳴 誠祐ka5315)&尾形 剛道ka4612


 それは不愉快な偶然だった。

 場所は、表通りの喧騒を外れた路地裏。
 店の窓から漏れる明かりに照らされた壁は、張り紙の残骸と落書きだらけ。じめじめとしたむき出しの地面からは染み込んだゴミの匂いが立ち昇り、瘴気のように溜まっている。

 そして発端は、ほんの些細な出来事。
 こんな裏通りにも結構人はいるもので、客引きが大騒ぎで誰かの袖を掴んでいたり、見つめ合うことのない男女が抱き合っていたりする。
 そんな連中を避けて歩こうとして、互いの肩が軽く触れた。
 ただそれだけの、良くある光景。



 ただでさえその日、綸鳴 誠祐は虫の居所が悪かった。
 安酒のもたらす酔いは確実に明日の頭痛を連れて来るだろうし、蒸し暑いこんな夜はどこで眠っても蚊が襲って来る。二日酔いの頭の中を飛び回る虫の群れも、身体を刺す虫も、どちらも死にそうなほどに神経を逆なでするものだ。
 だが、そんなことすらどうでもいいという気分だ。
 例え酒が一級品だったとしても、なんの慰めにはならなかっただろう。
 とにかく誠祐にとって、今夜は視界に入る物全てが無性に苛立たしかったのだ。
 なのに、である。
 前から来た奴が誠祐の進路を塞いだため、もつれる足では避け切れず、肩がぶつかってしまった。
 やたらとでかい奴だった。誠祐の肩がぶつかったのは相手の上腕辺りだ。
 それが一層腹立たしく、誠祐は視界が赤くなったように感じた。
 この野郎、いい度胸だ。
 おぼつかない足でどうにか転ばずに踏みとどまり、汚い壁に手をついて誠祐は顔も上げずに吠えた。
「おいてめぇ、どこに目つけてんだ」
 相手が立ち止まる気配。それを意識しつつ、誠祐は相手の顔も見ずに拳を固めて踏み出した。



 尾形 剛道にとってその日の気分はどうにも最悪だった。
 端正な顔立ちにそぐわない、どこか狂気じみた苛立ちが全身から漲っていた。
 長身にピンヒールといういでたち、その高い視界から見下ろす人々の頭はどれもこれも石ころ以下、何の価値のない物に思える。
 前から歩いて来る奴の身体を片っ端から薙ぎ倒したいという衝動をどうにか抑え、ひたすら歩き続けていた。
 そこに現れたのは薄汚い酔っ払い。
 むっとするような酒臭い息が鼻をつく。ふつふつと、怒りと共に不快感が胸にこみ上げる。
 それだけでも耐え難いというのに。
 あろうことか、そいつは酔いにふらつくままに剛道の肩にぶつかった。
 咄嗟に固めた拳を、どうにかなだめる。こんな奴に関わるよりも、この不快な場所を早く通り抜ける方が先決だと。
 だがそいつは、何を血迷ったか。
「おいてめぇ、どこに目つけてんだ」
 そんなことをぬかしながら、こちらに向かって来るではないか。
「……うるせェよタコ」
 ああ、めんどくせェ。どうしようもなく、めんどくせェ。
 剛道はほとんど反射的に、拳を繰り出していた。



 誠祐は思ったよりも高い場所にある、相手の顔に向かって拳を突き出した。
 窓の灯が相手のすぐ後ろにあって、顔は定かではない。ただ通路を塞がんばかりのでかい図体のシルエットだけがやたら目につく。
 まるでその影が今日の不快の原因であるかのように、思い切り腕をしならせた。
 鈍い音。
 拳から痺れるような衝撃が腕を駆け上り、肩の関節に届き、脳に達する。
 ああ、これだ。
 酒の酔いよりもずっと、物憂さを晴らしてくれる快感。

 だが相手の男は倒れなかった。
 僅かに顔を背け、暗がりに向かって唾を吐く。恐らく口の中が切れたのだろう。
 次第に覚醒する感覚。だがそれよりも先に、誠祐は鋭い痛みを脛に感じ、思わず膝をつく。べちゃり。冷たい泥水が膝を濡らす。
「くそッ……!」
 一発で倒すことができなければ、当然反撃を喰らう。
 そして反撃を喰らった以上、こちらも止まるつもりはない。後はどちらかが倒れるまでやり合うだけだ。


 剛道が無表情のままで、相手を蹴り飛ばしたピンヒールの踵を投げ出された掌に捻じり込む。
 凄まじい吠え声が響いた。
 だがそれには、敗北の気配は微塵もない。相手は踏み込んだ方の脹脛を残る手で抱え込み、やおら噛みついた。
 鈍い痛みが走る。
「てめェ、この野良犬が!」
 そう吠えると長身を折り、剛道は相手のぼさぼさ頭目がけて肘を叩きこむ。
 ……離れない。
 二度、三度。
 既に失神していてもおかしくない程の衝撃のはずだ。
 だが噛みつかれた脹脛には、ますます強く歯が食い込む。下手をすれば食い千切られそうだ。

「しつっこいんだよォ!」
 剛道は残る足に力を籠め、傍の窓枠を掴んで男ごと足を振り回した。
 広い場所なら余り意味はないが、狭い路地の事、男の身体はほんの少しの距離を動いただけで反対側の壁に叩きつけられる。
「ぐはッ……!」
 顔が固定されたまま振り回されたために、受身が取れなかったようだ。
 ようやく剛道の足が軽くなる。



 誠祐は吹き飛んだ反動で、額を強か壁に打ち付けた。
 だが闘志はいささかも衰えない。
「ハッ、上等じゃねぇか」
 額から流れる己の血と、口元から流れる相手の血。その形相は窓明かりに照らされて、凄まじいものとなっている。
 誠祐は手近に転がっていた酒瓶を、相手の顔めがけて投げつけた。
 当然のように避けられる。
 だがその隙に姿勢を低くして飛び出し、相手の腹目がけて頭突きをかます。
 固い壁のような筋肉にぶつかると僅かな呻き声が漏れ出る。
 すぐに距離をとり、続けて拳を叩きこんだ。
 だがその拳は空を切り、相手の脇に抱え込まれた腕が締め上げられる。


 剛道は相手の腕を押さえこんだまま、手を伸ばす。
 顔立ちも分からない程に血濡れた男の首に手をかけ、力を籠めた。
「どうした。もう終わりか?」
 挑発の声は聞こえただろうか。目に宿る狂気の光は見えただろうか。
 それはわからないが、とにかく男はまだもがいていた。
 いや、腕を押さえられ、首を締め上げられているにもかかわらず、その爪先は想像以上の力を籠めて剛道の脛を蹴りつけて来る。
 剛道の口元が歪む。痛みではなく、愉悦の故に。
 足りない物は、これだった。
 理由など要らない。ただ真っ直ぐに向けられる敵意。

 剛道の脛を蹴る回数が減り、力が次第に弱くなる。
 相手の男の目から光が失われて行く。それは剛道の飢えを満たしていく。
「最高に、楽しめた」
 相手の耳元に囁き、剛道は手の力を緩めた。
 ずるりと崩れ落ちる身体からそのまま離れると、ごつりと音をたてて男は地面に倒れる。
 だがその手自体が意思を持つかのように動き、剛道の足首を掴んだ。
「なに、逃げようとしてんだ、てめ」
 その力は弱い。剛道が振り払えば、簡単に外れるだろう。
 だが見上げる目の鋭さに、剛道はもう少し付き合うことにした。
「これは今日の記念だ、とっとけ」
 片手で襟首を掴んで引きあげ、鳩尾に一発。
 ついに相手の身体はゴミの中に沈んで、そのまま動かなくなる。



 ゴミ溜めにも朝はやってくる。
 しどけない格好で通りに出てきて、適当にゴミを放り投げた女が悲鳴を上げた。
「きゃああ! ……なによ、びっくりするじゃないのよお!!」
 倒れる男の姿に驚いたのは、ほんの一瞬だけ。こんな所に居る女は、こんな光景にはとっくに慣れている。
 それでも耳をつんざく悲鳴は凄まじく、誠祐は僅かに目を開いた。
(うるせぇ……)
 耳から聞こえる音は五月蠅く、頭の中は雑音だらけ。差し込む朝日も目に煩わしい。
 いつからここで寝転がっていたのか? ……良く思い出せない。
 頭が割れるように痛むのは、昨夜煽った安酒のせいだろうか。それとも……?
 全ては夢の中のようでおぼろげだ。
 腫れあがり満足に開かない瞼を再び閉じて、誠祐は思考を手放した。

 
 ただそれだけの、裏通りのありふれた光景である。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5315 / 綸鳴 誠祐 / 男 / 39 / 人間(リアルブルー) / 猟撃士】
【ka4612 / 尾形 剛道 / 男 / 24 / 人間(クリムゾンウェスト) / 闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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今回はこれまであまり書いた事のない系統でしたが、おふたりのイメージを大きく損なっていないようでしたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました。
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ファナティックブラッド
2015年09月24日

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