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『新涼の祭を寄り添って 』
所所楽 銀杏(eb2963)
●縁日へ
「まだいかないのー?」
「れん、まだおかたづけ、おわってない、の」
 はしゃいで奥の間からひょこっと御店へ顔を出す蓮に衿華がちょんとその袖を引っ張って呼び止めて。
 大通りから一つ内へと入ったその通りの小さな小間物屋、そわそわとして待ちきれない様子の子供達は、五年前の雨の日に若い夫婦が喜び合った授かり物の双子でした。
「蓮、まだ着替えても居ないです、よ?」
「きがえ?」
「奈都伯母様から頂いた反物で……」
「おきもの?」
「あぁ、浴衣、間に合ったのか。お疲れ様、銀杏」
 お兄さんの方の蓮へと声を掛けてたとう紙を広げるのは母親の所所楽 銀杏、広げられたそこにあるものをみて、目を瞬かせて首を傾げ見上げる妹の衿華に、御店の方を締めて家の方へと戻って来た沢が頭を撫でつつ銀杏へと笑みを向けて。
「……って、紺の地にハスとエリカの……姉さんどんな反物を送ってきたかと思えば」
『かわいい』
 銀杏が答えるよりも早く声をそろえて喜ぶ双子。
「ぼくたちの?」
「かあさまがつくったの?」
「ええ。さ、袖にちゃんと手を通す……です、よ」
 蓮の言葉に頷いて浴衣を手に取ると促して着せ付けていく銀杏、その間に衿華は、犬の柱次と火天に手伝って貰って散らばっていたおもちゃを片付けつつ自分の番を待っています。
「そっか、青か紺が良いって言っていたのは、このためか」
「ええ。……昔から、沢君に色々、選んでもらってました、ね」
 衿華には青い花の簪、蓮には髪を纏める青い髪紐。
 仕入れたものの中から二人で子供達に似合うのはどれかと相談して決めていたようで、銀杏に言われると、照れたように笑う沢。
「さてと……準備もできたようだし、そろそろ行くか」
「柱次と火天は、お留守番お願い、ですよ」
「わふっ」
 銀杏の愛犬たちは大分長生きではあるも子供達のお世話とお留守番を担っているらしく、任せろとばかりに一声返事をして出かけていく一家を見送ってくれて。
「えんにちっ♪」
「おまつり♪」
 嬉しげに手を繋いで歩き出しかける子供達ですが。
「二人とも、危ないです、よ」
「ほら、俺と母さんと、ちゃんと手を繋いで」
『はーい』
 銀杏と衿華が手を繋ぎ、蓮は待ちきれないのか沢を引っ張るようにして、一家は縁日へと向かうのでした。

●いつもの人々と
「珍しい、です……」
「お、来たか! いやいや、初日に派手にぶっ潰されちまってよ、今日はつかみ取り休みで、明日の最終日に勝負をかけることになってなぁ。あ、旦那サンは急に追加の景品手配ありがとよ」
「毎度あり」
 縁日のやっているお寺の境内へと入っていけば、金魚すくいの屋台があり、銀杏や沢に馴染みのある親仁の姿がありました。
「つぶされる?」
「つかみどり?」
 金魚すくいに似付かわしくない言葉に蓮と衿華は首を傾げますが、直ぐに大盥に入っている金魚たちに目を輝かせます。
「きんぎょ、かわいい、です」
「ちゃんとお世話する約束をしないと、持ち帰りません、よ?」
「ちゃんと、せわ、するから!」
「柱次と火天にちゃんと櫛を入れてあげてないでしょ?」
「うう……おとーさんっ」
「母さんの言うとおりだろ?」
 一生懸命おねだりをする双子は、この子が良い、これが良いと金魚屋の親仁に行って小さな八へと移させています。
「二人とも、お母さんの許可が下りてから、取りに来いよ」
「おじちゃん、まぜちゃだめ、よ?」
 どちらにしろ縁日に鉢を抱えて回れないこともあり、戻ってくるまで大盥に戻さないと約束する親仁に見送られて更に先へと進む一家。
「ねっ、ちゃんとするから!」
「ちゅうじとかてんのくしいれも!」
 一生懸命に頼む子供達が可愛くて、銀杏と沢は思わず小さく笑みを零すふたり。
 沢が肩車をしたり、銀杏にだっこされたりして風車を片手に水飴を食べ、お面を被ってはしゃぎ、奉納の演奏を聴いたりと子供達にとって楽しい時間。
「そろそろ、皆さんの所、ですね」
 銀杏の言うとおり目を向ければ、舟越酒場軒先で祭りの様子を眺めて居る老人の姿がありました。
「喜十さん」
「おお、皆奥にいるよ。さ、入った入った」
 更に齢を重ねた老人、喜十は顔中皺だらけにしながら奥へと勧めれば、川に面した座敷で、密偵だったおさえと庄五郎が笑顔で迎えてくれます。
「あらあら、蓮君も衿華ちゃんも、すっかりと大きくなって……お母さんは大変さねぇ?」
 僅かに目を潤ませて嬉しげに銀杏を迎えるおさえ、表にいた喜十が料理を運び込んでくると、楽しく談笑をしながらの夕餉の席。
 空に広がる花火と、川に映る花火を肴に話も弾んで。
「そうそう、奥さんにそろそろお話ししなすっても良いのでは?」
「そろそろって……あ、あぁ、知らせが来たんですか?」
「おや、御店へは話しは来てなかったんですかい」
 庄五郎と沢が話すのに、おさえに構われてじゃれていた蓮と衿華を微笑ましげに見ていた銀杏は首を傾げます。
「何かあった、ですか?」
「うん、春先に、次郎とはなから、村の方にいるっていう連絡があったらしいんだけど……俺の所には何も来てなくて。だから細かい話は知らないんだ」
「村って、旦那様の?」
「うん」
「何年かかけて、お隣の村と行き来しながら手を入れてたってぇ話で。幾つかばらけてたのやら集めて、許可を頂いたそうで……」
 尋ねる銀杏へと交互に説明する沢と庄五郎。
「では……」
「へい、村の方の復興は任せて、落ち着いたら遊びに来てくれとおっしゃってやしたよ」
「……参ったな、どこで連絡が止まってるんだ?」
「きっと木下の旦那でしょうさ」
 おさえが苦笑混じりに言うと、一同も容易に想像が付いたのか頷いて。
「そのうち、尋ねてみるです、か?」
「そうだな、二人がもう少し大きくなったら、あいつ等の顔見に行くか?」
 あっちもさっさと所帯持てばいいのに、そう言いながらも何処か嬉しそうな沢に笑みを浮かべると銀杏も。
「そうですね……」
 そろそろ遊び疲れてうとうとし始めた子供達の頭を撫でてやりながら、小さく笑んで頷くのでした。

●暖かなぬくもりを傍らに
 帰り道。
 蓮を負ぶって、手には小さな手桶の形をした金魚の器を持つ沢、寄り添いながら衿華をだっこした銀杏。
 はしゃぎ疲れた子供達を連れての、穏やかな家までの道。
「ん? どうした?」
「いえ……」
 顔を向けて尋ねる沢に、銀杏は笑みながら顔を上げて。
「こうしてあたたかい、確かな存在がすぐ傍にいて、ってやっぱり、触れていて嬉しいな、って」
「ん……そうだな」
 ぐてっと成りそうな蓮の姿勢を直して笑う沢に、ちょっぴり悪戯っぽく微笑む銀杏。
「勿論、旦那様のあたたかさも、です、よ?」
 銀杏の言葉に目を瞬かせるも、直ぐに嬉しそうに目を細めると。
「本当に……銀杏が居てくれて良かった。これからも、宜しくな」
「勿論です、よ……」
 噎せ返るような暑さから、漸くに穏やかで涼しい風の吹き始めた夜道を、沢と銀杏はのんびりと幸せそうに寄り添いながら暫し歩いて。
 やがて自分たちの御店へ着くと、子供達を起こさないように気を付けつつ静かに入っていくのでした。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【eb2963 / 所所楽 銀杏 / 女性 / 21歳 / 僧侶】
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2015年10月16日

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