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『現なる夢の幸いなるは。 』
閻羅(ic0935)&月雲 左京(ib8108)

 里の季節はそろそろ、夏から秋へと移り変わろうとしている。それに小さく目を細めて、月雲 左京(ib8108)は屋敷までの小径を踏み締めた。
 夏の緑の勢いが気付けば和らぎ、色合いに秋の気配が混ざり始める季節。それはひどく細やかで、けれども一度それと気づいてしまえば驚くほどの力強さと勢いを持ち、世界の彩りを一変させる。
 木々が色付き山が緋に染まるのは後どれほどかと、思う左京の足元を歩く猫又が、何かに気づいたように声を上げた。ふとそちらに意識を向ければ、屋敷へと続く庭先に立つ、兄の姿が目に入る。
 にに様、と左京の唇が小さく綻んだ。

「ただ今、戻りました」
「――ああ」

 小さく駆け寄りそう告げた、左京の言葉に兄・閻羅(ic0935)が小さく頷く。そうして、はにかむような左京に目を細め、そろそろ昼餉の時間だと促した。
 それに頷いた左京が、すいと閻羅の傍に並ぶ。そうして2人肩を並べ、戻っていくのは古びた大きな屋敷。
 ――2人が暮らすのは、かつて滅んだ里の中にある、かつて暮らしていた屋敷である。そこで2人は大切な家族と共に幸せに、ひっそりと幸せに暮らしていた。
 ――どうして幸せでない事があるだろう? 大切な家族と共に過ごす時間が、どうして幸いでないわけがあるだろう。
 だって自分達は『今度こそ』ずっと一緒に暮らしている。離れることなく、寄り添って、ただずっと。
 その、密やかに積み重ねていく時間が幸せでない事なんて、あろうはずもない。だから――その家族がとっくに死んだはずだという事など――共に時を重ねて過ごす彼らが実態など持たない幻に過ぎない事など、目を逸らしてしまえばただそれだけの、とても些細な事だ。
 だって自分達は今、とても幸せなのだから。



 それは冴え冴えとした月の輝く、静かで美しく、それゆえにどこか不安を覚えずにはいられない、そんな夜の事だった。何かを予兆するかの如く静やかで、ずっとこのまま危うい安定を保っていたいような――けれどもそれが叶わぬ事はどこかで予感してもいて、砕け散るその瞬間を息を潜めて待っているような、そんな夜。
 けれどもそんな夜は初めての事ではなく、里に戻ってから繰り返されてきた夜の中で、もう何度も訪れたものだった。だからこんな夜をどう過ごせば良いのかも、もうとっくに心得ていて。
 ゆえに、どこも不安などないはずなのになぜか危ういバランスの上に成り立っていると思わずにはいられない、不可解に漣立つ心の内を深く沈めて想いに沈む閻羅の前で、左京もまた思索に耽る人の様な面持ちでつくねんと座っていた。それがどこかいつもと違うと、閻羅がふいに気がついたのと、小さな唇が微かに震えたのは、同時。
 心地よく心地悪い、玻璃のような沈黙が左京の言葉にピシリ、音を立てた。

「にに様‥‥今日、里の方が‥‥」
「‥‥うん?」
「‥‥わたくしを嫁に‥‥と申され、ました」

 その、瞬間。確かに何かが透明な音を立てて、砕け落ちた音を聞いた、と思った。それはきっと――閻羅だけでは、ないはずで。
 左京は透明な眼差しをただまっすぐに、するりと何もかもの表情が落ちてしまったかのような兄へと向けた。そうして、それでも欠片のように残った空気を壊す事を恐れる人のように、ささやかな言葉をさやかに紡ぐ。

「三日後の、夜‥‥迎えに来る、と‥‥」
「三日後‥‥」
「‥‥にに様も共においで、ならば‥‥わたくしは‥‥」

 この話を受けようと思うのだ、と。告げた左京の言葉に閻羅は、三日後、ともう1度繰り返した。
 ぞわり、と背筋を這い上ってくるような、不安。不吉な予感。胸に湧き上がり渦巻く感情を、もはや沈める術を閻羅は持たない。
 三日後、左京を迎えにやって来る。――三日後、左京がこの屋敷から居なくなる。
 三日後――

(また、家族が離れてしまう)

 その言葉が脳裏をよぎった瞬間、閻羅の胸を例えようのない不安と焦りが染め上げた。それはあっという間に、閻羅を押し潰さんばかりに大きく膨らんでいく。
 せっかく、『家族みんなで』一緒に暮らしているのに。暮らせるようになったのに。――幸せなのに。
 また、居なくなってしまう。離れてしまう。一族が、無くなってしまう――!
 そう――思う閻羅の面を見上げ、左京は小さく眼差しを揺らした。透明な月の光が、そんな2人の上に静かに降り注いでいる。



 ――それは、確かな悪夢だった。
 燃え盛る屋敷、その中で家族が居なくなってしまう夢。離れて――消えてしまう、悪夢。
 何かを、叫んだ気がした。叫ばなかったようにも、思った。
 屋敷を焼く熱は幻のものとも思えず、けれども頭のどこかではこれが夢だと識っていて。なれどこの胸を灼く焦燥は真の物のように閻羅を苛み、必死に伸ばした手はただ空を掴むばかり。
 失う、という恐怖。失いたくない、という渇望。
 今まさに焼け落ちようとする屋敷の中、ほむらの影の向こうに消えゆこうとする、あれは――

「‥‥‥ッ!!」

 声にならない声を上げ、飛び起きた閻羅はそこが、常と変わらぬ屋敷である事を確かめほぅ、と大きな息を吐いた。もちろん、焼けた痕などどこにもない。
 どこにもない、けれどもあれは確かにこの屋敷のことだったと、閻羅は辺りをゆっくり見回す。全身をぐっしょりと濡らす寝汗が、寝起きの肌に夜着をまとわりつかせて酷く、気持ち悪い。
 夢の不快と現の不快、果たしてどちらが真実なのだろうと故事にも似たことを思いながら、巡らせた眼差しが軒先きへと向かった。その向こうに広がる庭は、過ぎ去りかけた夏の名残を宿して明るく、遠い。
 その、中に。左京と猫又の姿を見つけて今度こそ大きな安堵の息を吐いた、閻羅の眼差しには気付かないまま左京は、猫又を前に目を細めていて。

「よく、似合っておりますよ」

 そう呟く左京が見つめているのは、猫又の首についている首輪。昨日までとは違うそれは、今しがた左京が贈ったものだ。
 ――なんとはなしに、贈っておかねばらないという気が、した。それは細い、細い糸のような予感にも似て、けれども手繰り寄せた先に何があるのかは未だ、見えず。
 慈しむように撫でた猫又を飾る、髪留めもまた左京が贈って着けたもの。本当によく似合っていると、それを見てまた目を細めた。
 なぜだか、間に合って良かったと思う。



 翌日は、暑い日差しの中にほんの少しの涼やかさを感じさせる、確かに進んでゆく季節を思わずにはいられない朝だった。確かに日々は過ぎていき――『その日』は確かに近づいている。
 秋の訪れよりも、それは遥かに早く。残酷なほどにあっけなく、時間はただ過ぎていく。

 ――家族を守る事が出来るのは閻羅、お前だけだよ。

 耳元で囁く声がした。否、それは鼓膜を震わせた音ではなく、ただそう告げられたと閻羅がそう思っただけの、今は亡き長兄のそれだったのだけれども。
 閻羅にとっては、確かにそこに居て共に暮らす愛しい家族。その家族が、長兄が閻羅の耳元でそう繰り返す。
 何度も、何度も。寄せては返す漣のように、静かに、けれども気付けば足元の砂を運び去るような、危うい確かさで。

 ――今度こそ、家族を守れるのは‥‥
「――わかっている」

 愛しい家族の言葉に、しかと頷き呟いた閻羅の姿を見て、ぁ、とちょうど昼の散歩から戻った左京が小さく声を上げた。ゆるり、そちらへ眼差しを向けると、はにかむような表情になって。
 そのままの表情でぱた、と駆け寄った左京は、軽く息を弾ませながら今日の出来事を兄へと告げる。

「にに様。わたくしの知人夫婦に、二人目の子が宿った、そうなのです」
「――そうなのか?」
「はい。――元気な子が、生まれれば良いのですが」

 そう告げる、左京の嬉しそうな笑顔を見つめて頷きながら閻羅は、胸の中でもやもやと渦巻いていた、自分でも説明のつかなかった感情がゆっくりと形をなし、姿を取り始めるのを感じていた。――霞みがかった頭が、ゆっくりと晴れていく。
そうだ、と思った。

(俺だけ、だ)

 炎に堕ちる屋敷の夢、家族を守れるのは自分だけだと言った長兄の言葉。閻羅だけが家族を、一族を守れるのだ。
 ずっと憧れていて、自分にとっての絶対者だった兄。それは今でも揺らぐことなく、自分はただそれが出来なくなった兄の代わりに一族を纏め、率いているに過ぎなくて。
 けれどもだからこそ、一族を何があっても守るのが閻羅の役目。何があっても――何としても守るのが、兄の代わりに一族を守る閻羅の絶対の存在理由。
 ならば、自分がやるべき事は。こんな時、果たして長兄ならばどうするか――
 思索を巡らせ、こくり、一つ頷いた閻羅を左京は、なにかを感じたように真っ直ぐな眼差しで見上げる。にに様、呟いた言葉は幽かな響きしか持たず、風に攫われどこへともなく消えていった。



 それは、その晩の出来事だった。
 左京は昼、夜と幾度となく散歩に出かける。その夜もいつもの通り、猫又と共にすっかり秋の気配を帯びた夜気の中、里の小道をぐるりとそぞろ歩いて。
 まるで昼間のような明るさで、けれども太陽とは違い冴え冴えと注ぐ月の光を浴びながら、左京はいつもの様に帰路に着く。そうして、もうそろそろ屋敷が見えるという頃合いになった頃――『それ』に気付いてぎくり、足を止めた。
 いつも通り、だった夜。――けれども思い返してみれば心の何処かで、何かが決定的に変わってしまうのではないかという予感を覚えていたかも知れぬ、月影の恐ろしく冴えた夜。
 ――左京の目に飛び込んできたのは、緋色に染まった夜空。それは彼女に、かつての出来事をいやが応にも思い起こさせずにはいられない。
 だから、これ以上なく騒ぐ胸を押さえながら、必死に走った。走って、走って、走って――抜けた小道の先、ようやっと見えた屋敷の光景に思わず、呻きを漏らした。
それは、左京がかつて見た光景と同じ。天を焦がさんばかりに勢いよく燃える炎に包まれ、輪郭が揺らめく紅の中にようやく見て取れるばかりの、けれどもいまにも焼け崩れてしまいそうな屋敷の姿。
 とっさに思ったのは、中にいるであろう兄のことだった。
 いつも、閻羅は左京の帰りを屋敷の中で待つ。だから今宵もまた兄は、あの屋敷の中で左京の帰りを待っていたはずで‥‥ああ、何よりもこの炎はもしかしたら‥‥

「あなたは、お逃げなさい」

 傍の猫又にそう告げて、予感に突き動かされるままに左京は燃え盛る屋敷へと飛び込んだ。寸前、ちらりとだけ振り返って猫又が告げた通りに外へと逃げて行くのを、月影にきらりと光った髪留めと首輪に確かめ、ほっとする。
 そうして飛び込んだ、どこもかしこも燃え盛る屋敷の中を、左京は勢いよく駆け出した。恐ろしいとは、思わなかった。思ったとすればそれば、この炎の中に兄が消えてしまうかも知れない――その予感への恐怖、ただそれだけ。
ゆえに左京は燃える廊下を駆け、ぱちぱちと爆ぜる炎の音に負けぬ様に声を張り上げる。

「にに様! にに様‥‥!」
「――‥‥左京」

 それに応える声は、居間から聞こえてきた。にに様、と弾かれる様にそちらへと足を向け、飛び込んだ居間もまた炎の海の中で。
 そこに、確かに兄は居た。静かな表情で、まるでいつもと変わらぬ風情で――ただ、優しげに。
 炎に包まれた屋敷の中、そうして閻羅は左京を見つめ、優しく微笑んだ。今まさに焼け落ちようとする屋敷のことなど見えぬ風情で――否、もちろん見えていなかったわけではないのだけれども。
 だって、この屋敷に火を放ったのは他ならぬ閻羅自身。一族を――家族を守るためにどうすれば良いのか考えた、これが唯一にして最上の方策。
 それは気がついてみれば、とても簡単な事だったのだ。
 一族が一族として、家族が家族として、永遠に一緒に暮らすにはどうすれば良いのか。二度と離れ離れになる事なく、ずっと一緒に幸せに暮らし続けるには、この幸せを閻羅が守り続けるのは、どうすれば良いのか。
 気が付いてみれば、ひどく簡単な事だった。ただ――幸せな『今』のまま時を止めれば、この一瞬は永遠になる。
 だから。屋敷に火を放って帰りを待っていた、左京に閻羅は優しく微笑み、手を差し伸べながらこう問いかけた。

「‥‥左京、選ぶんだ。‥‥一人、生き残って離れるか‥‥皆と‥‥ー―共に、いくか」
「にに、様‥‥」

 そんな、兄の言葉に‥‥左京はつい微笑みを零す。答えなんて聞くまでもなく、最初から決まっているのに。
 だから左京は微笑んだまま、真っ直ぐに兄へと歩み寄った。差し伸べられた手に手を重ね、恐れげもなく寄り添って。
 見上げた左京の面に浮かぶのは、透明で純粋な微笑み。

「にに様‥‥わたくしだけは、ずっとお傍に‥‥」
「‥‥左京‥‥」

 そして告げた左京の言葉に、告げられた閻羅は安堵した様に頬を緩めた。重ねられた小さな手をぎゅっと握って引き寄せ、在らん限りの力で強く、強く抱き締める。
 もう逃がさないと言わんばかりに。――まるで、やっと手に入れた宝物を守る子供の様に。
 抱き締められる強い腕に身を任せ、目を伏せて、左京が胸に想うは幸いな願い。この世では永遠に叶わない、叶えてはいけない想い。

(次、巡り会えるなれば‥‥貴方様のものに‥‥)

 そうして閻羅を強く抱き締め返し、左京は幸せに微笑んだ。最期まで兄と、閻羅と共に過ごせる幸いに胸を打ち震わせながら。



 やがて、轟音を立てて崩れ落ちた屋敷はそれから一晩、燃え続けた。
 そうしてようやく炎が姿を消した後、そこにはただ崩れた屋敷があるばかりで、他には何も残っていなかったという――





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━‥・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ib8108  / 月雲 左京 / 女  / 18  / サムライ
 ic0935  /  閻羅   / 男  / 22  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご兄妹の最期の物語、如何でしたでしょうか。
全体的に繊細というか、危ういイメージの中で幸いに暮らしていらっしゃるのかな……などと想像しながら書かせて頂きました。
かなり自由に想像の翼(?)を羽ばたかせてしまいましたが、イメージを崩していないかが本当に心配です……;
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にお申し付けくださいませ(土下座

ご兄妹のイメージ通りの、幸いに永遠を眠るノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年11月02日

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