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『人形たちの1日 』
セレシュ・ウィーラー8538


 死体ほどの大きさの荷物を2つ、肩に担いで、少女は帰宅した。
 硬直した人体、のようなものを布で包装してある。ミイラのようでもある。
 怪力の細腕で運んで来た2つのそれを、少女は床に降ろした。
 そして片方から、布を引き剥がす。
 現れたものが、文句を発した。念話でだ。
「暑い〜、あっつい〜! 暑うて溶けそうやがな。何も布にくるんで運ぶ事ないやん」
「お姉様が、御自分で歩いて下さらないから」
 蝋人形と化したままのセレシュ・ウィーラーを、包装された荷物の如く扱いながら、少女も文句を言った。
「剥き身の蝋人形を担いで運んだら目立ちますでしょう? だから包ませていただきましたのよ」
「あんまり変わらへんと思うけど……」
「とにかく。暑いのなら、お風呂にでも入ってこられてはいかが?」
 そう言ったきり、少女はもはやセレシュに見向きもせず、もう1体の蝋人形から布を剥がしにかかる。
「まったく、何でこんなものまで……IO2の方々にお任せしたのではありませんの?」
「ちょう話聞いてみよ思うてな」
 現れたのは、シスター姿の少女であった。今は、呪符で動きを封じられている。


 入浴ではない。蝋人形を、お湯で洗浄しているだけだ。
 シャワーを浴びても、蝋が湯を弾く。弾かれた水滴が、いくらか起伏に乏しいボディラインをつたって流れ落ちてゆく。
(うち、今……蝋人形なんやなあ)
 言わずもがなの事を、セレシュは心中で呟いた。
 蝋人形化を解除するための魔具は現在、IO2に作らせていて完成待ち、配送待ちである。セレシュが自力で元に戻る事は、不可能ではないだろうが。
(ま、IO2のお手並み拝見や)
 シャワーを止め、脱衣所に出た。
 水滴を弾いてあまり濡れていない身体を、バスタオルで拭いながら、セレシュは鏡に見入った。
 映っているのは、金髪の蝋人形である。
 元々凹凸の控えめだった身体の曲線が、蝋人形と化す事によって、さらに滑らかに強調されてしまっている。起伏の乏しさが、だ。
 ほっそりと伸びた手足。
 肥満していないのがせめてもの救いと言える、なだらかな脇腹のライン。辛うじて、くびれてはいる。
 尻まわりと胸の膨らみは、良く言えば可愛らしい。
「ロリや……」
 念話の独り言を漏らしながらセレシュは、脱衣籠にたたんで入れておいた服の1着を手に取った。
 フリルの付いた、白いゴスロリ調のワンピースである。
「これ系しか……あかんのかなぁ」


 風呂上がりのセレシュを見て、少女が悲鳴に近い声を発した。
「お姉様が、着飾っていらっしゃる……!」
「何や文句あるんかいな。似合うとるやろが」
 白ゴス系のワンピースを可憐に着こなした蝋製の細身で、セレシュはくるりと回って見せた。花弁のようなフリルが、ひらりと舞った。
「うちかて、まだ可愛い系のお洋服が似合うお年頃やでえ。まあ実年齢はアレやけど」
「お風呂上がりはいつもジャージとか着ていらっしゃるお姉様が、今日に限ってフリフリの白ゴスとか……」
 少女が、何やら心配をしている。
「お姉様、またお人形の心になりかけていらっしゃるのではありませんの? お気は確か?」
「ひどい言われようや……ああでも確かに今、うちはお人形やからな」
 着飾った蝋人形である己の身体を、セレシュは見下ろした。
「帰って来て気ぃ抜けとるさかい、お人形の心になりかけとるかも知れへん」
「また私が元に戻せと!?」
「怒ったらあかんて。うちがお人形になっても、愛情持って扱うてくれたら……あんたと同じ、付喪神になれるかも知れへんで?」
「……そうなったら、付喪神としては私の方が先輩。お姉様の事、思いっきりパシらせますわよ」
 石像の付喪神である少女が、溜め息をつく。
「お馬鹿な冗談はさておき。これをどうなさるか、考えていただきませんと」
 居間の片隅でうなだれている、もう1つの蝋人形に、右手の親指を向けながらだ。
 修道服を着せられた、少女の人形。
 今は呪符を剥がされ、口もきけるし自由に行動出来る状態である。
 だがセレシュの入浴中に、逃げようとしたり、付喪神の少女を相手に何か悶着を起こしたりした様子はない。
「仲良う、お話しとったわけやな」
「ありがちな身の上話を、聞いてあげてただけですわ……いい? お姉様にも話しますわよ」
「…………」
 シスター姿の蝋人形が、無言で頷いた。セレシュとは口もききたくない、といった様子である。


 今回の事件の舞台となった洋館は元々、見世物の蝋人形館であったらしい。
 経営者は、いささか変わり者として知られた富豪の老人で、蝋人形たちを本当に大切に扱っていた。
 その老人が亡くなり、人形たちを大切に扱う者はいなくなった。
 蝋人形館は閉鎖され、人形たちはその中で、誰にも見てもらえないまま埃まみれになっていった。
「お人形が恨みつらみで動き出すには、絶好の環境やな」
 セレシュは腕組みをしながら、うんうんと頷いた。
「私は……誰かに、見てもらいたかった……」
 シスターがようやく、セレシュとも会話をしてくれるようになった。
「誰にも見てもらえない人形なんて、ただの粗大ゴミ……そうでしょ?」
「わかる! わかるでぇ。お人形は、着飾って人に見られてナンボやさかいな」
「お姉様、やっぱり人形の心になりかかってますわよ」
 付喪神の少女が言う。
 このシスターはある意味、彼女と同じだ。
 人形館を経営していた老人は、この少女の蝋人形を、本当に大切にしていたに違いない。自分の孫娘のように可愛がっていたのだろう。
 老人が亡くなった時点で、この蝋人形は、半ば付喪神に近いものになりかかっていたのだ。
「お人形でも何でも、物は大切にせなあかんっちゅう事や。だから自分! むやみやたらにスマホとか欲しがったらあかん。あのガラケーで我慢しとき」
「そ、そっちにお話が行きますの!? まあ何ですわね、お人形はやっぱり飾っておかないと」
 付喪神の少女が無理矢理、話をそらせようとしている。
 わかっていながらセレシュはしかし、己の中に芽生えた人形の心に負けてしまった。
「それもそうやな。じゃ、うちの事も飾ってや」
「えっ……ちょっと、お姉様」
 付喪神の少女が、声をかけてくる。
「綺麗に飾ってくれへんと、うちもグレたるでえ……」
 そんな事を言いながら、セレシュは人形に変わっていった。


 人形に変わったと言っても、身体はすでに蝋人形である。
 実年齢がどうのとセレシュは言っていたが、彼女の実年齢など、付喪神の少女は知らない。
 今のセレシュ・ウィーラーは、少なくとも外見は、十代半ばの美少女である。蝋人形だが。
 蝋と化した細身に、花びらのようなフリルをたっぷりと咲かせた白いワンピースが似合っている。清楚で、なおかつ幻惑的である。生身のセレシュがこのような服を着ても、これほどは似合わないだろう。
「結局お人形になってしまわれて、まったくもう……」
 少女は蝋人形セレシュの細身を捻り、細腕をあらぬ方向に捻じ曲げ、手刀のような構えを取らせた。
 ドドドドド……と、脳内で擬音が乱舞する。
 シスターが、呆然と訊いた。
「何……しているの?」
「徐々立ちの限界に挑戦しているのですわ」
 ワンピース越しに伝わって来る手触りは、固く滑らかな蝋のそれである。
 それなのに、生の人体の如く、柔軟に動かす事が出来る。
「本当に、綺麗なお人形ですわね……こうしていれば、普通に美少女ですのに」
 少女は溜め息をついた。
 蝋人形化の解除手段は、IO2がセレシュの助言を得て構築中であるという。
 それが、どれほど信頼出来るのか。
「いざとなったら……また、私がやるしかありませんの? もうっ」
 文句を漏らしながら少女は、セレシュの身体を限界まで捻じ曲げた。    
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年09月25日

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