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『 ガラスの壁が解けるのを待って 』
ファーフナーjb7826)&小田切ルビィja0841)&巫 聖羅ja3916


 見上げた時計塔の上には、ガラス天井のように高く青い空が広がっていた。
 ファーフナーは暖かな日差しに目を細め、地上へと視線を戻す。
(既に五分遅刻か)
 これが仕事の相手なら、ファーフナーはすぐに踵を返していただろう。決めた時間すら守れないような相手は信用できないからだ。
 だが今日のファーフナーは、辛抱強く待っていた。

 ハロウィンの週末とあって、公園には待ち合わせの人々が多い。
 待ち人が来るまでの間は切ないような期待するような表情で。
 そして出会った相手と互いに微笑み合い、何事かを語りあいながら歩き出す。

 ファーフナーはふと考える。
 今こうしてベンチに座っている自分は、他人からどう見えるだろう?
 仏頂面で静かに座り、煙草をふかしている初老の男。
 ひとり時間を潰しているように見えるだろうか。それとも――。

「おじさま!」

 明るくよく通る声に、辺りの幾人かが振り向いた。
 ファーフナーはいつもよりもっと眉間の皺を深くする。だがその苦虫を噛み潰したような表情は、内心を隠すための仮面でもあるのだと自覚していた。

「――おじさま! 良かった、来てくれたのね!」
 巫 聖羅は息を切らせてファーフナーに駆け寄った。
「ごめんなさい遅くなっちゃって! 怒って帰ってしまってたら、どうしようかと思ったわ!」
 拝むように手を合わせる印象的な美少女の口から出た、おじさまという呼びかけ。
 近くにいる者達が強い興味を示しているのが皮膚にピリピリと感じられた。
 少し前なら、居たたまれなくなってすぐにその場を立ち去っただろう。
 だが不思議なことに、今のファーフナーにはそれを寧ろ面白がるようなところがあった。
「帰ってどうする。今日の予定は空けてあるんだ」
 今日は聖羅と、兄の小田切ルビィとのハロウィンパーティーに招かれているのだ。
 一年前には成り行きで合流したパーティーだったが、今回は正式にメンバーに入っている。
 このことを去年の自分に伝えてやれば、どんな反応をするだろう。
 ファーフナーはふと、自分の口元が僅かにほころんでいることに気付いた。
 それを誤魔化すために、煙草の煙を横に吐きながらあわててつけ加える。
「それに、女の遅刻を咎め立てしていたらきりがない」

 すると聖羅が僅かに目を細めた。
「おじさまはそういうことをよくご存じなのかしら?」
 探るような気配に、ファーフナーはやれやれと肩をすくめる。聖羅は何故かこういうことにすぐに反応するのだ。
 そこで矛先を逸らすことにした。
「一般論だ。だいたいその髪のリボンひとつ整えるのにも時間がかかるのだろう。今日はまたいつもと雰囲気が違うな?」
 軽く煙草で示す通り、聖羅の髪には黒とオレンジの二本を組み合わせたリボンが結ばれていた。
「あら、気付いてくれたの?」
 聖羅の表情がぱっと明るくなる。――意外と簡単だった。
「折角のハロウィンだもの、可愛いリボンを見つけたから試してみたくて」
 リボンだけではない。頭から爪先まで隙のないコーディネートは、かなり気合が入っている。
「よく似合っているがな。他に見せる相手はいないのか?」
「あら、おじさまが見てくださるじゃない?」
 聖羅はくすくす笑っている。
「さ、お買い物に行きましょ! 兄さんをびっくりさせなくちゃ」
 聖羅に腕を引っ張られるようにして、ファーフナーが腰をあげた。



 ビジネス街に夜の帳が下りる。
 その一角にある小さな雑居ビルの一階に、シンプルなガラスの扉と飾り窓だけが目を引く画廊があった。
 催し物の案内看板はなく、扉には小さな『本日貸し切り』の札がかかっている。
 この画廊はルビィの知人の物で、毎年この一日だけ貸し切りにしてくれる。ここでルビィと妹の聖羅がささやかなハロウィンパーティーを開くのが恒例となっていた。

「今年も色々あったよなァ……」
 飾り付けを終えた画廊の中で、ルビィは溜息のように呟いた。
 壁には今年一年撮り溜めた写真がいっぱいに貼ってある。
 それは引きのばしたパネルであったり、幾枚ものスナップだったりするが、どれもルビィにとっては思い入れのあるものばかりだ。

 ここに並べるとっておきを選びだすために写真を眺めていると、一枚一枚からその場の物音や風の匂い、胸をよぎった想いまでもが噴き出してくるようだ。
 ふと気付けば手は止まり、心は時間も空間も遥かに超えてゆく。
 出会い。そして別れ。
 ルビィの目の前を色々な物が風のように通り抜けて行き、愛しく、哀しく、切ない思い出だけが手の中に残る。
 決して忘れることはない。
 だが日々を過ごすうちに、痛みも喜びも、少しずつ色合いが薄くなってゆく。生きている以上、それは当然のことだ。
 こうして年に一度想いを巡らし、親しい者と語らうことで、想いを確認し、また昇華させる。
「ははッ、そういやあれからもう一年か」
 ルビィが指で軽くつついた一枚には、聖羅にがっちりホールドされた仏頂面のファーフナーが写っている。
 去年のこのパーティーに、成り行きで新たなメンバーが加わった。
 一匹狼のような男だったが、何故か気になっていた。何より、聖羅が不思議と懐いていた。
 少しずつ互いを知るうちに、波乱万丈の人生を重ねて来た男に対する興味がつのる。
 今年はついに、最初から参加を約束させるまでになっていたのだ。

 そこでルビィははっと我に帰った。
「やべェ、そろそろ時間だ」
 ルビィは何やら大きな鞄を担ぎあげ、画廊の電気を落とすと控室に駆けこんだ。



 夜になって、繁華街はお祭り騒ぎだった。
「おじさま、待って!」
 ドラキュラ伯爵やゾンビや魔女に行く手を阻まれ、聖羅が悲鳴のような声をあげた。
「だからその荷物も寄越せと言ったろうに」
 ファーフナーの大きな掌が肩を引きよせ、聖羅の手から紙袋を奪う。
「だって、おじさまにだけ荷物を持たせるなんて……」
「気持ちより効率を優先させた方がいいこともある」
 聖羅は苦味走った横顔を見上げた。
「……そうね。じゃああと一件、お願いね!」
「まだ何か買うのか」
 ブルーの瞳に困惑が見え、聖羅は思わず噴き出した。
「あと一件よ! がんばって、おじさま」
 がっしりした腕は、聖羅が思い切りぶら下がっても全く動じない。
 買い物にかこつけて、ファーフナーを振りまわすのが楽しくて仕方がないのだ。

 睨むか黙るかしかないのかと思っていたファーフナーだが、慣れてくればちょっとした仕草や表情に豊かな感情の欠片が覗く。
 それがわかったことも、聖羅には嬉しかった。――自分だけが知っているなら、もっと嬉しかったかもしれない。
 それは恋ではない。例えるなら、父親を独占したい娘のもの。
 だからファーフナーが、かつて誰かに心を許していたらしい様子が、気になって仕方がないのだ。
(……でも、あれこれ聞いても答えてはくれないわよね?)
 さっきのようにはぐらかされてしまうのが常だ。
 こうして一緒にパーティーの買い出しに付き合ってくれるようになるまでに、聖羅がかなり強引に踏み込んだのは言うまでもない。
 だがそれは現在のこと。過去について踏み込むことはまた違う様な気がする。
(ああ、でも気になるわ……! せめてどんな人なのかぐらい、教えてくれてもいいんじゃないかしら!?)
 聖羅の葛藤をよそに、ファーフナーは特大ケーキの箱を眉間に深い皺を刻んで睨んでいた。


 賑やかな街角を曲がったところで聖羅が首を傾げた。
「あら? 電気がついていないわね……」
 足早に画廊に辿りつき、聖羅とファーフナーは顔を見合わせた。
 ぴったりとカーテンが閉じた画廊は真っ暗だ。
 そっと扉を押してみると、鍵はかかっていない。
 入口近くのテーブルに荷物を置きながら、ファーフナーは室内の気配を探る。
 聖羅は部屋の中へと歩みを進めた。
「兄さん、居ないの?」
 そっと声をかけるが、反応はない。
「兄さん?」
「おい、巫……」
 ファーフナーが何事かに気付いて声をあげるのと、壁に作りつけのクローゼットの扉が開くのはほぼ同時だった。
「ハッピーハロウィン!」
 明るい声と同時に炸裂するのは連発クラッカー。
「きゃああああ!?」
「巫、伏せろ!」
「ダンナ、ストップストップ! 俺だ、俺!!」
 クローゼットの照明がおぼろげに浮かび上がらせるのは、ゾンビのマスクを被ったすらりとした人影だった。
 壁際で膝をつき銃を構えるファーフナー、そのファーフナーの身体に庇われながら座りこみ、腕を回してしがみ付く聖羅。
 二人の視線の前に、ルビィがばつが悪そうにマスクを外した。
「わりィ、ちょっと脅かそうと思ったんだ」
「もう、兄さんたら! 子供じゃないんだから!」
 聖羅の驚きと照れが転じて、苦情となってあふれ出す。
「おい巫」
 ファーフナーの声が思いの外近い。
「……動きにくい」
 ハッと気付くと、聖羅はがっちりとファーフナーにしがみついたままだった。
「ご、ごめんなさい!!」
 ぱっと朱がさす白い頬から、ファーフナーは黙って視線を外した。



 買い込んだご馳走を並べ、蝋燭に火を灯す。
 三人は揃ってテーブルに着いた。
「では改めて。ハッピーハロウィン!」
 ルビィがカメラを構えると、今年もまた仏頂面のファーフナーと聖羅が一緒に画面に収まる。
 それでも今は、仏頂面に刻まれた複雑な感情が少しは読み取れる。
 ルビィはずっと、ファーフナーが作り出す見えない壁の向こうを見たいと思っていた。
 ジャーナリストを目指すルビィには、歳を重ねた人間の物語はどれも興味深い。だがそれだけではない。共に戦う中で所作の端々に滲む孤独な男の苛烈な人生を垣間見るうちに、ファーフナーという男の生を記録に残したいという欲求が湧き上がっていたのだ。
 物怖じしない性格のルビィは、直接的に、あるいは間接的に、ファーフナーを知ろうとして来た。
 今も興味は尽きない。けれど――。

「それにしても随分撮ったものだな」
 部屋を見回していたファーフナーが呟いた。
「ああ、カメラはいつでも持ち歩いてるしな」
「そうだな」
 ファーフナーが言葉にしたのはそれだけだった。
 写真に収まる光景には、ファーフナーが居合わせたものも多い。
 だが不思議なことに、ルビィのファインダーを通して区切られた光景は、ファーフナーの記憶と僅かに違っていたりする。
(物の見方というやつか)
 詳しく聞いたわけではないが、ルビィにも暗く辛い過去があるらしい。
 だがどうだろう。彼の目を通してみる光景の明るさは。
 眩しすぎて、思わず目を逸らしたくなるような。暗い部分しか見ていなかった自分を、恥じたくなるような。
 かつてのファーフナーなら耐えられず、すぐにこんな写真からは目を逸らしただろう。
 だが見えない壁の向こうで世界は移ろいゆく。
 目を逸らしていても壁は消えず、何かを求めて伸ばした指はそこで阻まれる。
 幾度も重ねた後悔。
 それを終わりにしたい。今、ファーフナーは心の底からそう思うようになっていた。
 一枚の写真を指でなぞる。見れば辛いが、目が離せなかった一枚だ。
「なぁ小田切、これを俺にくれないか」
 ルビィが立ち上がり、傍らに立つ。
「ああ、いいぜ。なんなら希望のサイズに整えるが」
「いやこれでいい」
 壁から外した一枚を、ファーフナーは暫く眺めていた。

 ルビィは隣に立ち、目を伏せる。
 過去は過去。今は今。
(例えどんな過去があったとしても、ダンナはダンナだよな?)
 いまこうして同じ場所にいる存在をありのまま受け入れよう。
 いつかファーフナーが、昔話をしたいと思った時に、傍にいられる自分でいよう。
 ルビィは上着のポケットに入れていたUSBメモリを指で折った。
 そこに入っていたファーフナーに関する資料を、密かに葬り去ったのだ。

「何? また何か仕掛けたんじゃないの、兄さん」
 音に敏感になっている聖羅が、疑わしそうにルビィを見ていた。
「おいおい、信用ねぇなあ! さ、折角の御馳走が冷めちまう。ダンナも改めて乾杯しようぜ!」

 何度でも繰り返すハッピーハロウィン。
 きっとこの先もずっと、ずっと。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7826 / ファーフナー / 男 / 52 / 雪解け間近】
【ja0841 / 小田切ルビィ  / 男 / 19 / 密かな決意】
【ja3916 / 巫 聖羅 / 女 / 18 / 無自覚の光】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。昨年から繋がるハロウィンの光景です。
一年を経て様々な出来事を経験した皆様を思い、感慨深いものがあります。
こうして区切りを執筆させて頂くことに、改めて感謝を。
ご依頼、誠に有難うございました。
ゴーストタウンのノベル -
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エリュシオン
2015年11月20日

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