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『夏色の一日 〜月の綺麗な夜〜 』
ツヴァイ=XXIka2418)&ガブリエル=VIIIka1198)&スペルビア=IVka2441)&クレア=Ika3020)&セレナ=XVIIIka3686)&バーリグ=XIIka4299)&コロナ=XIXka4527


 とある夏の日。
 リゼリオ、とある洋館にて。
 控えめに門扉に刻まれた六芒星。それは『懲罰と救済』を掲げる組織の象徴。
 彼らは決して歴史の表舞台に立つことはない。彼らの舞台は歴史の裏側、社会の影……。故にその六芒星の意味を知るものは少ない。
 珍しく洋館に人が集まっていた。皆、六芒星を抱く者達だ。
「海に行きたいなぁ。青い綺麗な海」
 誰かが言い、「そいつはいいな」とまた誰かがのっかる。
「白い海辺の別荘、素敵ですわ」
「愛しい我が子達と過ごす夏の一時……良い思い出になるわね」
「静かな場所でゆっくりするのもいいね」
 いつの間にか話題は『海辺の別荘でバカンス』に。
 皆の話を笑顔で聞いていた男が立ち上がる。男に集まる皆の視線。
「では俺から恋人たちに素敵な夏の贈り物だ」
「……?」
「俺の別荘に皆を招待しようじゃないか」
 片目を瞑る男。ウィンクは露骨に避けれたり、叩き落とされたり、なかったことにされたり、笑顔で受け流されたり様々な反応をされたが海辺の別荘で休暇を過ごす、というのは概ね歓迎された。
 組織のボスから了承も得る。

 ……というわけでほんの一時、任務を忘れ彼らは夏を楽しむことにしたのだ。

● 夜の風景
 空に浮かぶのは少し欠けた月、穏やかで眠そうな波の音。

 海に面したテラスで夜空を眺めていたコロナは踵を返し別荘へと戻っていく。
「セレナと一緒に、散歩に行きましょう」
 月の綺麗な夜、『月』を冠する大切な人と一緒に過ごす。それはとても名案に思えた。
 組織の仕事ではなく休暇で皆でやって来た海辺の別荘、しかもこんなにも月が綺麗な夜なのだ。
 このまま寝るなんて勿体ない。
 コロナはセレナの姿を探す。皆が飲んでいるリビングにはいない。食堂にも、浴室にも、リビングから離れた図書室にも見つけることはできなかった。
 となれば……とリズミカルに階段を上がっていき彼女の部屋の扉を軽くノックする。すると中から「どなた?」と眠たそうな声。
「やはりここでしたのね」
「だって…煩いの苦手なんだもの……」
 内側から開いた扉の向こう、セレナが小さく欠伸を零しつつコロナを迎えた。格好からもう寝るところだったのだろう。うっすら涙が浮かんだ目尻を手で擦っている。
 人一倍、美容を気に掛けているセレナはお肌のために早く寝ることを心掛けていた。コロナとしてもセレナの気持ちを優先させたいと思っている。
 だが今夜は特別。彼女と一緒にこの時間を楽しみたい。
「今夜はとても月が綺麗ですわよ」
 そう?と答えるセレナはどこかまだぼんやりしていた。
「せっかく来たんですし、少しはつきあってくださいな」
 ね、と結い上げた髪を揺らす。
「夜更かしはお肌に……」
 言葉とは裏腹、コロナに向かって手を差し出すセレナ。この手を繋いでくれるなら、と言葉にはしない。
 だがそれが自然の流れのようにコロナはセレナの手を取った。
 手を繋いだ二人は互いに顔を見合わせて微笑み合う。

 別荘を抜けだしたツヴァイは一人浜辺をふらつく。
 月を千々に映す海は何もかも飲み込んでしまいそうなほど広大だ。だが躊躇う素振りもなくツヴァイは海へと入っていく。
 揺れる波が胸を洗う。この辺りの深さになると気を抜けば波にさらわれそうだ。
 だが街の中心部の明かりは遠く此処までは届かず、別荘の喧騒も聞こえてこない。とても静かで凪いだ世界。
 仰向けに倒れると、力を抜き体を波に任せた。
 一瞬波に飲まれ沈んだ体は浮力を取り戻しふわりふらりと波間を漂う。
 広がる夜空がツヴァイを海を浜辺を街を……全てを抱きかかえているかのような錯覚。
 冴え冴えと輝く月はとても美しい。
「せめてもこの半分、いや十分の一でも……」
 静かにできないのだろうか、あの連中は……。朝の騒動を思い出しツヴァイの眉間に皺が寄った。
 今日の朝はとくに酷かった。おかげで予定より30分も早く目が覚めてしまったのだ。
 予定が狂うことを何よりも嫌うツヴァイとしては30分とはいえ、朝からケチがついた気分になった。
 一瞬、自宅に引き籠っていればいればよかったかもしれないと思ったくらいには。
 だが悪い事ばかりではない。あの別荘にある書庫、流石貴族の持ち物というべきか古典名作の原本などが多く所蔵されており興味深い。
 自他ともに認める本の虫であるツヴァイは食事の時間以外ほとんど書庫で過ごし、夜になって初めて海にやってきたのだ。
「……」
 意識を波の音に集中する。
 自分以外の影はなく、自分の呟きに答える誰かもいない。
 広い空の下、自分だけしかいないかのよう……。
 ゆらゆらと手が波に揉まれて揺れる。このまま遠くまで運ばれていくのも悪くない、そう思った時だ。
「ツヴァイ……」
 波の音に混ざって名を呼ぶ声。聞き間違えるはずもない、幼馴染のクレアの声。
 体を起こし、波間に立つ。
 浜辺でクレアが手を振っている。クレアの隣で同僚のドワーフの少女スペルビアが欠伸をしていた。
 ツヴァイは幼馴染の待つ浜辺へと戻っていく。

 砂浜、時折寄る大きな波が爪先を洗い返っていくが、膝を抱えたバーリグはそれに気づいていないのかただただ溜息を吐くばかり。
 傍らには度数の高い酒の瓶と積み上げられた花火、そのうち一本を取り上げるとマッチを擦って火を着けた。
 ほのかな明りが虚ろな目をしたバーリグを照らす。
 パチパチパチ……炭酸の弾けるような音とともに咲く小さな炎の花。
 炎の花は咲いた傍から花びらを散らしていく。なんと儚いものか。なんと空しいものか。無意識のうちに溜息が重なった。
 一通り花が咲き終え、四方八方に散る火の粉、そして芯の先端に火の玉が生まれる。
 小さな、小さな火の玉はじりじりと大きく育っていく。まるで朝露を集めるように。
 消えるまで落とさずにいることができれば願い事が叶うよ、なんて花火売りの親爺が調子のいいことを言っていた。
「願い事ねぇ……」
 声に出した途端、火の玉は砂の上に落ちてジュっと消える。
「……」
 沈黙。
 もう一度先端を見ても火の玉はもうない。バーリグの夢は露と消える、という暗示だろうか。
「……あちゃぁ〜〜」
 その沈黙を振り払うようにおどけて髪をくしゃりとかき上げるともう一本手に取った。
 青い海、白い砂、眩しい空、水着の美女……。夏のバカンスを前にバーリグの胸は期待に膨らむばかりだった。
 大輪の花のように鮮やかに咲いて散る、一夏のアバンチュールを……!
 火傷しそうな夏を……! むしろ火傷したい……!
 予定では昼間に美女と仲良くなって、夜はしっとりと楽しむはずだったのだが……。
 溜息。
 ……をついても一人。どうして自分は一人で花火なんてしているのか。
「いや……わかってるんだけどさ」
 ことごとく失敗に終わったナンパの数々……。
 口元に苦い笑みを浮かべて、花火に火を着ける。
 自棄になり大量の酒を土産にした帰り道、道端の屋台で売れ残っていた花火(実際売れ残っていたのかは謎だ。だがバーリグにはそう見えた)にシンパシーを感じ全部買い求めた。
 再び砂地に散る炎の花びら。それは落ちる前に宙へ消えて……。
「はは……ははは……はぁ……」
 肺の空気全部出してしまいそうなほどの大きな溜息。
 応える者は誰もいない。。
 リアルブルーでは『センコウハナビ』と呼ばれるこの花火はとてもとてもバーリグの今の心境にぴったりであった。
 また火の玉はすぐに地面に落ちる……。
 夜の浜辺で膝を抱えた男が一人線香花火。

 星空の下、遠く街の明かりを映す夜の海は宝石箱の覗き込んだように煌めいてとても魅力的だ。
 クレアは水着に着替えると上着を羽織り、扉をそっと開けて廊下を覗く。
 右……人影無し、左も同じく。
 左右確認すると扉の隙間からするりと廊下に。
 抜き足差し足、サンダルを片手に持って音を立てずに廊下を進む。階下のリビングから賑やかな声。きっと皆呑んでいるのだろう。
 別段誰かに見つかったからといって咎められるわけではない。そっと部屋を抜き出して夜の海に行く、なんとなくそのシチュエーションが楽しいような気がしただけのことだ。
 折角遊びに来たのだから、楽しいほうが良いに決まっている。

 夕食は大層美味しかった。いまだ満足感のある腹を摩り、スペルビア「ふぁあ」と欠伸を零す。
 丁度良い感じに眠い。少し早いが部屋に帰って眠ってしまおうか、とふらりと廊下を右に曲がる。
 とん、とぶつかる柔らかい感触。
「……お、や、魔術師か。 こんな時間に、どうしたのだ?」
 眠たい目を擦ってみあげれば、そこにはクレアがいた。上着の下は何故か水着だ。
「あら、スペルビアも一緒にどうかしら?」
 何を一緒になんだ、と問う前に手を繋がれ「いきましょう」と笑顔を向けられる。
「……?」
「素敵なところよ」
 首を傾げるスペルビアにクレアは茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
 頬に当たる潮風が心地良い。
 クレアの言っていた『素敵なところ』とは別荘から徒歩一分、夜の浜辺であった。
 スペルビアとクレアは手を繋ぎ波打ち際を歩く。
 昼間と打って変わり人気の無い浜辺、満月には少し足りない月の光に輝く波。
 確かに『素敵なところ』に違いない。
「綺麗な貝……」
 波に洗われる白い巻貝をクレアが拾い上げる。
「耳を当てると、その貝が育った海の音が聞こえるって本当かしら?」
 実際聞こえるのは貝殻に反射した自分の耳の音だ。だが此処でそんな事実をしたり顔で言って何になるというのだろう。それにクレアもそれくらい知っているだろう。
「聞いてみれば良い……」
「そうね……。聞こえたら教えてね」
 白い巻貝をクレアは自身の耳ではなくスペルビアへと差し出した。
「では妾が……」
 こほん、ともったいぶった咳払い。
 顔を近づけると白い巻貝の中からにゅっと大きな鋏が二つ、突き出された。
 チョッキン、鋏がクレアの鼻の頭すれすれのところで交叉する。
「……!」
「まあ!」
 思わず驚くスペルビアにクレアの笑い声が響く。
 巻貝は空き家ではなく、住人がいたらしい。
 ヤドカリは数度鋏を動かして、突然動かしたことへの抗議をするとまたのそりと貝の中に戻っていく。
「ごめんなさい、起こしちゃったわね」
「安らかに眠るが良い」
「……それ、少し違うわよ?」
 眠気のせいで少しばかりズレたスペルビアの発言にクレアが「ふふっ……」と肩を揺らした。
 貝を海に帰し、再び二人は歩き出す。

 不意にクレアは足を止める。
 海へと目を凝らす目、波間に見え隠れする人影は……
「ツヴァイ……!」
 海に向かって呼ぶ。
 声が届いたのだろう、波と戯れていた彼は此方にやって来た。
「……夜にあまり出歩くなよ?」
 気難しい顔で注意をするが、自身が海で遊んでいたのだから説得力がない。クレアが小さく笑うと「なんだ?」と聞き返された。
「ん……月が綺麗だったから、泳ぎたくなったの」
「あぁ……綺麗な月だな」
「でしょ?」
 明るい月に手を伸ばすと、ツヴァイも釣られように空を振り仰いだ。
「あら、ツヴァイ、眼鏡はどうしたの?」
 クイっと眼鏡を上げる仕草を真似るクレア。ツヴァイは彼女が浮かべる柔らかい笑みに僅かに顔を顰めて視線を逸らした。気分を害したというわけではない、大切なそしてずっと想っている幼馴染の笑みにどう反応すれば良いのか分からずに少々困惑したのだ。
 クレアとしては眼鏡がないのは珍しいと思うと同時に少々嬉しくもある。好きな相手と自分を隔てるレンズがないのだから。
 尤も好きだ、ということは伝えるつもりはない。互いに大切な幼馴染、その関係で十分自分は幸せなのだ、今の関係を壊したくはない。
 繰り返す波の音は眠気を誘い、スペルビアの瞼は今にも閉じそうだ。スペルビアは絶賛眠気と戦闘中である。だから仕方ない。いつの間にかもう一人増えていたことに気づかなくとも。
「ん……」
 ゴシゴシっと目を擦る。滲んだ視界に浮かぶシルエットはクレアと……。
 クレアの幼馴染、スペルビアが上司として敬うツヴァイだったことに気づかなくとも本当に仕方ないのだ。何せ眠いうえに彼のトレードマークの一つである眼鏡もキャストオフしているのだから。
「ツヴァイ様!! こ、こんばんは」
 スペルビアは慌てて背筋を伸ばした。
 一緒に散歩しない、クレアが誘い、ツヴァイが散歩に加わる。
「此処に滞在しているうちに満月が見えるかしら? 満月の夜には面白いものが見れるんですって」
「今は下弦の月だから、満月になるのは一か月くらい先だな」
「そうなの。どうにかしてよ、ツヴァイ?」
「どうにかと言われても、無理なものは無理だ」
「もう!」
 楽しそうな二人のやり取り。スペルビアは二人と離れて歩く。二人の間に流れる空気が柔らかくて優しくてなんとなく壊してはいけない、という野生の勘が働いたのだ。
「危ないぞ、クレア」
 砂に足を取られ転びそうになったクレアを支えるツヴァイ。普段は組織内の役職である『魔術師』と呼んでいるのに……。
 スペルビアは聞かなかったことにし、更に距離を開けた。
 三人、いや二人と一人だろうか。その前方に何やら怪しい光が見えた。
 光は暫く揺れると、消えてまた灯る。
 砂浜より少し高い位置で明滅しているようだ。そういえば死んだ船乗りの魂が夜な夜な現れるとか海辺には怪談の宝庫だ。しかし鬼火にしては小さいような。
「何かしら?」
 クレアたちはその光へと向っていく。

 サク、サク……素足の下、砂が歌う。少し湿り気を帯びた砂が足に心地よい。
 熱気が抜けた柔らかい潮風をガブリエルは胸一杯に吸い込んだ。
 昼間の喧騒が嘘のような静けさだ。
「君と二人で散歩……というのも悪くない」
 ぽっかりと海の上に浮かぶ月に「お手をどうぞ」と肩手を差し伸べる。掌に注がれる淡い月の光。
 思わず鼻歌の一つでも出てしまいそうになる、気持ちの良い夜だった。
 砂浜にできた影はガブリエルの動きに合わせて揺れる。
 太陽の下、青い海も素敵だが、月の浜辺というのもまた趣があるものだ。
 ひそやかに、だが等しくすべてに降り注ぐ月光。その中で丸まった背を見つけた。
「バーリグ……」
 実際はガブリエルよりも大きく広い背中だというのに、とても小さく見える。それどころか浜辺中の闇を一身に集めているのかと思うほどに暗く、じめっとした何かがそこから這い出ている。
 ある晴れた日に市場に売られていってしまう子牛の歌が似合いそうな背中であった。
 彼の横顔を淡く照らすのは儚い火の花。それを見つめる彼の視線に漂う哀愁……。
「……君も懲りないな」
 その原因に思い当たり、ふっと口元に笑みを浮かべる。
 バーリグはガブリエルが隣に立って初めてその存在に気付いた。
「……あ」
「こんばんは、バーリグ。月の綺麗な夜だね?」
「ガブリ……ぁあ!」
 手にしている花火の先端から落ちる火の玉にバーリグが悲しそうな声を上げる。
「一人で花火だなんて、どうしたのかな?」
「あぁ、これはね、あれだよ、あれ。リアルブルーで考案された花火でさ皆で遊ぶ前にどんなモンかなぁ〜って……」
 しりすぼみに弱くなっていくバーリグの声。最終的には「いや、うん、なんでもないよ。なんでも」と少しばかり困ったように笑う。
「『何でもない』なんて分かりやすい嘘をつくのは止めたまえよ。大方ナンパでもしてフラれたんだろう?」
「あー……お見通しか〜……」
 あはは〜……はぁ、と乾いた笑みとともにバーリグが頬を引っ掻いた。
「話ぐらいは聞こう」
 ゆっくりとガブリエルはバーリグの隣にしゃがみ込んだ。
「笑わないでよ」
「……」
「……ガブリエル?」
「……善処しよう」
 不審の眼差しをガブリエルに向けたままバーリグは昼間の話を始めた。
 まずは一番最初に声を掛けた女の子に「お父さんと同じくらいでしょ」と断られたという話から。
 お父さん……。確かに今回一緒に別荘に来たメンバーの中にもバーリグと並んだら親子と言って差し支えない見た目の者達もいるな、とうっかり笑いそうになるのを堪えてガブリエルは神妙な顔で相槌を打つ。
「そりゃあ俺も自分のこと『おいちゃん』とか言うけどさぁ、まだそんな年齢の娘を持つほどには見えないと思うんだよね〜……」
「それは……まぁ……その女の子が見た目よりもだいぶ幼かったのではないかな? 女の子はませているしね」
「それ信じていい? 俺はまだ加齢臭とかしてないよね?」
「……」
 砂に「の」の字を書いていたバーリグががばっと顔を上げてガブリエルに迫る。結構真剣な顔だ。お父さん、さもありなんと思ったことは心にしまって黙って首を縦に振った。
「それで漸く手応えを感じる相手に出会ったんだけどね……」
 バーリグはどこか遠くを見るように花火を見つめた。
「後姿で声をかけたら好みの見目ではなかった、とか?」
「見た目はとても好みだったよ」
 暫く間を空けると「でもさ」とバーリグは続けた。
「男だったんだよね……」
 よく見たら喉仏があった、と語る瞳は愁いを含んでいる。
「しかもその人のお友達がさ中々きょうれ……いや個性的で……」
 分厚い大胸筋の感触がまだ残っている、と遠い目で頬に触れた。多分その大胸筋とやらに抱きしめられたのだろう。想像すると笑ってしまいそうだ、いや笑っていた。内心では。
「そういえば昼間買い物に行った彼もナンパは全滅したとのことだ」
 君は一人ではないよ、なんて適当な慰めをガブリエルは口にする。心の中は爆笑中で凝った言葉を考えている余裕はないのだ。
「……それって六芒星の呪い……? 我が組織の暗部を垣間見た気持ちになるなぁ」
「そう決めつけるのは早計というものさ。かの『恋人』の部下は成功したとも聞くしね」
「それ何の慰めにもなっていないからね?!」
「そうかな? 私としては人智の及ばない力が働いているのではなく、成功も失敗も個人の資質によるところが大きいのだから、君次第でどうにかなるぞと励ましているつもりだったのだけどね」
 余裕はなくとも追い打ちをかけることは忘れない。
「……ねぇ、聞いてよ花火さん。俺の同僚が酷いんだけどー」
 拗ねて花火に語りかけ始めたバーリグにとうとうガブリエルは声を上げて笑い出した。
「その花火、私も一つもらっていいかな?」
「一本と言わず二本でも、三本でもどーぞ」
 ついでに酒も、と瓶のままガブリエルに渡す。

 目が慣れてくると月明りがとても眩しく見える。だが太陽のような目を焼く強さではない。真珠のような柔らかな光だ。
 浜辺を散歩するコロナとセレナの間にあまり会話はない。繋いでいる手から伝わる体温がゆっくりと互いを満たしてくれる。
 セレナはコロナと繋がっていないほうの手でそっと青い石の装飾品に触れた。冷たいはずの石がコロナの手と同じように温かく感じるのは気のせいだろうか。
「夜の海も素敵ですわね」
 手を繋いだままくるりとターンを決めるコロナは物語に出てくる姫君のようだ。太陽の如く、輝きを放つ彼女はたとえ月下であってもその魅力が損なわれることはない。
「日に焼けないから泳ぐのにもいいかもね」
「水着に着替えてきましょうか?」
「せっかく乾かした髪がまだ濡れてしまうわ」
「なら爪先だけでもいかが?」
 答える前にコロナに引っ張られる。
「海って何色なのかしらね?」
 セレナの足を濡らす波は透明だ。だが昼間、別荘から眺めた海は透明感のある青だった。
「きっと空の色を映すのですわ」
「空の色?」
「ええ、昼間は青空を、そして今は……」
 夜空を仰ぐコロナ。空で輝く月、そして確かに波は月明りを浴びてキラキラと煌めいている。
「いい月ですわ」
 月見酒も魅力的ですわね、なんて過った。だがセレナはきっと酒は飲まないだろうと心の内に留める。月見酒はまたの機会にやれば良い。
 横を見ればセレナも一緒に空を見上げていた。
 月光を纏う彼女はそのまま月に帰ってしまうのではないかというほどに美しい。
 『太陽』の名を抱くコロナにとって月を象徴する彼女は本当に特別な相手なのだ。家族とも恋人とも親友とも違う、他者にはわからないだろうが確かに互いの間にある繋がり。
 それを確認するように繋いだ手に力を籠める。
「なに?」
「空にも地上にも綺麗な月。ちょっとした贅沢ですわね」
 目を細め笑みを浮かべると、少しだけセレナは驚いたように目を開いた。それから同じように笑みを返してくれる。
「ふふ……知ってるかしら?」
 セレナがコロナの耳元に唇を寄せる。
「どちらも太陽のお陰で綺麗に輝くのよ」
「……!」
 今度はコロナが驚く番だ。しかし無言の後「えぇ」と頷てから
「もちろんですわ。そして太陽と月は互いにいなくてはいけない存在ですのよ」
 と、得意そうに笑ってみせた。

 花火をしているバーリグとガブリエルのもとにクレアたちがやって来る。
「三人で散歩かな?」
「クレアちゃん……」
「どんな怪奇現象かと思えば……」
 いや中年男が寂しく花火とはある意味怪奇現象か、と呟きつつバーリグとクレアの間に立ち塞がるツヴァイの視線は冷たい。
「そう言うものではないよ。彼には彼の事情というものがあるのさ」
「くだらない事情だろう? 大方、女の尻を追いかけて振られたとかその辺の」
 君たちもどうだい、と花火を差し出すガブリエル。ツヴァイの返答はだいたい先程ガブリエルがバーリグに対して言った内容と同じだが全体的に棘がある。
「……おいちゃんのグラスハートはもう粉々だよ」
 大袈裟に顔を覆う真似をするバーリグ。「また明日になれば、戻っているものを硝子とは言わないな」と本当にツヴァイは容赦がない。それも仕方がない。何せバーリグはツヴァイにとって大切なクレアに馴れ馴れしいのだから。つい対応も冷たくなるというものである。
「火遊びか……?」
 バーリグの手元でジジジと滲む火の玉にスペルビアが訝し気な視線を送った。
「これは花火と言ってね、お祭りとかで空に上がっているのみたことないかな? それの手持ち版で、此処に火薬を詰めて……」
 新しい花火を掌に乗せてバーリグは仕組みを説明してやる。
「ま、百聞は一見に如かずだよ」
 バーリグが花火の先端に火を着けた途端、パチパチっと火花が飛び散った。
「……?!」
 いきなり弾けた火花にスペルビアの肩がビクっと揺れる。
「ほう、火薬とは配合によりこんなこともできるのか」
 しかし何事もなかったのように、すました顔を取り繕う。
「そ、此処にはこれしかないけど種類は色々あるんだよ」
 そしてバーリグはそれに気づかないふりをしてあげるくらいには大人だった。どちらかといえば「別に怖がっていませんよ」と毛繕いしつつアピールをする猫みたいで微笑ましいとも思える。
「消えてしまうのがもったいないわね」
 花火が燃え尽きた後、ほぅと息を吐くクレア。どうやら魅入っていたらしい。
「確かに綺麗だな。 綺麗なのは良いがバーリグはどうしてこんなに沢山買ったのだ? 一人で一晩中やるつもりだったのか?」
「ぐっ……」
 何気ないスペルビアの言葉がバーリグの心を抉る。だがスペルビアは何もバーリグで遊ぼうとしてそんな事を言ったのではない。この時思っていたのは「土産にどうだろうか」ということで他意はない。純粋に疑問に思っただけであった。
「じ……」
「じ?」
「じ……実は皆で花火しようと思って買ってきたんだ!!」
 ガブリエルがぷっと吹き出し、誰かが「ハッ」と鼻で笑った気もしたが気にしないことにした。それよりも皆でやるなら、と屋台でもらった蝋燭に火を灯す。
「本当か! 妾もやっていいのか?」
「好きなだけやってよ。い〜っぱいあるからね」
 身を乗り出したスペルビアは嬉しそうに花火を物色し始めた。全て同じ線香花火だというのに、微妙に違う模様や火薬部分の膨らみを見比べている。
「私もそれ、やってもいいかしら?」
 クレアがバーリグを覗き込む。
「クレアちゃん! 勿論だよ。なんならひとっ走り行って別の花火も買ってこようか?」
 線香花火を差し出す姿は姫に一輪の薔薇を捧げる騎士の如く。
「小さい、けど綺麗な火の花ね」
「集まって何をしているのかと思えば、花火をしていらっしゃったのですね。 ……っ! そこにあるのは」
 セレナとコロナの両名も途中から合流する。コロナは花火よりも酒に興味が惹かれたようだ。
「お酒も沢山買ってきたから飲んで、飲んで……。そういえばコップがないなぁ」
「私が取ってこよう。バーリグ、君はホスト役だ。お客様を退屈させないようにね」
 ガブリエルが優雅に立ち上がると一礼し別荘へ戻っていく。
「見ろ、最後まで火の玉を落とさなかったぞ」
「えぇ〜!? 俺が何度やってもできなかったのにぃ」
 悔しがるバーリグにスペルビアが得意そうに胸を張る。
「では今度は私が挑戦しますわ」
 陽光を思わせる金色の髪を靡かせコロナが立つ。
「望むところ。妾はそう簡単に負けぬぞ」
「言いましたわね。その言葉後悔させてやりましてよ」
 いつの間に火の玉勝負になったのであろうか。そこに線香花火の侘び寂びはない。
 とはいえ、じっと線香花火を持って座っているだけなのだからとても地味な絵面になるのだが。
 風上に背を向け真剣な顔で花火を見守る二人。二人の正面にセレナもしゃがんだ。
「綺麗な光ね……」
 瞬間、瞬間に咲く花は一つとっても同じものはなくとても愛しいものに思えた。
 それにしても二人とも真剣な顔だ。そんな表情をされるとついつい悪戯心が芽生えてしまう。
「このまま保管したいわ……」
 思わず口をついて出たように言葉を零す。視線は花火に向けたまま。
「うぅむ……氷かなにかに入れればあるいは?」
「カメラを借りてきましょうか? あぁ、でもセレナの言っていることはそういうことではありませんわね」
 たとえその一瞬をそっくりに写し取ることができたとしてもそれは今ここで咲いている花火ではないのだ。
「同じにはならないが、花火を土産に持って帰るのはどうだろう?」
「忘れないようにその目に焼き付けるのもいいかもしれませんわ」
 何気ないセレナの一言に考え込む二人。
「冗談よ」
 頃合いを見計らってネタばらし。二人が可愛らしかったのでつい困らせてみたかったのだ、と。
「なんだと?」
「セレナ!」
 ぽとりと同時に二人の花火から火の玉が落ちた。
「「あ……」」
 二人の声が重なる。
「ガブリエル、遅いなぁ」
 手伝いに行くべきか、とバーリグが腰を浮かす。そのとき、別荘の方から喧騒が近づいてきた。
 嫌な予感がする、と米神に指を置いたのはツヴァイだ。
「すまない、出てくるところを見つかってしまった」
 集団の先頭に立つガブリエルが手を振る。
「慰めて欲しいのかな、子猫ちゃん?」
 自分を『子猫ちゃん』呼ばわりする男をバーリグは一人しか知らない。
「自分たちだけで花火とかずるぃ〜」
 そういえば買い物組も沢山花火を買い込んだとか夕食で言っていたような気がした。
「酒だけ飲むのはいただけない、な」
 厨房を預かる男が肴を持ってきた、とバスケットを掲げる。
「景気づけにまずは一発!」
 ヒュルルゥ〜と青年が手にした筒から派手な尾を引いて流れ星のように花火が飛び出す。
 途端に浜辺が賑やかになる。

 クレアはそっとバーリグの袖を引っ張った。
「どうしたの、クレアちゃん?」
 振り返るバーリグは、派手な花火のせいで表情が今一つわからない。
「今は、楽しいかしら?」
 そっと背伸びをして耳元で囁いた。バーリグの息を飲む気配が伝わる。
 かつての彼はとても寂しそうであった。いや笑ってはいた。いつものように笑ってバカをやって。だがそれは彼の顔に張り付いている仮面のような笑顔だ。
 幼い迷子のようだったバーリグの背はずっとクレアの中に残っている。
 バーリグが口を開きかけたとき、二人の足元で何かが弾けた。何かはシュルシュルと音を立て、砂地をものすごい勢いくるくる回る。
「きゃっ……何?!」
 飛びのいた二人の間に広がる距離。
 バーリグはクレアからの問いを頭の中で反芻した。彼女はバーリグにとって生きる場所をくれた恩人だ。『我が女神』と言うのも大袈裟ではない程に。今のバーリグがいるのは彼女のおかげである。
 だから「楽しいか」と問われれば「君が楽しければ俺も楽しい」というとても単純な答えに行きつく。
「それはねずみ花火だそうだ」
 花火に夢中なスペルビアが動きがネズミのようだろう、と頬を上気させている。『皇帝』という己の立場に誠実であろうと常に難しい顔をしている少女にしては珍しい。
「もう、驚いたわ」
「面白いだろう?」
 言っているそばからねずみ花火に襲われたスペルビアが飛び跳ねた。「スペルビアも驚いてるじゃない」と笑うクレア。
「クレアちゃん……」
 バーリグがクレアを呼ぶ。
 振り返った彼女にバーリグは親指を立て満面の笑みを送る。

 輪から外れ佇むツヴァイ。流石にあの輪に入って騒ぐ気力はない。足元に落ちているいくつかの花火はクレアが持ってきて一緒に遊んだ名残だ。彼女は線香花火が気に入ったらしい。
 確かに派手な花火と違い音も静かで、眺めていると心が落ち着く気がする。持ってきたのがあの男でなければもっと広い心で受け入れることができただろう。
「……」
 今もクレアとバーリグは何やら内緒話をしていた。眉間に皺が刻まれる。
「皆の輪に加わらないの?」
 セレナが近くにいた。
「どうして?」
「行きたそうな顔をしていたから」
 ツヴァイの心の内を知ってか知らずか、セレナは答えは意味深だ。
 セレナはクレアとともに過ごすお茶の時間を気に入っていた。互いに穏やかな時間を共有できる好ましい人物だとも思っている。だからこそ疑問であった。彼女はどうしてツヴァイのことを想っているのか、と。
「俺は夜は静かに過ごす方でな……。そっちこそ煩い場所は苦手じゃないのか?」
「私は静かな場所が好きなだけよ」
「奇遇だな、自分もだ……」
 愛想もなにもあったものではない。それはセレナにも言えることなのだが……。
「これを見て」
 小さく渦巻いた花火を掲げクレアへがやってくる。
「また花火か?」
 などと言いつつそそくさと迎えるツヴァイ。
「ねずみ花火っていうのよ」
「どのあたりがねずみなんだ?」
 二人の会話が風に乗って聞こえてくる。
「本当にどうして、あれがいいのかしら?」
 でもまあ、クレアと一緒にいるときのツヴァイの雰囲気は悪くはないと思う。
 セレナは一度空を見上げた。
「貴方は賑やかなの好きそうね……」
 月に向かって語り掛け、暫く耳を澄ませる。
「セレナ! 大きい花火をしますわよ」
「えぇ、行くわ」
 セレナの口元が綻ぶ。
「……私もね、嫌いじゃないわ」
 焦れたコロナに手を引かれセレナは輪の中心に引っ張られていった。

 一人、傷心花火大会……だったはずなのだが、どうしてこうなったのだろう。
 バーリグは周囲を見渡す。
 わっと盛り上がる歓声、いくつもの空いた酒瓶、あちらこちらで咲く花火。
 これでは夜の浜辺でピクニック……いや宴会というべきか。
 気づけばバーリグが買ってきた酒はほとんど飲みつくされており、線香花火も思いのほか好評で在庫切れだ。
 「よっし、泳ぐか」と果敢に夜の海に分け入る者もいる。
 収拾がつかない。
 これはカオスというヤツだ。
 カオスだが……。
「皆楽しそうだし、これはこれでいっかあ!」
 楽しいのが一番である。そうに決まっている。何せ今は夏季休暇なのだから。

 こうして騒動に始まった別荘の一日は過ぎていく……。
 気づいたら夜明けの浜辺で死屍累々となっていたことを追記しておく。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ツヴァイ=XXI(ka2418)
ガブリエル=VIII(ka1198)
スペルビア=IV(ka2441)
クレア=I(ka3020)
セレナ=XVIII(ka3686)
バーリグ=XII(ka4299)
コロナ=XIX(ka4527)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございました。桐崎です。

賑やかな海辺の別荘の一日、いかがだったでしょうか?
今回は皆さんの夏の一ページをお任せくださりありがとうございます。
皆さんが夏を満喫している様子が描けたらいいな、と思いながら執筆させていただきました。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
野生のパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年10月01日

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