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『夏の宵、歩くみち 』
花見月 レギja9841)&ファーフナーjb7826


 旅の一日は、あっという間に過ぎていく。
 海鮮市場を眺め、のんびり路面電車に揺られ。歴史に名を残す公園を散策したり、ぼんやり空を見上げたり。
 仕事ではなく、強い目的もなく訪れた旅先の空気に飲まれ、それを楽しみ、花見月 レギとファーフナーは行動を共にしていた。

「……夜景を楽しむなら日没前から登っておくのが良いらしい。ニア君、どうする?」
「半端に時間が余るな。少し歩くか」
 迷子の眼差しで問いかけるレギへ、ファーフナーが短く答える。
 小さな街だ。
 男の足では、半日も有れば見回ることが出来てしまう。そう付け足せば、レギはくすくす笑った。
「箱庭みたいで、楽しい」
 大都会のような派手さや利便性はない。かといって、不便極まりないわけでもない。
 何処に居ても海の存在を感じられ、高い空が広がる解放感と、点在する史跡や落ち着いた街並みは嫌いじゃなかった。
 異国人然とした容姿の自分たちも、違和感なく溶け込める。そういった雰囲気は嫌いじゃない。
「確かに」
 雑踏、人の視線、声、そういったものに慣れた体には、この風通しの良さはいいものかもしれない。
 函館で過ごす残りの時間もゆったり過ごそう。
 自分たちのペースを崩すことなく、何に追われるでもない二人は次の場所を探した。




 赤レンガ倉庫群が抱く函館湾に、オレンジ色の陽光が反射する。
 夏の夕暮れは力強く、見る者までを染めてゆく。
 ぼんやりと海を眺めていたファーフナーの後ろで、レギは耳馴染みのある音楽へ振り向いた。
「どうした? ――ああ、ビアレストランか」
 陽気な音楽は、欧州のものだ。
 刺繍の施された赤いスカートに白ブラウスとフリルエプロン、ドイツ方面の民族衣装を模したウェイトレスの姿が屋内に見える。
 ファーフナーの言葉を受けて、レギが考え込む。
「……一杯くらい、飲めるかな」
「それで丁度いい頃合いだろう」
 海産物に野菜、甘味は一通り楽しんだ。
 函館山山頂にもきちんとしたレストランがあり、そこで夕食を摂るつもりでいるが……ラフな雰囲気も、味わってみたい。
 レギの隠さない好奇心は、そのままファーフナーに伝わる。
(なんというか……)
 曲に合わせた鼻歌を交えて歩き出す背を見遣り、ファーフナーの肩から自然と力が抜けた。
(子供の様だ、などと言ったら……さすがに怒るか)
 無論、口にするつもりはないが……
 レギの、ファーフナーに寄せる信頼や無垢な言動は、自然と彼の心を緩ませるようになった。
(力に……なりたい、んだろうな)
 喪ってから、手が届かなくなってから、自身の感情に気づく。そんなことが、直近で起きたばかりで。悔いるばかりで。
 だから、自分は『今度こそ』と考えてしまうのだと……ファーフナーは、そう感情に答えを出した。
 店内の一角には、小さな楽団。陽気な音楽はそこで奏でられていた。
 中央にはレンガ造りの暖炉。冬には現役で稼働しているそう。
 ビールを手に、どの客も笑顔というのが印象的だ。
「なかなかいい雰囲気だね」
「そうだな」
 オーダーはソーセージとチーズ、それからレストランオリジナルだというビールを2種類。
「ニア君の、ひとくち味見してもいい?」
「拒否権はないんだろう。……こちらは苦いぞ」
 呆れながら、ファーフナーは自身のグラスを差し出す。
 大人の男二人で何をとも思うが、これもまぁ旅の楽しさだろう。
 生演奏を耳で味わううちに、湾を臨む窓は紫紺に染まっていた。




 もとより仏頂面気味のファーフナーである。不機嫌は顔に出にくい。
「…………」
 その横顔を、レギがじーっと見つめる。
「……うまく言えないけど……その。思ったより、早かったね」
 ロープウェイ山麓駅から山頂まで、約3分。
 宵闇に街の灯りが浮かぶように輝く、最も美しい時間は存外に早く終わってしまった。
「別に落ち込んではいない」
「そうかな? だったら、少し外に出ようよ。真っ暗になるまで、すぐだ」
 到着口から見下ろす、ガラス張りの夜景も見事だけれど。
 降りてゆくロープウェイを、どこか恨みがましく眺めるファーフナーの袖を、レギが微苦笑しながら引いた。
(落ち込んでない、か)
 青年が、本当に案じているのは『そこ』ではなかった。
 ファーフナーが気落ちしていること、その理由の出来事を知っている。
 厳密に言えば『予想がつく』だが、本人へ真偽を問うつもりはない。
 レギが、心配なのだ。そして、それを悟らせたくはない。
(俺たちは、心の大切な何かを失ってる……。でも、ニア君は変わろうとしてる、から)
 変わり方がわからないままを生きる自分より、余程『人間らしい』と思う。
「……うん。綺麗だ」
 夜景。それに、隣に立つ悩めるひとも。
「道の様だな」
「未知?」
「……ふ」
 ファーフナーの独り言を、レギは違う解釈をしたらしい。笑われ、青年は『む』と眉間にしわを寄せる。
「道、ルートだ。非対称の、二筋に伸びる……」
「……美しい光の先は、闇の中に細々と輝いている。未知の中を分け入っているようにも見えるだろう」
「花見月は詩人だな」
 スッと未来に向けて進むような光の群れは、海という闇に挟まれることで美しさを増す。
 向こう側に連なる山脈によって光は途切れ、されど裾野へと横へ横へ広がり――
 それを、行き詰まりと見るか。可能性と見るか。
(ニア君には……未来であってほしい)
 無意識に自分を外し、レギは願う。救われるべき人を思った。


 市内で一番にして唯一、完璧な夜景を見下ろすレストラン。
 それが、このロープウェイ山頂の店である。
 順番待ちの後、二人が通されたのは窓側の特等席。幸運だ。
「外は風が強かったし、ようやく落ち着ける。……、花見月」
 ファーフナーが笑う。珍しい。でも、眉間にしわは寄ったまま。
「髪が、凄いことになっているぞ」
「えっ ……わ」
 大型犬にでもするように、手櫛で荒っぽく直される。レギは思わず目をつぶって肩をすくめた。
「言ってくれるだけでいい……」
 それでも、こんな『年下扱い』は嫌いじゃなかった。
 レギの交友関係では、自身が年長者であることが多いからだろうか。年上であるファーフナーとの行動は新鮮で、つい甘えてしまう部分がある。
「さっきはビールだったから、今度はワインにするか」
「……いいね。メインは肉? 魚? エゾシカ肉は、少し気になる」
「また、別のモノを頼んで交換するんだな?」
「ひとくち、ね」




 地上へ降りれば、重力から解放されたような気分になる。
 吸い込む空気の新鮮さが、また違った味わいだった。足元が、まだどこかフワフワしている。
「たくさん食べたし、少し散歩でもしようか」
 ホテルへも、歩いて帰れる距離だ。レギの提案を、ファーフナーは受け入れる。
「ここからだと、教会群がいいだろうか。あっ、向こう。ほらライトアップされてる」
「教会……」
 北の玄関口・函館。
 諸外国が船で訪れ、商業はもちろん宗教を広める足掛かりともした。
 この地域は特にそれが色濃く残り、多様な宗派の教会が建ち並んでいる。
「この辺りから見ると、夜景もぐっと近く感じられるね……。こういう見比べも贅沢」
「……ああ」
(今は……懺悔の時間じゃない)
 神父も牧師も、休んでいるだろう。
 沈みそうになる男の心を、知らぬうちに青年が引き上げる。
「やっぱり、タワーにも登ればよかったかな」
「山頂まで行ったんだ、これ以上の景観はないだろうに」
「……でも、何処にいたって目につく高さだよね。夜になっても目立つとは思わなかった」
「何も、今日で最後じゃあるまい。次に来た時の楽しみにとっておけばいい」
「…………え?」
「うん?」
 並んで歩いていたはずの、レギの足が止まる。ファーフナーは振り返る。自分は今、何かおかしなことを言ったろうか?
「次……そうだね。次も、来れるかな……ニア君と」
「…………」
 それは、覚束ない未来の約束。不確かな先のこと。
 流れに釣られて飛び出した、思いつきだったのかもしれない。それでも。
「そう、だな……。街があって、俺と花見月が生きていれば……そういうこともあるかもしれない」
 非常に消極的な、前向き検討の旨をファーフナーは伝えた。レギが笑う。子供のような顔で。安心した表情で。
(ニア君は、幸せになれる人だ……。いつか好きな人が出来て、幸せになるといいな)
 ライトアップされる教会は、まるでただの飾り物だ。
 門は開かず、言葉に耳を貸さない。
 だから、神へは祈らない。
「だったら、頑張って生き残らないと」
 いつどこで、命を落とすかなんてわからない。自分という人間が誰かしらの記憶に残る前に、存在自体が消えるかもしれない。
 ――だから、花見月 レギは生きる。
 自身に価値が見えないから、見出すまで、何かに刻むまで、生きる。
 その中で、こういった時間が重ねられるなら……嬉しいな、と思う。
 それは未知への突入だ。

「約束……だね」
「確約はできない」

 そっけないファーフナーの言葉も、照れ隠しのように感じる。
 レギは笑い、半歩後ろをついて歩いた。
 昼間の火照りを孕んだ石畳は足に心地よく、いつまでも歩いていたいだなんて思わせた。




【夏の宵、歩くみち 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja9841 /花見月 レギ/ 男 / 29歳  /ルインズブレイド】
【 jb7826 /ファーフナー/ 男 / 52歳  / 阿修羅 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
夏の函館旅行・夜あるき編、お届けいたします。お言葉に甘えて、好きなところガン詰めいたしました…!
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年10月13日

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