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『 よりあう夜に 』
花見月 レギja9841)&ファーフナーjb7826


 新入生歓迎行事で賑わうある日のことだった。
「ここか」
 ファーフナーは大きく煙を吐いた。
 花見月 レギがくれたチラシは、一瞥してポケットに突っこんだ。
 それでもその一瞬に地図は確認しており、問題なく目的地に到着している。
 ただ、問題は別の所にあったのだが。

 階段を上がると、バラの馥郁たる香りが漂って来る。
「これは……人口の香りではないな」
 香料ではない、みずみずしさと青臭さが混じる生花の香り。だが花束一つでここまで香ることはないだろう。
「豪勢なことだな」
 バラ薫るカフェとは大層な名前だと思っていたが、ファーフナーは煙草を揉み消し、たまたま通りかかったような風情で近付いて行く。

 果たして、目的の教室は、廊下に面した窓までバラに覆われていた。
 入口で足を止めると、男装の女子学生がにっこり微笑む。
 そこでファーフナーは少し戸惑った。
 入るべきか、入らざるべきか。
 彼をこの年齢まで生きながらえさせてきた鋭敏な勘が、ただならぬ気配を感じ取っている。
 しかし単なるカフェ、しかも学生の模擬店に、何の危険があろうか。
 ファーフナーは勘を理性で否定し、店内をちらりと見やる。
 見渡す限りバラを飾った、中々に贅沢な店だった。
 そこで慣れた気配が近づくのに気付き、口を開きかけたファーフナーは、危うくよろめくところだった。
「やあ、ニア君。来てくれたんだ、ね」
 レギがいつも通りの穏やかな、静かな笑みをたたえていた。
 だがいっそ、多少の恥じらいだとか、照れだとか、そういったものを浮かべていてくれた方がまだ言葉も浮かんだかもしれない。
「花見月、お前は……」
「今日はメイド、だよ」
 レギは小首を傾げ、ロングドレスのメイド服の裾を優雅につまんで腰を屈めた。

 案内された席につき、ようやくファーフナーはこのカフェの実情を把握する。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 あちらこちらから掛かる声。
 ここは所謂執事・メイド喫茶で、しかも男女逆転の扮装をする店だったのだ。
「新入生歓迎の行事に参加しているとは聞いていたが……」
 ファーフナーが深い溜息を漏らした。
 目の端に妙なメイドがノリノリで腰を振って通って行くのが見えるが、とにかく気にしないことにする。内心で新入生の心が折れないといいが、とは思ったが。
「見苦しいということはない、と、思うのだけれど……どう、かな?」
 主語がなかったので、ファーフナーは『アレがか!?』と問い詰めそうになったが、レギが言っているのが自分のことだと寸前で気付いた。
「まあ、確かに。似合ってはいる」
 言ってから、運ばれてきた紅茶を口に運び唇を湿す。まるで褒め言葉を誤魔化すように。
「良かった。君の言葉は、信用できるから、ね」
 尋ねられたことに曖昧に答え、その場を凌ぐような男ではない。
 少なくともレギはそう思っていた。

「しかしどいつもこいつも、随分楽しそうなことだな」
 ファーフナーの声には諦めと呆れが混じっていた。
「うん。俺も、ちょっと楽しくなってきた、かな」
「そういうもんか?」
 確かにいつもよりもレギの笑顔が明るいような気がする。
 それにしても器用な男だ。テーブルの間を抜けて行く姿は実に優雅で、淑やか。
 その姿は男には見えないが、かといって女に間違うこともない。
 自分の中にある様々な要素を静かに見据えて受け入れ、今のレギがあるのだと、改めて思い至る。
「まあいい。後で寄る。……渡したい物があるんだが、持ってくるのを忘れたんでな」
 席を立つファーフナーを、『行ってらっしゃいませ』の声が見送った。



 慌ただしい一日を終え、レギは自室に戻った。
 お土産にもらったバラの花束を花瓶に活け、何処へ置こうかと思案していると、呼び鈴が来客を告げる。
「ああ、いらっしゃい、ニア君。どうぞ上がって」
 バラの花瓶を抱えてニコニコ微笑むレギを、玄関先のファーフナーが訝しげに見た。
「おい。バラを抱えるのが癖になったのか?」
「ふふ、貰ったんだ。折角だから、活けておこうと思って、ね」
 ダイニングテーブルの真ん中に花瓶を置くと、部屋全体がどこか華やいで見える。
「でも流石に少し疲れた、かな。女性の靴は、大変だ、ね」
「まあな。それでも女ってのは気合で着飾る生き物だからな」
「ニア君てば、良く知ってるんだね」
 感心したように呟くレギは、どこまで本気かつかみ辛い。
「一般論だ」
「ああ、成程。そうだ珈琲でも淹れよう。お菓子も少し貰って来たんだ、よ」
 キッチンに消える背中を見ながら、ファーフナーは提げて来た細長い紙袋を花瓶の横に置いた。

 レギの淹れた珈琲は中々の物だった。
「器用な奴だな」
 ファーフナーはなんでも器用にこなす年下の男に、内心で舌を巻いてしまう。
 誰にでも穏やかに接し、人の目につかないところで細々と動き回り、さりげない気遣いでフォローする。
 本来、そんな相手とファーフナーは相容れない。というより、ファーフナーにはそんな立ち回りが鼻について仕方がない。
 だがレギの穏やかな外側は、内面の空虚さを辛うじて覆っている卵の殻だ。
 ファーフナーは自分という存在の危なっかしさを保つために、他者を拒絶した。触れられて殻が壊れ、柔らかな中身が失われる事を恐れたのだ。
 だがレギは触れて来る他人を拒否しない。
 自己保存は本能だ。ファーフナーには時折、レギにはその本能が欠けているようにも見えるのだ。
 だから気になる。乱暴に扱われ、いつか殻が割られてしまうのではないかと、自分のことのように恐れる。
「口にあったなら嬉しいよ。でも当分、カフェでのアルバイトは遠慮したいかな」
 レギは床に足を投げ出して座り込んだ。
 ふくらはぎを軽く叩く仕草が何故か妙に子供っぽくて、ファーフナーは思わず口元を緩めた。
「仕方がないな。うつ伏せになって足を出せ」
「え?」
 ファーフナーはレギの脚を持ち上げ、土踏まずから順にマッサージを始めたのだ。
「普段は使わない筋肉を使ったのだろう、随分凝っている」
 細身だがしっかり鍛えた筋肉の付いた脚を、無骨な指が労わるように滑る。
 レギは横目でファーフナーの銀髪に覆われた頭を眺めた。
「君は、女性にとてもモテたのだろうね」
「何?」
 思わず手が止まる。
「こんな風に労わられたら、誰でも心を許すと思う。勿論、今も魅力的だけれど、ね」
 クッションの上で、半面の顔が笑っている。
「馬鹿を言え」
「あ、いたたた!」
 少し大げさに、レギが床を叩いて身体を捻った。
「だって、本当のことだ、よ。ニア君さえその気になって、見回せば、待っている女性は幾らでもいる、と思うんだ」
 レギの言葉にはからかいだけではないものが籠る。
 ファーフナーは他者とのかかわりを大事にする人だ。
 情に篤いからこそ、情に溺れることに恐れ、遠ざけているのだ。
 そこが自分とは決定的に違うとレギは感じていた。
 人の熱を欲しているなら、それを得られれば幸せになれる。支え合える誰かが傍にいれば、ファーフナーはきっと幸せになれる……。
「俺はもういいんだ。お前の方こそ、人の心配してないで何とかしろ。まだまだ若いくせに」
 ふくらはぎを仕上げとばかりに叩かれた。
 くすくす笑いながらも、レギは何も答えず、ただクッションに顔を伏せた。
 

 軽くなった足をぶらぶらさせていたレギが、ふとテーブルの上の紙袋に気がついた。
「あれ、これは?」
 ファーフナーの笑いがギュッと縮こまり、いつもの渋面が戻ってくる。
「……渡したい物があると言っただろう。メイドの労いだ」
「それはうれしい、な。なんだろう」
 紙袋の中には、深い青色のワイン瓶が入っていた。
「素敵だ。貰っていいのかな?」
「そんなに上等でもない、気にするな」
 ファーフナーの憮然とした口調に僅かに微笑み、レギは瓶の首に結び付けられた飾りにふと目を止める。
「随分と、綺麗な飾りがついている、ね」
 それは綺麗に編まれた組紐だった。
 深い青と明るい青、それに銀糸の混じった黒が縒り合う様は、秋の深く澄んだ夜空を思わせる。
「……それはまあ、おまけだ。要らなければ処分すればいい」
 レギは改めて、あらぬ方に顔を向けて視線を逸らすファーフナーを見た。
「もしかして、お手製、なのかな」
「こっちも新歓行事のついでだ」

 ――ああ、そうなのか。
 ようやく納得できた。
 マッサージも、ワインも、全部ついでなのだ。
 レギは外した組紐を掌にのせて眺める。 
「素敵だ。大事にする、よ」

 この組紐を作っている間、ファーフナーは何を思っただろう。
 あの無骨な指が、意外にも器用に動き、こんなにも複雑で美しい作品を仕上げたのだ。
 組紐にはまだ人肌の熱が籠っているようだ。
「飽きたら処分すればいい」
 ぶっきらぼうないつもの物言いに、レギはただ微笑みを返した。


 縒り合う糸が想いを結ぶ。
 寄り掛かるのではなく、寄り合い語らう互いは、数多咲く花から選りすぐりの。

 晩秋の夜はバラの香の中、優しく更けて行く。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 29 / 選り抜きのバラ】
【jb7826 / ファーフナー / 男 / 52 / 縒り糸の思い】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。
今回は賑やかな新歓行事の裏方(?)の一幕をお届けします。
学園で得た交友や経験が、所属する学生皆さんにとって素晴らしいものになるようにと思いつつ。
ご依頼のイメージから大きく逸れていないようでしたら幸いです。
ご依頼、本当に有難うございました!
ゴーストタウンのノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年11月26日

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