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『さらに育てよ想いの心 』
地堂 光jb4992)&古庄 実月jb2989

 本日は晴天なり――正しくは多少の雲が見えるけれども、そわそわしながら遊園地の入場ゲート前で空とにらめっこを続ける実月にとっては、とてもいい天気だとしか思えなかった。
 空を仰ぎならも、笑みを浮かべている実月は時折、思い出したように顔を赤くしては頭を振り、左手の小指で頭を掻く。
 偶然出会った友達は声をかけてこなかったが、にやにやしながらもわざわざ前を通り過ぎていったあたり、気を利かせてくれた部分もあるが、それ以上にいいネタを手に入れたと言わんばかりだった。
(明日、ガッコで言われるんだろうなー……)
 目に浮かぶ光景に、1人百面相しながら思わずため息が出そうになった、その時――
「お、待たせちまったみたいだな」
 実月の跳ね上がる心臓が、肩をもビクリと跳ね上げた。
「驚かせちまったか、わりぃ」
 言葉遣いこそは悪いが、その声に確かな優しさが含まれているのを実月は知っている。ゆっくりとふりかえれば、そこにはすまなそうな顔をする地堂 光が。
 平手で胸を叩いて、早鐘のような心臓を沈めようと努力していると「大丈夫か?」と、光が1歩近づいてきた。
 ただそれだけなのに、少しは落ち着いた動悸がまた強まるのを感じながら、実月はなんとか手を振って大丈夫をアピールする。
(初デートってわけじゃないのに、どうしてこう、まだ慣れないんだろ……)
 自分はこうなのに、疑問符を浮かべ平然とした顔をしている光を見ると、なんだか不公平に感じていた。
 落ち着こう落ち着こうと唱えながら、何とか平静を装う実月は「さ、行こ!」と多少ぎくしゃくした足どりでゲートに向かう。
「どうしちまったんだ、実月のやつ」
 わけが分からないという顔で、光は実月の後を追うのであった――


「さ、どれから見て回んだ? やっぱり人気の絶叫系とかか」
 横に並ぶ光が実月の顔をのぞき込むも、実月はまっすぐ前を向いたまま「あんま得意じゃない、かな」と意見を述べると、光はたいした気にした風もなく「そうか」と前に向き直ってパンフレットに目を落とす。
(いやな女の子って思われなかったかな……)
 言ってしまってから、そんな不安が実月の中では膨らんでいた。付き合う前はそんな不安なんて、ないこともなかったが、これほどまで不安になることはなかった。
 嫌われたくないと思えば思うほどに、その不安は実月の心の中にどっかりと腰を下ろし、根をはってくる。追い出したくともそいつを押し出すだけの自信が、今の自分には、ない。
「――おい、実月?」
 名前を呼ばれているなと、実月は思った――それから数瞬ののち、やっと意識が追いついてはっとする。
「な、なにかな、光君」
「あれなんかどうだ?
 光の指さす先を目で追いかけると、水辺が広がり、水上を船がゆっくりと動いていた。
 時折悲鳴のような声は聞こえるが、絶叫系のような悲鳴ではなく、楽しそうな黄色い悲鳴である。
「うん、まあ、アレなら大丈夫、かな」
「そうか、ならアレに乗ろうぜ」
 そう言って光は実月の手を握ると、ずんずん歩き始めた。
 全く心を構えていなかった実月はいきなりの事に顔を上気させて、目がぐるぐると回ってしまい、緊張も不安も全てどこかへ飛んで言ってしまった。
 歳もたいして変わらず、少年と呼べるような光だが、その案外大きな手はマメが固く、意外と節くれ立っていて無骨な感じがするのだが、離れないようにしっかりつかんでいるのに、実月が痛くないような力加減で握る彼の優しさを感じていた。
(この手は――好き)
 しばしその手の感触に浸っていた実月だが、手が離され、ひんやりとした空気にさらされると、せがむように手を伸ばしてしまう。
 だが触れる直前になって光が顔を実月へと向けたため、あわてて引っ込めたが、その手を先に掴まれてしまった。
「すぐに乗れるみたいだ。足下気をつけろよ?」
「え、あ、うん……」
 手を引かれ、嬉しさでふわふわとした足取りの実月は、光と一緒に舟型のアトラクションへと乗り込んだ。
 隣に座ることで少々落ち着きを取り戻してきたが、演出のためなのか、水の中にレールがあり決められたルートしか通っていないわりに揺れる舟に身体も揺れ、そのたびに肩と肩がちょっと触れ合い、何度も高鳴る鼓動に振り回されっぱなしであった。
(せめて頭でも冷やせて、緊張が解けたら……!)
『うわぁ大渦に引き込まれる〜〜〜〜なんだ、底の方にいるのは……?』
 アナウンスが流れ、水底に影が浮かび上がると「お、なんだ。見てみようぜ」と光がこちらに背を向け身を乗り出したので、かろうじてそれに応じる事ができた実月も、光に背を向けて水面を覗き込む。。
「見えねぇな――!」
 そう思ったのも束の間、水の底から凄い勢いでそいつが浮かび上がってきた。
 ――盛大な水飛沫と共に。
 身を乗り出していた2人はそろって短い悲鳴を上げ、身体をひっこめた時にはもう遅く、2人とも髪から水を滴らせてキョトンとしていた。
 お互い顔を見合わせ――どちらからともなく2人して大笑いする様子に、水底から現れたマーメイドは祝福するかのような笑みを向けるのだった。


 あの後、頭も冷やせて緊張が解きほぐれた実月が逆に引っ張り回し、気がついた時には昼の時間をずいぶんと超えていた。昼を超えていると分かったのは、光の腹時計が教えてくれたからである。
「結構時間が経つの、早いもんだな」
「だよねー」
 芝生のフリースペースにレジャーシートを広げ、その上に実月が少し大きめのランチボックスを並べると、光が指を向け、数えた。「……3つ? ちょっと多くねぇか?」
「男の子ってどれくらい食べるか、よくわかんなかったからさ。残してもいいんだよ」
 蓋を開けると、お弁当を代表する海苔巻き三角おにぎりだけでなく、ゴマも振ってある俵むすびと、おにぎりですら数種類ある。きれいに並べられた厚焼きの卵焼きには海苔が破産であったり、ネギが入っていたり。ウィンナーもしっかりタコさんにしていたりと、なかなかに芸が細かい。
 最後の1つにあるポテトサラダも、イモが綺麗に潰れてなめらかな物と、ゴロゴロと形が残っていて食感も楽しめるという2種類が用意されている。
 空いたスペースには飾り切りされたリンゴやらオレンジやらと、一つ一つはシンプルなのに一体どれだけの手間暇をかけたのかと言わんばかりであった。
「お、ちゃんと美味そうじゃねぇか。うちの姉さんとえらい違いだぜ……」
 多少引っ掛かるような言い方だなと思った実月だが、ぶるりと身を震わせる光に比較対象であるお姉さんとやらの料理がどんなものか想像に難くなかった。
(女性の料理で、ヒドイ目にあってたんだね……)
 そういえば料理する手つきはずいぶん様になっていた事を思い出し、苦労したんだろうなぁとしみじみ思う実月であった。
 卵焼きをひょいと手でつまんで、口に運び「うめぇ」と光が漏らすと、たったその一言だけで飛びあがりそうになるくらい嬉しくなってしまう。
 本当に何の変哲もない一言だが、それでもだ。
(これが好きってことなのかな)
 そう思うと落ち着きかけたはずの心が躍り出し、胸に手を当てて深呼吸を繰り返す実月に気が付く事無く、光はひたすら手を口に運ぶ作業を繰り返していたのだった。
 ――最後のリンゴを口に放りこむと、やり遂げたという顔の光は腹をさする。
「食いきれるもんだぜ……」
「残してもよかったのに」
 実月からお茶を受け取り一口すすると、「美味かったからな」と満足げに頷いた。
「それに、せっかく実月が作ってくれたもんだしな」
 こういう優しさが卑怯だなと、光の不意打ちに顔を赤くした実月はうつむいてしまうのだった。


 昼を堪能した後、さらに実月に振り回される形の光だったが、これも悪くないとまんざらではない表情を浮かべていた。なによりも女性に振り回されるというのは、姉で十分に慣れている。
 絶叫系が苦手と言っていたのに、気が大きくなりすぎて出来心で挑んではグロッキーになった実月を介護したり、珍しそうなアトラクションがあれば2人して突撃して、あとで感想を言い合ってみたりと、楽しい時間はどんどん過ぎ去っていった。
 気が付けば日が傾くどころか、ほとんど沈み、ナイトパレードの始まる時間まで居てしまった。
 ソフトクリームを舐めながら肩を並べ、人込みを避けてナイトパレードを少し遠巻きに見ていた2人。
「随分長く遊べるもんだなんて、知らなかったぜ」
「そうだね――」
 光は意外だと言わんばかりだが、実月は少し不満げな顔を見せていたが「時間が経つのってはえーんだな」という光の呟きに、不満げな顔はパッと明るくなって何度も何度も頷く。
 ライトアップされ華やかなパレードを見ているのに、もうそろそろお別れかと寂しげな空気が実月の周りに漂い始めるも、光はそんな空気にも気が付かない。
 ただただ、自分の思った事を述べるだけ。
「こういう何気ない日もいいもんだな――また、こようぜ」
 また、次がある。
 そう思えると、寂しげな空気に支配されかけた実月の顔に笑みが浮かび上がり、「うん」と大きく頷くと、横の光も笑みを浮かべるのであった。
「……こんな日常が訪れるなんて、出会ったころは想像もできなかったぜ」
「だよね――光君」
「んあ?」
 横を振り向くと、実月が真っ直ぐ光に向き合っていた。
 パレードの光を受け様々な彩を見せるも、実月の顔にはなに一つの変化もなく、ただ真っ直ぐに光の瞳を見て告げた。
「ありがとね。これからもよろしく」
「……ああ。よろしくな、実月」




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb4992 / 地堂 光  / 男 / 16 / ぶっきらぼう彼氏】
【jb2989 / 古庄 実月 / 女 / 18 / 驚くほど恋する普通の乙女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、遊園地デートノベルのできあがりです。ごく普通のデートで何回目かのはずなのに、まだまだ初々しい、そんな感じに書かせていただきました。
ご依頼、ありがとうございました、またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年10月05日

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