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『約束の古都 』
紫ノ宮莉音ja6473)&ラドゥ・V・アチェスタja4504


「アチェさん! 京都、行きましょー!!」
「どうした、藪から棒に」

 紫ノ宮莉音がラドゥ・V・アチェスタを小旅行へ誘ったのは、秋も深まる頃だった。

 京都が、天界の手に落ちて。
 取り戻すまで、長い戦いがあって。
 ――普通に来れたら色々おいしいもの食べれたのにな
 ――ふっ…… そうだな、紫ノ宮に案内を受けるのも愉しそうだ
 そんな会話を交わしたことも、あった。

 あれから三年と少し。
 京都に平穏が戻り、街の立て直しも進んでいると聞く。
 今ならきっと、ゆったりと楽しめる…… 莉音はそう考え、ラドゥを誘ったのだ。
 故郷を取り返し、次なる目標を決めあぐねる中で…… まずは、帰ろう。そして、楽しく過ごそう。




 復興途中の街並みは100%昔と同じではないけれど、残されたものを少しでも活かしながら修復されているようだった。
「京都奪還できたから、アチェさんに地元案内! って思ったんだけど……」
 復興の都合もあるしねー……。
 電車に揺られながら、莉音は声のトーンを少し落とした。
 眺めるだけの観光ならば、中心部でもそれなりにできるだろう。再建中の様子も、見ごたえはあるかもしれない。
 でも、ラドゥへ見せたいのは、ラドゥと見たいのは、出来る限り懐かしさの残る京都の姿。
 悩んだ結果に選んだのは、かつての激戦地から離れた洛西エリア。
「気にするな。嵯峨野か……。地図などで下調べはしてあるが、詳細な案内は任せるぞ」
 観光目的で京都を訪れるのは、ラドゥも初めてだ。
「もちろん! 楽しい旅行に、しましょうね。トロッコ列車に乗るのは、僕も初めてなんです」
 鷹揚に笑うラドゥに、莉音も気を取り直す。
 最寄り駅から降り立ちたるは紅葉の美しい嵐山・嵯峨野エリア!

 清々しい空気が、心を洗うように流れる。
 遠くに色づいた山々。深く息を吸い、吐き出して、ラドゥは目を細めた。
「ふむ……こうして改めて見ると、流石は観光地であるな」
「この辺りは、街並みも変わってないみたい。良かったー」
 ガイドブックは最新版も出ているが、昔のものと遜色ない。胸をなでおろし、莉音は先に歩き始めた。
「空気も美味しいねー!! アチェさん。僕ね、精進料理を食べてみたいな!」
「それは興味深い。この地ならではだな」
 寺社の多い土地柄だ、良い店もあるだろう。
(共のいる旅行というのも久方ぶりだ、中々に楽しめそうでなにより)
 莉音とは、学園の依頼でも何度か行動を共にしている。
 今年の夏には、お中元として『メロンゼリー』が贈られてきた。畏怖か敬意か親愛か……この者なれば、後者だろうか?
 元気よく進む背中を眺めては、微笑を浮かべてラドゥは少年の後に続いた。




 古い町並み。葉擦れの音、清い風。
「あっちの方には賽の河原があるんやって」
「……さい?」
 童が、親より先に三途の川を渡った罪を贖う河原。
 それによく似た光景であるとされる、葬送の地・化野念仏寺の方向を指し、莉音。
「怖いから行かない!」
「行かぬのか」
「それより絨毯苔とか見ましょう」
 ラドゥが興味を示したところで、少年は彼の腕をぐいぐい引っ張り逆方向へ向かう。
「竹林もあるんですよ。それから、縁結びの神様!」
「静かなのか賑やかなのか、わからぬな」
 歴史を重ねるのは、人々の営みだけではない。
 信仰、建物、自然、……そういったものが絡み合い、京都という町を作り上げている。
 見事な竹林を見上げて感嘆し、さまざまなご利益をもつ社に驚嘆し、境内奥にある絨毯のように広がる苔に再度、驚いた。
「絨毯とは表現したものだな。なるほど、柔らかそうな雰囲気だ」
「ふかふか〜〜」
 しばし魅入ってから、二人は竹林を抜けてトロッコ列車の駅へ向かった。

 始発駅から、約25分の走行コース。
 暖かみのある木製の座席、窓はガラスが取り去られたパノラマビュー。風が冷たいのは御愛嬌。
「わーっ、もみじが凄いー!! 手が届きそうや」
「む、谷が……深いな」
 ガタンガタン、ガタンガタン、レトロなディーゼル機関車が進む。
 時には手を伸ばし、身を乗り出しては慌てて引っ込め、紅葉に彩られる道のりを堪能する。
「? アチェさん、青ざめてません?」
「そんなことは、ない」
「あっ、今、水面に魚が跳ねた!!」
「危ない、座って居なさいっ」




 トロッコ列車に揺られたあとは、駅と『保津川下り』発船地とを結ぶ馬車に揺られ。
「ここから船に乗るのだな。……まだ、体中が揺れている気がするぞ」
「あははは、ガタガタガタやね! 楽しー!!」
 揺れる感覚そのままに莉音が踊れば、つられてラドゥの表情も険しいものから柔らかなものへ。
「紫ノ宮にかかれば、どんな状況でも楽しさに変わってしまうな」
「お手をどうぞ、アチェさん♪」
「こ、ここでは踊らぬぞ。しかし……」
「どうかしましたか?」
(流水、か……)
 吸血鬼は、流れる水を渡れない。
 今回は舟に乗るから大丈夫……としても、もう一つ。
 ――泳げない。
「……いや、仔細ない」
 落ちなければいい。落ちなければいいだけのことだ。なんてことはない。
 小さな舟で、激流だが……大丈夫、だろう。
(青ざめて、表情は引き攣っとるけど……アチェさん、ほんとに『大丈夫』かな?)
 莉音も心配に思ったが、彼の自尊心を尊重し、そっと手を繋ぐにとどめた。

 あっという間だった列車に対し、川下りに費やす時間はゆっくりゆっくり。
 けれど、道のりは荒々しかったり激しかったり水を被ったり大騒ぎだ。
 橋の下をくぐり、遠くに山を眺め、激流に舌を噛みそうになり。
 要所要所で、船頭が歴史に纏わるエピソードを語ってくれる。飽きる暇がないくらい、流れる時間はとても楽しい。
「船を操る技術も、大したものだな……。下々の者ながら、賞賛に値する」
「来ますよー! せぇの!」
「!!!」
 ざぱーっ!!
 タイミングを覚えた莉音が、水しぶきのカウントダウン。中盤を過ぎる頃には、ラドゥもビニールシートさばきが上達していた。
「反射神経が鍛えられるな。嫌いではないぞ」
「初夏に来たら、きっともっと気持ちええんやろな。でも、紅葉もすごく綺麗!」
 この技は久遠ヶ原へ戻ってからも活用できるだろう、か?




「地面や!!」
「土の匂いが、なんとも愛しく感じるな」
 しっかりと二本の脚で地面に立って、二人は川下りの余韻と達成感に浸っていた。
 長らく乗り物尽くしだったから、歩くことにも感動してしまう。
「安心したら、お腹すきましたね。お寺さんが開いてる、精進料理の美味しいお店があるんです!」
「おお、最初に話していたな」
 ぐるり、嵐山エリアを回って戻ってきた形だ。
 歩く喜びをかみしめながら、空腹を抱えて料理屋を目指した。


 料理屋は、寺社の庭園内にある。
 窓から眺める景色は、切り取られた日本画だ。
 ラドゥが見惚れているうちに、朱塗りの折敷が運ばれてきた。ご飯に香の物・椀物の他、小鉢や炊き合わせなどが乗っている。
「……これは」
 自家製青大豆の豆腐に、ラドゥは目を輝かせる。
「素晴らしいな。風味、舌触り……。ふむ、大豆か。それに水。我輩の庭でも作れるだろうか」
 豆腐を作れば、豆乳やおからも生じる。それらを使った料理の幅は非常に広い。考慮する価値はありそうだ。
「んーーーっ、美味しい! アチェさんのおうちでも食べられるようになるんですか?」
「試みとして悪くなかろう。通常の食事にも飽きは出る。学び、活かすことも永き時において必要である」
「その時は、お招きしてくださいね。あっ、ちゃんと手土産もっていくので!! 今度は何を持って行こうかな……」
「あまり堅苦しく構えるな。だが、そうだな……」
 美味しい料理は、心をほぐす。
 談笑は、暫し続いた。




 陽の傾き始める庭園を、並んで歩く。楽しかったことを振り返りながら。
 食後の散歩と称した庭園巡りは、思ったよりも広くて飽きることはなかった。
「広いお池ー。鯉、いるかな??」
「これだけの敷地を維持するのも大変であろうな。うむ、見事だ」
 池のほとりに咲く花の鮮やかさ。
 浮かぶ石の静けさ。
 水面に映るもみじの見事なこと。


 京都が、天界の手に落ちて。
 取り戻すまで、長い戦いがあって。
 その中でも、揺らぐことなく守り続けられた場所。


 もしも、いつかどこかで人類が諦めていたら、天界勢に飲み込まれていたら、この地はこうしてなかったかもしれない。
(取りかえしたんや……ほんとうに)
 それは、戦いの起きた場所だけではないことを、莉音は文字通り肌で感じていた。
「戻って来たのだな」
 ラドゥも恐らくは、同じことを考えていた。
 少しだけ俯いた莉音の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる。
「ふふ、アチェさんの手……あったかいや」
「風邪をひいては困るからな。秋が終われば冬になる。人の子に流れる時間はあっという間だ」
「うん、あっという間……」

 忙しい毎日に流されて、見落としそうになることがたくさん。
 そんな中、こうして二人で京都を訪れることができた。
 なんて、幸せなんだろう。

「僕ね、今日のこと大事にします。また旅行したいですね、アチェさん」
「紫ノ宮の案内、悪くなかった。そうだな、機会を楽しみにしておこう」


 秋の、暖かな思い出ひとつ、深く胸に刻み込む。



【約束の古都 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja6473 /紫ノ宮莉音/ 男 / 16歳  /阿修羅】
【 ja4504 /ラドゥ・V・アチェスタ/男/ 21歳 /阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
色々と思い出深い京都の地。秋の小旅行、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年11月25日

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