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『 腐れ縁のはじまりは 』
喬栄ka4565)&ジル・ティフォージュka3873


 熱気に満ちた夏の盛りが過ぎ、巷にはそろそろ秋の気配。
 だが喬栄の懐は秋の気配どころか、とっくに真冬の空っ風が吹いているような有様だ。
 しかし懲りるということを知らない男は、いつも通りの笑顔を向けた。
 ……こともあろうか、借金取りに。
「いやあ、ほんとに君ってば、相変わらず熱心だねえ?」
 反省の色も、後ろめたさも全く見えない、旧友に語りかけるような声。
 ジル・ティフォージュの描いたように整った眉が、片方だけピクリと跳ねあがった。
「誰のお陰とは敢えて言わぬが、仕事には全力で当たらねばならぬと身に沁みておるのでな」
 真珠色に輝く髪に縁取られた端正な顔に、僅かな緊張が漲っていた。
 それを見て喬栄は相手に気取られぬよう注意しつつ、静かに重心を移動させる。
 そう、全ては一瞬の隙をついて逃げ出すために。
「やだなあ。いつもそんなじゃ肩凝っちまうし、将来禿げちゃうよ?」
「俺の健康を気遣ってくれるつもりがあるならば……貴殿にできることは唯ひとつ」
 いうが早いか、ジルが飛び出した。
 喬栄にもそれはわかっていたのだが、僅かに反応が遅れる。
 気がついた時には、墨染の衣の肩を強い力で掴まれていた。
「とっくに期日の到来しておる貴殿の借金、今すぐ耳揃えて払って貰おうか!」

 飽きもせず、数カ月おきに繰り返されるこのやり取り。
 ジルは雇われ借金取りで、喬栄は極めて不真面目な延滞債務者。
 この腐れ縁の始まりは、かれこれ五年ほど前に遡る。



 ジルは朝から何度目かも判らない溜息を漏らした。
「仕方がない。仕方がないのだ」
 まるで自分に言い聞かせるように、同じ言葉を呟いている。
 元々は由緒正しい家柄のご嫡男。礼節を守り、高潔と誠実を尊ぶ気性はその若い顔にはっきりと見て取れる。
 だが運命の悪戯としかいいようのない不幸が彼を襲い、今や家族を食わせる為に決して高潔とは言い難い人間達を相手にしている有様だ。
 稼げるなら何でもする。いや、でもさすがに犯罪はちょっと……。
 そんな彼に裏稼業の斡旋人が片目をつぶる。
『なあに、犯罪どころかまったくもって正当な行為だ。困っている依頼人に代わって悪人を懲らしめる、正義の味方ってぇところだぜ! まあ、一度やってみな』
 そう言われても任された仕事が借金取りであった。
 新米借金取りは、果たして使える男かどうかテストを課されたのである。
 ジルは人相書きと、立ち回り先を書いたメモを改めて見直す。
「それにしても、他人から金を借りて踏み倒さんとするとは……厚顔無恥にも程がある」
 手厳しい同業者の『洗礼』として選ばれたのは、筋金入りの厄介者。
 そんなこととは露知らず、ジルは義憤を胸に裏町へと踏み込んで行く。


 ひび割れだらけのテーブルに片ひじをつき、喬栄は傍らの女に甘く囁く。
「ほんとだってば。今日の俺は、いつもと違うのよ?」
 女がいなすように笑った。
「んもぉ、信じてくれないの? だったらほら、ボトル入れちゃうよ! ニコニコ現金払いってやつでねぇ!」
 そう言いつつ、本当に貨幣をテーブルに積み上げる。
 とたんに女の声が弾むような調子に変わった。
「どうしたのぉ? 珍しいじゃない!」
「はっはっは、拙僧の修業の成果というところだろうねぇ!」
 実際、ツイていた。いや本当に何かが憑いていたようだった。
 イカサマもせずに手元の金はいい具合に増えていった。
 そりゃ一夜にしてお大尽という訳にはいかないが、今夜一晩、安酒場で客として愛される程度には勝っていたのだ。
「やあねえ何が修行よ、この生臭坊主ったら」
 女の指先が頬をつつき、喬栄は相好を崩す。
「いやいや、こうして欲に触れるも修行の内よ?」
 傍らの女の白いむき出しの肩に腕を回し、反対側の手では別の女の膝を撫でる。
 喬栄、今日は強気のやりたい放題である。
「ご希望なら、可愛いお嬢さんたちに一晩中手取り足取り、ついでに腰取りで、しっぽりありがたーい説法なんかもお聞かせしちゃうけど?」
 甲高い笑い声がわき起こる。



 ――こんな夜があるから、人生はやめられない。
 上機嫌な喬栄の前に、ひとりの男が現れた。
「貴殿が喬栄殿か」
「えーと……どちらさん?」
 喬栄は酔いでの回った目で相手をぼんやりと見返し、首を傾げる。
 見たことのない男だ。
 端正な顔立ち、美しく堂々とした立ち姿。さぞかし育ちの良いお坊ちゃんなのだろう。
 男はジル・ティフォージュと(ご丁寧に本名を)名乗り、喬栄にも聞き覚えのある人物の代理人だと言った。
「あらぁ」
 喬栄が僅かに目を見開いた。つまりこいつは借金取りだ。
 素早く男の様子を観察し、喬栄はニヤリと笑った。
 ――チョロそうだねぇ。
 ほとんど生存本能とでも呼ぶべき観察眼で、そう判断したのだ。
「へえ、借金取りさんなんだ。見慣れない御仁だねえ? ……ああ新米さんかな、一人で偉いねぇ」
 そう言って笑い、グラスに残っていた酒を煽る。
 女達は目ざとく異変を察知し、既に喬栄の傍を離れていた。

「どこの誰が代理人であろうと、貴殿が負った義務に違いはなかろう。利息込みでこの金額を払う義務が貴殿にはある」
 督促状を一瞥し、喬栄は顔色一つ変えない。
「うーん、言ってることはわかるつもりなんだよ、これでもねえ。いやあでも申し訳ない、見ての通りお返しするものが今のおじさんにはなくてねぇ」
 考えこむように腕を組む喬栄。尤もその思考は……。
(人の良さそうなお兄さんだしねえ。お涙頂戴のお芝居で下手に出てなんとか誤魔化せるかねえ?)
 ジルは片頬が引きつるのを感じつつ、自制心を最大限に働かせる。
「先刻から拝見していたが、中々羽振りがよさそうではないか?」
 ひとつ咳ばらいをして自身を落ち着かせ、ジルは喬栄を見つめた。
(あら、案外とお兄さん冷静なんだねえ)
 喬栄は泣き落としを諦める。
「多少返済が遅れるのは些か仕方がないかもしれんが、せめて利息分なりと支払われては如何か」
 ジルがぐっと詰め寄る。
 が、なんというか……そう、スライムに剣を突き立てたような、手応えのない頼りない感覚。

「返す気持ちがないわけじゃないんだよ。けど生憎、とっくにお酒に化けて、みんなの腹の中に収まった後なんだよねえ。お兄さん、来るのがちょ〜っと遅かったみたいよ?」
 ジルの表情が強張る。
「まさか一銭もあまさず渡す気がないほど甲斐性の無い方ではござるまい?」
「いやあほんと、返したいのは山々だけど……モノがないんじゃ返せないよねえ」
 あっけらかんと言ってのけ、喬栄は墨染の衣の裾や袖をバサバサと振って見せた。
 からかわれたと思ったジルは、僅かに頬を紅潮させる。
「四の五のいうな! 貴殿も男であろうに!」
「ほんとほんと、何なら身ぐるみ剥いじゃっても構わないからさ、ほぉんとだって。ねえ」
 ジルはじり、と爪先を進めた。
「余剰の資金を何に使おうがそれは貴殿の勝手だが、借りた物は返すのが礼儀というものだ。今宵で死ぬわけもあるまいに、いずれかに預けた金なり物なり、渡してもらおうか」
「えぇと、そんな物があったら君、俺の方が聞きたいかなって……」
 そこで不意に喬栄がはっと表情を改めた。
「そうだよ兄さん、おじさん、昔の知り合いに預けた分があったんだよ」
「其れは僥倖。今からでもご一緒しよう」


 まあ当然、そんな物は言い逃れで。
 百戦錬磨の借金王、飲み屋の姉さんから屈強不倒な借金取りまで舌先三寸口八丁で言いくるめ、今日までふわふわと生きて来た喬栄だ。
 というわけで。
「おい。こんな時間に知己が居るのか?」
 明かりの消えた賭博場の入口で、ジルは眉間に皺を寄せる。
「どうだかねぇ。とにかく金はたんまり預けてあるしね、いずれは取り戻す金なんで、何なら兄さんが先に取ってくれても構わないよ!」
 いうが早いか、ひらりと身を翻し喬栄は駆け出した。
 勝手知ったる下町のこと、黒装束の男はあっというまに闇に紛れてしまう。
「な……!? おい、待て!!」
 騙された。そう気付いたときは既に遅し。
「……喬栄。名と顔と手口は覚えた……次は見ておれよ……!」
 歯を食いしばり、ジルは呻くばかりであった。



 それから月日は流れ。
 ジルの仕事ぶりはその後、喬栄のお陰で(?)かなり上達したのだが。
「飽きもせず、よくもそうだらだらと暮らしているものだな。返す物を返せばよいだけの話であろう、何故金が入った時に払わぬ」
 喬栄を睨みつける目が据わっている。
「なんでって? そりゃああれですよ。当然、宵越しの銭なんて、持ってるはずないんだもの。知ってるでしょ? マリアちゃんと俺との長い付き合いじゃないk……」
「その名前で呼ぶんじゃなぁあああい!!」
「あっ、ちょ、暴力反対!!」
 ジルの本名は、ジルマリア。そういうことを喬栄が知るようになり、ジルの方も喬栄の隙をついて一本背負いで動きを止められる位には、腐れ縁は続いている。
「あたた……もう、アレコレあり余ってるんじゃない? おじさんが素敵なお姐さんに頼んであげるからさ、ちょいと一発……」
「余計な御世話だぁあああ!!!」
 顔を真っ赤にしたジルが今度はかなり本気で喬栄の身体を投げ飛ばした。

 相変わらずといえば相変わらずの、懲りない男たちである。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4565 / 喬栄 / 男 / 51 / 聖導士】
【ka3873 / ジル・ティフォージュ / 男 / 28 / 闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、今回のシチュエーションも中々酷いですね!
腐れ縁はどこまでも。お友達の胃に穴があきませんように。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
野生のパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2015年10月06日

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