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『堕ちた鳥乙女 』
レピア・浮桜1926)&エルファリア(NPCS002)


 濃密な苔の臭いが、立ち込めている。
 半ば水没した、遺跡であった。
 かつては荘厳な神殿か何かであったと思われる、広大な石の廃墟。
 その中枢区域に、レピアはいた。放置されていた。
 美しい肌は、固く冷たい石と化し、臭い立つほどの苔を群生させている。
 背中からは、一対の翼が広がっている。半ば、折りたたまれている。決して羽ばたく事のない、石の翼。
 一見すると、翼ある石の女人像である。
 それがレピア・浮桜である事をしかし、エルファリアは知っていた。
「レピア……」
 語りかけてみても、その声は届かない。
 咎人の呪いから解放されたはずのレピアが、石像と化している。
 その石化を解く事が、自分には出来ない。それもエルファリアは理解している。
 何故ならここは、夢の中であるからだ。
「レピアめの過去の記憶に、ちと興味深いものを見つけてのう」
 遺跡内を彷徨うエルファリアの傍に、いつの間にか、小さな人影が立っていた。
 外見は、6〜7歳ほどの幼い女の子。
 すでに160回近い若返りを実行している、賢者の老婆である。
 咎人の呪いからレピアを解放してくれた、恩人とも言うべき人物なのだが。
「貴女が何故、このような所に……と言うより、ここは一体……?」
「おぬしとレピアが、仲良う一緒に見とる夢の中じゃよ。本当は、わかっておるのじゃろ?」
 女賢者が言った。
「こやつの過去を、一緒に見てみようではないか」
「そんな……レピアの心を、覗き込むような事を……」
 そんな事を言いつつも、エルファリアは逆らえなかった。
 レピアの事を、もっと知りたい。その欲求に。


 夜の港町の、いささか治安の良くない区域である。
 このような場所では、まあ、よくある事ではあった。
「た、助けて……誰か! 助けてーっ!」
 家出娘、であろうか。十代半ばの少女が、何者かの集団に追い回されている。
 その集団が、例えば不良男の群れであれば、迷わず全員、蹴り殺すところである。
「ちょっと……ちょっと、お待ちよ」
 レピアは声をかけながら、踏み込んで行った。
 少女が、背中にすがり付いてくる。
 何者かの集団が、レピアを取り囲む形に立ち止まった。
 全員、黒装束に身を包んでいる。が、間違いない。体つきを見れば明らかである。
 若い女の、集団であった。
 レピアは、とりあえず声をかけた。
「駄目だよ、あんたたち。そりゃ、あたしも女の子が好きだから偉そうな事言えないけど……こんな集団で無理矢理なんて、男みたいなやり方」
「邪魔立てすると容赦せんぞ、痴れ者が」
 黒衣の女たちが、口々に言いながら剣を抜く。
「我々は、その娘に用がある。神聖な目的だ」
「その娘はな、選ばれたのだよ……暗黒の女神と戦う、鳥乙女として!」
 女たちが一斉に、斬りかかって来る。鋭い斬撃が、様々な方向からレピアを襲う。
「良くないお薬、キメちゃってるみたいだね……」
 レピアは身を翻した。
 しなやかに鍛え込まれた踊り子の肢体が、優美な回避のうねりを見せる。うねる曲線をかすめるように、女たちの剣がことごとく空振りをする。
 空振りをした剣が、片っ端から蹴り飛ばされた。
 レピアの右足が離陸していた。瑞々しい脚線が、鞭の如くしなって一閃する。
 得物を蹴り飛ばされた女たちが、たじろいで後退りをする。
 蹴り終えた右足を優雅に着地させながら、レピアは叫んだ。
「逃げて!」
「は、はい! ありがとうございます」
 少女が、逃げて行く。
 追う余裕もなく、女たちが狼狽している。
 薬物中毒者の集団なら、もう少し痛い目に遭わせてから官憲に引き渡すべきか。
 そんな事を思った瞬間、レピアの身体は硬直した。
 東の空から差し込んでくる白い光が、全身に容赦なく突き刺さる。
「いけない……夜明け……!」
 レピアは、石像と化していた。


「う……っ……」
 生身に戻ると同時に、レピアは目を覚ました。
 四肢に、鎖が巻き付いている。
 石の寝台に、レピアは拘束されていた。
 束縛された踊り子の肢体を、黒装束の女たちが取り囲んでいる。
 彼女らの中心人物と思われる老婆が、言葉を発した。
「咎人の呪いを受けし、傾国の踊り子……そなたこそ、我らの守護者にふさわしい」
「……ここは、どこ? いけない薬でトチ狂った連中が、一カ所に集まって変な夢見ちゃってるわけ?」
 レピアは嘲笑い、挑発して見せた。
 怒った様子もなく、老婆が答える。
「ここは我らの島……思い出さぬか、そなたは島の守護者であるぞ」
「守護者……」
 老婆の言葉が、頭に染み込んで来る。脳漿に溶け込んで来る。
 記憶を上書きされつつある、とレピアが気づいた時には、もはや遅かった。
「島の民を脅かす、暗黒の女神と戦う……そなたは、聖なる鳥の乙女よ」
「鳥……乙女……うっぐ……ぁああああああ……」
 冷たいものが降りて来た、とレピアは感じた。
 凍え始めた全身を、石の寝台の上で暴れさせる。
 しなやかな四肢が激しく鎖を鳴らし、綺麗にくびれた胴の曲線が悶えうねり、豊麗な胸の膨らみが天井向きに暴れ揺れる。
 そんなレピアの肉体を、精神を、冷たい何かが侵蝕しつつあった。
「抗ってはならぬぞ傾国の踊り子よ。鳥乙女の御霊を、受け入れるのだ」
 老婆の声が、次第に遠くなってゆく。
「そなたは生まれ変わるのだ……呪われし咎人から、聖なる守護者へと」


「ごめんなさいレピア……貴女の夢を、勝手に覗き込んでしまって」
「いいって。エルファリアとあたし、同じ夢見てたって事でしょ? むしろ嬉しいよ」
 レピアが、いくらか恥ずかしそうに微笑んだ。
「一緒に寝て、同じ夢を見れて……あたし、幸せだから」
「レピア……」
「で……あたしたちが一緒に寝てる寝室に」
 天井から吊り下げられているものを、レピアはじろりと睨み据えた。
「勝手に入って来てる奴がいるんだけど。何? 変質者?」
「よ、よく考えてみるのじゃ。こんな可愛い変質者、おるわけなかろ?」
 女賢者の小さな身体が、ぐるぐる巻きに縛り上げられている。
 それをぷらーんと揺さぶりながら、レピアは言った。
「ねえエルファリア、確かエルザード城のお濠で水竜を飼ってたよね。餌が不足してるって事はない? 若返り済みの人肉とか、どう?」
「駄目なのじゃ! わしの身体はの、いけない添加物をたんまり使って若返っとるのじゃ!」
 天井から吊られたまま、女賢者がじたばたと暴れ、泣き喚く。
「やめなさいレピア。この方はね、貴女にとっても恩人なのよ」
 エルファリアは言った。
「それよりレピア……辛かったでしょうね。貴女に、あんな過去があったなんて」
「まあ、辛いと言えば辛かったかな。聖なる鳥乙女なんて役割を刷り込まれて……暗黒の女神とかいう化け物と、戦わされて」
 レピアが、遠くを見つめた。
「あたし、何回も負けて……」
「……最後には、勝ったんかの?」
「その辺りの話は、また今度」
 レピアは女賢者を、振り子のように揺さぶった。
「夢に忍び込むなんて小賢しい真似しなくても、機会があれば話してあげるよ」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年09月28日

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