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『あやかし荘へ、ようこそ 』
工藤・勇太1122)&柚葉・−(NPCA012)


「先を越されちまったな、お前に」
 いつもそうだが、この男は、いきなり現れたと言うよりは、いつの間にかそこにいたという感じに声をかけてくる。
「IO2の獲物を横取りとは、やってくれるじゃないか」
「……俺は、何にもしてないよ」
 工藤勇太は立ち止まり、だが振り向かなかった。
 学校からの、帰り道である。
 電柱の陰に、その男が立っているのは、振り向かずともわかる。
「俺はただ、仔犬を助けただけだよ。自慢するつもりはないけど」
「そのついでに、IO2がマークしていた能力者を片付けてくれたわけだな」
 勇太が力を見せただけで、その能力者は勝手に死んでくれた。
「陰陽道やら呪禁道やらを中途半端にかじった、そこそこ厄介な相手でな。人死にが出る前に、俺が仕留めようと思ったんだが」
「遅いよ。人死に、出ちゃってるから」
 金をもらって仔犬を虐めるような輩とは言え、犠牲者には違いない。
「ゴミのような連中だけが、上手い具合に死んでくれた。可愛い仔犬は助かった。めでたしめでたしって事にしとけ。仕事として見るなら、まあ及第点かな」
「何だよ、仕事って……念のため言っておくけど俺、IO2の仕事なんて、やるつもりないから」
「ふふん。お前がIO2に就職する、そいつぁ言ってみれば……UFO研究会か何かに、本物の宇宙人が入会するようなもんでな」
 男が、わけのわからない事を言っている。
「そもそも勇太。お前、IO2の仕事ってのが、どんなもんだと思ってる?」
「バケモノ退治だろ。バケモノと戦いながら、まあ人助けもする。あんたが、俺を助けてくれたみたいに」
「バケモノ退治、か……俺たちはなあ、バケモノとか呼ばれてる連中とは基本、仲良くしたいと思ってるんだよ」
 男がやはり、わけのわからない事を言っている。
「まあ仲良くは無理にしても、あの連中と上手くやってかなきゃいかんのは確かだ。うっかり戦争が起こらないように付かず離れず、なあなあで妥協しつつ共存共栄の道を行く。IO2ってのは元々そういう組織でな」
 それなら尚更、自分には向いていない。勇太は、そう思う。
 憎いと思った相手に対し、妥協する事など、自分には出来ない。昔からそうだ。
 高校生になってからは、いくらか丸くなったのだろうか。
 仔犬を虐めていた若者たちの事を、勇太は思い浮かべた。
 中学生の時の自分であれば、あのような連中には手加減なしで念動力を食らわせていただろう。
 それをしなかったのは、自分が丸くなったから……と言うより、あの少女がいたからか。
 わん、と吠えられた。
 小さなものが、勇太の足元にまとわりついて来る。
 1匹の、仔犬だった。
「あれっ、お前……」
 あの時の仔犬。間違いない。
 勇太は身を屈め、頭を撫でようとした。
 その手に、仔犬が噛み付いた。
 飼い主、と思われる人物が、慌てて駆け寄って来る。
「こ、こらこら駄目だよ! 人を噛んじゃあ!」
 小さな人影である。仔犬がもう1匹。勇太は一瞬、そんな事を思ってしまった。
 小学生、いや中学生か。少年のようにも見えてしまう、女の子である。
 ふわりとした金髪は、頭髪と言うよりは獣毛で、犬か猫の耳、のような形に跳ねている。
 いや。それは本当に、耳なのかも知れない。
 短パンを可愛らしく膨らませた尻からも、作り物とは思えない尻尾が、ふっさりと伸びている。
 こんな少女が、そう何人もいるわけはない。
「あ……ええと、勇太さん? だよね確か」
 相手も、勇太の事を覚えていてくれたようだ。
「良かった、また会えて! この子を助けてくれたお礼、しなきゃって思ってたんだ」
「お礼なんていいよ。それより……甘噛みの癖は、早めに直しておかないと」
 右手に噛み付いている仔犬を、左手で撫でながら、勇太は言った。
「あと首輪とリードも付けないと、条例とかに引っかかっちゃうから。えー……柚葉さん、だっけ?」
「柚葉でいいよ。ボクは勇太ちゃんって呼ぶね!」
 言いつつ柚葉が、勇太の制服の袖を引っ張った。
「じゃあ行こー!」
「……どこへ?」
「あやかし荘。みんな待ってるよ」
 知る人ぞ知る、怪奇スポットの1つである。
「ボクの友達を助けてくれた人に、みんな会いたいってさ!」
「みんな……って?」
 疑問を口にしながらも、勇太は引きずられて行く。
 仔犬が、先導するように走り出す。
 助けを求めるような気分になりつつ、勇太は振り返った。
 電柱の陰に、男の姿はすでになかった。


 和毛の塊に、勇太は襲われていた。
 仔犬のような仔猫のようなものたちの群れ。それらが、全身にまとわりついて来る。
 無数の毛玉が、全方向から勇太を押し潰しにかかっている。
 柔らかな獣毛の中で窒息しそうになりながら、勇太は呻いた。
「うおおおおお……こ、これは一体」
「おや珍しい。すねこすりが、こんなに懐くなんて」
 油すましが、顎に片手を当てながら言う。
「役行者様、以来かねえ」
「そう言えば、どっかで会ったかなあ。お前さん」
 ぬっぺらぼうが、にやりと笑ったようだ。
「たまぁに、いるんだよねえ。人間なのに、妙にわしらと縁深くなっちまう御仁が」
「勇太ちゃんは、ボクらの友達って事だね!」
 柚葉が、仔犬を抱きながら嬉しそうにしている。
 あやかし荘、旧館の大広間である。
 様々な妖怪が集まって、柚葉の連れて来た人間を検分しているところだ。
 勇太が、絵本や漫画で見知っている妖怪たちも多い。
 油すまし、ぬっぺらぼう、すねこすり。
 ろくろ首が、大蛇の如く首を伸ばしてきて勇太を取り巻く。
「へぇ〜、いい男じゃないか。うふふ、あたしのうなじを愛でておくれよぉ」
「兄ちゃん兄ちゃん、その緑色の目ん玉キレイだなあ。オイラのと交換しないか? 好きなの選べよう」
 百目が、全身で瞳を輝かせながら、にじり寄って来る。
「何でぇ、肉の少ねえガキだなぁ。栄養が足りてねえ。もっとブクブク美味そうに太らなにゃいかんぞ若いんだから」
 筋骨たくましい鬼が、勇太の頬をつまんで引っ張る。
 他にも、一つ目小僧がいる。烏天狗に二口女もいる。一反木綿が、ひらひらと飛び回っている。
 彼ら彼女らの中で最も偉そうにしているのは、1人の座敷童であった。
「ふふん。面白いもの拾って来おったのう、柚葉」
 すねこすりの群れに埋もれた勇太を、興味深げに見据えている。
「何でも式鬼ども数匹を、たちどころに殺し尽くしたそうな……のう勇太とやら。その力、おぬし自身は忌み嫌うておろうが」
「まあ……そうですかね」
 柔らかな毛玉の群れに、脛のみならず全身をもふもふと擦られながら、勇太は辛うじて声を発した。
「便利に使わせてもらってるのは、否定しませんけど……」
「便利なものとして受け入れてしまえ。どれほど疎んじたところで、おぬし、それとは一生付き合ってゆかねばならんのぢゃからな」
 座敷童が、微笑んだ。
「何なら、わしらの同類として、ここに住んでみてはどうぢゃ? 空き部屋はないが、まあペンペン草の間で良かろ。同じようなのが1人住んでおる。仲良うするのぢゃぞ」
「俺……誰かと仲良くするの、苦手なんですよ」
 言いつつ勇太は、押し寄せる和毛の中から無理矢理に顔を出した。
 柚葉の顔が、間近にあった。
「勇太ちゃんは……ボクと、仲良くしてくれないの?」
「それは……」
 勇太は言い淀んだ。座敷童は笑った。
「ま、仲良しこよしは無理にしてもぢゃ。わしらはの、おぬしら人間たちとは上手くやってゆかねばと思うておるのぢゃよ。なあなあで妥協しつつ、適当に平和にやってゆこうではないか」
「なあなあで……ね」
 誰かが、同じような事を言っていた。
 あの男の言う通り、例えばこの妖怪たちのような種族と人間との間に、争いが起らぬよう陰で力を尽くすのがIO2という組織の役割であるのなら。
(俺……IO2の仕事、やってみても……いい、のかな……?)
 普通の高校生らしく、と言うべきか、進路や将来といった事に関しては漠然としか考えていない。
 普通の生活がしたい、などと漠然と思っていた。
 考えるまでもない事である。自分が、普通の生活など出来るわけがないのだ。
(俺……バケモノ、なんだもんな……)
「何はともあれ宴ぢゃ宴! 者ども、勇太のために酒と肴の支度をせえい」
 座敷童が、手を叩く。
 妖怪たちが歓声を上げ、酒宴の準備に取り掛かる。
「あの俺、未成年なんだけど……」
 勇太の声は、すねこすりの大群に埋もれて消えた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年10月14日

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