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『夜半の悪夢を醒ますモノ 』
シャトンka3198

「……ッ」

 不意に粘りつくような不快を覚え、暗闇の中で目が覚めた。ぅぅ、と獣のように小さく唸り、ずるりと這うように寝床から抜け出す。
 酷く、暑苦しい夜だった。ただでさえ寝苦しくて、睡魔に耐え切れずうたた寝ても暑さに目が覚めてしまいそうな――そんな夜。
 けれどもシャトン(ka3198)がずるりと這い起きたのは、そればかりが理由ではなかった。もちろん、契機となったのはこの茹だるように不愉快な暑さの所為には相違ないのだけれども、あくまでそれは契機にすぎなくて。
 よろめく足取りで歩き出した、シャトンを苛むのは強烈な吐き気。ひっきりなしに腹の奥から込み上げてきて、ふと気を緩めれば衝動のままに飛び出してしまいそうな――それこそが、シャトンを眠りから揺り覚ました正体。
 口元を押さえながら、ありったけの気力をかき集めてなんとか抑え、よろめく足取りで風呂場へと向かう。その間にも腹の底からせり上がってくるような衝動に突き動かされるように、覚束ない足取りで風呂場を目指し。
 ようやく、這々の体で辿り着いたシャトンは、ついに堪え切れず胃からせり上がってきたモノを吐き戻した。

「ふ……ぅッ、ぐぼ……ッ! か……は………ァッ」

 全身を震わせ、身体中の全てを絞り出すように。
 何度も、何度も。
 込み上げてくる衝動のままに吐き戻し、絞り出し、胃の中に何もなくなったと思ってもまだ胃液が込み上げてくる。その度に身体を震わせ、喉を焼く胃酸に涙を滲ませながらまた、吐き戻して。

「……ッ、ハッ、ハァ………ッ」

 ようやく衝動が収まった頃には、体力も気力も根こそぎ奪われ、ぐったりとしていた。そのままずるりと床に崩れ落ちるように座り込み、荒い息に肩を大きく上下させる。
 そうして座り込んだまま、いったい幾許ほど過ごしたものか。
 わずかに周りを気にする余裕が戻ってきたと、同時に己が吐き戻したモノの饐えた匂いが鼻についた。それと気付いた瞬間、シャトンは大いに顔をしかめ、やべぇ、と独りごちる。

「……また、やっちゃった……」

 呟きながら脳裏に思い浮かべたのは、シャトンの『飼い主』たる人。その姿に今さらながらの罪悪感を覚え、ぐったりと瞳を閉じた。



 あれがこんな暑い日の事だったのを、シャトンは今でもよく覚えている。
 暑い、暑い夏の盛りの、蝉がわずかな命を燃やし尽くさんとばかりに泣き叫ぶ、泣き叫んでいただろう日の事だ。連日続く暑さがアスファルトを焼き、草木を萎れさせ、誰も彼もが暑さに疲れたように足を引きずって往き来する――
 そんなとある、ありふれた、だが決して忘れられそうにない夏の日に、買い物に行った母はそのまま、二度と帰ってはこなかった。夏の盛りの陽炎のように、ゆらりと揺らめいてそのまま消えて居なくなった。
 ――限界だったのだろう、とは思う。
 傍目に見てもシャトンの父は、母を束縛し、暴力を振るい、まさしく暴君のように母に君臨していた。それに耐えられなくなったのは仕方のない事だったのだろうと、同情めいた事もして見せよう。
 まして、否応無しに己が身をもって、母に注がれた父の仕打ちを思い知る事になった今は、なおさら――

『おい』

 ――それは母が出て行ったと知れた、その日の夜のことだった。淀んだ、それでいて凶暴な光を宿す父の瞳が、そう唸って真っ直ぐにシャトンを睨みつけたその瞬間から、父にとってのシャトンは母の代わりとなったのだ。
 その日から、シャトンの生き地獄が始まった。
 それまでただ母だけに向けられていた父の執着と独占欲と征服欲、その他のありとあらゆる感情と衝動は、余すことなくシャトンへ注がれる。暴力、束縛、そして夜の営みすらも――
 その日々を、地獄と呼ぶのは生温い。けれども、苦痛と絶望と虚無と諦念と死への羨望にさ生れて過ごした日々を、的確に表す言葉などこの世に存在するはずもない。
だから。
 その父が捕まった時、やっと終わったという気持ちはきっと、どこかにあった。やっと解放されたのだと、麻痺した心のどこかの片隅で思う気持ちは、たぶん存在していただろう。
 けれども。それはまだまだ甘かったのだと、苦しみに終わりなどないのだと、シャトンは引き取られた親戚の家で向けられた眼差しに、知る。
 冷たい、冷たい眼差し。それに射抜かれ、怯えたように立ち尽くしたシャトンの耳に忍び込んでくる、悪意に満ちたささやき声。

 厄介者、こんな子預かりたくもないのに、問題でも起こさなきゃいいけど、穢らわしい、ふしだらな……だって……ねぇ?

 何を言われているのか、嫌という程わかった。わからないはずが、なかった。
 ゆえに蒼白になって震えるシャトンを見る彼らの眼差しは、変わらず冷たくて。何より粘るような気持ちの悪い好奇を伴っていて。
 ――その家には、あまり長くはいなかったと思う。その家だけではない、その後、文字通りの厄介者として親戚中を点々とたらい回しにされたシャトンは、けれどもどの家にだって長くはいなかった。
 だって、転々としていく先でも必ず追いかけてくる、『父と寝た女』という噂。望んでのことではなかったとしても、現にそこにある『事実』は人々の好奇を掻き立て、時に冷たく、時にあからさまに、シャトンの上に注がれ心を切り裂いていく。
 そんな場所に、長くいられるわけはない。いたい、訳もない。
 居心地の悪いシャトンと、厄介者にさっさと出て行って欲しい親戚の、両方の思惑は皮肉にも一致して、シャトンはあちこちを点々とし続け、悪意に切り裂かれ続け。

 ――クリムゾンウェストに手にしたのは、そんな日々の最中のことだ。
 見知らぬ風景に見知らぬ人々、そんなものに戸惑っている暇があったかどうかも定かではないうちに、シャトンはこの地のとある奴隷商人に捕まった。そうして始まった奴隷としての、人間が人間として扱われない暮らしは、奇しくもそれまでのシャトンの暮らしとそう変わりはしなかったけれども。
 左瞼に押された奴隷の焼印は、その時こそ苦しみ悶えはしたものの、振り返ってみれば大したものではなかった。それよりもシャトンを苦しめたのは、ここでもなお呪いのようについて回った、女としての、女だからこその虐待の日々。
 いったい、1度でも弄ばれた者には何か、傍から見てそれと知れる目印でもついているのだろうか。それとも、ただシャトンの巡り合わせが悪かったという、それだけの話なのだろうか。
 無論、理由は他にもあっただろう。女ゆえの苦しみを与えられるがため、女であることそのものを憎んだシャトンの身体は、女性としては全く成長もせず、生理すら来はしなかった。それが、女奴隷としては売り物にならないと判断され、けれども女であることには変わりないと商人たちの慰み者に貶められた一因では、もちろんあっただろう。
 それでも。
 呪わしいほどにシャトンは、かつて解放されたはずの境遇へと再び堕とされた。永遠に逃げられはしないのだと、誰かに嘲笑われたような気が、した。



「………ッ」

 知らず湧き上がってきた、永遠に薄れる事など無いと思えるおぞましい記憶に、瞬間シャトンは息を止めるように目を見開いた。それからぎゅっと目を閉じて、強く、強く己が身体を抱く。
 ぎゅっと震える手に力を込めて、身体を丸めて――縋るように――守るように――

(シャトン……オレの名前はシャトンだ……)

 そうして何かの呪文のように、シャトンは何度も何度も胸の内で繰り返した。自分はもう違うのだと、必死に自分に言い聞かせた。
 だって、元の名を思い出そうとしても、もう思いだせやしない。

(必要ないから、もういらない……)

 元の名前など、もういらない。自分ではない名前など、要りはしない。
 自分はシャトン。この世界で生きる、主に飼われて用心棒まがいの事をして暮らす、シャトン。
 それ以外では、ない。それ以外の自分なんて、知らない。

 そう――餓えるように自分自身に言い聞かせたそれは、暑く苦しい夏の夜の事。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ka3198  / シャトン / 女  / 16  / 霊闘士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

シャトンさんの物語、如何でしたでしょうか。
お言葉に甘えて色々と脳内補完させて頂きました結果、割とアレな感じになってしまってどきどきしております;
やり過ぎていなければ良いのですが……もし何かあられましたら、いつでもお気軽にお申し付けくださいませ(土下座

シャトンさんのイメージ通りの、過去に重く沈むノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
野生のパーティノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年09月28日

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