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『結ンダ小指ノ追想桜 』
常塚咲月ja0156


 はらり、
 ひらり。

 無と有。空に桜の花弁が舞い散る。
 果たしてそれは、幾千の時を眺めていたのだろうか。

 大切な貴方と。
 大切な貴女と。
 
 満開の桜の樹の下で絡む――来世と小指。



 激動の時代、大正。
 温暖な気候は四季折々の花に恵みを与え、中でも、日本精神に根ざす桜は何時何時も薄紅色で咲き誇らせていた。
 新時代の浪漫に色めく世間。その波紋は人のみならず、世に共存する妖や神仏さえも感情を躍らせた。さあ歌え、さあ踊れ――今宵も風に乗って薫る桜の匂いは、御伽草紙の如く夢現に。





 その神社の名は、此花。
 山の麓――脇道へ逸れた先は蒐の森。緑の合間を縫えば、朱色の鳥居が見えてくる。宵に嗤う狐火を左右に石段を越えて、その向こう。神域に一人佇む、妖しの蝶。

「月、綺麗……」

 淡と、美姫なる――名を、咲月。此花の社に住みつき、奉公をしている。
 背には紫を帯びた上品な青、紺青色の羽をそよそよと泳がせていた。月光に反射する鱗紛が、まるで星の粉のように散り輝く。

「お月見するなら……兎が搗いたお餅、食べたかったな……」

 本殿の玉垣に腰を掛けた様、物足りなく囁いて。気が入っていない素足を左右交互に動かしながら、ふと。

「そうだ……桜の樹の所、行こう……。月夜に浮かぶ紅色、好き……」

 咲月は着物の袖をはためかせ、浮遊するように拝殿の傍らへ。
 清浄なる境内の中。狂いの紅咲き、薄い一片舞う――桜の大樹。その空間は、帝都の喧噪とは無縁の別世界であった。

「う……?」

 出会いは此処から始まる。

 風に揺らいで、咲月の烏羽色な長髪が柔らかく音を奏でた。
 その、同じ色――黒曜石を粉末に砕いて色づけたような“彼”の髪も、緩やかに桜の花弁を染める。

 外套を肩に羽織った軍服姿の男が一人、桜の下で淡に溢れた色を見上げていた。だが、目線は何処か遠くを眺めているようで。狂おしく仰ぎ見る彼の横顔は苦く歪み、同時に、咲月は言いようのない寂寥感を覚えた。

「(哀しそうな人……。見てると……胸、痛い……。泣かないで……大丈夫だよ……?)」

 心の内に念じた咲月の想いは微かな力となり、風に乗る。
 ひらり、舞い散り。桜の花弁は彼に寄り添って、抱いた。絶えた祈りを重ねるように、哀しみが宵に消えるまで。

 咲月の気配が届いたのか、肩越しに、端整な容貌が緩慢に振り返った。

「(あ……。綺麗な、目……)」

 絡み、交差する、千歳緑と翠玉の瞳。男は面を向けた時の何気ない表情のままで片時咲月を見つめ、やがて、控えめな笑みを置く。

 思えば、彼は――彼女は、宵に咲く桜の蜃気楼だったのかもしれない。

「……おいで? 甘いもの、好きかい?」





 流架――彼はそう名乗った。
 月日が経つのは早い。あの宵の出会いから、咲月と流架――妖と人の関係は、朧な月影よりも鮮明に深まっていた。

「あの人は温かくて……いい匂いがするの……。外の世界のこと……沢山知ってて、色々教えてくれるし……此処以外の色んな所、連れて行ってくれる……」

 だが、神主や桜の神は口を揃えて同じことを言う。

 ――あの男からは穢れが見える。良からぬことになるぞ、彼奴には近寄るな――

 人の姿形をした“鬼”とまで呼ぶのだ。
 だが、咲月は知っている。彼が生み出す言葉も、想いも、唄も、密かな背徳も――、

「でも、いい匂いするし……。優しくて、綺麗な人だよ……?」

 何故かとても温かいのだ。

「穢れが良くないのは知ってるけど……優しい人だもん……。どんな事してても……他の人から見たら鬼でも……私にとったら……大事な人だよ……?」

 嗚呼、願わくば――。










「サツキ。どうかしたかい?」

 彼の、隣りに。

「縁日は苦手だったかな。神社へ戻るかい?」

 流架の問いに、咲月は考えるよりも早く彼の袖を掴んでいた。そして、慌ててかぶりを振る。

「ううん……楽しい……。もっと、一緒に見て回りたい……」
「……ふふ、良かった。おいで、サツキ」

 からからと回る風車の中、繋いだ手。
 彼に呼ばれる度に、咲月は自分の名がそんなに明るく響くのだということを初めて知った。

「――さあ、座って」

 流架は咲月の肩に手を添えて、道筋から外れた石積みの上に腰を下ろさせた。

「足を失礼するよ。君の肌は白いから、きっと互いに映えて美しいと思うのだが……ん、鼻緒の部分は痛くないかな? ――よし、どうぞ」
「おー……蝶の刺繍が華やかで、綺麗……。黒塗りの下駄って初めて履いた……洒落てるけど、繊細な感じ……? 絵草紙も買って貰ったのに……ほんとに、いいの……?」
「ああ、勿論。お礼だ」
「……? なんの……?」

 彼は小さく笑う。
 答えずに、咲月の頭にぽんぽんと軽く手を置いた。その温度に、咲月は目を瞑る。“酔い”を悟られそうで、彼の瞳を見ることが出来ない。

「むぅ……。じゃあ……私も、お礼……。ぎゅー……って、していい……?」
「やや? ふふ。――ああ」

 咲月は流架の胸に顔を埋め、背中へ両腕を回す。
 彼に優しくされると胸が苦しい。彼に微笑まれると、いてもたってもいられなくなる。この感情はいつ、何処からやってきたのだろう。

「あ……香……? 柔らかい匂い……。と、……」





 沈黙に混じる、血の臭い。
 そうか。……やはり、そうなのか、と。
 それはきっと、月のない宵。鬼の手で、咲月の知らない誰がどれほどの数、消えたのだろう。でも――、

「貴方は、此処にいる……」

 それだけで、いい。





 からん、ころん。
 夜空に響く、下駄の音。境内では素足が習慣付いていたが、つい、鼻緒に指を通してしまった。

「(あの人……元気かな……。最近、会ってない……)」

 眉宇を曇らせ。縋るように、下駄へ想いを馳せる。





 ふと。

 空が堕ちたような気がした。
 変わらない声だと、終わらない夢だと思っていたものが――。





「……サ、ツキ……」





 壊れた。

 それは、花弁を赤く染めて。
 桜の大樹に背で寄りかかり、腰を落とすのは流架。駆け寄った咲月が目にしたのは、彼の腹部と地を濡らす鮮血の染み。

「や、やだ……どうして……」
「すまない、サツキ……。終わらせようと……したんだ……。もう、俺の手は、どうしようもないほど穢れていたが……君が、眩しいから……君の光が、俺を照らしてくれるならと……だから、終わらせて……サツキの傍に……いよう、と……」
「……! いや……死なせない……今、人を――」

 腰を上げようとする咲月の腕を、流架がさっと掴んだ。

「サ、ツキ……サツキ、」
「ん……。いる……此処に……貴方の傍に、ずっといるから……」

 咲月は涙堂を押しあげた瞳で彼に微笑みかけると、捉えている流架の手に、そろりと掌を重ねる。

「悲しんでくれなくて、いい……愛してくれなくても……いい、から……たの、む……」

 流架は力ない小指を差し出した。どうか、と。
 咲月は察する。彼の温もりが消えるその前に、終わらない安息と願いを――。

「俺のことを……忘れないで、くれ……」





 絡む指と指。確かな熱。
 彼は安堵した表情で瞼を閉じた。愛しい人の、腕の中で。

 薄紅の花弁が、手向けの如く舞い散る。ひらり、はらり、何処までも。
 ねぇ――いつか何処かで、また会える。その時、貴方の傍で羽を広げよう。ささやかな願い事だとしても、きっと。

「また、巡り会える……信じてるから……。だから、今はゆっくりおやすみなさい……ルカ……」

 宵の桜が、唯唯、美しく滲んでいた。



 ぬくい。

「んん……。膝枕……? 温かくて、気持ちいい……」
「――やや。起きたかい?」
「う……? あれ……ここ……?」
「ふふ、寝ぼけているのかな。先生の家の縁側だよ。君が遊びに来てくれたんじゃないか」
「――っ! あれ……? ゆめ……?」

 眼(まなこ)を擦りながら、名残惜しげに体温から上体を起こす常塚 咲月(ja0156)。視線を上げた先には、平素通りに微笑んでいる藤宮 流架(jz0111)の姿があった。

 咲月は感慨深い衝動にかられる。同時に、心音が変な具合に狂った。
 世界が桜で彩られる。





「――って夢見た……壮大だった……」

 咲月は冷茶で喉を潤しながら、夢話を語った。終始、黙って拝聴していた流架であったが、咲月が語り終えた頃、ふっと軽く力を抜いた表情になる。

「ふふ、赤ん坊のようにスヤスヤと寝ているものだと思ったら……随分と鮮明な夢を見ていたのだね。怖かったかい?」
「う……? ううん……終わりはとても、切なかったけど……先生は優しくて……温かくて……やっぱり、先生のままだった……。だから、安心した……。ねぇ、先生……? 先生は私の世界の大切な色だからね……?」

 両の手で流架の袖を握り締めると、咲月はひしと慈しげに告げてきた。その真摯な瞳に視線を合わせて、彼女の両手に自由な方の手を重ねる。

「その言葉だけで、先生はとても幸せだ。――そうだ、咲月君。先生と指切りをしよう」
「指切り……? いいよ……。でも、約束は……?」

 互い、そろり、小指を胸の高さへ。首を傾げる咲月に、流架は謎めいた微笑を返す。

「今はまだ、内緒。……先生を――俺を、信じてくれるかい?」





 狡い人だ。
 だけれど。見つめ合うその視線はもう、足跡を消せない。例え全てを忘れても、“あの瞬間”のように――夢の続きは貴方に託そう。

「信じるよ……。だって、先生は……私の大切な人……」

 結ぶのは指。
 散って咲くのは桜。

 ――嗚呼、世の全てに美しい意味がある。貴方が、貴女が、教えてくれた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0156 / 常塚 咲月 / 女 / 21 / 瑠璃に舞う蝶】
【jz0111 / 藤宮 流架 / 男 / 26 / 桜に忍ぶ鬼】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大正、桜、人と妖の絆。筆が止まらなくなりそうでした。アドリブぱんぱんですみません……!
切なさの中にも、傾かない愛しさを感じて頂けましたら幸いです。
淡く、色美しく、確かな温度のご依頼、誠にありがとうございました!
ゴーストタウンのノベル -
愁水 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年10月30日

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