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『そのうちセレシュは、考えるのをやめた。 』
セレシュ・ウィーラー8538


 わけのわからないポーズで固定されたまま、セレシュ・ウィーラーは転倒した。
 少女は文句を言った。
「ああもう。波紋の練り方がなっておりませんわよ? お姉様」
「波紋って何……って言うか、これで自立するのは無理でしょう」
 手足がおかしな方向に捻じ曲がっているセレシュを見下ろしながら、蝋人形のシスターが呆れている。
 今のセレシュは彼女と同じく、蝋人形である。
「まったく。さっさと元に戻って下さらないから、こんな事になるのですわ」
「……それは無理。自力で元に戻れるほど生易しい人形化を、施したつもりはないから」
 特に自慢するふうでもなく、シスターは言った。
「人間を人形に変えただけだから、お優しめの処置で済む……そう言ってたわよね。だけど私の手がけた人形たちが、人間に戻るなんて事は有り得ない。お優しめの処置どころか……ふふっ。私、極刑かもね」
「そういうのを井の中の蛙、と申しますのよ」
 少女は嘲笑った。
「貴女の人形化魔術なんて、うちのお姉様にしてみれば、人間にお面を被せたようなもの。お面を取るくらい簡単に解呪出来るレベルの手品で、極刑も何もありませんわ」
 シスターが、睨みつけてくる。
 彼女が何か、念動力のようなものを使ったわけではないだろうが、倒れていたセレシュが突然ユラリと立ち上がった。細い片足が、高々と跳ね上がった。
 そして、振り下ろされる。
 少女の両眼から、星が飛び散った。脳天に、セレシュの踵が叩き込まれていた。
「いッ……たぁ〜……なっ、何をなさいますの!? お姉様!」
 少女が叫ぶ。
 セレシュは何も応えず、踵落としの姿勢のまま硬直し、倒れている。
 ワンピースの裾は跳ね上がったままで、下着が丸見えである。だがセレシュは無表情のまま、隠そうともしない。
「ちょっと、お姉様……」
「ほら御覧なさい、完全な人形になっている。私の人形化はね、完璧なのよ?」
 シスターが勝ち誇った。
「それにしても、この女……小賢しい事に、自分自身に人形操りの魔法をかけているみたいね。ちゃんと綺麗に飾ってあげないと、また今みたいな攻撃が来るわよ?」
「な、何で……そのような、面倒臭い事なさいますの? このお姉様は」
「貴女の悪戯に対処するため、でしょうね。とにかく、きちんと飾ってあげなさいな」
 シスターは言った。
「綺麗に飾って欲しい……それは人形にとって、何よりも根源的な欲求なのだから」
「ふん。お人形同士、わかり合えるとでもおっしゃるの?」
「貴女は、違うのかしらね……」
 言いつつシスターが、じっと少女を見つめてくる。
「貴女、元々は石像だったのでしょう? 人形も石像も、飾られるだけの存在という点では同じ……いえ、貴女は……?」
「な、何ですの」
「貴女、本当に……元から、石像だったの? それにしては何と言うか、おかしなものを……感じてしまうのだけど……これは、何……?」
「知りませんし、興味もありませんわ」
 自分は、石像の付喪神。それ以上でもそれ以下でもない、と少女は思う。思う事に、している。
 追究してはならない、何かがあるのだ。
 それを無理矢理に追究すると、今のこの生活が失われてしまう。セレシュ・ウィーラーとの日常が、崩れ去って永遠に戻らなくなってしまう。
 そんな気が、するのだった。


「まあ、それはともかく……波紋のポーズにも飽きた事ですし。綺麗系可愛い系の飾り方を試してみましょうか」
 付喪神の少女は、セレシュの膝を曲げてみた。
 いささか肉感に乏しい太股を精一杯、強調する感じの、膝立ちである。
「あら? ちょっとだけイメージ変わりましたかしら……さらに、これをこう」
 白い、ゴシック・ロリータ調のワンピース。その裾を少しだけ、たくし上げてみる。
 下着が丸見えではいけない。先程わかった事だが、丸見えはあまりにも風情がない。
 男なら喜ぶかも知れないが、女子の感性でエロティシズムを求めるのであれば、丸見えはNGである。
「見えそうで見えない高さに……と……うふふふ、なかなかロリエロいですわよお姉様。いやらしいんですから、もうっ」
 自分の手が動いてしまうのを、少女は止められなかった。
 今、目の前にいるのは、セレシュ・ウィーラーという名の蝋人形である。
 その幼げな頬を、肉付きの薄い太股を、撫でてみる。
「あら……すべすべ、していらっしゃる……」
 硬く生気のない蝋、のはずなのだが、その手触りは柔肌のようでもある。蝋の固さが、全く気にならないほどの滑らかさ。それが手肌に心地良い。
 自分の呼吸が荒くなってゆくのも、少女は止められなかった。
「ちょぉおっと……肩とか、はだけてみましょうかぁお姉様ふふふふ、うっふふふふふ」
 突然、息が詰まった。
 セレシュの右膝が、少女の鳩尾にめり込んでいた。
「一体何をやっているの、貴女は」
 息も出来ずに無言でのたうち回る少女を、シスターが呆れながら見下ろす。
 傍ではセレシュが、愛らしい右肩の丸みと綺麗な鎖骨の凹みを晒したまま微動だにしない。
 だが、おかしな飾り方をしようとすると攻撃してくる。それが今のセレシュである。
 脱がされかけたワンピースを着せ直してやりながら、シスターが蝋人形を立たせた。
「人形は飾るもの。生身の女を相手に出来ない男のように、ふしだらな目的に使うものではないのよ」
 軽やかに身を翻しかけた姿勢で、セレシュの身体が固定される。
 踵落としも膝蹴りも放とうとせずセレシュは、シスターによるコーディネートに身を任せている。
「お……同じ人形同士、というわけですのね……仲が、およろしい事……」
 辛うじて呼吸を回復させながら、付喪神の少女は言った。
「そのまま、お姉様を篭絡して……また何か悪事を働こうと言うのでしたら」
「悪事を働かせたくないのなら、早く私の処遇を決めて欲しいわ」
 シスターが答える。蝋で出来た美貌が、少しだけ微笑んだように見えた。
「……殺すなら、殺して」
「貴女が人形に変えてしまった人たちが、元に戻れるかどうか……それ次第、という事になりますわね。もう少し、お待ちなさいな」
 もしかしたらIO2が、このシスターの身柄引き渡しを求めてくるかも知れない。
 今は何やらおかしな感じに打ち解けているが、元々は何しろ、人間を人形に変えていた悪しき存在である。
 IO2に引き渡すくらいなら自分の手で首をもいでやろう、と少女は思った。


「熱! あつっ! あつい熱いあちちちちちちち! 熱いでんがなぁああああああああ!」
 セレシュが、悲鳴を上げながら走り回っている。
 その頭で、火が燃えている。金髪が、激しく暴れうねっている。
 そんな状態のセレシュに向かって、付喪神の少女は、バケツで水をぶちまけた。
 火は消えた。
 脳天から一筋の黒い煙を立ち昇らせながら、セレシュがへなへなと座り込む。
 蝋人形、ではない。セレシュの、生身の肉体である。
「あー……死ぬか思うたわ」
「また難儀なもの、お作りになりましたのね。お姉様は」
「まあ、蝋人形やさかいな。コレしかないと思うたんよ」
 言いつつセレシュは、己の頭頂部から、黒煙を発しているものを引き抜いた。
 セレシュ・ウィーラーの監修を受けてIO2が開発した、魔法の灯芯である。
 これを蝋人形の脳天に突き刺して火をつけると、元が人間であるものは元に戻る。元から蝋人形であるものは、たちどころに溶けて失せる。
 蝋人形に変えられていた人々も、今頃は各家庭で、人間に戻っているはずであった。髪の毛が焦げる等の被害は当然あるだろうが。
「ま、これで一件落着っちゅうわけや。ところで自分、うちが考えるのやめとる間に、何やおかしな悪戯せえへんかったやろな?」
「そ、それより彼女はどうなさいますの」
 部屋の片隅に立つ、シスター姿の蝋人形に、少女は視線を向けた。
「もう2度とこのような悪事を働けないように……やっぱり首とか、もいでおきましょうかしら?」
「そこまでやる必要ないやろ。友達欲しゅうてトチ狂っとっただけの子やしな」
 セレシュが、シスターの頬をすべすべと撫でる。
「うちの知り合いの蝋人形館に、預かってもらお。嬉しいやろ自分、ぎょうさん友達おるでえ」
 今やセレシュは生身である。蝋人形と、肉声で会話は出来ない。
 わざわざ念話でシスターの意思を確かめようという気が、しかしセレシュには、ないようであった。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年10月06日

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