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『 ウィル・オ・ウィスプの種火 』
ノイシュ・シャノーディンka4419)&尾形 剛道ka4612


 笑うカボチャの口の中で、ちらちらと蝋燭の明かりが揺れている。
 ちょっと歯が欠けていたりするけど、ノイシュ・シャノーディンが一生懸命に作ったランタンだ。
「じゃあ、いってきます」
 油断するとずり落ちて来る魔女の帽子のつばをちょっと持ち上げ、はにかむように笑うのは薔薇色の頬の少女。
 綺麗に編んだ銀色の長い髪が、細い肩で揺れている。
 黒いドレスの裾を翻し、ノイシュは家を後にする。

 今日はハロウィン。
 いつもはこんな夜遅くに外出することはないけれど、今日だけは特別。
 ノイシュがおしとやかにしていないと渋い顔をする父親も、今日はお祭に行くことを許してくれた。
 家の明かりが見えるところまでは、しずしずと。
 けれど小道が林に入るあたりで、ノイシュはすうと息を吸い込み、力いっぱい駆け出した。

 今日だけは特別。
 夜に子供が出歩いてもいい日。
 みんな幽霊や魔女や化け物になって、お菓子をもらいに行くのだ。
 魔女になったノイシュは走る。息を切らせて、力いっぱい走る。
 なんだか本当に、自分が違う生き物になったみたいに思えるから。


 そのままの勢いで林を駆け抜けようとして、ノイシュはふとあることに気付いた。
「……あら?」
 夜の木々や草むらから、湿り気を帯びた空気が立ち昇っている。
 そこに混じるのは押しつぶされた植物の匂い、そしてたった今、地面からはがれた土の匂いだ。
 ノイシュは足を止め、鼻をひくつかせた。
 植物や土の匂いに混じって、独特の鼻を突く匂いを嗅ぎ取ったのだ。
(血の匂い……)
 ランタンを掲げ、辺りを見回す。
 慣れた林のことだ、普段と違うところがあれば夜であってもすぐに気付く。
「ねえ。だれかいるの?」
 ノイシュは囁くように尋ねる。すぐ傍の草むらが、踏み荒らされていたのだ。
 恐れる様子も見せず、ノイシュはそこへ近づいて行く。
「ねえ、……きゃっ!」
 ランタンがノイシュの手を離れて落ちる。
 ノイシュの肩と口元は誰かの手で押さえこまれていた。
「静かにしろ」
 怜悧な刃物のような男の声だった。
 ノイシュは目だけを動かして声の主を見上げる。
 ランタンの光を下から受けて、若い男の険しい顔が浮かび上がっていた。



 男は近付いて来る足音に一瞬身構えた。
 だがすぐに大きな息を吐き、壁に身体を預ける。
 二回を二回、そして三回を一回。扉を控え目にノックする音が響き、続いて細い身体が物置小屋に滑り込んできた。
「眠っていなかったのね。傷は痛む?」
 銀の髪が揺れ、紫の瞳が好奇心に満ちて輝いている。
 返事をしないでいても、相手は勝手に傍に来て座りこんだ。
「ちょっと見せてね。痛くはしないから」
 身体じゅうに巻いた包帯を外し、まだ生々しい傷に眉をしかめる。

 男は黙って相手の様子を眺めていた。
 リボンを結んだ銀の髪は艶やかに輝き、白い頬はなめらかでいかにも健康そうだ。
 身に付けたドレスの布地は上質で、白いエプロンもフリルがたっぷりついた高級品である。
 つまりは、見るからに大切に育てられたお嬢さん、という風情なのである。
 その所作はしとやかで、小首をかしげる様子も愛らしい。
 にもかかわらず、男は違和感を覚えていた。

 そもそも昨夜、林の中で出会ったときにも妙に大胆だった。
 深窓の令嬢にはときに恐れを知らない者もいるが、それとは違う豪胆さだ。
(こいつ、男か)
 昨夜は咄嗟のことだったが、そういえば掴んだ肩は少女にしてはしっかりしていた。
 だが相手が男でも女でも、自分にはどうでもいいことだ。
 とにかくノイシュと名乗ったそいつは、自分が怪我をしているのを見ると、この物置小屋まで連れて来た。
 普段は使わない狩り用の小屋らしかったが、取り敢えず横になることはできた。
 ノイシュの勧めに従い、ここで傷を癒すことにしたのだ。

「お腹すいてない? 何か食べられそうかな」
 ノイシュはケープの中に隠し持っていた包みを開いた。
 ビスケットの甘い香り、そしてチーズや干し肉やパンが顔を覗かせる。
「火が使えないから、余り温かくないけど。我慢してね?」
 どうやって持って来たのか、金属製のマグカップにスープまで入っている。
「……何故、俺に構う」
 カップを前に、男は鋭い視線を投げる。
 だがノイシュは臆する様子も見せず、僅かに考えこむ。
「どうしてかな。たぶん、怪我をしてたからかな?」
 ふふっと微笑み、改めてカップを差し出した。今度は男も黙って受け取る。
「お兄さん、あんまり人に見られたくないのね」
 男の手が止まった。
「ううん、理由はいいの。聞いてみただけ。あのね、私もいつも遊べるお友達はあんまりいないのよ。この近くには男の子しかいないから」
 ノイシュはよくしゃべった。
 とりとめのない話題を、ずっとしゃべっていた。
 その間に男の傷を手当てし、顔を拭くようにと濡れたタオルを差し出す。
「はい、どうぞ。さっぱりするわ」
 男はこれも黙って受け取った。



 そんな日々が何日か続いていた。
 今日もノイシュは、父が出かけるのを焦れるような気持で待っている。
 玄関先から呼ぶ声がした。待ち構えていた声だが、そうとは分からないように、あくまでも普段通りに見送りに出る。

 父はノイシュを溺愛していた。
 だがそれは、愛らしい理想の『少女』であるノイシュを、である。
 意のままになる美しい人形。
 ノイシュは父の言う通りにさえしていれば、愛して貰える。
 だから、他の男の子と遊べなくても構わない。
 走りにくいドレスも、面倒な長い髪も、そういうものだと思って受け入れていた。

 だがハロウィンの夜、ノイシュは初めて父に秘密を持った。
 行きずりの手負いの男。
 野を駆ける肉食獣の様な、空を舞う猛禽のような人間。
 彼のことは誰にも話す気になれなかった。
 夜が明けて、陽の光の中でも影の世界に棲むかのような瞳。
 鋭い視線はノイシュの心の中、自分でも知らなかったような部分を抉ってくる。

 ノイシュには何故か彼が寂しげに見えた。
 出会ったのがハロウィンの夜だったからかもしれない。
 男は行くあてもなく彷徨う鬼火、ウィル・オ・ウィスプの化身を思わせたのだ。
 だが寂しげな姿は、選びとった『今』に納得し、全て受け止めているようにも見えた。

 そのせいだろうか。男はノイシュを拒絶しなかった。
 何も求めない。何も否定しない。
 男の深く静かな沈黙は傍にいて心地よく、ノイシュにはそれが不思議だった。
 殆ど口もきかない男が一体何を考えているのか、どうしてこんなにもあの男に惹かれるのか。ノイシュはずっと考える。

 父が望むことだけを考え、父が喜ぶことだけを思う。
 そうして生きて来たノイシュが、赤の他人に興味を持ったのは初めてのことだった。
 父が出かけた隙に、食べ物や傷薬を籠に詰め、それから頼まれていた物を持って、そっと家を抜けだす。


 男はノイシュを待っていた。
「頼まれていた物。これで良かったかな?」
「……ああ」
 鋏を受け取った男は、いきなり長い黒髪を切ってしまう。
「えっ……!」
 驚くノイシュをよそに、髪を纏めていた紐をほどくと、短くなった髪が男の顔を縁取った。
「世話になったな。そろそろ発つ」
 ノイシュは泣き出しそうな顔になっていたのかもしれない。
 男は髪紐をノイシュの手に握らせた。
「いつかまたどこかで逢えたら……礼は、その時に取っといてやる」
 今は厄介事に巻き込むつもりもない。
 だがいつかこいつはドレスや甘い菓子を捨てて、外に飛び出すだろう。
 自分がくれてやるのは、世界だ。
 男は身を屈め、ノイシュの耳元で自分の名を告げた。



 ハロウィンの夜、ノイシュは彷徨う鬼火をみつけた。
 自分の足で立って歩む、寂しく孤独な魂の輝き。
 触れれば傷を負わずにはいられない。
 ――それでも。
 籠の鳥は冷たく燃える種火を受け取った。それは胸の中で静かに燃えている。
 だから、檻の外に広がるのが血と硝煙に満ちた荒野であっても。
 鳥はいつか籠の扉を開いて飛び立つだろう。

 髪紐を握りしめ、ノイシュは顔を上げた。
 いつか飛び立つはずの空はどこまでも高く蒼く、残酷なまでに美しかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4419 / ノイシュ・シャノーディン / 男 / 13 / 歩き出す人形】
【ka4612 / 尾形 剛道 / 男 / 24 / 鬼火の男】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ハロウィンの夜の邂逅、運命の出会い。
折角の季節エピソードでしたので、少しハロウィンらしくアレンジしてみました。
ご依頼のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
ゴーストタウンのノベル -
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ファナティックブラッド
2015年10月30日

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