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『あやかしひぐらし 』
徳重 八雲jb9580)&百目鬼 揺籠jb8361)&八鳥 羽釦jb8767

 方今、平成の時代より幾分前、江戸と呼ばれた昔時である。
 とある町屋で暮らす噺家二代目「八雲」と、其処に住まう二人の弟子たちが織りなす一幕。
 そうは言えども、そうそう大した騒動が起こるわけも無く。せわしくも平和な日常、その風景を書き記したものである。

 江戸の朝は早い。
 未だ薄暗い明け六つの頃には、町木戸が開かれ、商店が開店し始める。
 お師匠の朝は更に早く、陽が昇る前に散歩に出かけ、昇り始める頃に帰ってくる。
 帰れば早々に朝餉が始まるため、弟子達はそれまでに炊事や掃除、その日の支度をすべて終わらせておかねばならぬのだ。
「……お、鐘が鳴りやしたね」
 味噌汁の味加減を確かめながら、百目鬼 揺籠が耳を澄ませた。明け六つを知らせる鐘の音が、一日の始まりを告げる。
「相も変わらず時刻通りだな」
 釜飯の炊け具合を見ていた八鳥 羽釦が、門扉が閉まる音に苦笑を漏らす。師匠の徳重 八雲が散歩から帰ってきた知らせだ。
 この家の主である八雲は、ゆるりとした所作振る舞いとは裏腹に、堅実几帳面な生活ぶりであった。
 寝食乱れれば芸事も乱れる。
 日々の営みすべてが芸道の内と、徹底して己を律する。
 かような師匠に習い、弟子達もさぞかし慎み深いのだろうと言えば、案外そうでもないのも世の常で。
「釜さん、今日の味噌汁も絶品でさァ」
「俺が作ったんだから当たりめぇだろ」
 軽口を叩きながら、出来の悪い弟子達は朝の支度をこなす。羽釦は先刻から味見に余念の無い揺籠に言いやった。
「お前も食ってばっかいないで、手伝え」
 ちなみに、炊事における揺籠の役目は、出来上がった料理の味見と配膳のみ。台所のほぼすべては羽釦によって取り仕切られている。
「だって釜さんが作った方が遥かに美味いから、仕方ねぇですよ。八雲さんも釜さんの飯は美味いってんで、認めてますし」
「飯だけはな」
 そっけなく返しながら羽釦は膳に飯を盛りつけていく。日頃、朝餉は少なめを良しとしている八雲のは、盛りすぎないように注意しつつ。
 実際、羽釦が作る料理の出来には、たびたび八雲ですら舌を巻いていた。その腕で小料理屋でも開けばたちまち繁盛するだろうに、当の本人はまるでその気がないようなのだが。
「百目鬼、遅いとまたどやされるぞ。さっさとお師匠んとこへ運んでこい」
「はいはい、承知でさぁ」

 朝餉の支度が済めば、師匠弟子揃って飯を共にする。
「では、いただくかとするかね」
 八雲は汁椀を一口すすると、何も言わずただうなずく。続いて炊きあがった白米を口にし、またうなずく。
 食事中、余計なことは喋らない。
 美味い朝飯を味わって、今日が始まったことを実感すればよいのである。
 食事が終わり、八雲は弟子達に切り出した。
「あたしはこれから昼過ぎまで出かけるよ」
 師匠が出かける際には、弟子の一人が荷物持ちに付きそうのが決まりごと。揺籠がああ、それならと先に言い出す。
「すいません、俺はちょいと用があるんでさァ」
「用って何だ。また洗濯の続きか?」
 羽釦の問いに肩をすくめ。
「なにしろ不慣れなもんで、まだ勝手がわからねぇんです」
 ここへ来てまだ日の浅い揺籠は、掃除洗濯雑事をやるにも人一倍時間がかかっていた。何しろ今までやったことないことづくめ。失敗も多く、つい先日も八雲の足袋をうっかり破いて叱られたばかりだ。
「そうかい、じゃあ釜が付いておいで。昼餉は美味い穴子でも食おうじゃねぇか」
「ああ、いいですねぇ。この時分のは美味いですし」
 八雲と羽釦の会話に、揺籠はやや拗ねたように呟く。
「俺だってお供してぇですよ……」
「何か言ったかい?」
「いいいや、何でもねぇんでさ!」
 慌てて立ち上がると、揺籠はばたばたと部屋から出て行く。
「やれやれ、相も変わらず騒々しいねぇ」
 八雲は呆れたようにそう言ってから、羽釦にことづける。
「店を出るときに、持ち帰りを包んでもらうのを忘れねぇようにな」
 聞いた羽釦は笑いながら頷いた。

 昼過ぎ。
 精が付く昼餉で腹を満たしたあとは、厳しい稽古が待っている。
「そうじゃねぇって何度言やぁわかるんだ」
 普段は荒事を好まぬ師匠だが、稽古時はとことん容赦無く。少しでも乱せば叱咤と怒号、扇子が飛ぶ。
「ってぇ」
 びしり、と音が鳴り痛みが走る。何度も扇子で打ち据えられ、つい苦悶の声が漏れる。
「おい、目。ちょっとここへ座れ」
 八雲が揺籠を正座させると、こんこんと説教が始まる合図だ。
「全くおめぇは筋ぁ良いが、立ち振る舞いがなってねぇ。噺にしろ唄舞にしろ、ナリから仕草から何から何までなっちゃいねぇ癖に、中途半端に魅せる風にやりやがる」
 実際、揺籠の芸事は不思議と筋が良く、時折見せる振る舞いはぞっとするほどに美しい。されど。
「そういうのが一番タチが悪ぃんだよ。上っ面だけでこの界隈渡っていけるほど甘ぇもんじゃねぇ」
 厳しい口調でそう言われ、揺籠の表情はわずかに強ばる。けれど決して、言い返しはしない。
「次はおめぇだ、釜」
 八雲は続いて羽釦を座らせると、大きくため息を吐く。
「おめぇは筋ぁ悪いが、立ち振る舞いはちゃんとしてやがる。だが芸事はてんでダメだからこれまた話にならねぇ」
 いくら教えてもものになりそうになく、唯一何とかなりそうなのは楽器くらいのもので。
「精々楽器しか使いもんにならねぇってのに、そんなそんな厳し面じゃア客が怯えんだろうがこのタコ」
「と言ってもお師匠、この顔は元々ですし」
「馬鹿野郎、そうじゃねぇよ。おめぇには愛想ってもんがねぇって言ってんだ」
 図星を突かれれば、言い返せることもなく。
 鬼師匠の稽古は、夕暮れどきまでみっちり続く。

 暮れ六つの鐘が鳴れば、いったん稽古は仕舞い。
 弟子達は休む間もなく、夕餉の支度へと取りかかる。
「釜さん今日の夕飯は何ですかぃ」
 揺籠が期待に満ちた顔で問いかける。
「今日はいい秋刀魚が手に入ったんでな。焼きもんと茄子の天麩羅だ」
「おお、聞くだけで美味そうですねェ」
 滞りなく支度が済めば、朝と同じように師匠弟子揃って飯を共にする。
 腹が膨れれば、稽古を再開。再び叱咤と怒号、扇子が飛ぶ。

「今日の稽古はこれくれぇにしておくか」

 八雲のひとことで、張り詰めた緊張がようやく解ける。とは言え、最後まで気は抜けぬ。
 弟子達に明日の言付けを伝えると、床につく支度を始める。
 八雲の夜は早い。
 どれほど稽古に熱が入っても、いつも同じ時刻に床につく。己が宵深くまで起きていては、弟子共が息抜けぬとわかっているからだ。
「それじゃあたしは部屋に戻るよ」
「お休みなせぇ」
「お疲れさんでした」

 ようやく静かになった屋内。
 稽古場へと続く縁側で、揺籠がひとり月を見ていた。
 今宵はちょうど半分ほどまで膨らんだ上弦の月。満月までには、まだまだ時間がかかりそうだ。
 ふと気配を感じ、振り返る。羽釦が酒瓶と肴を手にこちらへやってくるのが見えた。
「百目鬼、呑むか?」
「ああ、いいですねェ。ちょうど呑みたいと思ってたところでさぁ」
 羽釦は何も言わず、揺籠の隣にどかっと腰掛ける。
 昼間と違って大分空気が冷えてきたが、稽古で火照った身にはちょうどいい。
 杯を手に月を眺めていた揺籠は、ふいにぽつりと漏らした。
「……俺、才能ないのかもしれませんねェ」
「あぁ?」
 聞き返す羽釦に顔を向け、半ば自嘲気味に零す。
「何度叱られてもうまくいかねぇし、八雲さんにも呆れられているようですし。やっぱり俺みたいなんじゃ……」
 言い終わるより早く、羽釦の拳がみぞおちに入る。あまりのふいうちに咳き込みながら、揺籠は抗議した。
「ってぇ、何するんですかぃ釜さん」
「馬鹿かお前は」
 羽釦の単刀直入な物言いに、むっとしたように言い返す。
「馬鹿ってことはねぇでしょう。こちとら真剣に悩んでいるんですから」
「師匠があれだけ厳しいのは、お前に期待しているからだろうが」
「え?」
 揺籠は虚を突かれたように瞬きをする。羽釦はやれやれとため息を吐いて。
「現に俺なんて匙を投げられてるじゃねぇか。師匠は叱り甲斐の無い奴に説教するほど、暇じゃねぇよ」
 あっさりと言い切られ、揺籠はしばらく黙り込んでいた。やがて煙管を一度吸い、細く息を吐いてから苦笑する。
「……いけませんねェ。つい、悪い癖が出ちまった」
 人ならぬ容姿がために蔑まれた過去が、尾を引いているのだろう。揺籠には気落ちすると卑屈な考えになってしまうところがある。
 日頃はうまく隠しているつもりでも、勝手知る羽釦の前だとつい。

「俺、八雲さんには感謝してるんでさァ」
 師匠である八雲の叱咤は時に厳しく、容赦が無い。ここへ来るまで叱られることのなかった彼にとって、説教は怖いし自信も失う。
 それでも揺籠が芸事を諦めないのには理由があった。

 ――これを極めれば、悪事をせずに稼げる。

 元々、揺籠はその手先の器用さと身のこなしを生かし、掏摸師として名を馳せていた。
 足を洗った理由を彼は語らないが、真人間(妖怪だが)になったからといって早々仕事があるわけでもない。上京して食いっぱぐれていたところを、紆余曲折を経て八雲の弟子となったのである。
「その時初めて父のようなものを知りましてねェ」
 手習いをするのも初めてで、少しずつ上手くなるのが面白くて夢中になった。言わば揺籠にとって師匠は恩人であり、根底には深い感謝を持ち続けているのである。

 黙って話を聞いていた羽釦は、空になった杯を弄びながら言った。
「俺だって、今も昔も頭が上がらねぇよ」
 羽釦が八雲のところに来たのは、百目鬼より少し前。物の怪と呼ばれながら人の世界で暮らしてきた彼にとって、平穏に暮らせる場所はそう多くはなく。
 それだけにたとえ厳しくとも、居場所を与えてくれる八雲のことは尊敬しているし感謝もしている。
「直接言ったことはねぇけどな」
「釜さん照れ屋ですからねェ」
「うるせぇよ」
 再びみぞおちに飛んでくる拳。揺籠は痛みに悶絶しながら、蹴りを返す。
「さっきよりも痛ぇじゃねェですか!」
 言いながら、先ほどの一撃は手加減してくれていたのだと悟る。
「おい、あんまり騒ぐとお師匠が起きるぞ」
「おっといけねぇ」
 二人して声をひそめ、奥へと耳を澄ます。八雲が起き出す気配はなく、胸をなで下ろす。
 しんとした夜は虫の鳴く音だけが、どこか誇らしげに、どこか寂しげに響いてきた。
「……呑むか」
「そうですねェ」
 互いに杯を酌み交わし、ひとときの休息を楽しむ。
 縁側から見える月は傾き始め、宵の深まりを告げていた。

 とまれ、ともあれ。
 昨日も明日もの本日一日、無事と終わり。

 そして早い朝が、やってくる。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢/妖怪】

【jb9580/徳重 八雲/男/59/鴆】
【jb8361/百目鬼 揺籠/男/25/百々目鬼】
【jb8767/八鳥 羽釦/男/25/鳴釜】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、発注ありがとうございました。お待たせしてすみません!
時代物は初めてなもので、口調等おかしな所がないかヒヤヒヤものです。
弟子と師匠の或日の一幕、楽しんでいただければ幸いです。
野生のパーティノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年10月13日

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