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『魔と鬼の日常は霊を喚ぶか? 』
鬼百合ka3667)&春咲=桜蓮・紫苑ka3668)&ファウストゥスka3689



 特別な切欠があったわけではない。
 一人暮らしで静かな日常に自分が埋もれなくなって、ファウストゥス(ka3689)が賑やかな同居人たちを得てから、一年と……少し、だろうか。
(そろそろ頃合いか)
 独り言は、気付けば言葉にはしなくなっていた。話す相手がいない頃ならこんなささやかな言葉も声に出していた筈だと気づいたのはいつだっただろう。
 うっかり言葉に出してしまうと、後から追いかけるように話しかけられて。そのやりとりははじめこそ戸惑うばかりだったけれど。次第に久しぶりのような懐かしいような気持ちになっていた。今では日常となっている。
(あいつらは五月蠅いからな)
 初めからそうだ。賑やかなペースに気付けば巻き込まれていて、それが当たり前になっている。彼等の常套手段と言ってもいい。
 その「彼等」はいつしか「自分達」になっていた。
 だから、五月蠅いと思うのはただのポーズなのだ。

 地下室があると話したのはいつだったか、ほんの雑談のついでに伝えてはいたはずだ。
 買い取ったまま、必要が無いからとほとんど手付かずにしていた部屋である。
 一人で暮らし、研究に没頭するには十分な広さのボロ屋も、人の声が増え、修繕の手が入り……何より物が増えたことで、手狭ではないにしても、不便を感じることが増えた。
 部屋は十分な数があるのだ。
 一人一部屋、ちゃんとあるのだが。
 同居人の私的なものが落ちて居たり、知らず実験室の薬品が行方不明になって何かの事件を起こしてしまったり……そんな管理不行き届きな事態は避けねばならない。
 信用はしている、だが、信頼はしていない。……彼等なら、不幸な事件を起こしてもおかしくない。
 その為にも、地下室を整理して活用することは有効であるように思われたのだ。
 ……決して、一人で過ごしたい気持ちが蘇ったとか、そういうわけではない。

 今は夏で、暑いから。
 気温も高い時間帯に、家の前の持ち主が残していった品々を放り込んだ部屋なんて、開けたいものではない。
(忘れていたな……)
 一人、同居人達を起こさないようにと足音を忍ばせる。
 夜中に実験室に籠もり研究に没頭する時間だ、別に彼一人家の中を歩き回っていても眠っていられるくらい、彼等は皆それを当たり前にしているはずなのだけれど。
 ただなんとなく、起こすのも悪い気がして……こっそり一人で整理を始めるのだった。



 ―――
(……眠れねぇじゃないですかぃ)
 夜中に目が覚めることそのものは、春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)にとって別に珍しい事ではない。強いて言うなら女として、肌の調子が悪くなるとか、睡眠が足りなくなるとか、その程度の知識があるだけで。いつもならすぐに寝なおす、ちょっとした出来事である。
 ―――
 音、というほどの大きさではない、けれど聞こえる物音というのが問題だ。
 効き慣れた、家主が夜更かしをする時の音ではない、そう思う。
 既にこの生活に馴染んだ自分達、それを迎え入れた彼は今では互いに気の置けない仲だ、そう確信をもって言える。
 家族だから。
 遠慮はしないはずだし、彼が起きているとするなら、こんな音はしないはずだ。
 それに今の時間。彼だってこの時間はもう寝ている筈で。
(じゃあこれはなんなんですかねぇ)
 精神を集中させると、騒がしい声が近くを通るよりも、針が落ちる音が気になってしまう……そんな実感を共にしながら、紫苑は剥き身の剣を手に廊下へと出た。銃の類も便利だが、物音を立ててしまっては元も子もない。

 ―――
 知って居る音にも似て、けれど違和感のある気配のようなもの。細心の注意を払って辿っていく、その先に。
(そんなのもありやした)
 地下室の扉という、記憶の片隅に追いやっていた情報が合致する。そしてすぐ、他の誰もが寝ている時間だと言う事を思いだす。
(……まさか、まさか!)
 アレが出るということなのか。季節を全てなぞったこの家で、そんな話は今まで一度も聞いたことが無いというのに。
 カタリ
(!?!?!?)
 タイミングよく聞こえた物音に、飛び上がらんばかりに驚いてしまうのは……それだけ、苦手だと言う事で。
 信じたくない、そんなものは見えないのだと頭の中で何度も繰り返しながら振り向く。軋んだ機械のように、ゆっくりと。そ
「ねーさん……?」
 むにゃりと、やや寝惚け眼の鬼百合(ka3667)がぼんやりと見上げてくる、その姿に途端に力が抜けた。
 気配を読むために意識を集中していたはずの自分は、アレが怖いばかりに鬼百合の気配も読めずにいたのだろうか。それともただ親しみ過ぎて、気配を読む必要が無いだけなのか……今のこの状況では真相はわからないのだけれど。

「どうしやした……?」
 手洗いに起きた鬼百合が見つけたのは、肩をすぼめたような紫苑の背中。
 昨晩は水分をとりすぎたかなと思った矢先のことである。用を済ませいざ屋根裏部屋へ、覚醒しきらない頭でふと視線を向けた先のことだった。
「!?」
 びくりと肩が震えたような、いやねーさんに限ってそんなはずはないですよねぃ。はじめは憧れ、今も敬愛している紫苑の弱っているような姿に、一度、寝惚けている自分の視界を疑う。
 声をかけて、その視線を向けられるまでは、目の前の彼女に対する理想はいつものままだった。
 けれど。
(……ねーさん、大丈夫ですかねぃ)
 無防備と言えばいいのか。珍しい事もあるものだと思う。
 それはどうしてなのか。先ほどまで紫苑が見ていた先に目を向けた。
 ―――
 覚醒の不要な、ほんの少しだけ人と違う視界。紋様の目で見ているのか、実際の目で見ているのかはわからないソレをじっと見る。鬼百合のその様子に紫苑が小さく息をのんだことは気付かず、少しだけ意識をソレに集中させた。
 ―――
 鬼百合の眼にひっかかる、映るのとは違う存在、特殊な気配。鬼百合が鬼と呼ばれた原因に含まれる何か。
 これの事だろうか、紫苑が……きっと、恐れている相手というのは。
 集中しなければ、うっすらとしか見えないようなソレは特に害を持つモノではない。それをよく知っているから、鬼百合はほんの少しだけ首をかしげた。なんて説明をすればいいのか。
(言っちゃいけねぇ気がしますさ)
 だとしたら、なんて言おう。ちらりと紫苑の様子を伺う。
「弱い雑魔とか、それよりも弱い何かじゃねぇですか」
 人を襲うほどの力もないような、正のマテリアルに近づいただけで跳ね返されてしまうような存在もあるかもしれませんぜ?
 ……強引な説だ、正直そんな雑魔は居ないだろうと鬼百合は思う。
「そんなことより、人間のドロボーの方がよっぽど怖ぇですぜ」
 ただ、一番怖いのは人間だ、その意図を重視して多少の粗には目をつぶる。今一番大事なのは、この人を落ち着かせることだから。



 ドカァッ!
 屋根裏の戸が豪快な音とともに開け放たれる。熱気はないが空気が入れ替わり、鬼百合はその変化にゆっくりと目を開けようとして……
「鬼百合、一緒に来てくれませんかぃ!?」
 がしぃ、ぶんぶんぐらぐらぐいぐいずるず……
「ちょ、ちょちょちょ、なんなんですかいねーさん!?」
 豪快な揺さぶりからの引きずり行為。一連の流れのあまりの勢いにクラクラしながら発する必死の声は、辛うじて紫苑へと届いた。
「……!? すみませんねぃ鬼百合、でも……どうしても無理なんでさぁ」
 また気配がするのだという。取り乱したことに遅れて恥ずかしさがこみ上げたのか、どこか視線を逸らしがちに言う紫苑。可愛らしい反応のはずなのだが、まだグラグラしている鬼百合はそれに気付かない。
「トイレですかぃ、それくらい一人で行ってくだせぇよ……」
 欠伸混じりのその言葉はタイミングが悪かった。
「……それはどういう意味ですかねぃ」
 転じて、いつものように。鬼百合相手でも本気で返す前口上のような言葉。例えば手を組んでボキボキと鳴らすような。それはある意味でリラックスさせる特効薬だったけれど。
 ―――
 効果はほんの短い間だ。前と同じに思える音に気付いた途端、いつもの紫苑はまたなりを潜めた。
 前と同じ気配だろうかと、鬼百合が見極めるため視線を巡らせる。
「!?」
 前と同じように肩をすぼめる紫苑。その弱っている様子に、鬼百合の眠気が完全に飛んだ。
(この前は、あれで納得してくれやしたけど)
 数日前のあの日は何とかなったけれど、何度も通用する話ではないこと位分かっていた。
 何より今日の紫苑は何か違和感がある。
「……?」
「どうしたぃ、鬼百合……?」
「ねーさん、料理でもするんですかぃ?」
 違和感の正体を指さす。紫苑の手には、どう見てもこの場にそぐわない小瓶が握られていた。
 台所の定番アイテム、味つけの決め手、人が生きるために欠かせないとも言われる……そう、塩だ。
「悪霊退散と言ったら塩でしょうに」
 さも伝説の武器だとでもいうように、大事そうに持っている。
 蒼界ではそんなに便利な塩があるのだろうかと思う鬼百合である。
(胡椒ならくしゃみを出せるとか、あるかもしれねでですけど)
 試しに考えてみたが、そんな話は聞いたことが無かった。うっすらと……そう、ほんの少しだけ、塩がそういう役に立つという話を本で見たことがある気もしてきたけれど。
(でもこれ、間違いなく台所で見た塩でさ)
 流石に伝説のアイテムではないはずだと思う。なのに紫苑はどうして。
「ねーさん……」
 ぐっと、下げていた手が拳を形作る。
(そんなに動転するほど、怖いんですねぃ)
 そして改めて思うのだ。
「紫苑ねーさんはオレが守ってやんますぜ!」

 キィ……
 部品にやや錆びつきのある扉は、どれだけ音を消そうにも消しることはできない。
(起こしてしまったか)
 同居人の誰かが気付いたのだろうと分かる。
(いずれ分かる事だしな)
 特別隠すものがあるわけではない。自分が越してきてから、使わない私物を放り込んでいたくらいだ。それらは全て実家から持ってきたもので、当時とは違う暮らし方をしている自分にしてみれば、必ずしも必要なものではない。
 何年放置していたのか、あまり数える気は起きない。それだけ使わないものは皆、不用品のはずだ。すべて処分すればいいだろうと思う。
 ただ、ほんの少しだけ例外はあった。
 そのうちの一つ、見つけだした一枚の写真を捲る。光で焼けてはいないけれど、埃やらが積もって色褪せは避けられなかったその写真。昔の自分と……
 パッ……
 ペンライトの灯りが差し込まれたことに気付き、古びた机の上に写真を伏せる。暗さに慣れていたせいで、その小さな明かりでさえも眩しい。振り返るのはもう少し後でもいいだろうか。
「おっおっ鬼百合ぃ、な、なな何か居たみたいだが」
 塩撒いていいか、と紫苑の声に小さく首をかしげる。
(こんな所で料理でもするのか?)
 意味不明な女だ。
「……あれは……」
 ごくりと息をのむ音。
(何を言っているんだこいつらは)
「その辺の……とは、違うかもしれませんねぃ……!」
「違うって、どどどういうことでぃ」
「それは……その、存在感と言いますかねぇ……」
 一向に近寄ってこない二人の会話に耳を傾けるが、全く意味が分からない。

(その辺の、何だ)
 俺は一人だが、何と勘違いしているのやら。……そろそろ目は慣れただろうか。
「おい、貴様ら何を言って……」
「あっこっちに来ますぜねーさん!」
「あ、あああ悪霊退散ー!?」
 ずっと静かに作業をしていたせいか、声が擦れてうまく出せない。喉の調子を直す前に、2人はどんどん先に進んでいく。
 バババッ!?
 粉のような何かが降りかかる感触。これはなんだ……ああ、塩か。
「……紫苑、鬼百合」
 何をしているんだと静かに問えば、初めて落ち着いた声になる二人。
「ファウのにーさん? にーさんだったんですねぃ?」
「な、なななんだおめー、そうならそうと言えよな!」
 この前もお前だったのか! なら良かった泥棒じゃなくて!
「は? 初耳だが」
 何の話だと聞こうにも、既に二人はその全てをファウストゥスのものだと決めつけているせいで、聞く耳を持たない。
(なんだというんだ)
 泥棒にでも間違えられたのか、いや、悪霊と言っていたから幽霊と思われたのか自分は。
 現状から理解できる情報を拾い上げて、小さく肩をすくめた。

「それにしても紫苑、貴様幽霊が怖いのか」
 子供だなと鼻で笑ってやる。可愛いところもあるんじゃないかと微笑ましく思う部分もあるが、普段ガサツな部分が目立つせいで言ってやる気にもならない。
「言いましたねぇ。そういうおまえさんはオカンみたいですよねぇ、いっつも細かい事をグチグチと……プリンくらい誰が食べたっていいじゃねーですか」
「オカンってなんだ」
「母親のことだって聞きまさぁ。ねーさん、ファウのにーさんはれっきとした男でさ」
 鬼百合が知識を嬉しそうに話す。2対1である。いつもなら男女比が同じなのだが、今は紫苑が分が悪い流れだ。勝ったかと、少しだけ清々しい気分になる。
「……今度俺の分のプリンをやろう、鬼百合」
「ありがとーございまさぁ!」
 機嫌よく地下室を出ようとしたところで、紫苑がどすの聞いた声で空気を揺るがした。
「……おまえさん方、そのプリンは誰が作ってるのか、わかってるんでやしょうねえ?」
「「……」」
「それは勘弁してくだせぇ、ねーさん!」
 鬼百合の転身、ファウはすぐに劣勢になる。
「わかったわかった」
 適当に手を振って受け流し、部屋を出るかと促す。
 こんな時間だというのに。気付けば賑やかで、平和な、ありふれた日常に戻っている。この地下室もすぐにそうなるのだろう。
 そう思うほどに、今の生活は当たり前になっていた。

 ―――
 三人が去った後。
 誰も見ていない古びた机の上、置かれた写真がひらりと静かに、表向きに変わった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3667/鬼百合/男/10歳/魔術師/ムードメイク】
【ka3668/春咲=桜蓮・紫苑/女/22歳/闘狩人/内実乙女たるや】
【ka3689/ファウストゥス/男/26歳/闘狩人/影薄き】
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2015年10月26日

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