『２人の結末 』

クラーク・エアハルト（ga4961）

　ほんの数回ほどだが、歩いた事のある道を行くクラーク＝エアハルト。最後に来たのは、どんな店があったかとか、あの店が良かったとか、そう言うのすらほとんど覚えていないほどに前の話である。
　だがそれでも、この道の先に誰がいるのか――それだけはわかっていた。
　多少ラフな格好だが、いつもよりは小洒落ている。
（せっかくですからね）
　本来なら今日、会うはずだった妻と娘が来れなかったのは残念な事だが、これから会う相手の事を考えると、それはそれで好都合かもしれないと少々不謹慎な考え方をしてしまう。
　これから会う相手へ今日は最後にひとつ、『お願い』をするつもりでいた。それも、相当無理な『お願い』で、妻と娘に聞かれる事がないと言うのは実に助かる事であった。
　けっして、不貞とかそういうものではない。娘は可愛いし、妻を愛している。
（ですが、泣かせることになる場合も、あるかもしれませんしね……）
「――いや。そんなこと、絶対にあってはいけませんか」
　知らず知らず握りしめていた拳を緩め、強張っていた手をふるう。手の中はじっとりと汗ばんでいたのか、ひやりとした。
　だがそれも束の間、噴水の縁に腰を掛けている人物を見るなり、またほんのりと手が――いや、手だけではない。首から下の全身が少し熱くなるのを感じていた。
　しかし、それでもクラークは涼しげな顔で微笑みを浮かべ、こちらに気付いた相手、生嶋　凪へ手を振った。
「お待たせしてしまいましたか、凪さん」
「いえ、１時間ほどですから全然ですよ」
「……１時間も待たせてしまいましたか。すみません」
　申し訳なさそうに頭を下げるクラークだが、当の凪は腹をたてて皮肉を言った風でもなく、全然の部分を肯定するかのようにきょとんとしていた。
「私達にとって１時間なんて、１分のようなものですから。
　それに、今日は私の方がお呼びしたわけですからね。私が先に来て待つのは、普通です」
「男としてのくだらない見栄ではありますが、やはり、女性を待たせるものじゃないですから」
　肩をすくめるクラークに、「そんなものですか」と凪は首を傾げるばかりであった。
「それはそうと、今日はありがとうございます。急なお誘いなのに、来ていただいて――街中を１人で歩くには色々と不安でしたから、ありがたいです」
「まあ、今日は依頼もなく暇でしたのでね。妻と娘は用事があってこれませんでしたし、独りで歩くことになるかと思っていたところに、ちょうどでしたので。
　とりあえず、自分の服を見るのも良いんですが……凪さんの服でも見に行きますか？」


　首都圏と違い、一番大きな都市の街中でさえもあまり店の種類が豊富とは言い難く、凪が「あそこにしましょう」と言って入っていったのは、全国のいろんなところでチェーン展開している大型店舗の服屋であった。
　クラークとしては少しだけ肩をすかされた気分だが、そんなのもお構いなしに凪は「どうですか？」とカジュアルではあるが無地や地味無難な物ばかりを選んで「どうですか？」と聞いてくる。
　それに対して「うん、似合うには似合いますよ」と歯切れの悪い言葉を返す、クラーク。
　悪くはない。
　そう、悪くはないのだが……何とも言えない胸のもやもやがあった。それを何と表現すべきか顎に手を添えて眉根を寄せていたクラークだったが、パチンと指を鳴らし、晴れ晴れとした顔を凪に向けた。
「もったいない――というか、スタイルは悪くないんですから、もう少し冒険しましょうよ？」
「冒険、といいますと？」
　小首を傾げる様は本当にわかっていない風で、その仕草に思わずクラークは悪い笑みを浮かべる。
　凪の手を引き、そしてこれまでの棚とは雰囲気からして違う一画へ連れて行くと、丈が短めのレザーノースリーブのライダースとレザーパンツの２点だけを見せる。
「こういう服着た凪さん、かなりセクシーですよ？」
「動きやすそうですね、それ。いいかもしれません」
　凪のその感想は明らかに機能の方に目が向けられていて、露出の部分については全く触れられていない。
（これなら、もう少し踏み込んだ物がいけるかもしれませんね）
　ワンショルダー、オフショルダー、シースルーと色々勧めてみては反応を確認しつつ、徐々に身体のラインにピッチリとした衣装へと段階を踏んでいくのであった。
　思った以上に凪はほいほい着てくれるので、続・悪い顔のクラークは途中で見かけた別の服屋へと向かう。
　服屋というよりは、衣装のお店――制服のお店と言ってもいいかもしれないほどに、ちょっとばかり濃いお店であったが、凪は顔色一つ変えずに連れられるまま、平然とそんなお店にも踏み込んだ。
　ここからさらにクラークの悪い部分が加速し、こんなの病院できている奴なんていないよという短いピンクのナース服、一昔前のテレビでお色気女警官と言えばこれというようなミニスカの制服、派手で露出の高いゲームや漫画でなら有りそうなウェイトレスの制服など、コスプレにまで手を出していた。
　だが、それがそんなものだとはわかっていないのか、凪はいちいち「脚が動かしやすい」だの「肩回りが窮屈ですね」と真面目に感想を返してくれる。
　もはやこうなると、凪はクラークの着せ替え人形。
　コルセットでウエストのくびれと胸のふくらみが強調されている、ウェスタンなウェイトレス風の服に着替えさせると、今度はそのための靴も合わせたくなる。靴を合わせると今度は小物を。外からは見えなくとも中も合わせるために下着売り場と、際限なくあわせてみたいものが生まれるクラークは、色々な所へと凪を連れ回すのであった。


「色々つき合わせて、すみませんね」
　クラークが申し訳ないと思うほどに色々な所へと連れ回し、『懐かしの眼鏡店』や『あの時のレストラン』、『前来たゲーセン』などを巡っているうちに、気が付けば月の姿が見え始め、夕陽に顔を赤く染める凪にクラークは目を細めた。
　ユラユラと、凪がおぼろげに見えるのは、沈む夕日の光が揺れているからか――残念ながら、そうではない。そうではないのだと、クラークは最初からその理由を知っていた。
　だから今は、楽しげな笑みの中に……寂しさが混ざっている
「こうやって、色々買い物したり話したりするの……楽しかったし、嬉しかったですよ」
　本心だ。お互い、あのころが一番よかったのかもしれない。何度でも鮮明に思い出せる。
　それなのに、あの時からずっと思い出すのは、沈んでいく最後の姿。
「こういう関係が、続けばよかったのに……」
　最後に聞いた「ちょっとだけ好きでしたよ」という言葉。
　色々な想いがクラークの胸を締め付け、言ってしまいそうになる言葉を何とか飲み込んだ。
　かわりに、寂しげな笑みではなく、今日、出会えて本当によかったということを示すかのような満面の笑みを浮かべて、最初からずっと言うつもりだった『お願い』を口にした。
「凪さん。今更ですが、ワガママにつき合ってもらえますか？」


　日は完全に落ち、出会ったころのような月夜の海岸。
　そこでクラークと凪は、対峙していた――お互い、ハッチを開けたコックピットに座って。
「いいんですか？　当然の話ですが、手加減とか、そんな生易しいものは持ちこみませんよ？」
「いいんです。結局、１人では凪さんに勝ってないんですよね……自分」
　ビーストソウルのコックピットから、白いパピルサグのコックピットを見上げるクラーク。
　そのサイズ差はほとんど機体性能の差を現しているようなものだった――が、それでも、戦いを挑まざるを得ない。
（そうしなければ自分は、先に進めず停滞したままですからね――これが、ケジメです）
　両手で顔を挟み込むようにピシャリと叩き、ハッチを閉める。
　静かで暗い海へと潜っていけば、狭いコックピットの中で計器の灯りだけに照らされるのは、もはや自分だけ。レーダーにあるのは自分と、敵と示されている凪のパピルサグだけ。
　操縦桿を握る手が僅かに震えるクラークは、息を深く吸って、長く吐き出す――敵を睨み付ける目となったクラークが、操縦桿を握りしめる。
「さあ、いつでもどうぞですよ」
「そうですか。
　それでは……始めるとするかいのう！　カカッ！」
　長らく感じた事のない、圧倒的なプレッシャーが凪のパピルサグから放たれ、そして体の前で交差させた二刀の太刀を構えたまま、前進してきた。
「負けはしません！」
　熱くなる事を忘れていたように思われたクラークが、咆えた。
　そして凪に呼応して、操縦桿を全力で前に倒す――パピルサグの太刀とビーストソウルのレーザークローが、静かな海で人知れず、火花を散らすのであった――





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga4961　／　クラーク・エアハルト　／　男　／　３１　／　あの時の想い出に決着を】
【gz0497　／　生嶋　凪　　　　　　　　／　女　／　？　／　大切な記憶にそっと蓋を】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご発注、ありがとうございました。
いよいよもって凪との思い出作りはこれで最後となってしまいました。色々な思い出があり、色々とありましたが、これまで敵である凪を愛して下さってありがとうございました。
それでは別の機会がありましたら、またなにかしらよろしくお願いします。

■イベントシチュエーションノベル■

楠原　日野

CATCH THE SKY 地球SOS

2015年11月26日