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『食欲の秋とハッピーハーヴェスト 』
蓮城 真緋呂jb6120

 秋、よく晴れた日。
 カラリと澄み切った空気を吸い込みながら、須藤はマンションを出る。ある人物と昼食を共にする約束をしているからだ。
 そして約束通り、マンションの前には待ち人がいた。
 ただし。
「お前は――」
 須藤は首を傾げた。無理もない。
 待ち人である蓮城真緋呂(jb6120)は三つ編みおさげに眼鏡、シャツにジーンズという、いつもとは違った格好だ。お忍びで街に繰り出した芸能人の様相がある。
「誰かに追われているのか? 今日行くのは寿司屋だよな?」
 行き先は『寿司屋』としか伝えていないのだから、そんな相手が変装に等しい格好で来て訝しがるのも当然だ。どう考えても飯を食べに行く格好ではない。
「……少し事情があって」
 後ろめたそうにメガネの位置を直す。須藤は首を傾げたまま、眉尻を下げた。
「そうか……俺はお前の事情なぞ知ったことではないが――せいぜい犬死しないように気をつけるんだな」
 須藤なりの気遣いであろうか。ここ最近、彼も随分と丸くなった気がする。
「ええ、まぁ……」
 言えない。
 絶対に言えない。
(実は大食い過ぎて出禁になっているお店が目的のお店の近くに複数あるから、気付かれて警戒されないよう変装してるなんて……)
 言ってしまえば自業自得である。
 しかし行く先はあの店だ。真緋呂が食いまくる事で店が一方的に不利益を蒙る事はない。よって、出入り禁止を言い渡される事もない。
 こほんと咳払いを一つ。気を取り直し、須藤の背中を押す。
「さ、行きましょう。食欲の秋ですもの」
「……? ああ、そうだな」
 やけに意気揚々としている真緋呂に首を傾げる須藤。この時は、どうせこの食事の金は十持ちになるからだろうと考えていた。先日の焼肉然り、他人の金で食う飯は美味いのだから。


「はい、着いたわよ」
「ここは……」
 店内に敷設された細長いレール。その上をゆっくりと巡回するのは寿司。
「回転寿司よ」
 一皿税込み百八久遠。庶民に優しい寿司のチェーン店。
 『寿司』は『寿司』でも、『回転寿司』である。
「回転……寿司……?」
 寿司が回っているという奇妙な光景を訝しげに見る須藤。蓮城の予想したとおりであった。
「須藤さん、回ってるお寿司って食べたことないかなって」
「寿司は回らないぞ。板前が目の前で握る。その方が毒見の手間が省けるからな」
「ほら、やっぱり……」
 流石は大規模犯罪組織の元幹部と言うべきなのか。
 屋敷と言っても差し支えない十の豪華な部屋にあっと言う間に順応し、ついにはリラックスしすぎたあまり荒らしまくった経験者だ。
 波乱な生い立ちを感じさせる考え方をするが、金銭感覚は生粋の王侯貴族の十と似たものがある。
「……ま、早く食べましょう!」
 気を取り直し、須藤を席に押し込める。時刻は昼前で混雑する少し前。店内にはまだ余裕があった。ボックス席の正面――レーンの下流に蓮城も座り、箸とおしぼりを出す。
「あそこの蛇口で手を洗うんじゃないのか」
 指差したのはレーンの下に置かれた蛇口。そう思うのもおかしくはない。
「ここは熱いお湯が出るの。間違っても手を洗っちゃ駄目」
「な……」
 湯呑みに粉を入れ、茶を作る蓮城――を驚いて見る須藤。相当に珍しいらしい。
「回転寿司は安いけど、こういう所も自分でしなきゃいけないの」
「厄介な場所だな」
「そうかしら?」
 レーンで流れてきた皿の一つを手に取る蓮城。あぶりサーモン、一皿二貫でやはり税込み百八久遠。炙られた箇所と生の箇所の違いが食欲をそそる。
「こうやって流れてくるお寿司の中で気になったものを取って、そこにある醤油か甘だれをかけて食べるの。かけすぎは駄目よ、塩分の摂りすぎで体に悪いから」
 そうやって寿司二貫をぺろりと平らげて見せた蓮城は、流れてくる寿司を順番に取ってゆく。あっと言う間に寿司の流れがまばらになった。そして積み上がってゆく皿。最早皿タワーである。
「お前……見た目の割には食うよな」
 先日の焼肉の時もそうであった。店員が青ざめ、しまいには店長が泣き出す事態になるまで皿を積み上げてゆく姿は最早壮観の一言だ。痩せの大食いとでも言えばいいのか。いや、そういった次元すら超えている気がする。
「むっ! ……控えめなつもりなんだけど」
「『つもり』程アテにならん言葉もないぞ」
 先日の焼肉も同じ事を言っていなかったか。
 本日で二度目なので特に驚きはしないが、こう人間の域を超えていると須藤としては少々警戒しなければならない。
「だって……おいしいし」
「勝手にすればいいが……」
 流れては蓮城に取られてゆく寿司の流れを眺めて見ると、あるものが目に入り、手に取る。
「ハンバーグ?」
 回転寿司はこんなものまで出しているのか――よく見ればスパムや生ハムすら握った酢飯の上に鎮座しているではないか。さらには寿司に飽き足らず、プリンやケーキでさえ流れてきている。
(ここは……ここは本当に寿司屋なのか……)
 寿司もハンバーグも好物な須藤は反射的に手に取った事を少し後悔した。ハンバーグという言葉だけで反応するのはよくない。そもそも酢飯にハンバーグとは何事だ。
 されど、須藤に食べ物を無碍にする趣味はない。過去に数日間飲まず食わずで戦った時に食べ物への有り難みを痛感したからだ。
「……」
「どうしたの?」
「……何でもない」
 恐る恐る箸を動かし、しかし意を決したように口に入れると――
「――む」
 予想外に美味かった。表情筋がごく僅かに綻ぶ。
「……悪くない」
「でしょ?」
 真緋呂が微笑ましく見守っているのも他所に、須藤はどんどん皿に手を伸ばしてゆく。
「さ、食べましょう。今日も十さんのおごりなんだから!」
「おう」
 かつて食べた寿司よりもずっと安っぽくて味も良いとは言えない。
 それでも美味いと感じる。食欲の秋だからだろうか。
「悪くないしな」
 食欲の秋。収穫はどこにだって広がっている。
 ささやかな収穫祭は、もう暫し続くだろう。

【了】

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 jb6120/蓮城 真緋呂/女/16/アカシックレコーダー:タイプA
 jz0348/須藤ルスラン/男/20/阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご発注いただきありがとうございました。
 自分も寿司は好きです。腹の容量は少ないほうですが、回転寿司に行けば20皿くらい平然と食べます。だって美味しいんだもの。ちなみに甘だれ派です。
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川崎コータロー クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年10月19日

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