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『千を覚る者 』
明王院 千覚(ib0351)&明王院 未楡(ib0349)

 天儀の中央部分に位置する石鏡の国。
 精霊が還る場所と言われるそこは、中央の巨大な三位湖の恵みによって支えられた、天儀において最も豊かな国家である。
 アヤカシの被害も辺境においては深刻であったが、護大が去ってからは徐々にではあるがそれもなくなりつつある。
 元々、石鏡の国家は神々の代弁者として、太古より朝廷に仕えていた神官組織が独立して氏族をなしたものであり、それゆえ王も代々巫女であることが条件だった。
 数十年前、先代の王の指名を受け、朝廷の祭祀を一手に執り行う神官組織の長についたのは幼い兄妹――布刀玉と香香背。
 あまりにも幼い王であったことから、二人は傀儡であり、実質的な支配者が内部に存在するのではないかと噂されていたが……それをものともせず二人は必死に王としての役目を果たし『石鏡の双王』と呼ばれるまでになり、その噂もいつしか消えていった。
 長い間、双子の兄妹が手を取り合って治めて来た国家。
 それも数年前、香香背が退位し、石鏡国王位は布刀玉の独王となった。
 しかし、彼は独りではなく――。
「布刀玉様。昼餉をお持ちしても宜しいですか?」
 ひょい、と執務室に顔を覗かせる千覚。
 石鏡王布刀玉の正室である彼女は、5人の子を産んだとは思えぬくらい愛らしく、その立場にあってしても、夫と子供達の食事を作ることを怠らぬ良き妻、良き母でもあり――。
 いつもならすぐ返事をする夫から反応がなく、小首を傾げる千覚。
 見ると布刀玉は、何やら書面に目を落としていて……何か問題でも発生したかと思ったが、夫の顔はとても穏やかだ。
 ――結婚してもう十数余年。
 一緒になったばかりの頃は愛らしい感じが残っていた彼も、今はすっかり年相応の貫禄を得て……幾つになっても素敵な人だなぁ、と思う。
 そんな事を考えていた千覚。ふと顔をあげた布刀玉と目が合う。 
「あっ。千覚さん、ずっとそこにいたんですか? 気付かないでごめんなさい」
「お気になさらないで下さいな。何かお仕事ですか?」
「ううん。手紙を読んでいたんですよ」
「あら。布刀玉様がそんなに夢中になるなんて……どなたからです?」
「孤児院を卒業した子からですよ。千覚さんも読んでみるといい」
 笑顔で手紙を差し出す布刀玉。それを受け取り、千覚も目を落とす。
 ――その手紙には、孤児院を出て、今は故郷の近くの学校の職員として頑張っていること。
 孤児院に併設された学校で学んだことが、今もとても役に立っていること。
 布刀玉や千覚、先生達にとても感謝していること……。
 そして……ようやくお金が溜まったので、両親を楽にしてやれる、と書かれていて……。
「布刀玉様。これは……」
「……うん。あの頃の子ですね」
 遠い目をする布刀玉。
 ――それもまた、布刀玉が千覚を正室に迎えたばかりの頃。
 目標を掲げて打ち出したのは、支援事業。その第一歩として始まったのが、国立の孤児院だった。
 石鏡国内のみならず、儀を問わず行き場のない子供達を受け入れる事を決めた為、準備もかなり大掛かりに進められた。
 初めての事業に慣れぬ布刀玉が迷わずに動けたのは、千覚の実家である明王院家の尽力のお陰と言っても過言ではない。
 元々彼女の一族は後方支援や復興作業に力を入れていた為、こういったことは得意分野だったのだ。
 そして何より、一族の母である未楡がこの事業に全面的に協力した部分も大きい。
 開拓者家業から退いたものの、長年積み重ねてきた未楡の経験と知識は、何者にも換え難い力だった。
 石鏡国王夫妻の熱意と、明王院家の力を結集して作られた孤児院は、日々の暮らしは勿論、勉強から、就職に至るまでの技術を教える学校も併設。
 世界各国から集められた職員の水準も高く、高位の教育を受けた子供達が卒院後、各地で活躍するようになるのも自然の流れで……。
 人員の質の向上を目指して始められた孤児院の運営は、順風満帆であるかのように思われた。


 ――石鏡国立孤児院の評判が上がり、広く知られるようになった頃から、おかしなことが増え始めた。
 生まれたばかりの赤子が孤児院の前に置かれていることは時々あったが、比較的大きな子供まで「孤児院に置いてくれ」と言われ、置いていかれるようになったのだ。
 天儀の中で一番豊かと言われている石鏡の国でも、辺境には貧困にあえぐ村も数多く存在する。
 他の国にも、勿論そういう村はあって――。
 石鏡の国立孤児院に入ることが出来れば、不自由なく暮らせて、勉強もさせてもらえる……。
 そう考えた親が、子供を孤児院に置いて行くことが増えてしまったのだ。
 布刀玉も千覚も、そして未楡も、新たな孤児を生むためにこの事業を推し進めている訳ではないのに――。

「……また今日も一人、子供が置いて行かれたそうです」
「布刀玉様……」
「推し進めていた政策が、こんな形で不平等を生むとは思いもしなかった……」
 顔を覆う夫の背を優しく撫でる千覚。
 対応に追われ、あまり眠れていないのか義理の息子の疲れた姿に、未楡もまた眉根を寄せる。
 ほぼ毎日行われる『子捨て』に、布刀玉と千覚は酷く心を痛めていた。
 千覚は特に……『子を捨てなければならなかった親』のことを思うと、とても悲しくなった。
 一体どんな気持ちで置いて行ったのかと……親になった今だからこそ、他人事とは思えなくて――。
 可愛いわが子を手放さなければならないほど、追い詰められているのだとしたら……。
「……布刀玉様。事後処理は私達がやりますから……まずは沢山寝てください。難しいことはそれから考えましょう」
「千覚さん……?」
「物事が起こるのには理由があります。今回のこともそうです。理由を考えれば、きっと解決できます」
「……布刀玉様は一人ではありませんよ。私達がいます。どうぞ、独りで抱え込まないで」
 子にするように、よしよしと布刀玉の頭を撫でる千覚に、頷く未楡。
 強張っていた彼の表情が少し緩んで……ふう、とため息をつく。
「……そうですね。親御さんだって、手放したくて手放した訳ではないと思うんです。置いて行ったのは……子が幸せになれると思ったからこそ」
「はい。悪いのは人じゃなくて、貧困だと思うんです」
「その通りですよ。その上で、私達に何ができるか、何をしたらいいのか……考えましょう。置いて行かれた子供たちが親元に戻っても、安心して暮らせる方法を。これ以上、親子が離れ離れにならずに済む方法を……」
 千覚と未楡の優しい声に、布刀玉は強く頷き――。


 ――それからまもなく石鏡王は、支援事業の次の一手として……石鏡各地に、病院と学校を併設した施設を設置する事業に乗り出した。
 貧困にあえぐ地からまず設置を始め、そこを拠点に村人達の自立を助ける形で支援を行い、子供たちが村から学校に通えるようにしたのだ。
 その施設の職員は、明王院一族の指導の元、孤児院からの卒院生を多く採用した。
 その結果、数年経った今では石鏡国内の子供が置いて行かれることはほぼなくなりつつあって……。
 目に見える形で結果が出るのは、すごく時間がかかる事業だけれど。
 人員の質の向上は、必ず国を繁栄させる。
 その信念を掲げた夫を、これからも支えて行きたいと思いながら……千覚は手紙から顔を上げる。
「……この子も元気そうで良かった。色々ありましたけど……落ち着いて来て、良かったですよね」
「本当にね。一時はどうなることかと思いましたけど……」
「あら。私は大丈夫だと思ってましたよ? 布刀玉様は出来るひとですから!」
「もー。そうやってすぐ人を乗せるんだから……」
 布刀玉に頬を撫でられ、くすくすと笑う千覚。
 夫にこちらにおいで、と囁かれて……身を預けたところで、書類の束を持った未楡が入って来た。
「布刀玉様、こちらが次の事業の……あら。ごめんなさい。お邪魔しちゃったみたいですね」
「お母様、違うんですよ……! ちょっと話をしていただけで!」
「夫婦の仲が良いのはいいことですから、気にしなくていいんですよ? さ、続けてください」
「で、ですから母上……! 千覚さんは本当に聡い方だと話していただけで……」
「……あら? そんな話してましたっけ?」
「しようと思ってたんです!!!」
 照れるのも忘れて小首を傾げる千覚に、アワアワと慌てる布刀玉。
 そんな二人に、未楡はころころと笑う。
「そうですわね。この子は『千を覚る者』ですから」
「……千を覚る者?」
「ああ……お母様が私を身篭った時、安産祈願の折に巫女の姿を見たんだそうです。それが、衆生救済に尽くす巫女……『千を覚る者』だそうで、私の名前もそこからつけられたんですよ」
 義母と妻の説明に、何度も頷く布刀玉。
 生けとし生けるものすべてを迷いの中から救済する巫女……まるで、千覚そのものだ。
 彼女がいなかったら、きっとこの長い道のりを歩いては来られなかった。
「僕は凄い人をお嫁さんにしたんですねえ……」
「娘をお褒め戴き恐縮です。この子がまさか、一国の主を夫にするとはさすがの私も思いませんでしたけど……この子が布刀玉様に嫁いだのは、明王院一族の宿命だったようにも思っていますよ」
「僕もそう思ってます。……千覚さんの加護があれば、この国は大丈夫ですね」
「も、もう二人共大袈裟ですよ!!」
 褒められて居心地が悪いのか、もじもじする千覚。
 そこにぐーーー……という大きな音が聞こえてきて……。
「あ。そういえば僕、お昼まだでした……」
「あああ! 昼餉をお持ちしようと思ってたのに……! 温め直して来ますっ!」
「千覚さん、慌てなくていいですよ!」
「はーい!」
 ぱたぱたと走って行く千覚の背に、恐縮しながら声をかける布刀玉。
 相変わらずな二人に、未楡は目を細める。
 ――この二人なら、大丈夫。次の事業も成功させるでしょう。
 千を覚る者は、聡明で思慮深き対を得た。
 この国はきっと、幸せを運ぶ国になる……。

 そんなことを考えながら、手にした書面を見つめる未楡。
 それは、次なる事業の……支援の手として、石鏡の人員を国外に派遣する企画書だった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib0351/明王院 千覚/女/17/千を覚る者
ib0349/明王院 未楡/女/34/多くの子を導きし母

布刀玉/石鏡国王(NPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。

石鏡の国と、その後のご夫婦のお話、いかがでしたでしょうか。
年表を見ると、布刀玉はこの後70歳くらいまで現役で王を続けることになりますが、それも奥様やご家族の支えあってのことで、様々な問題を抱えつつも、乗り越えて行くことができるかと思います。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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2015年10月23日

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