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『プレシャス・メモリー 』
川内日菜子jb7813

 なんと言っているのかわからない悲鳴のような奇声を上げて、群れなす人々は同じ方向――いや、道なりに沿って散り散りに走っていた。
 ただ誰も彼もが、ある方向へは行こうとしない。むしろその方角から、人々の波がどんどん押し寄せてくる。まるで何かから逃げるように。
 皆が皆、死にものぐるいで走る中にはごくたまに、後ろを振り返り少し速度が緩やかになったかと思えば、前に向き直って流れる汗もそのままに必死の形相で走る者もいて、波の速度も一定ではない。
 後ろから置されたり、足がもつれて転ぶ者もいるが、誰も手を貸さず、うっかり踏んでしまっても謝るどころではなかった。逃げる方も必死である。が、転んだ方も手を地面にこすりながらも誰かの手を勝手につかんで立ち上がっては、止まってしまった足を再び前後に動かすだけと、転んだ方も必死であった。
 そんな全てを押し流す人の波の中で、唯一動いていない部分がある。
 そこではツインテールの女の子がたたずみ、しゃっくりをあげながら止めどなくあふれる涙を手で拭い続けていた。
「パパァ……ママァ……!」
 両親を呼べども来る気配はなく、代わりに近づいてくるのは確かな悪意を持った、何かである。
 ――まばらになりつつあった人の波が、途切れた。
 かわりにやってくるのは、地面の上で身体をうねうねと蠢かせてやってくる、1匹の蛇――ただ、その身体は土管のように太く、大の大人どころか車さえも飲み込めるのではないかという大きな口を持っていた。
 蛇と言う生き物への嫌悪感だけでなく、見上げなければいけないほどの大きさに、膝が震え、女の子は立ちすくむしかない。
 少しは収まっていた涙がさらにあふれ出し、先ほどよりもっと大きな声で両親を呼び続ける。
「パパァ! パパァ! ママァ! ママァ!!」
 どれほど呼んでも、ただただ空しくこだまするだけで、いっこうに両親は姿を見せない。
 やがて蛇はその眼で女の子を睨み付け、チロチロと細長い舌を出していた大きな口を開け、女の子へ向かって真っすぐに『蛇行』する。
 蛇に睨まれた蛙のように動けない女の子だったが、もちろん動けない蛙などではない。
 もはや自分の足では逃げきれない距離になってからやっと、その震える小さな足は女の子が意識しなくとも動きだし、蛇から逃れようと駆け出していた。
 だが、やはり手遅れだった。
 いくら女の子が必死に走ったところで、すでに蛇が身体を伸ばすだけで事足りる距離である。
 蛇は胴体を伸ばし、女の子の上からあざ笑うかのようにゆっくりと、開いた口を近づけていった。泣きべそをかきながら何度も振り返る女の子の顔が、どんどん涙でくしゃくしゃになって、張り裂ける声で何度も何度も両親を呼ぶ。
 しかし無情な事に、この場にいないであろう両親どころか、誰もが逃げるのに必死で、女の子を助けようとはしない。よしんば正義漢ぶって助けに割って入ろうものならば、女の子共々呑みこまれてしまうのは、一目瞭然である。
 だから誰1人とて助けに行く者は、いない。
 だがそこに、逃げまどう人間の間を風のようにすり抜け、蛇に向かっていく1人の青年がいた。だが距離がありすぎて、間に合わないのがわかってしまっている青年は舌打ちをするが、それでも一陣の赤い風となって蛇に向かっていく。
 蛇の口に女の子が収まろうかという瀬戸際で、女の子はこれまで以上の大きな声で泣き叫んだ。
「やぁだああああぁぁぁぁっ!!」
 その瞬間、女の子の体から陽炎とも言うべき僅かな火が揺らめいた。
 だがしかし、マッチの如き火ではほんのわずかな躊躇を生み出すだけで、蛇はほとんど意に介する事無く女の子を咥え、上を向いて呑みこむのであった。
 大の大人ではかなり狭い空間に、女の子はすっぽりと収まっていた。暗くて息苦しいほどに蒸した空間は、ねっとりとした臭いが充満していて、無数の生暖かいヒダが女の子の体に隙間なく貼りつく。
 もがこうにも、女の子の腕力よりも強い弾性で跳ね返し、抵抗すらさせてもらえない。
 そしてその空間について間もなく、服がところどころ溶けだし、ひりひりしていた肌に焼けるような痛みを覚え忘れかけていた現実と意識をはっきり取り戻してしまい、半狂乱になって泣き叫んだ。
「やぁあだやだやだやだ、やあだぁああああ!」
 もはや誰にも届くはずがない――そう、まだ幼い女の子ですら、思っていた。
 ――しかし。
『今助ける! ォォォぉぉぉおおおおおおおりゃァァァぁぁぁあああああ!!!』
 外から聞こえる雄叫び。激しく揺れる蛇の体内。
 そして、静寂。
 女の子に焼けるような痛みはまだ健在だが、それ以上溶かされるような痛みもない。あれだけ女の子を窮屈に押しこめていたヒダも、その活動を止めていた。
 静かで暗い空間に取り残された女の子は、雄叫びを聞いて一度は止った涙が再びこぼれそうになる。
 そこに小さな光が差し込み、小さな光は縦に広がっていった。
 そこから横に開かれると、外気が流れ込み、息苦しさが一気になくなっていく。
「大丈夫か!?」
 青年の声に女の子は頷くと、安堵の表情を見せる青年によって、まとわりつくヒダの中から助け出された。
 助け出されはしたが、服はぼろぼろで、まだ恥じる事を知らぬ女の子とはいえ、今の自分の姿にまた大粒の涙を浮かべてしまう。
「おっと、女の子だもんな。こんなもんで、我慢してくれよ」
 そう言うと青年は自分の着ている赤いダウンベストを女の子に着せ、ゴムひもが溶けてしまい、まとまりを失って粘液だらけの顔に張り付いている髪をつむじの辺りで1本にまとめ上げて、どういう理由で着けているのかわからない腕の包帯を少し千切って髪を縛るのであった。
「よし、似合うぜ」
 二カッと笑う青年に、赤いダウンベストとポニテの女の子はつられて笑みを浮かべてしまう。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「……ヒナ」
「ヒナちゃんか。今、ここら辺を片付けたらお父さんお母さんの所へ連れて行ってやるからな」
 笑った時とはまるで別人のような青年の横顔を、女の子はじっと凝視して「おなまえは?」と、青年の名前を尋ねていた。
 尋ねられた青年はまたもあの笑みを浮かべ、そして指貫グローブを装着した手の親指をビシッと立てる。
「ナイスガイなヒーローと、覚えてくれ!!」
 胡散臭い自己紹介をするヒーローに、ヒナはたまらなくなって思わず声に出して笑っていた。すると青年は頭を掻きながら「え、笑うトコ?」と、とぼけた事まで言ってくる。
 そこに青年に似た中年がやって来て「おう、幼女に手を出すより先に片づけろ」と、茶々を入れた。
「どやかましい、クソ親父! 今の今まで酒飲んで出遅れたこと、お袋にチクるぞ!
 ――おっと、続々お出ましだ。ここに置いていくのも忍びないし……ヒナちゃん、ちょっと俺にしがみついて目ぇ瞑ってな。すぐ終わらせるからよ」
 片腕でヒナを抱き上げる青年。ヒナは黙って頷くと、青年の首にしっかり両腕を回してしがみついて、青年と同じ目線で前を見据える。
 巨大な爬虫類の軍勢が押し寄せてくるのが見え、今しがたの恐怖を思い出したヒナは首に回した腕に力を込めたが、それでも青年と同じものを見ようと目を大きく開いた。
「うっし、そんじゃいくぜぇ!!」




(あの時の光景は、今でも忘れない)
 拳ひとつで全てを屠り、派手な立ち回りを見せたヒーローの姿――閉じていた目をゆっくりと開く、ヒナ――いや、川内 日菜子。
 正面からは逃げ惑う人の波。そして奇しくも、あの時の蛇とそっくりな奴が向かってきていて、吐きそうなほどの嫌悪感が日菜子を襲うが、それでも毅然とした姿勢は崩さない。
 何故なら、ヒーローだから。
 指貫のグローブをはめた右手を広げると、マッチの火だったあのころの面影はなく、燃え盛る炎が渦巻いている。
 人の波に押され転んだ少女が逃げ遅れ、そこに蛇が近づいていくと、燃え盛る炎を握りしめた日菜子が雄叫びを上げ、炎をまき散らしながら駆け出していた。
「おおおおおぉぉぉぉっ!」
 跳躍、そして炎を纏った足のかかとを蛇の頭に打ちおろし、頭部を地面に叩きつけると、着地した日菜子の右正拳突きが蛇を吹き飛ばす。
 派手な爆発に包まれた蛇は、そのまま、この世から消えさっていった。
(私は、あんな撃退士でありたい――まだほど遠いかもしれないが、私はあの人にきっと追いついて……追い越してみせる!)



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7813 / 川内 日菜子 / 女 / 17 / いつまでも越せぬ壁を追いかけて】
【日菜子が憧れたヒーロー / 当時青年 / オリジナルNPC】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、幼少期日菜子ノベルの完成です。お任せとの事でしたので、きっとこんな感じの人だったんじゃないかなぁと書かせていただきましたが、いかがだったでしょうか?
この度のご発注、ありがとうございました。またのご依頼、お待ちしております。
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年11月11日

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