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『停職エージェントの冒険(3) 』
フェイト・−8636


 日本は狭い国と言われるが、例えば陸続きで国々のひしめき合う欧州へ行けば、いわゆる大国として知られていながら国土面積そのものは日本より下という国がいくつかある。ドイツ、イギリス、オランダ、イタリア。全て日本より狭い。
 アメリカ暮らしを経験したフェイトにとっても、日本という国は意外に広い。
 その日本においては、人の住む領域よりも、人ではない者の住まう領域の方が、実はずっと広いのではないか。
 バイクで旅などしていると、そんな事を思ってしまう。
 山中か、原野か、判然としない場所に今、フェイトは佇んでいた。バイクを傍らに止め、周囲を見回す。
 深夜である。冷たい夜風が木々をざわつかせ、草を波の如くうねらせる。
 風の音に混ざる、奇怪な響きを、フェイトは辛うじて聞き逃さなかった。
 足音、であろか。
 いや。その音の主は、足だけではなく全身を鳴らしている。かたかた、あるいはカチカチと。
 それは、骨の音であった。
「夜も遅いし、ここで野宿をしようと思ったんだけど……」
 骨を鳴らし、近付いて来る何者かに、フェイトは語りかけた。
「ここが誰かの家の庭先か玄関先で、俺がうっかり入り込んじゃったのなら……謝るよ、ごめんなさい。すぐ出て行くから、見逃してくれないかな」
『出て行く事はない……遊んでゆけ……』
 声がした。肉声か、テレパスの類であるのかは、判然としない。
『眠れぬ夜を、いくとせ過ごしたか……もはや、わからぬ……おぬしを潰し、喰うてみようか。腹くちくなれば、眠れるかも知れぬ』
「そんな事はない、と思うけどな」
 夜闇の中、幻影の如く浮かび上がった巨大な姿を見上げながら、フェイトは言った。
「何をいくら食べたって、あんたが腹いっぱいになる事なんてあり得ない。だって胃袋がないんだから」
 それは、骸骨であった。
 巨大な、一揃いの人骨。まるで巨人の白骨死体である。
 臓物も、筋肉もない巨体が、しかし動いていた。
『ならば、おぬし……眠れぬ夜の、慰みとなれ』
 白骨化した巨人が、ゆらりと歩み寄って来る。
 虚ろな眼窩の奥で、光が燃えていた。鬼火そのものの眼光が、上からフェイトを射竦める。
 フェイトは睨み返した。
 エメラルドグリーンの眼光と共に、念動力が迸る。
 巨大な骸骨が、少しだけ揺らぎ、のけぞった。
『ほう、おぬし……験者か陰陽師の類か?』
 表情筋のない顔面が、ニヤリと笑った、ように見えた。
『……面白い。この眠れぬ夜……良き手慰みとなろう』
「あんた……眠れなくて、暇なんだな」
 フェイトは、さりげなく動いてバイクから離れた。戦闘の巻き添えで壊してしまったら、この人里離れた場所で足を失う事となる。
「眠れなくなるほど怨念を溜め込んだ、大骸骨……がしゃどくろ、か」
 IO2日本支部のデータバンクに、交戦記録が残っている。
 がしゃどくろ。野山に打ち棄てられた死者の、白骨化した屍の集合体。日本に、まだ野ざらしの死体が大量にあった頃から存在している妖怪だ。
『おぬしも死ね! 怨みの念を抱いて死ね! そして我が骨となり、共に眠れぬ夜を過ごそうぞ!』
 巨大な骸骨の足が、フェイトを襲う。踏み潰す動きだ。
 フェイトは後方に跳び、かわした。がしゃどくろの足が、大地を踏みつける。
 地響きが起こった。
 筋肉もなく動く、この巨大な骸骨には、それに見合った体重がある。質量が、すなわち実体がある。幻影でも、幽体・霊体でもないという事だ。
 フェイトの念動力を受けても無傷で揺らぐだけの、恐ろしく強固な実体。
「頼る……しか、ないのか? あれに……」
 もう1度、フェイトは跳躍した。
 風を伴う巨大な一撃が、一瞬前までフェイトの身体があった空間を薙いでゆく。
 がしゃどくろの右手。指先の骨が凶悪に尖り、鉤爪を成している。
「くそっ……わかったよ御曹司! あれを使ってやる。あんたの目論見通り、動いてやる!」
 着地しながらフェイトは叫び、念じた。
 直接攻撃のための念動力、ではない。
 地響きで横転していたバイクから、黒っぽい何かが分離・浮遊し、フェイトの足元に落下する。
 荷台に固定してあった、大型のトランク。とある人物からの、贈り物、と言っていいだろう。
 それに右掌を押し当てながら、フェイトは叫んだ。
「装着!」
 もう少し洒落た口上を考えてみてはどうです、と、このトランクの贈り主には言われたものだ。
 それはともかく。破裂するように開いたトランクから、黒いものが溢れ出してフェイトの全身を覆ってゆく。
 黒色のアメーバのような、アンダースーツ。それがフェイトの身体を容赦なく包んで締め付ける。鍛えていない者であれば圧死しかねない、強烈な密着である。
 その上から、パーツ分割されていた機械装甲が貼りついて来る。
 フェイトが、鎧を装着しているようでもあり、何か禍々しいものに呑み込まれてゆくようでもあった。
『ほう……これは』
 がしゃどくろが、興味深げに嘲笑う。
『楽しげなる虚仮威しを、見せてくれるではないか』
「虚仮威しかどうか、今から試させてもらうよ」
 ヘルメット状の装甲マスクの中で、フェイトは言った。スピーカーか何かで、声が外に出てはいるようだ。
 人語を喋る、人型の甲虫。今のフェイトは、そんな姿をしている。
 細く無駄なく鍛え込まれた身体は、黒色の機械装甲によって、一回りほどは力強さを増していた。
 以前アメリカにおいて、ナグルファル搭乗時に装着したものと、何が違うのかはまだわからない。
 ……否。あの時にはなかったものを今、フェイトは発見した。
 左右の腰に、それぞれ1つずつ取り付けられた、物騒な黒い塊。2丁の、大型ハンドガンである。
 それらを、フェイトは手に取ってみた。武骨な装甲グローブの五指が、銃把を掴む。
 左右それぞれの手で、フェイトは大型ハンドガン2丁を、腰から引きちぎるように取り外し構えた。
 途端、力が抜けた。巨大な敵の面前で、よろめいてしまうところであった。
 念動力が、吸い取られている。両手のハンドガンにだ。
 念動力を、弾丸として射出する武器。それが、フェイトにはわかった。グリップを握った瞬間、念動力が勝手に銃内に装填されてしまうのだ。
 つまりは、念動力者専用の銃である。
「おい御曹司……社長のくせに、商売しようって気が全然ないだろ……」
 念動力者にしか扱えない道具など、売れるわけがなかった。
「100パーセント、金持ちの道楽かよ……まったく!」
 迫り来る巨大骸骨に、フェイトは2つの銃口を向けた。そして引き金を引く。
 銃声が、雷鳴の如く轟いた。
 がしゃどくろの巨体が、砕け散った。
 夜闇の中、白骨の欠片が粉雪のようにキラキラと飛散する。
 美しい。が、見とれている場合ではなかった。
 キラキラと舞い散るものが、フェイトの眼前で積み重なり、固まってゆく。人型にだ。
『……やるな、小僧』
 巨人の骸骨、ではない。人間大の白骨死体が、そこに出現していた。
 骨格標本そのものの身体が、筋肉もないのにユラリと動く。踏み込んで来る。己の肋骨を1本、右手でへし折り、握り構えながら。
 その肋骨が、大型化しつつ鋭利に伸び、フェイトに向かって一閃した。
 それは骨で出来た、抜き身の刀剣であった。
「ぐっ……!」
 斬撃を、フェイトは胸の辺りに感じた。
 機械装甲で分厚く固まった胸板から、血飛沫のような火花が散る。生身であれば斬殺されていたところだ。
 よろめきながらもフェイトは倒れず、踏みとどまりつつ左右2丁のハンドガンを構えた。だが。
『遅い!』
 両手に、衝撃が来た。火花が散った。
 機械装甲のグローブは無傷だが、大型ハンドガンは2丁とも叩き落とされていた。
 それにフェイトが気付いた時には、骨の剣が脳天に打ち込まれていた。
 厳つい甲虫のような装甲マスクから、脳漿のように火花がしぶく。
 生身であれば縦に真っ二つ、剣道の試合であれば面あり一本。
 恐るべき剣技であった。がしゃどくろを構成している死者たちの中には、どうやら戦国時代の武者や剣客もいる。
 叩き斬られずに済んだ頭蓋骨の中で、フェイトは懸命に意識を保った。
 そうしながら右拳を握る。装甲グローブの五指が、ハンマーのような握り拳を形成する。
 そこに猛烈な勢いで念動力が流れ込んで行くのを、フェイトは止めなかった。
 正面から、がしゃどくろが踏み込んで来る。
 まっすぐ襲いかかって来る骨の切っ先を見据えながら、フェイトも踏み込んだ。
 そして、念動力を宿した拳を叩きつける。
 馳せ違った。
 機械の甲冑をまとう青年と、甲冑どころか皮膚も筋肉もまとわぬ白骨の剣士が、擦れ違ったところで静止する。
 右拳に、フェイトはしっかりと手応えを握り締めていた。
『見事……』
 がしゃどくろが呻いた。
『ようやく……眠れる……』
「……こっちも永眠するとこだったよ。金持ちの道楽のおかげで、助かった」
 フェイトがそんな事を言っている間に、がしゃどくろは砕け崩れ、さらさらと夜風に舞っていた。
 粉雪が煌めくようなその様を、フェイトは見つめた。脱いだ装甲マスクを片手に、じっと見つめた。
 ここで野宿をするつもりであったが、しばらく眠れそうになかった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年11月30日

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