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『未来へ 』
リンカ・ティニーブルー(ib0345)

 木漏れ日が眩しい昼下がり、森の中を足早に歩く者が在った。
 無造作に伸ばした髪を後ろに束ねる優しい面の男は、街道に垂れる枝に目を留めると緩やかに足を止めた。
「やっぱ見廻りはして正解だったな。昨日の嵐で折れた枝が結構ある」
 言って垂れた枝を慣れた仕草で折る。
 此処は東房国との国境付近に存在する北面国が狭蘭の里と陽龍の地を繋ぐ街道だ。
 護大を巡る戦いが終結し幾年か。次第に減る魔の森の1つであったこの地も、近年ではこうして街道が整備され行き交う人が多くなった。
「これで良し」
 枝を細かく折って街道の脇に放る。そうして再び歩き出そうとするのだが、不意に見えた人影に彼の足は留まったままとなった。
「義貞さん、今お帰りですか?」
 前方から歩いてくるのは男――陶 義貞(iz0159)の妻リンカ・ティニーブルー(ib0345)だ。
 彼女は腕に子を抱えながら小走りに近付いてくる。その姿に僅かな苦笑を浮かべると、義貞はリンカの脇を歩くもふらに目を寄せた。
「お前が付いていながら何で出歩かせてるんだ?」
 少し叱る色が含む声にもふらは在らぬ方を見て「自分は知らぬ」と主張する。その仕草に息を吐くと、今度はリンカに嗜める声を発した。
「今朝も言ったが、昨日の嵐の影響があるかもしれないんだ。その子を連れて外を出歩くのは感心しない」
「……ごめんなさい」
 素直に謝罪を口にするリンカは言い訳など決してしない。
 だからこれ以上の叱責はしないのが常だが、如何にも気になる事があった。
「で、言いつけを破って外に出た理由は?」
「最近越してきた里境のご夫婦がいたでしょ。そこの奥さんが産気付いたって聞いて」
「はあ?! それなら爺さんたちに知らせてすぐに助っ人を寄越せば良いだろ。何でリンカが」
「長老は今留守なの。それより急がないと」
 確かに急ぐべきなのだが、子を抱えたまま走ることなど出来ない。
 義貞は「やれやれ」と息を吐くと、腕を伸ばして我が子を抱き寄せた。
 水色の髪の目のパッチしりた女の子は、義貞の顔を見るや否や嬉しそうに笑って手を伸ばしてきた。
「暢気な娘だ。ほら、後から行くから先に行け」
「うん。ありがとう」
 夫と娘の仲睦まじい姿に笑みを零したリンカが頭を下げて駆け出す。
 その背を見送りながら、義貞は隣に立つもふらに声を掛けた。
「里境の夫婦ってことは東房出身の人たちか。悪いが陽龍の地へ行って東房出身者を呼んできてくれ。こっちと違う風習があるといけないからな」
 頷き、自分なりに走り出すもふらも見送って腕の中の子に目を落とす。
 東房国と北面国の交流が盛んになり、陽龍の地は一気に活性化している。その証拠に近年では若い者が移り住み、近くにある狭蘭の里もその恩恵を受けている。
 義貞とリンカは娘が生まれる前からこの地の管理人として多くの人を見守ってきた。
「……この子が自分の足で立つ頃にはもっと緑が増えているんだろうな」
 視線を寄越す森も、以前は魔の森として人の侵入を許可していなかった。だが今は人が触れることの出来る森に変化し始めている。
 それは何もこの街道周辺だけのことではない。
 里の周りも、陽龍の地の周りも、少し前とはまるで違う姿になって来ている。
「さて、母の所に行くか。あまり遅くて叱られたら困るからな」
 クスリ。そう笑った義貞に、子は満面の笑顔を零して父の長い髪に手を伸ばした。

   ***

 義貞が里境に到着する頃だった。
 家屋から赤子の産声が聞こえ、その前で右往左往する男が歓喜の様子で天を仰ぐ姿が見えた。
「産まれたか」
「あ、陶の旦那! ありがとうございます! 奥方のお陰で無事ウチの子が」
「ご主人、入ってください」
 チラリと顔を覗かせたリンカに目配せをして労う。
 その表情に気付いたのだろう。彼女は少しだけ微笑んで家屋に入ると、赤子とご主人の対面をさせに入った。
 そしてその数分後。
 もふらに誘われてやって来た東房出身者とリンカが交代すると、彼女は疲れたながらも達成感のある表情で義貞の前に立った。
「お疲れ様。爺さんには後で駄賃を要求しないとな」
「必要ないよ。それより、少し遅くなったけどいつものところに行こうか?」
 言われて天を見上げると、日が僅かに傾き夕日の色が里全体を包み込んでいるのが見えた。
 後僅かで日も完全に落ちるだろうが、リンカの誘いを断る術はない。
「そうだな。もう1人のお姫様の様子を伺いに行くか」
 2人で顔を見合わせて笑い歩き出す。
 その道中で交わすのは2人が移り住んでからこれまでの事だ。
「さっきリンカを追っている時改めて思ったんだ。この地には緑が増えた、ってな」
「そうね。ここ数年で本当に見違えるようになった。土地も、人も、私たちも」
 そう零したリンカに釣られて娘に目を落とす。
 娘はと言うと、長い道中と陰り始める日に眠気を覚えたらしい。うとうとと目を開けたり閉じたりしながら転寝を始めそうな様子だ。
「あ、今寝たらダメだよ。ほら、頑張って」
「っ……リンカ、良いよ。もし夜に寝なかったら俺が見てる」
「でも、義貞さんも明日早いでしょ?」
「関係ない。寧ろ、そんな時間でないとこの子と遊んでやれないからな」
 優しい眼差しで娘の頭を撫でる義貞に、リンカの頬が緩む。
 そうして2人で歩き続けて辿り着いたのは、色とりどりの花が咲き乱れる平原だ。
 2人はその中央に置かれた石に近付くと、すっかり寝入ってしまった娘を起こさないように膝を吐いた。
「よお、今日も来たぞ」
「こんばんわ。遅くなってごめんなさい」
 頭を撫でられるのは本望ではないであろう存在を思い出し、伸ばしかけた手を止める義貞。
 そんな彼に笑い声を零して、懐から白い包み紙を取り出したリンカは彼の手にそれを乗せる。
「先日頂いた菓子よ。きっと喜んでくれる」
 包みの中には華の形を模した菓子が在った。
「もしかして華菓子か? これ高いだろ!」
「彼女に値段の価値は意味がないよ。それより喜んでくれるかどうか、だろ?」
「そ、それは……」
 確かに、此処に眠る存在にとって人間の価値など意味がない。
 それよりは美味しいかどうかが彼女にとっては意味がある筈だ。
 義貞は僅かに逡巡した後、菓子を包みごと石の前に置いて苦笑した。その表情は普段隠れている子供っぽいものに近い。
「俺だって1、2回しか食べたことないんだからな? ちゃんと味わって食えよ」
「もう、義貞さんったら。そんなこと言ったら彼女が気にして食べてくれないでしょ?」
「いや、アイツは食う! 俺が食いたがってたら絶対に笑って食う!」
 断言しても良い! そう言い切った彼に、思わず噴出す。
 そうして声を上げて笑い合うと、眠り始めたばかりの娘が身じろいだ。それに慌てて口を噤む。
「やばっ……あー……起きてないか?」
「ん、大丈夫」
 2人で娘の顔を覗きこんで安堵の息を吐く。
 そして改めて石に向き直ると、義貞は感慨深げに辺りを見回した。
「なあ。今度此処に遊具を作ろうかと考えてるんだ」
「遊具?」
「ああ。コイツが寂しくないように……この子も一緒に遊べるように、さ」
 如何かな? 振り返る義貞の提案を断る事などできる筈もない。
 寧ろリンカには願ってもない提案だ。
「構わないよ。作ろう」
 そう言って笑う彼女に、義貞が感謝を込めて目を伏せる。

 北面国・狭蘭の里。
 これからも繁栄を続けていくであろう陽龍の地。
 紡がれる歴史と共に歩む2人の人生は始まったばかりだ。

「これからも、よろしくな」
 義貞は囁くと、最愛の妻であるリンカの手を取って甲に口付けを落とした。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia0345 / リンカ・ティニーブルー / 女 / 25 / 人間 / 弓術師 】
【 iz0159 / 陶 義貞 / 男 / 18 / 人間 / 志士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか。
もし何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
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舵天照 -DTS-
2015年11月20日

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