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『石の歌姫 』
セレシュ・ウィーラー8538


 この山を訪れるのが何度目になるのか、セレシュ・ウィーラーはもう数えてはいない。
 ただし、この少女を伴って来るのは2度目であった。
「ええと……前に来た事、ありますかしら? ここ」
「覚えとらん? ま、いろんなトコ行っとるさかいなあ」
 この山林にしか自生しない、とある薬草が急遽、必要になった。
 この少女を連れて来たのは無論、採取を手伝わせるためであるが、何か不測の事態が生じた際に実戦を経験させるためでもある。
 学校帰りのところを捕まえたので、今は神聖都学園の制服を来ている。一見、単なる女子高生である。
 元々は石像であった少女だ。そこに擬似的な生命と自我が宿り、今では即席の付喪神とも呼ぶべき状態にある。
「あ、でもコレは覚えとるんちゃうか」
 セレシュは足を止めた。いくらか懐かしいものを発見したからだ。
 石像である。人型の石碑、とも言えるか。
 恍惚として細身をのけ反らせた、石の美少女。
 しなやかな左右の太股から、綺麗にくびれた胴にかけて、蔓植物がまるで蛇のように絡み付いている。
 石でありながら、ふっくらと柔らかそうな胸には、まるで緑色のブラジャーの如く苔が群生していた。
 生身であった時に着用していたものは、すでに朽ち果てている。
 付喪神の少女が、綺麗な顎に片手を当てて考え込んだ。
「……どちら様? これ、お姉さまの仕業ではありませんの?」
「うちは何も手ぇ出しとらん。あんたがタイマンで仕留めた敵やろが。勝利の証、石で出来たトロフィーみたいなもんや」
「ああ……そんな事も、ありましたわねえ。ちょこまかと可愛らしく動く、猫ちゃんみたいな敵でしたわ」
「割と苦戦しとったろ。あれから、どや少しは強うなっとるんかいな自分」
 言いつつセレシュは、空を見上げた。
 不穏な気配が、上空から近付いて来たからだ。
 それと共に、何かが聞こえてきた。歌、のようである。
 アイドル歌手のような、可憐な歌声。
 男ならば、これを聞いただけで完全に魅了され、行動不能に陥ってしまうだろう、とセレシュは思った。
「……アレを相手に、ちょう試してみいや」
「何ですの、あれ……鳥さんが、歌を歌っておりますわね」
 まさしく、歌を歌う怪鳥であった。
 たおやかな細腕の代わりに、力強い翼を生やした少女。その下半身は、凶器そのものの爪を備えた、猛禽の両脚である。
 そんな怪物が、山林の上空で、獰猛に羽ばたきながら歌っている。涼やかで耳に心地良い歌声。
「お姉様、これは……誘惑系の、魔法の歌?」
「せやな。うちらが男やったら今頃、骨抜きにされて動けへんようになって、はらわたとか生で食われとったところや」
 つまり自分たちは今、この猛禽のような少女のような怪物による、襲撃を受けているという事だ。
 怪物の歌う歌に、セレシュは目を閉じて聞き入った。
 歌詞は、日本語ではない。英語でもない。人間が用いている言語ではなかった。
「ジュデッカに君と……やね」
 セレシュは言った。
「昔、魔界でヒットチャート4位とか5位あたりを300年くらいウロウロしとった曲や。1位は取れへんかったけど、うちは好きやで……萌え系ボイスだけが取り柄のハーピーごときに、歌って欲しないわ」
「……声まで石で出来てるゴルゴーンごときが、あたしの歌をバカにしようってわけ」
 翼ある少女……ハーピーが、歌を止めて険悪な声を発する。
「あんたたちはアレよね、見た相手を石にしちまうだけじゃあない。歌がヘタ過ぎて、聞いた奴はみぃんな石になっちゃうのよねえ。あーやだやだ、大地系の魔獣どもはドン臭くて醜くて、感性のかけらもない。だから、あたしの歌も理解出来ない! そんな連中はね、ズッタズタに刻んでぶちまけるだけ!」
 美しい歌を耳障りな絶叫に変えながら、ハーピーが羽ばたいた。
 風が、降り注いで来た。まともに吹き付けられれば、皮膚も筋肉も臓物も一緒くたに切り刻まれてしまうであろう、風の刃。
「お……なかなかの風系魔法やね。ハーピーは風の精霊の成れの果てっちゅう説があるねんけど」
 言いつつ、セレシュはさりげなく後退し、木陰に身を隠した。
「ちょっと、お姉様……」
 付喪神の少女が、文句を言いながら細身を揺らし、軽やかにステップを踏み、風の刃を回避する。
 敵の攻撃を見極めるのが、まあ上手くはなってきた。
「その調子や。経験値は全部あげるさかい、1人で頑張ってみいや」
「もうっ……空飛ぶ敵と戦うのが、どれほど難儀な事か! わかっておられますの!?」
 回避の舞いに合わせて、少女が細腕を振るう。
 黒いものが生じ、上空へと放たれた。闇そのもの、である。それがナイフのような投擲武器と化し、ハーピーを襲う。
「くっ……猪口才な! 出来損ないストーンゴーレムの分際で!」
 かわしながら、ハーピーが怒り狂い、羽ばたきを激しくする。
 風の刃が、嵐となって吹き荒れた。地表の全てを切り刻む、面の攻撃である。
 付喪神の少女は、かわさなかった。回避の舞いを止め、豊かな胸を抱くように腕組みをしている。
 その全身で、風の刃が砕け散り、空気の飛沫となって消えてゆく。
「……風で石を切り刻む事は、出来ませんわよ」
 少女の全身が、女子高生の外見は変わらぬまま、石像の強度を有している。肉体も、それに制服もだ。
「何や、服も無傷かいな」
「……何を期待しておられますの、お姉様は」
 付喪神の少女が、じろりとセレシュを睨む。
 その間、ハーピーが素早く降下し、鉤爪ある両足で少女の肩を掴んでいた。
「この石人形が! 魔法が効かないんなら……」
「ははあ、高いとこから落っことそうっちゅうワケやな。目の付け所はええと思う。けどなあ」
 セレシュが言いつつ見守る中。石像に戻りかけている少女の細身が、少しだけ宙に浮いた。すぐに落下した。
 力尽きたハーピーが、墜落して地面に倒れ伏す。
「ああもう、重い! これだから大地系のモンスターどもは!」
「重い……そんなはず、ありませんわ。だって私、焼肉もビールも控えておりますのよ?」
 焼肉はともかくビールは、控えると言うより禁止である。
「あまり、いい加減な事はおっしゃらないで? 私……傷付いてしまいますわ」
 付喪神の少女が、にっこりと微笑んだ。ハーピーを見つめる瞳が、妖しく禍々しい輝きを発している。
「あかん! それは……」
 セレシュが止めようとした時には、すでに遅い。
 ハーピーは、呆然と動きを止めていた。付喪神の眼差しに、捕えられている。
 魅了の魔法、であった。
「私、魔力の少なさが悩みの種ですの。まあ足りない魔力は、他の方からいただくしかありませんわよね」
 すっ……と、付喪神の少女が細腕を伸ばす。
 白く優美な五指から、禍々しい黒色が溢れ出した。闇そのもの、であった。
 それが細長くうねり、黒い鞭あるいは毒蛇の形を成しながら、ハーピーの全身に絡み付く。
 ばきっ、ボキ……ッと凄惨な音を発しながら、ハーピーの細身がのけ反った。闇の蛇に締め上げられ、どこかの骨を折られながら、しかし悲鳴を上げる事もなく陶然としている。うっとりと蕩けた美貌に、苦痛の表情はない。
 そのまま、ハーピーは石像と化した。魔力も、それに生気も、闇の蛇に吸収され尽くしている。
 言わば抜け殻でしかないはずの石像が、しかし生命的な瑞々しさを宿しているように、セレシュには見えた。陶然と天を仰ぐ美貌は、生身の時よりも美しい。
 石化した翼は、猛禽と言うよりは白鳥のそれだ。
 もはや羽ばたく事のない翼を広げたまま、反り返り硬直した細身。その脇腹の曲線が、特に躍動的で美しいとセレシュは感じた。感じながら、言った。
「やってもうた……出来たらな、格闘系の技で決めて欲しかったわ」
「私の、とっておきの黒魔法ですのよ。何か文句でも?」
 付喪神の少女が、可憐な唇を尖らせる。
(うちはな、あんたに……黒魔法、あんまり使うて欲しゅうないんよ)
 元石像の少女が、石像以前の邪悪なるものに、戻ってしまうかも知れない。
 それは、しかし口に出して言える事ではなかった。
「ところで、お姉様……あれ、本当ですの?」
「何がやねん」
「お姉様の歌を聞いたら、石になってしまうという」
「……今度、カラオケ行こか」
 薬草採りという本来の目的を、セレシュは危うく忘れてしまうところであった。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年11月19日

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