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『●続く世界は今日も素晴らしい 』
秦本 新(gc3832)
 メイナード・ソーヤは、諸般の都合により近年軍務に復帰を果たしたばかりの出戻り軍人(元傭兵)だ。
 190cm超はあろうかという背丈に、鍛え抜かれた体。あちこちに目立つ傷跡は“彼の戦い”が熾烈であった証拠であり、いるだけで暴力まがいのオーラを放つ比較的迷惑な男だ。正直「日本の海でこんな外国人が泳いでいたら間違いなく近寄らない」レベルである。
 そんな彼が今何をしているのかといえば──
「新、荷物番頼んだぞ」
 男は、娘婿である義理の息子にそう言って背を向けた。応じる青年は、それは穏やかに微笑む。
「ええ、大丈夫ですよ。いってらっしゃい」
 義理の息子こと秦本 新(gc3832)は、控えめに言って“端正な顔立ちの好青年”。そんな彼が微笑んで見送るのは、義父メイナードと、もう一人。
「お願い……ます」
 華奢な体躯ではあるが、手足がすらりと伸びた白人の少年。背丈は、新の背に追いつくまであと10cm程度といったところだろうか。少年の名は、リアン・ソーヤと言うらしい。
「リアン君も、気を付けて。メイナードさんについていこうとすると大変だから、休みながら泳ぐといいよ」
「……ん」
 少年は、ファミリーネームからもわかるように、先述の軍人メイナードの実子だ。随分父親と印象が違うのは、少年が母親似であるためだろう。リアン少年も義兄の新に嬉しそうに微笑むと、父と笑い合って海岸線を目指していった。
 ──そう、彼らが何をしているのかといえば『海水浴』だ。
 家族を見送った後、浜辺に敷いたレジャーシートに腰を下ろした新は、小さく息を吐く。
 辺りは海水浴を楽しむ多くの客で賑わっている。照りつける陽の暑さ、聞こえてくる波の音、波の上を吹き抜けてくる風の匂い……様々な要素が圧倒的『平和』を突き付けてきて、新にはそんな光景が今なお新鮮でならなかった。
 義父のメイナードは強化人間であった頃の暗さも失せ、術後の経過も恐ろしく順調。元々血の気の多い男だと言う事は理解していたが、心体とも伊達じゃあない。体力気力が充実した彼は日常生活では血の気が余るのだろう。
 戦後の何年かで随分背が伸びたリアンは、穏やかな日常の中、失われていた“声”を取り戻し始めている。医者から伝えられていたことではあったのだが、心因性のものが回復し始めていると言う事は、つまりそういうことなのだろう。未だ十全とは言い難いが、新自身が手話を会得した甲斐がなくなるのは喜ばしい事でもある。
 そして肝心の新の妻、ジル・S・ハタモト──旧姓ジル・ソーヤ(gz0410)は今まだこの場にはない。
 海の家に隣接した更衣室で着替えてくると行って、楽しそうに走っていったのが15分ほど前のこと。戦後とはいえ、夏場の海水浴場は多少の人で賑わっている。日本は行列文化を持っているが、彼女が気長に待つ性質とも思えず、少々気をもんで海の家へと青年が視線を移した──その時、突然新の目の前に二人の日本人女性が現れた。
『お兄さん、お一人ですか?』
 わかりやすい“逆ナン”だ。仕方ない。新は(本気で無自覚だろうが)よく目立つ青年だ。しかし、当の新はといえば、海の家から伸びる行列を確認しようとしていた最中だったこともあるが……
(……ジルの様子が見えない)
 素直にそんなことを思っていた。
 海のない国で育った妻にとって海水浴はあまり経験のないものだと言っていたし、日本の海は特にルールが独自的でもある。海の家から漂う焼きそばやカレーのにおいにつられて姿を消してしまわないかも心配だ。
 だからこそ、女性二人が至近に迫り、物理的に視野が遮られている状況は困るのだろう。
『結構鍛えてるんですね、カッコイイ〜』
 困惑している青年をよそに、一人の女性が自分に向かって手を伸ばしてきた、そこへ。
「新はあたしの旦那様だから、さわっちゃダメ!!」
 かわいらしい声の限りを尽くしたような、強めの“英語”が降ってきた。
 すぐ理解した新が声の方角を振り返ると、そこには頬を膨らませたジルの姿。青年に見覚えのない桜色の水着はこの日本旅行のために新調したのだろう。水着にあしらわれているフリルが桜の花弁のようで、可愛らしいデザインをしている。海でどれくらい泳ぐつもりかは解らないが、髪を頭頂あたりでひとくくりにしたポニーテールは少し新鮮に見える。
 女性と新との間にたちはだかり、腕を精一杯のばしながら真っ赤な顔で言うジルの姿に、新はなんだか笑ってしまいそうになっている。なぜなら、新に声をかけてきた日本人女性二人は咄嗟の英語にぽかんとしているのだ。
「ジル。彼女達は、恐らく英語が分からないんだ」
「!?」
 だが、コミュニケーション手段は言葉だけではない。十分伝わったらしい女性二人は、さっさと次の標的めがけて去っていった。
 そして訪れる、しばしの沈黙。
「ええと……言いそびれたけど、新しい水着、ジルによく似合ってる」
「ほんと? 嬉しいな、新に驚いてほしくて内緒にしてきたんだけど……」
「けど?」
 新の隣に近付いて、ジルは何やら思案顔のままで彼の腕にぎゅっと抱きつく。
「……ううん。やきもちってこんな気持ちなんだね」
 なんだか新鮮で嬉しいんだけど。
 そういって、ジルはその後しばらくいつも以上に新にぺたりとくっついていた。



 それから、しばし。時は夕刻、場所は東京湾のど真ん中に移る。
 ジルは、昼間の出来事のもやもやが未だ収まっていなかったようで、その話を夕飯時に持ち出していたのだが……
「ぶっ……ははははは!!」
 当然、それを聞いたメイナードはビールのジョッキをテーブルに叩きつけて大爆笑。当の新は額に手を当ててため息をついている。
「残念だったなぁ、新」
「いや、ないですから……」
「お父さん、ニヤニヤしないで!」
「皆……静かにしなよ……」
 結局リアンに窘められてこの話は収束したのだが、ここは貸し切りの屋形船の中。船頭が「一番花火が綺麗に見える場所へ」と、船を海の上へと移動させていく。

「わぁ、すごいね……!」
「打ち上げ場所に近いから音も大きいけど、その分迫力がある」
 初めは体中を揺らすような打ち上げ音に驚いていたジルも、慣れてくると船から身を乗り出して上がる花火を楽しみ始めた。
「日本の花火は、特に美しいな。日本の職人はすごい。今回お会いして、新のお父上たちもこだわりや人情がある立派な方だと思った」
「花火は素晴らしいですが、私の家はそんなに大層なものじゃないですよ」
 リアンの隣で、花火を見上げながらメイナードが呟き、応じる新が笑う。空を見上げる皆の瞳に、色とりどりの光が映り込んで輝いている。
「お義父さんたちもそうだけど……なにより新自身が、すごく立派な人だって思うよ。あたしはね」
「ジルまで? 決してそんなことないよ。けれど……そうなれるよう、これからも頑張ろう」
 細かいことに気がつく目、先を読む洞察力、必要なものを見極める考察力、そして最善をやり遂げる実行力。ジルは彼女の祖国での戦いの折に、新のそんな力に救われてきた。
 メイナードは当人の前でこそ言うことはないが、「いい婿をもらったじゃねえか」とジルにだけこっそり漏らしたことがある。(彼が泥酔した晩のことだったが)
『あいつは目に見える範囲の物事を見捨てることができないお人好しだが、同時に手を伸ばす感性と理性、そして算段をつける頭を持ってる。出来が良すぎて可愛げのない男だが、あんな切れ者は滅多にない』
『戦時中のあいつの目を覚えているか? 濁った時期もあったろうが、それでも前に進もうと足掻く様は心打たれるもんがあった。小奇麗なツラに似合わない、あいつの泥臭さは気に入ってんだ』
 結婚前はなんだかんだとケチをつけていたメイナードだが、実際は喜ばしかったのだろう。
 家族以外、自分以外の誰かを想う余裕なんかなかった少女に、突然入り込んできた風。それは邪気を払い、道を作り、そして今は少女の背を押し続けている。

 眠りに落ちたリアンを背負って宿へ戻るメイナードを見送りながら、もう少しだけ夏の夜の余韻を楽しもうと夫婦はふたり手を繋いで夜道を歩きだした。
「……そうだ。あたしも言いそびれてたけど、新、それ大事にしてる浴衣だよね。似合いすぎて鼻血でそうだったよ」
「良くわからないけど、前もそんなことを言ってたな。けど、ありがとう。ジルも綺麗だ」
「えへへ。……新、あたしね、“家族”で日本に旅行に来られたこと、とっても嬉しい」
「良かった。ジルやみんなが楽しんでくれていれば、私はそれだけで……」
 刹那、繋いだ手に力が篭もった。驚く新の唇に、唐突に触れる温かく柔らかな感触。
「ねぇ、新。幸せだね」
 ややあって、ジルがふわりと笑う。あの日、あの時、「守りたい」と願った笑顔が今ここにある。
(やっぱり、私はジルが大切なんだ)
 一緒にいるだけで、幸せな気分になる。
 そんな相手と人生を共にすることを互いに心から感謝し合っている。
 これまでも、これからも、ふたりはそんなふうにあり続けるのだろう。
「あぁ、これ以上ないくらいに」
 そうして、新も微笑んだ。
 手を繋いだまま歩く夜道、ふたりの下駄の音だけがカランコロンといつまでも響いていた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gc3832 / 秦本 新 / 男 / 21 / ハイドラグーン】
【gz0410 / ジル・ソーヤ / 女 / 20 / ハーモナー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、というご挨拶ができることに、心からの感謝を申し上げます!
字数…(涙)
続く世界の幸せを、心から願っております。
これからも、どうぞ彼女たちをよろしくお願い致します。
野生のパーティノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2015年10月13日

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